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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)09 春の雪解

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 9:38:15  点击:  切换到繁體中文


     二

 もとよりめくらの云うことで、別に取り留めた証拠もないのであるが、半七はそれを一種の不思議な話として、ただ聞き流してしまうわけには行かなかった。彼はあくまでその不思議の正体を突き止めたかった。その晩は徳寿に別れて、神田の家へまっすぐ帰ったが、あくる朝、浅草の馬道うまみちにいる子分の庄太を呼びにやった。
「おい、庄太。廓は田町の重兵衛の縄張りだが、おれが少しちょっかいを出して見たいことがあるんだ。てめえ一つ働いてくれ。江戸ちょうに辰伊勢という女郎屋があるだろう。あすこの誰袖たがそでという女のことを少し洗って貰いてえんだ」
「誰袖は入谷の寮に出ていると云うじゃありませんか」と、庄太は心得顔に云った。
「それを調べてくれと云うんだ。実は少しおれの腑に落ちねえことがあるから……。つまりあの女には情夫おとこでもあるか、なにか人から恨みでも受けているようなことでもあるか。それから如才じょさいもあるめえが、その辰伊勢という店の内幕も一と通りは調べあげてくれ」
「わかりました。二、三日中にはみんな調べあげてまいります」
 庄太は受け合って帰った。二、三日という約束が四、五日を過ぎても、庄太は顔を見せなかった。あいつ何をしているのだろうと思ったが、一日を争う仕事でもないので、半七もそのまま打っちゃって置くと、二月の初めになって庄太がぶらりと訪ねて来た。
「親分。申し訳がありません。実は小せえ餓鬼が麻疹はしかをやったもんですから」
「そりゃあいけねえな。軽く済みそうか」
「へえ、好い塩梅あんばいに軽そうです」と、庄太は云った。「そこで親分、例の辰伊勢の一件ですが、まあ一と通りは洗って来ましたよ」
 庄太の報告によると、辰伊勢は江戸町でも可なり売ったが、安政の大地震のときに、抱えの遊女を穴倉へ閉じ籠めて置いて、みんな焼き殺してしまったとかいうので、それから兎角にけちがついて、商売の方もあまり思わしくない。尤も吉原では暖簾のふるい店でもあり、ほかにも地所や家作かさくなどをもっているので、まず相当に店を張っている。当時はおまきというのが女主人で、永太郎という今年二十歳はたちの伜の後見をしているが、死んだ亭主と違って、おまきは情けぶかい方で世間の評判も悪くない。誰袖はお職から二枚目の売れっで、去年の二のとりが済んだ頃から入谷の寮に出養生をしているが、女に似合わない大酒であるから、酒毒で胸を傷めたのだろうという噂である。年は二十一で、下谷の金杉の生まれだと女衒ぜげんが話した。
「いや、御苦労。まずそれで一と通りは判った」と、半七はうなずいた。「そこで、その女には情夫おとことか何とかいう者はねえのか。それだけの売れっ妓なら何かあるだろう」
「それがはっきりと見当が付かねえそうで……。もちろん馴染みの客は大勢あるんですが、なかなか手取り者らしいんで、どれがほんとうの情夫なんだか、店の者にもよく判っていないということです。これには私も困りましたよ」
 それだけのことでは、半七も考えの付けようがなかった。
「きょうはかかあが留守だから、見舞はいずれ後から届けるが、小児こどもが病気じゃあ困るだろう。まあ、取りあえずこれだけ持って行け」
 半七は庄太に幾らかの金をやって、まあ午飯ひるめしでも食っていけと云うと、庄太は喜んで鰻飯の馳走になった。その間に彼は又こんなことを話した。
「こりゃあ別の話ですがね。やっぱり金杉の方から吉原へ辻占つじうらを毎晩売りに来る娘があるんです。十六七で、容貌きりょうがいいのに声がいいというので、廓でもだいぶ評判になって、素見ひやかしなんぞは大騒ぎをしていたんだが、それがどうしてか、去年の暮頃からちっとも姿を見せなくなってしまったので、おせっかいの奴らがいろいろ詮議したがどうもわからない。たぶん情夫おとこでも出来て、駈落ちでもしたんだろうということになってしまったんですが、田町たまちの重兵衛はそれに何か目星をつけた事でもあるのか、子分に云い付けてその娘のゆくえを捜させているそうです」
「そうか」と、半七は考えた。「そんなことがあるのか。おらあちっとも知らなかった。土地のことだけに重兵衛は眼が早えな。その辻占売りの娘というのは容貌がいいんだな。年は十六七……。むむ、間違げえのありそうな年頃だ。名はなんというんだ」
「おきんというんだそうです。親分も何かお考えがありますか」
「まだ確かなことは云えねえが、少し胸に浮かんだことがある。まあ無駄足だと思って、その金杉へ行ってみようよ。おまえも御苦労だが、一緒に来てくれ」
「ようがす」
 飯を食ってしまって、二人はすぐに金杉へ行った。きょうはのどかな日で、上野の森の上には薄紅い霞が流れていた。
「誰袖の家は金杉だな」と、半七は途中で云った。「どっちを先にしようか。まあ、やっぱりその辻占売りの方から取りかかろう。おまえ、そのおきんという娘の家を知っているのか」
 庄太は知らないと云った。どうでこんよく探すのは覚悟の上であるから、二人はあたたかい日を背負いながら金杉の方へぶらぶら歩いて行った。そのうちに何を見付けたのか、半七は急に立ち停まった。
「おい、徳寿さん、どうしたい」
 按摩の徳寿は杖にすがってちょっと考えたが、勘のいい彼はこのあいだの蕎麦屋の旦那の声を忘れなかった。彼は頻りにその時の礼を云っていた。
「よいお天気になりまして結構でございます。旦那様、今日はどちらへ……」
「丁度いい所でおまえに逢った。お前もこの近所だそうだが、ここらにおきんという辻占売りの家はねえかしら」
「へえ。おきんはわたくしの近所におりましたが、昨年の暮から何処へか行ってしまいましたよ」
「本人はいなくっても、親か兄妹きょうだいがあるだろう。ひとり者じゃあるめえ」
「それが旦那。こういう訳なんでございますよ」と、徳寿は仔細らしく話した。
「おきんは兄貴と二人で暮していたんですが、その兄貴の寅松というのは博奕ばくち打ちの道楽者でしてね。おきんのゆくえが知れなくなると、それから半月ばかり経って、これも何処へか夜逃げのように姿を隠してしまいました。なんでも博奕場で喧嘩をして、人に傷をつけたとかいうので、それが面倒になって何処へか飛んで行ってしまったらしいんです。そういうわけですから、家はもう空店あきだなになってしまって、二、三日中にほかの人が越して来るとかいう噂でございます」
 田町の重兵衛が眼をつけているのは、おきんの問題より恐らくこの寅松に関係している事件であろうと半七は想像した。かれは更に徳寿に訊いた。
「あの辰伊勢の寮にいる誰袖という女も、やっぱり金杉の近所の者だというじゃあねえか。お前、知らねえか」
「存じて居ります。誰袖さんの花魁も金杉の生まれで、やっぱりおきんの近所で育ったんだそうですが、両親ふたおやともにもう死に絶えてしまいまして、これも跡方はございませんよ」
 すべての手掛りが断えてしまったので、半七は失望させられた。それでも彼は強情にこの按摩から何かの手蔓てづるを探り出そうと試みた。今もむかしも根気が乏しくては出来ない仕事である。
「ねえ、徳寿さん、このあいだ聞いていりゃあ、その誰袖の花魁は大変おまえを贔屓にして、ほかの按摩さんじゃいけねえと云っているというじゃあねえか。おかしなことを訊くようだが、どうしてお前、そんなに花魁の気に入ったんだえ。揉み方の上手ばかりじゃあるめえ。何かほかに訳があるだろう」
「へえ」と、徳寿はにやにや笑っていた。
 半七と庄太は顔を見あわせた。なんと思ったか、半七は紙入れから一歩のかねを出して徳寿の手に握らせた。そうして、ちょいと其処まで来てくれと云って、彼を左側の横町へ連れ込んだ。柳原家の抱え屋敷と安楽寺という寺の間をぬけると、正面には一面の田畑が広く開けていた。田のくろを流れる小さい水のはたで、子供が泥鰌どじょうをすくっているほかに、人通りもないのを見すまして、半七はまた訊いた。
「おまえ、隠しちゃあいけねえ。こんな野暮なことを云いたくねえが、おれは実はふところに十手を持っているんだ」
 徳寿は俄かに顔の色を変えて、おし潰されたように、小腰をかがめた。わたくしの知っているだけの事はなんでも申し上げますと、かれはふるえながら答えた。
「じゃあ、正直に云ってくれ。おまえ、誰袖に頼まれて、なにか内証のふみ使いでもするんじゃあねえか」
「恐れ入りました」と、徳寿は見えない眼をとじて頭を下げた。「お察しの通りでございます」
「その文使いをする相手は誰だ」
「それは辰伊勢の若旦那でございます」
 半七と庄太は顔をみあわせた。

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