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世界怪談名作集(せかいかいだんめいさくしゅう)五

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-27 10:15:52  点击:  切换到繁體中文

底本: 世界怪談名作集 上
出版社: 河出書房新社
初版発行日: 1987(昭和62)年9月4日
入力に使用: 2002(平成14)年6月20日新装版初版
校正に使用: 2002(平成14)年6月20日新装版初版

 

世界怪談名作集

クラリモンド

ゴーチェ Theophile Gautier

岡本綺堂訳




       一

 わたしがかつて恋をしたことがあるかとおたずねになるのですか。あります。わたしの話はよほど変わっていて、しかも怖ろしい話です。わたしは六十六歳になりますが、いまだにその記憶の灰をかき乱したくないのです。
 わたしはごく若い少年の頃から、僧侶の務めを自分の天職のように思っていましたので、すべて私の勉強はその方面のことに向けていました。二十四のころまでのわたしの生活は、長い初学者としての生活でした。神学の課程をえますと、つづいてしゅじゅの雑務に従事しましたが、牧師長の人たちはわたしがまだ若いにもかかわらず、わたしを認めてくれまして、最後に聖職につくことを許してくれました。そうして、その僧職の授与式は復活祭の週間のうちに行なわれることに決まりました。
 わたしはその頃まで、世間に出たことがありませんでした。わたしの世界は、学校の壁と、神学校関係の社会だけに限られていました。それで、わたしは世間でいう女というものには、極めて漠然とした考えしか持っていませんでしたし、また、そんな問題において考えたりすることは決してありませんでしたので、全く無邪気のままに生活していたのでした。私は一年にたった二度、わたしの年老いた虚弱な母に逢いに行くばかりで、私とほかの世間とのかかり合いというものは、全くこれだけのことしかなかったのであります。
 わたしはこの生活になんの不足もありませんでした。わたしは自分が二度と替えられない終身の職に就いたことに対しては、なんの躊躇ためらいも感じていませんでした。私はただ心の喜びと、胸のおどりを感じていました。どんな婚約をした恋人でも、わたしほどの夢中の喜びをもって、ゆるやかな時刻の過ぎるのをかぞえたことはありますまい。わたしは寝る時には、聖餐式せいさんしきでわたしが説教する時のことを夢みながらとこにつくのです。わたしはこの世に、僧侶になるというほどの喜びは、他に何もないものだと信じていました。詩人になれても、帝王になれても、わたしはそれを断わりたいほどで、わたしの野心はもうこの僧侶以上に何も思っていませんでした。
 とうとう私にとって大事の日が参りました。私はまるで自分の肩にはねでも生えているように、浮きうきした心持ちで、教会の方へ軽く歩んでいました。まるで自分を天使エンジェルのように思うくらいでした。そうして、大勢おおぜいの友達のうちには暗いような物思わしげな顔をしている者があるのを、不思議に思うくらいでありました。わたしは祈祷きとうにその一夜を過ごして、まったく法悦ほうえつの状態にあったのです。慈愛ぶかい司教さまは永遠にいます父――神のごとくに見え、教会の円天井まるてんじょうのあなたに天国を見ていたのであります。
 この儀式をくわしくご存じでしょうが、まず浄祓式ベネゼクションがおこなわれ、それから、両種の聖餐拝受式コミュニオン、それから、てのひらに洗礼者の油を塗る抹油式まつゆしき、それが済んでから、司教と声をそろえて勤める神聖なる献身の式が終わるのであります。
 ああ、しかしヨブ(旧約ヨブ記の主人公)が、「眼をもて誓約せざるものは愚かなる人間なり」と言ったのは、よく真理を説いています。わたしがその時まで垂れていた頭を偶然にあげると、わたしの眼の前にまるでさわれるぐらいに近く思われて、実際は自分のところからかなり離れた聖壇の手すりのはしに、非常に美しい若い女が目ざむるばかりの高貴の服装をしているのを見ました。
 それはわたしの眼には、世界が変わったように思われました。私はまるで盲目の眼が再びあいたように感じたのです。つい今の瞬間までは栄光に輝いていた司教の姿はたちまちに消え去って、黄金の燭台に燃えていた蝋燭はあかつきの星のように薄らいで、一面の暗闇くらやみがお堂の内に拡がったように思われました。かの愛らしい女はその暗闇を背景にして、天使の出現のようにきわだって浮き出していたのです。彼女は輝いていました。実際、輝いて見えるというだけでなく、光りを放っていました。
 わたしは他のことに気をられてはならないと思って、二度と眼をあくまいと決心してまぶたを伏せました。なぜといって、わたしの煩悶はだんだんにこうじてきて、自分はいま何をしているか分からないくらいになったからでした。それにもかかわらず、次の瞬間にはまたもや眼をあげて、睫毛まつげのあいだから彼女を見ました。すると、誰しも太陽を見つめる時、むらさき色の半陰影が輪を描くように、彼女はすべて虹色にじいろにかがやいていました。
 ああ、なんという美しさであろう。偉大なる画家は、理想の美を天界に求めて、地上に聖女の真像を描きますが、今わたしの眼前にある自然のほんとうの美しさに近い描写はまだ見いだされません。いかなる詩句といえども、画像の絵具面パレットといえども、彼女の美を写してはいませんでした。彼女はやや脊丈せいの高い、女神のような形と態度とを有していました。やわらかい金色こんじきな髪をまん中で二つに分け、それが金の波を打つ二つの河になって両方の※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみに流れているところは、王冠をいただく女王のように見えました。ひたいは透き通った青みのある白さで、二つのアーチ形をした睫毛の上にのび、おのずからなる快活な輝きを持つ海緑色のひとみをたくみに際立きわだたしているのでした。ただ不思議に見えたのは、その眉がほとんど黒いことでした。それにしても、なんという眼でしょう。ただ一度のまたたきだけでも、一人の男の運命を決めることのできる眼です。今までわたしが人間に見たことのない、清く澄んだ、熱情のある、うるんだ光りを持つ、生きいきした眼でありました。
 二つの眼は矢のように光りを放ちました。それがわたしの心臓に透るのをはっきりと見たのです。わたしはその輝いている眼の火が、天国より来たものか、あるいは地獄から来たものかを知りませんが、いずれかから来ているに相違ありません。彼女は天使エンジェルか、悪魔デモンかでありました。おそらく両方であったろうと思います。たしかに彼女は普通の女から――すなわちイヴの腹から生まれたのではありませんでした。光沢つやのある真珠の歯は、愛らしい微笑のときに光りました。彼女が少しでも口唇くちびるを動かすときに、小さなえくぼが輝く薔薇ばら色の頬に現われました。優しい整った鼻は、高貴の生まれであることを物語っていました。
 半分ほどあらわに出したなめらかな光沢のある二つの肩には、瑪瑙めのうと大きい真珠の首飾りが首すじの色と同じ美しさで光っていて、それが胸の方に垂れていました。時どきに彼女があふれるばかりの笑いを帯びて、驚いた蛇か孔雀くじゃくのように顔を上げると、それらの宝石をつつんだ銀格子のような高貴な襞襟ひだえりが、それにつれて揺れるのでした。彼女は赤いオレンジ色のビロードのゆるやかな着物をつけていました。てんの皮でふちを取った広いそでからは、光りも透き通るほどのあけぼのの女神の指のような、まったく理想的に透明な、限りなく優しい貴族風の手を出していました。
 これらの細かいことは、その時わたしが非常に煩悶していたのにかかわらず、何ひとつがさずに、あたかもきのうのことのように明白に思い出します。あごのところと口唇の隅にあった極めてわずかな影、額の上のビロードのようなうぶ毛、頬にうつる睫毛のふるえた影、すべてのものが、驚くほどにはっきりと語ることができるのです。
 それを見つめていると、わたしは自分のうちに今までじられていた門がひらくのを感じました。長い間さえぎられていた口があいて、すべてのものが明らかになり、今まで知らなかった内部のものが見えるようになったのです。人生そのものがわたしに対して新奇な局面をひらきました。わたしは新しい別の世界、いっさいが変わっているところに生まれて来たと思ったのです。恐ろしい苦悩が赤くけたはさみをもって、わたしの心臓を苦しめ始めました。絶え間なく続いている時刻がただ一秒のあいだかと思われると、また一世紀のように長くも思われます。
 そのうちに儀式は進んでゆく。わたしはその時、山でも根こぎにするほどの強い意志の力を出して、わたしは僧侶などになりたくないと叫び出そうとしましたが、どうしてもそれが言えないのです。わたしは自分の舌が上顎うわあごに釘づけにでもなったくらいで、いやだというの字も言うことができなかったのです。それはちょうど夢におそわれた人が命がけのことのために、なんとかひと声叫ぼうとあせっても、それができ得ないのと同じことで、わたしは現在目ざめていながらも叫ぶことが出来なかったのです。
 彼女はわたしが殉道に身を投じてゆく破目はめになるのを知って、いかにも私に勇気づけるように、力強い頼みがいのある顔を見せました。その眼は詩のように、眼の動きは歌のように思われたのです。
 彼女はその眼でわたしに言いました。
「もしあなたがわたしのものになって下さるなら、神が天国にいますよりも、もっと幸福にしてあげます。天使たちがあなたに嫉妬を感じるほどにしてあげます。あなた自身を包もうとしている、あの喪服を引っぱがしておしまいなさい。わたしは美しいのです。わたしは若いのです。わたしには命があるのです。わたしのところへ来て下さい。お互いに愛します。エホバの神は何をあなたに上げるのでしょう。なんにもくれますまい。わたしたちのいのちは、ただ一度の接吻せっぷんのあいだに夢のように過ぎてしまいます。あの聖餐盃チャリースを投げ出しておしまいなさい。そうして、自由におなりなさい。わたしはあなたを遠い島へお連れ申します。あなたは、銀の屋根の建物の下で、大きい黄金おうごんの寝台の上で、わたしのふところで寝られます。わたしはあなたを愛しております。わたしはあなたを神様より奪ってしまいたいのです。これまでどれだけの尊い人たちが愛の血をそそいだかもしれませんが、誰も神様のそばにも近寄った者はないのではございませんか」
 これらの言葉が、無限の優しいリズムをもってわたしの耳に流れ込みました。彼女の顔はまったく歌のようで、その眼で物を言っています。そうして、それが本当のくちびるかられ出るようにわたしの胸の奥にひびくのでした。
 わたしはもう神様にむかって、僧侶となることを断わりたい心持ちが胸いっぱいでしたが、それでどういうものか、わたしの舌は儀式通りに言ってしまうのです。美しいひとは更にまた、わたしの胸を刺し通す鋭い白刃しらはのような絶望の顔や、歎願するような顔を見せるのです。それは「悲しみの聖母」のどれよりも、もっと強い刃でつらぬくような顔つきでありました。
 そのうちにすべての儀式はとどこおりなく終わって、わたしは一個の僧侶になったのであります。
 この時ほど、彼女の顔に深い苦悶くもんの色が描かれたのを見たことはありませんでした。婚約した愛人の死をのあたり見ている少女も、死んだ子を悲しんでからの乳母車をのぞき込んでいる母も、天界の楽園を追われてその門に立つイヴも、吝嗇りんしょくな男が自分の宝と置き換えられた石をながめている時でも、詩人がたましいをこめた、ただひとつの原稿を何かのために火にこうとしている時でも、この時における彼女ほどには、あきらめ切れないような絶望の顔を見せないであろうと思われました。彼女の愛らしい顔にすっかり血の色が失せて、大理石よりも白くなりました。美しい二つの腕は筋肉のゆるんだように、体の両方に力なく垂れてしまいました。柔順すなおな足も今は自由にならなくなって、彼女は何か力と頼むべき柱をさがしていました。
 わたしはといえば、これも死人のような青白い色をして、教会のドアの方へよろめいて行きましたが、あのクリストの磔刑はりつけの像よりも更に血の汗を浴びて、まるで首をめられている人のように感じました。円天井はわたしの肩の上へひら押しに落ちかかって来て、わたしの頭だけでこの円天井のすべての重みをささえているようでありました。
 ちょうど、わたしが教会のしきいをまたごうとする時でした。突然に一つの手がわたしの手を握ったのです。それは女の手です。わたしはこれまでに女の手などにふれたことはありませんでしたが、その時わたしに感じたのは蛇の肌にさわったような冷たい感じで、その時の感じはいまだにの上に、熱鉄の烙印やきいんを押したように残っています。それは彼女の手であったのです。
「不幸なかたね。ほんとうに不幸なかた……。どうしたということです」と、彼女は低い声を強めて言って、すぐに人込みのなかに消えて行ってしまいました。
 老年の司教がわたしのそばを通りかかりました。彼は何かわたしを冷笑するようなけわしい眼を向けて行きました。わたしはよほど取りみだした顔つきをしていたらしく、顔を赤くしたり、青くしたりして、まぶしい光りが眼の前にきらめくように感じました。そのうちに、一人の友達がわたしに同情して、わたしの腕をとって連れ出してくれました。わたしはもう誰かにたすけられないでは、学寮へ帰ることが出来ないくらいでした。
 町の角で、わたしの若い友達が何かよその方へ気をとられて振りむいている刹那せつなに、風変わりの服装をした黒人の召仕ページがわたしに近づいて来て、歩きながらに金色のふちの小さい手帳をそっと渡して、それをかくせという合図をして行きました。わたしはそれを袖のなかに入れて、わたしの居間でただひとりになるまで隠しておきました。
 ひとりになってから、その手帳の止めを外すと、中には一枚の紙がはいっていて、「コンティニ宮にて、……クラリモンド」と、わずかに書いてありました。[#「ありました。」は底本では「ありました」]


 

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