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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)31 張子の虎

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 9:59:57  点击:  切换到繁體中文


     三

「草履の片足はとんだ鏡山かがみやまのお茶番だが、張子の虎が少しわからねえ」
 半七は帰る途中で考えていたが、それから番屋へ行って聞きあわせると、下総屋の番頭吉助はなにを調べられても一向に知らぬ存ぜぬの一点張りで押し通しているのと、かれのふだんの行状が悪くないということが確かめられたのとで、ひと先ず主人預けとして下げられた。名代みょうだい部屋に寝ていた他の二人も、やはり主人あずけで無事に下げられたとのことであった。
 あくる日、半七は八丁堀へ出向いて、きのう取り調べただけの結果を報告すると、藤四郎はなるべく早く調べあげてくれと催促した。半七は承知して帰って、子分の多吉をよんで何事かを耳打ちすると、多吉は心得てすぐに出て行った。
 それから三日目である。花どきの癖で、長持ちのしない天気はきのうの夕方からなま暖かくくもって、夜なかから細かい雨がしとしとと降り出した。早起きの半七がまだ顔を洗っている明け六ツ(午前六時)前に、伊勢屋の与七が息を切ってたずねて来た。
「親分、又いろいろのことが出来しゅったいしました」
「与七さんか。早朝からどうしたんだ。まあ、こっちへあがって話しなせえ」
「いえ、落ち着いちゃあいられないんです」と、与七は上がりがまちに腰をおろしながら口早にささやいた。「ゆうべの引け四ツから、けさの七ツ(午前四時)頃までのあいだに、うちのお浪というのが駈け落ちをしてしまったんです」
「お浪というのはどんな女だ」
「お駒の次で、三枚目を張っている女です。ふだんから席争いでお駒とはあんまり折り合いがよくなかったようですが、お駒の方が柳に受けているので、別にこうという揉め捫著もんちゃくも起らなかったんです。そのお浪が急に姿をかくしたには何か訳があるんだろうから、とりあえず親分にお報らせ申せと主人が申しましたので……。それにもう一つおかしいことは、主人が確かにおあずかり申した筈の張子の虎、あれも何処へか行ってしまったんです。いや、張子の虎が自然にあるき出す筈はないんですが、誰が持ち出したものか、影も形もなくなってしまったんです」
「一体どこへしまって置いたんだろう」
「ほかの品と違って、まあ、早く云えばお駒の形見かたみのようなものだというので、御仏壇に入れて置いたんだそうです」
「仏壇か。悪いところへ入れて置いたものだ」と、半七は舌打ちした。「が、まあ仕方がねえ。そこで、それはいつ頃なくなったんだ」
「それが判らないんです。なにしろきのうの夕方までは確かにあったというんですから、その後になくなったものに相違ないんです」
「なるほど」と、半七は眉を寄せた。「そこで、そのお浪という女には悪い足でもあるのかえ」
「どうも確かな見当が付かないんですが、ふだんから少し病身の女で、勤めがいやだと口癖に云っていました。けれども時が時で、おまけに張子の虎がなくなっているもんですから、なんだかそこがおかしいので……」
「まったくおかしい、なにか訳がありそうだ。ほかにはなんにも紛失物はないんだね」
「ほかには何もないようです」
「よし、判った。それもなんとか手繰たぐり出してやろうから、主人によくそう云ってくれ」
「なにぶん願います」
 与七は雨のなかを急いで帰った。材料はいつも三題噺さんだいばなしのようになる。重ね草履と張子の虎とお浪の駈け落ちと、この三つの材料をつなぎあわせて、半七はしばらく考えていた。商売上のねたみか、又はなにかの遺恨で、お浪がお駒を絞め殺したと仮定する。宿場しゅくばかせぎの女郎などは随分そのくらいのことは仕兼ねない。相手を殺して素知らぬ顔をしていたが、なにぶんにも気が咎めるので、とうとう居たたまれなくなって逃げ出した。それも随分ありそうなことである。しかし張子の虎が判らない。お浪が何のためにそれを盗み出したか。この理窟が考え出せない以上は、謎はやはりほんとうに解けないのであった。
 午過ぎになって、多吉がきまりの悪そうな顔を見せた。かれの探索は半七の註文通りになかなか運ばないのであるが、その一部だけはどうにかこうにか洗い上げて来て、親分の前へ報告した。
「いや、御苦労。それで大抵あたりは付いたが、もうひと息のところだ。踏ん張ってやってくれ」と、半七は更になにかの注意を彼にあたえて帰した。
 日が暮れるころに半七は伊勢屋へゆくと、お定は入口に立っていた。
「今晩は」と、かれは半七を見るとすぐに挨拶した。
「とうとう降り出したね」と、半七は傘のしずくを払いながら云った。「お浪がまた駈け出したというじゃあねえか」
「ほんとうにいろいろのことが続くので、なんだかいやな心持でなりません。うちの人たちはお浪さんが殺したのだなんて云っていますけれど……」
「そりゃあ間違いだ。そんなことがあるもんじゃねえ」と、半七は笑いながら打ち消した。
「そうでしょうか」と、お定はまだ不安らしい顔をして、相手の眼色をうかがっていた。
「そうじゃあねえ。お浪がなんで人殺しなんかするもんか」
「そうでしょうね」と、お定は僅かにうなずいた。
「まあ、待っていねえ。今にかたきを取ってやるから」
「どうぞおたのみ申します」
 お定は襦袢じゅばんの袖口で眼をふいていた。それをあとに見て半七は奥へ通ると、主人夫婦はいよいよ顔をくもらせていた。お浪の駈け落ちや張子の虎の詮議がひと通り済んだあとで、半七は主人を慰めるように云った。
「なに、もう御心配にゃあ及びません。もう見当は大抵ついています。あのお定という新造は通いですか。うちはどこですえ」
「すぐ二、三軒さきの酒屋の裏で、洗濯ばあさんの二階を借りています」と、主人夫婦は答えた。
「じゃあ、わたしはこれからその留守宅を調べに行きますから、本人にも知らさないようにして置いてください」
「お定になにか御不審があるんですか」と、女房はびっくりしたようにいた。
「いや、まだ確かに判りません。まあ、ちょいと行って見ましょう」
 半七はしずかにって出て行ったが、それから小半※(「日+向」、第3水準1-85-25)ときも経たないうちに、手拭に巻いた片足の草履を持って来た。かれは与七を呼んで、この間あずけて置いた草履の片足を取り寄せた。それとこれとを主人の眼の前でならべてみると、一足の草履がたしかに揃った。
「その片足がお定のうちにあったんですか」と、与七は眼をみはった。
「わけはあとで話す」と、半七は笑った。「それよりも先にお定に用がある。そこらにいるなら、早く呼んでくれ」
「今しがたお客があったので、二階へ行っている筈ですが……」
 なんだかけむにまかれたような顔をして、与七はあたふたと出て行った。迂闊うかつに口を出すわけにも行かないので、主人夫婦はおしのように黙っていた。お駒が形見の草履を前にして深い沈黙がしばらく続いた。
「親分。お定は見えませんよ。二階じゅうをさがしても何処にもいないんです」
 与七が声をひそめて訴えて来ると、半七は持っていた煙管を思わず投げ出した。
「畜生、素捷すばやい奴だ。よもや家へ帰りゃあしめえが、まあ念のために行ってみよう」
 かれは急いで伊勢屋を出て、ふたたび酒屋の裏をたずねると、お定はさっきから一度も姿を見せないとのことであった。半七は更にあるじの婆さんにむかって、このごろお定がどこへか出たことがあるか、また彼女かれをたずねて来た者があるかと詮議すると、お定は毎月一度ずつ千住の方へ寺参りにゆくほかには滅多に何処へも出かけたことはないらしい、訪ねて来る人も殆ど無い。たった一度、今から一と月ほど前にお店者たなものらしい四十格好の男がたずねて来て、お定を門口かどぐちへ呼び出して何かしばらく立ち話をした上で、ふたりが一緒に連れ立って出て行ったことがあると、婆さんは正直に話した。半七はその男の人相や風俗をくわしく訊いて別れた。
 宿しゅくの入口の小料理屋へはいって、半七は夕飯を食った。それから源助町の方角へ足を向けるころには、雨ももうんでいた。尻を端折はしょって番傘をさげて、半七は暗い往来をたどってゆくと、神明前の大通りで足駄の鼻緒をふみ切った。舌打ちをしながら見まわすと、五、六軒さきに大岩おおいわという駕籠屋の行燈あんどうがぼんやりとともっていた。ふだんから顔馴染であるので、かれは片足を曳き摺りながらはいった。
「やあ。親分。いい塩梅あんばいにあがりそうですね」と、店口で草履の緒を結んでいる若い男が挨拶した。「どうしなすった。鼻緒が切れましたかえ」
「とんだ孫右衛門よ」と、半七は笑った。「すべって転ばねえのがお仕合わせだ。なんでもいいから、切れっぱしか麻をすこしくんねえか」
「あい、ようがす」
 店の炉のまわりに胡坐あぐらをかいていた若い者が奥へはいって麻緒を持って来ると、半七はかまちに腰をおろした。
「親分、わたしがげてあげましょう」
「手をよごして気の毒だな」
 若い者に鼻緒をすげさせながら不図ふとみると、ひとりの男が傘を半分すぼめて、顔をかくすように門口かどぐちに立っていた。半七は傍にいる若い者に小声でいた。
「ありゃあ何処の人だ。馴染かえ」
「源助町の下総屋の番頭さんです」
 半七の眼は光った。主人預けになっている筈の彼が夜になって勝手に出あるく。それだけでも詮議ものであると思ったが、半七はわざと見逃がして置いた。
「そうして、これから何処へ行くんだ。宿しゅくかえ」と、かれは再び小声でいた。
「なんだか大木戸まで送るんだそうです」
 そう云っているうちに、一方の若い者の支度は出来て、かどに忍んでいる番頭は駕籠に乗って出た。雨あがりの薄い月がその駕籠の上をぼんやりと照らしていた。
「おい、おれにも一挺頼む。あのあとをそっとけてくれ」
 相手が相手であるから若い者はすぐに支度して、半七をのせた駕籠は小半町ばかりの距離を取りながら、人魂ひとだまのように迷ってゆく駕籠の灯を追って行った。前の駕籠が大木戸でおろされると、半七も下りた。駕籠屋を帰して、かれはぬかるみを足早に歩き出した。鼻緒をすげてしまうのを待っている間がなかったので、かれは大岩の貸し下駄を穿いていた。
 今夜はもう五ツ(午後八時)を過ぎているので、海辺の茶店はまっていた。北から数えて五つ目の茶店の前で、下総屋の番頭吉助は立ちどまってそっと左右を見まわした。かれはいつの間にか頬かむりをしていた。

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