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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)26 女行者

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 9:55:25  点击:  切换到繁體中文


     三

 今度の事件については、多吉はとかく下っ引の源次にせんを越されていた。源次は多吉の報告以上に、紙屋の息子が姿をかくした事件を詳しく知っていた。
 源次の話によると、きのうのひる過ぎにかの式部が炭団たどん伊勢屋へたずねて来て、後家のお豊に厳重な掛け合いを持ち出した。それは当家の伜久次郎どのがお姫様に対して無礼を働いたというのであった。久次郎どのには怪しい獣の悪霊あくりょうが付きまとっているので、それをはらうために毎夜秘密の祈祷を行なっていることは、おふくろ殿もかねて御存じの筈である。本来ならば一七日の祈祷で当然その禍いを祓い得べきであるのに、今度の祈祷に限って不思議にそのげんがみえない。更に二七日、三七日、四七日と祈りつづけても、やはりその験のあらわれないのは甚だ不思議に思っていたところが、今になってその仔細が初めて判った。当人の久次郎どのが汚れた心を持っていたからである。久次郎どのは毎夜かかさず通って来るのは、まことの心からの信心ではない。実はお姫様に懸想けそうしていたのである。現にゆうべの祈祷の休息のあいだに、彼はお姫様をとらえてみだらなことを云い出した。実に言語道断の不埒ふらちである。
 お姫様は勿論それを取り合われる筈はなかった。持っていた幣束へいそくで彼の面を一つ打ったままで、無言で奥の間へはいってしまわれたが、それを知った拙者はすぐにその場へ踏み込んで、久次郎の不埒をきびしく叱って、今後決して、参ることは相成らぬと襟髪をつかんで表へ突き出してしまった。久次郎どのは何と云っているか知らないが、事実は全くこの通りであって、お姫様をけがそうとするのは神を涜そうとするも同じことである。久次郎どの如き言語道断の不埒者はもとより相手にはならない。改めておふくろ殿にお掛け合いをいたすために、こんにちまかり越した次第であると、式部は形を正しゅうしておごそかに云った。
 思いもよらない掛け合いをうけて、お豊は魂が消えるほどにびっくりした。殊に自分は飽くまでもかの尊い行者を信仰しているだけに、わが子の不埒が重々面目なかった。面目ないというよりも、かれは実におそろしかった。彼女は畳にひたいをうずめて、恐れかしこんでわが子の罪を幾重いくえにも詫びた。かれは当然自分ら親子のうえに落ちかかって来るべき神の御罰をのがれるために、あらためて謝罪の祈祷を嘆願した。祈祷料の二百金は式部のまえに差し出された。式部は容易にそれに手を触れなかったが、結局お姫様の思召しをうけたまわるまで、ともかくもお預かり申して置くということになって、その二百両を受け取って帰った。
 式部の帰ったあとで、お豊はすぐ久次郎を奥へ呼んだ。相変らずぼんやりして店へ坐っていた久次郎は、母のまえに出てその詮議をうけたが、かれの答弁はすこぶるあいまいであった。尊い行者を涜そうとした事実について、彼はそれを絶対に否認しようともしなかったので、母はいよいよ悲しみ嘆いて、神罰のおそろしいことをくれぐれも云い聞かせた。今後その汚れた心を入れかえて、身に付きまとった禍いをはらわなければならないと、涙ながらに説きさとした。久次郎は黙っておとなしく聴いていた。
 日が暮れてから久次郎はいつものようにふらりと何処へか出て行ったが、夜が更けても帰らなかった。伊勢屋でも心配して、念のために式部のところへ聞きあわせてやると、久次郎はきのうから一度もみえないという返事であった。久次郎はその晩も帰らなかった。そうして、今朝になってもまだ帰らないので、伊勢屋ではいよいよ不安を感じた。式部が掛け合いのことはお豊ひとりの胸に秘めて、店の者にはいっさい秘密にしてあったのであるが、もううなってはかくしても隠されないので、お豊は番頭どもを呼びあつめて、その秘密を打ちあけた。番頭共には差し当ってどうという確かな見当も付かなかったが、おそらく自分の不埒を恥じ悔んで、面目なさの家出であろうということに諸人の意見が一致した。
 家出の動機がそれであるとすると、久次郎の身のうえにかかる不安はいよいよ大きくなって来た。お豊は狂気のようになって騒ぎ出した。かれはすぐに祈祷所へ駈けて行って、久次郎のゆくえをうらなって貰うことにした。番頭の重兵衛は瀬戸物町の源太郎のところへ駈けつけて、秘密にその探索方をたのんだ。親類そのほかの心当りへも使を出した。
 この報告を聞いて、半七は膝を立て直した。
「それじゃあ、いよいよ思い切って手入れをしなけりゃあなるめえ。伊勢屋の番頭が瀬戸物町へ駈け込んで、そっちから何かちょっかいを出されると面倒だ」
「すぐにやりますかえ」と、多吉はいた。
「むむ、すぐに取りかかろう。相手はその行者と、式部とかいう奴と、藤江という女だ。まずそれだけだな。いや、かかり合わねえといっても、女中ふたりも逃がしちゃあいけねえ。まだほかにどんな奴が忍んでいるかも知れねえ。源次は表向き面出しをするわけにも行かねえんだから、多吉一人じゃあちっと手不足かも知れねえよ。善八でも呼んで来い」
「善八ひとりでたくさんですかえ」
「それでよかろう。なんといっても相手は女だ。そんなに大勢でどやどや押し掛けて行くのも見っともねえ」
 多吉はすぐに子分の善八を呼びに行った。源次はその後の模様を探るために、再び炭団伊勢屋の方へ出て行った。半七が身支度をして神田の家を出たのは朝の四ツ(午前十時)過ぎで、会式桜えしきざくらもまったく咲き出しそうな、うららかな小春日和びよりであった。
 半七は途中で買物をして、更になにかの支度をして、日本橋茅場町の祈祷所へたずねてゆくと、以前は誰が住んでいたか知らないが、新らしく作り直したらしく門柱には神教祈祷所という大きな札がかけられて、玄関先に注連しめが張りまわしてあった。六畳ばかりの玄関には十四五人の男や女が押し合うように詰めかけていて、坐り切れない人達は式台の上までこぼれ出していた。半七もおとなしくそこに坐って、自分の順番のくるのを待っていると、そのあとから又五、六人がだんだんはいって来た。そのなかには子分の善八もまじめな顔をしてまじっていた。かれは勿論半七の方を見返りもしないで、ほかの人達となにか小声で話しているらしかった。
 一人ひとりの祈祷や占いが可なり長くかかるので、半七は※(「日+向」、第3水準1-85-25)いっときほども待たされたが、それでもこんよく辛抱していた。先の人が立ち去ると、入れ代りのように後の人がまた詰めかけて来るので、玄関にはいつでも十四五人が待ちあわせている。なるほど、なかなか流行ることだと半七は思っていると、やがて自分の番がまわって来て、かれは正面の祈祷所へ通された。
 祈祷所は十五六畳ばかりの座敷で、その構えは先に多吉が報告した通りであった。正面には御簾みすを垂れて、鏡や榊や幣束へいそくなどもみえた。信心者からの奉納物らしい目録包みの巻絹や巻紙や鳥や野菜や菓子折や紅白の餅なども其処そこらにうず高く積まれてあった。若い美しい行者は藁の円座えんざのようなものの上に坐って、手には幣束をささげていた。少し下がったところに、それがの式部というのであろう、五十ばかりの如何にも京侍らしい惣髪の男が、白い袴に一本の刀をさして行儀ただしく控えていた。神前をはばかるのか、かれは絶えずうつむいているが、ときどき鋭い上目うわめ使いをしてあたりに注意しているらしいのが半七の眼についた。
「どうぞお進みください」と、式部は静かに云った。
「ごめんください」
 半七は丁寧に会釈して進み出て、正面の行者の顔をみあげた時、そのそばに一人の若い女が控えているのを更に見いだした。女は白絹の小袖を着て、おなじく白い切袴きりばかまをはいていた。それがの藤江というのだろうと半七はすぐに覚った。
 藤江も美しい少女であったが、正面の座に直っている行者は更にうるわしいものであった。十七八というのは彼女の美に惑わされた報告で、どうしても二十歳はたちか、あるいは二十歳を一つ二つぐらいは越えているらしいが、見たところは如何にも若々しかった。彼女は白粉おしろいのあつい顔に眉黛まゆずみを濃くして、白い小袖の上に水青の狩衣かりぎぬを着ていた。緋の袴という報告であったが、きょうは白い袴をはいていた。万事の応対はすべて式部が引き受けているので、かれはひと言も口を利かなかった。
「して、御祈祷をおたのみでござるか」と、式部は訊いた。
「はい」と、半七は再びかしらをさげた。「実はわたくしの母が昨年以来、なにか付き物でも致したようで、時々に取り留めもないことを口走りますので、まことに困り果てて居ります」
 何分にもそのおはらいをお願い申したいと云って、半七は白木の台付きの箱をうやうやしく捧げて出した。箱の形から見て、それは一匹の白絹であるらしかった。式部も会釈えしゃくして、その箱をうけ取って、まず行者のまえに押し直すと、行者は幣束を取り直してその箱のうえを一度払った。そうして、神前に供えよとあごで知らせると、式部は心得てその通りにした。
「お聴きの通りでございますが、おいのり下さりましょうか」と、式部はあらためて行者に訊くと、彼女はやはり無言でうなずいた。
「では、もっと近うお進みください。御遠慮なく……」
 式部は半七を頤でまねいた。半七は会釈して又ひと膝すすみ出ると、行者の衣にはなにかの香がめてあるらしく、蘭奢らんじゃとでもいいそうな一種の匂いが彼の鼻にしみた。

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