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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)03 勘平の死

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 9:31:35  点击:  切换到繁體中文


     三

 十右衛門は急いで箸をとったが、半七は碌々に飯を食わなかった。彼は熱いのをもう一本持って来てくれと女中に頼んだ。
「親分はよっぽど召し上がりますか」と、十右衛門は訊いた。
「いいえ、野暮やぼな人間ですからさっぱりけないんです。だが、きょうは少し飲みましょうよ。顔でもあかくしていねえと景気が付きませんや」と、半七はにやにや笑っていた。
 十右衛門は妙な顔をして黙ってしまった。
 女中が持って来た一本の徳利を半七は手酌でつづけて飲み干した。南に日をうけた暖い座敷で真昼に酒をのみ過したので、半七の顔も手足も歳のまちで売る飾りの海老えびのように真っ紅になった。
「どうです。渋っ紙は好い加減に染まりましたか」と、半七は熱い頬を撫でた。
「はい、好い色におなりでございます」と、十右衛門は仕方なしに笑っていた。
 そうして、こんなに酔っている男を和泉屋へ案内するのは、なんだか心許こころもとないようにも思ったらしいが、今更ことわるわけにも行かないので、かれは勘定を払って半七を表へ連れ出した。半七の足もとは少し乱れて、向うから鮭をさげて来る小僧に危く突き当りそうになった。
「親分。大丈夫ですか」
 十右衛門に手を取られて半七はよろけながら歩いた。飛んだ人に飛んだことを相談したと、十右衛門はいよいよ後悔しているらしく見えた。
「旦那。どうぞ裏口からこっそり入れてください」と、半七は云った。
 しかし、まさかに裏口へも廻されまいと十右衛門は少し躊躇していると、半七は店の横手の路地へはいって、ずんずん裏口の方へまわって行った。その足取りはあまり酔っているらしくも見えなかった。十右衛門は追うように其の後について行った。
「すぐにお冬どんに逢わしてください」
 裏口からはいった半七は、広い台所を通りぬけて女中部屋を覗いたが、そこには三人のあから顔の女中がかたまっていて、お冬らしい女のすがたは見えなかった。
「お冬はどうした」と、十右衛門は障子を細目にあけると、赭ら顔は一度にこっちを振り向いて、お冬はゆうべから気分が悪いというので、おかみさんの指図で離れ座敷の四畳半に寝かしてあると答えた。その四畳半は十九日の晩、角太郎の楽屋にあてた小座敷であった。
 縁伝いで奥へ通ると、狭い中庭には大きな南天が紅い玉を房々と実らせていた。ふたりは障子の前に立って、十右衛門が先ず声をかけると、障子は内から開かれた。障子をあけたのはお冬の枕辺に坐っていた若い男で、お冬は鬢も隠れるほどによぎを深くかぶっていた。男は小作りで色のあさ黒い、額の狭い眉の濃い顔であった。
 十右衛門に挨拶して、若い男は早々に出て行ってしまった。あれが先刻さっきお話し申した千崎弥五郎の和吉ですと、十右衛門が云った。
 衾を掻いやって蒲団の上に起き直ったお冬の顔は、半七がけさ逢った文字清の顔よりも更に蒼ざめてやつれていた。生きた幽霊のような彼女は、なにを聞いても要領を得るほどの捗々はかばかしい返事をしなかった。かれは恐ろしい其の夜の悪夢を呼び起すに堪えないように、唯さめざめと泣いているばかりであった。この二、三日の春めいた陽気にだまされて、どこかで籠の鶯が啼いているのも却って寂しい思いを誘われた。
 お冬の胸に燃えていた恋の火は、灰となってもうくずれてしまったのかも知れない。彼女は過去の楽しい恋の記憶については、何も話そうとしなかった。しかしみじめな彼女の現在については、不十分ながらも半七の問いに対してきれぎれに答えた。旦那やおかみさんは自分に同情して、勿体ないほど優しくいたわってくださると彼女は語った。店の人達のうちでは和吉が一番親切で、けさから店の隙を見てもう二度も見舞に来てくれたと語った。
「じゃあ、今も見舞に来ていたんだね。そうして、どんな話をしていたんだ」と、半七は訊いた。
「あの、若旦那がああなってしまっては、このお店に奉公しているのも辛いから、わたしはもうお暇を頂こうかと思うと云いましたら、和吉さんはまあそんなことを云わないで、ともかくも来年の出代りまで辛抱するがいいとしきりに止めてくれました」
 半七はうなずいた。
「いや、有難う。折角寝ているところを飛んだ邪魔をして済まなかった。まあ、からだを大事にするが好いぜ。それから大和屋の旦那、お店の方へちょいと御案内を願えますまいか」
「はい、はい」
 十右衛門は先に立って店へ出て行った。半七はよろけながら付いて行った。さっきの酔いがだんだん発したと見えて、彼の頬はいよいよほてって来た。
「旦那。店の方はこれでみんなお揃いなんですか」と半七は帳場から店の先をずらりと見渡した。四十以上の大番頭が帳場に坐って、その傍に二人の若い番頭が十露盤そろばんをはじいていた。ほかにもかの和吉ともう一人の中年の男が見えた。四、五人の小僧が店の先で鉄釘かなくぎの荷を解いていた。
「はい。丁度みんな揃っているようでございます」と、十右衛門は帳場の火鉢のまえに坐った。
 半七は店のまん中にどっかりと胡坐あぐらをかいて、更に番頭や小僧の顔をじろじろ見まわした。
「ねえ、大和屋の旦那。具足町で名高けえものは、清正公せいしょうこう様と和泉屋だという位に、江戸中に知れ渡っている御大家ごたいけだが、失礼ながら随分不取締りだと見えますね。ねえ、そうでしょう。しゅう殺しをするような太てえ奴らに、飯を食わして給金をやって、こうして大切に飼って置くんだからね」
 店の者はみんな顔をみあわせた。十右衛門も少し慌てた。
「もし、親分。まあ、お静かに……。この通り往来に近うございますから」
「誰に聞えたって構うもんか。どうせ引廻しの出るうちだ」と、半七はせせら笑った。「やい、こいつら。よく聞け。てめえたちは揃いも揃って不埒な奴だ。主殺しを朋輩に持っていながら、知らん顔をして奉公しているという法があると思うか。ええ、嘘をつけ。このなかに主殺しの磔刑はりつけ野郎がいるということは、俺がちゃんと知っているんだ。多寡たかが守っ子見たような小女一人のいきさつから、大事の主人を殺すような、そんな心得ちげえの大それた野郎をこれまで飼って置いたのがそもそもの間ちげえで、ここの主人もよっぽどの明きめくらだ。おれが御歳暮に寒鴉かんがらすの五、六羽も絞めて来てやるから、黒焼きにして持薬にのめとそう云ってやれ。もし、大和屋の旦那。おめえさんの眼玉もちっとくもっているようだ。物置へ行って、灰汁あくで二、三度洗って来ちゃあどうだね」
 何をいうにも相手が悪い、しかも酒には酔っている。手の着けようがないので、ただ黙って聴いていると、半七は調子に乗って又呶鳴どなった。
「だが、おれに取っちゃあ仕合わせだ。ここで主殺しの科人とがにんを引っくくっていけば、八丁堀の旦那方にも好い御歳暮が出来るというもんだ。さあ、こいつ等、いけしゃあしゃあとしたつらをしていたって、どの鼠が白いか黒いか俺がもう睨んでいるんだ。てめえ達の主人のような明きめくらだと思うと、ちっとばかりあてが違うぞ。いつ両腕がうしろへ廻っても、決しておれを怨むな。飛んだ梅川の浄瑠璃で、縄かける人が怨めしいなんぞと詰まらねえ愚痴をいうな。嘘や冗談じゃねえ、神妙に覚悟していろ」
 十右衛門は堪まらなくなって、半七の傍へおずおず寄って来た。
「もし、親分。おまえさん大分酔っていなさるようだから、まあ奥へ行ってちっとお休みなすってはどうでございます。店先であんまり大きな声をして下さると、世間へ対して、まことに迷惑いたしますから。おい、和吉。親分を奥へ御案内申して……」
「はい」と、和吉はふるえながら半七の手を取ろうすると、彼は横っ面をゆがむほどになぐられた。
「ええ、うるせえ。何をしやがるんだ。てめえ達のような磔刑野郎のお世話になるんじゃねえ。やい、やい、なんでひとの面を睨みやがるんだ。てめえ達は主殺しだから磔刑野郎だと云ったがどうした。てめえ達も知っているだろう。磔刑になる奴は裸馬に乗せられて、江戸じゅうを引き廻しになるんだ。それから鈴ヶ森か小塚ッ原で高い木の上へ縛り付けられると、突手つきてが両方から槍をしごいて、科人とがにんの眼のさきへ突き付けて、ありゃありゃと声をかける。それを見せ槍というんだ、よく覚えておけ。見せ槍が済むと、今度はほんとうに右と左の腋の下を何遍もずぶりずぶり突くんだ」
 この恐ろしい刑罰の説明を聴くに堪えないように、十右衛門は顔をしかめた。和吉も真っ蒼になった。ほかの者もみな息をんで、云い知れぬ恐怖に身をすくめていた。どの人も、死の宣告を受けたように、たたきもしないで小時しばしは沈黙をつづけていた。
 冬の空は青々と晴れて、表の往来には明るい日のひかりが満ちていた。

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