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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)46 十五夜御用心

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 18:45:40  点击:  切换到繁體中文


     五

「お話は先ずこのくらいにして置きましょう」と、半七老人は云った。「どうです。大抵はお判りになりましたか」
「まだ判りません」と、私は自分の神経のにぶいのを恥じるように答えた。「その女は無論つかまえたんでしょうね」
「女ですか。ひとりは捉まえたが、一人は逃がしてしまいましたよ」
「じゃあ二人ですか」
「ひとりは匕首を持っていた女……。そいつは刃物を振りまわして、私に斬ってかかって来ましたが、こっちも商売ですから、空手でどうにか捻じ伏せてしまいました。もう一人の女……例の古井戸の方へ忍んで来た奴は、松吉を突き退けて逃げたんです。なにしろ真っ暗闇ですからね」
「井戸へ飛び込んだのは誰なんです」
「飛び込んだのじゃあない、投げ込んだのですよ。男の死骸を……」
「男の死骸……」
「元八という奴の死骸です」
「元八も殺されたんですか」
「可哀そうに殺されました」
「一体その女たちは何者です」と、わたしはいた。
「ひとりはおまんという女で、若いように見えても二十六でした。もう一人は例のお鎌という女で、こいつは年に似合わない頑丈な婆さんでした」と、老人は説明した。「そこで、あなたも大抵お察しでしょうが、竜濤寺という古寺は悪い奴らの隠れ家で……。芝居や草双紙にもよくありますが、とかく古寺なんていうものは、山賊なんぞの棲家すみかになるもので、この寺も暫く無住のあき寺になっているうちに、悪い奴らが巣を作ってしまったんです。しかしいつまでも空寺にして置くと、何時いつほかの住僧がはいり込まないとも限らないから、いっそ自分たちが占領してしまう方がいいというので、全達と全真、この二人が住職と納所に化けて住み込むことになったんです。どっちも田舎の坊主あがりで、お経の読み方や木魚の叩き方ぐらいは知っていたそうですが、なにしろ二人とも喰わせ者で、世間を誤魔化すために殊勝らしくかねなんぞをちんちん鳴らして、近所を托鉢に歩いていたというわけです」
「じゃあ、虚無僧ふたりも偽物ですね」
「勿論これも偽虚無僧、芝居ならば忠臣蔵の本蔵とか毛谷けや村のおそのとかいう所です。御承知でもありましょうが、坊主や虚無僧は寺社奉行の支配で、町方まちかたでは迂濶に手を着けることが出来ないのですから、そこを見込んで思い思いに化けたんでしょう。こいつらは徒党を組んで、大きい町人や旗本屋敷をあらし廻って、相当に纏まった仕事をしていたらしいんです。この一件の一と月ほど前に東両国の質屋へ押込みにはいった二人組がありましたが、その晩は蒸し暑いので、ひとりの奴が覆面を取って顔の汗を拭くと、それが坊主頭であったので、店の者は又おどろいたということです。私はその話を聞いて、この頃ここらに坊主あたまの悪い奴らが立ち廻っていることを知っていたので、竜濤寺の坊主共も或いはそんな仲間じゃあないかと、まず第一に思い付いたんです。
 そこで、古井戸の死骸ですが、出家二人と虚無僧二人が、一度に身投げをするのもおかしい。おまけに、その死骸が水をんでいなかったと云いますから、身投げでは無いように思われます。しかし他人が殺して投げ込んだのならば、からだに何かの疵あとが残っていなければならない。たとい毒殺にしても、やっぱり何かの痕が残って、検視の役人たちにも知れる筈です。他人が殺して、なんにも跡方が残らないのは、睡り薬のほかは無いということを、私はかねて医者から聞いていました。睡り薬というのはモルヒネです。今日ではどうだか知りませんが、江戸時代の検視では睡り薬で死んだのを鑑定することは出来なかったようです。しかしその睡り薬というものが其の時代には容易に手に入らない。かの四人は、何者にか睡り薬を飲まされて、古井戸へ投げ込まれたのじゃあ無いかと、私も最初から疑っていたんですが、さてその薬の出所がわからない。そのうちに、元八の口からこんなことを聞きました。さっきもお話し申した通り、納所坊主が諏訪の祭りの噂をしたというんです。それが信州の諏訪でなく、長崎の諏訪らしいので、私は気が付きました。さてはこいつらの仲間のうちに、長崎に関係のある奴がまじっている。長崎ならば、異国の商船が絶えず出入りをしている土地ですから、モルヒネの睡り薬を手に入れることが出来る。そこで、緑屋の爺さんに訊いてみると、荒物屋のお鎌は九州の生まれだというので、いよいよ長崎に縁のあることが判りました」
「そこで、そのお鎌というのはどういう人間なんですか」と、私もいよいよ興味をそそられて訊いた。
「お鎌は果たして長崎の人間でした。死んだ亭主の名は徳之助と云って、二十年ほども前から夫婦連れで国を出て、何かの縁を頼って、初めは江戸の品川に草鞋わらじをぬぎ、それから山の手辺を流れ渡って最後にこの押上村におちついて、十五六年も無事に暮らしていたんです。生まれ故郷を遠く離れて、なぜ江戸三界へ出て来たのか、それはよく判らないんですが、なにか良くない事をして、江戸へ逃げて来たんだろうと思われます。こう云えば、まず大抵は想像が付くでしょうが、長崎の祭りを恋しがった全真という納所は、お鎌の夫婦に由縁ゆかりのある者で、実はお鎌の甥にあたるんです。全真は子どもの時から長崎在の小さい寺へ小僧にやられていたんですが、これも何かのしくじりがあったんでしょう、五、六年前から国を飛び出して、叔母のお鎌をたずねて来る途中、東海道の三島の宿から全達と道連れになって、一緒に江戸へ出て来たんです。その道中のことはよく判りませんが、江戸へ着いた頃には二人とも、もう相当の悪者になっていたようです。この二人が竜濤寺の空寺に巣を作るようになったのも、お鎌に教えられたんでしょう。そのうちに、お鎌の亭主の徳之助が死んだので、死骸を竜濤寺へ葬って、その墓参りにかこつけてお鎌は始終出這入りをしていたんです。そんなわけですから、お鎌はみんなの悪事を承知しているどころか、そいつらが盗んで来た品物を択り分けて、賍品買けいずかい湯灌場買ゆかんばかいなぞに売り捌いていたんですが、近所の者は誰も気がつかなかったと見えます」
「虚無僧は何者です。やっぱり長崎の生まれですか」
「いや、これは長崎じゃありません。二人とも北国筋の浪人だと云っていたそうですが、本当の身許はわかりません。ひと通りの武芸は出来たようですから、ともかくも大小をさした人間の果てには相違ありますまい。二人は兄弟でもなく、叔父甥でもなく、ひとりは石田、ひとりは水野と云っていたそうですが、もちろん偽名でしょう。どこでどう知り合いになったのかも知りませんが、石田と水野も竜濤寺の仲間入りをして、前にも云ったように、大きい町人や旗本屋敷を荒らし廻っていたんです。そうして幾年のあいだは、うまく世間の眼を晦ましているうちに、ここに一つの捫著もんちゃくが起りました」
「おまんという女の一件ですか」
「あなたも若いだけに、そういう方へはすぐに神経が働きますね」と、老人は笑った。「お察しのごとく、そのおまんが捫著の種で……。こいつは長崎の女郎あがりで、十九の年に大阪の商人に請け出されて行ったそうですが、間もなく店の若い者と一緒に駈け落ちをして、途中で捨てたのか捨てられたのか、ともかくも自分ひとりで江戸へ出て来て、それから妾奉公や、いろいろのことをやっていたんです。何でも雪のふる日に、本所の番場辺へ行く途中、多田の薬師の前で俄かに癪が起って悩んでいるところへ、虚無僧の石田が通りかかって介抱して、自分の隠れ家の竜濤寺へ連れ込んだと云うんですが、いずれ女の方から持ち掛けたか、男の方から誘いかけたか、何かの理窟があるんでしょう。ところが、このおまんという奴は女郎あがりの腕の凄い女で、石田と水野と全達と全真の四人をみんな巧く丸め込んで、自分がこの四人組の大将分のようになってしまったんです。こうなると、男は意気地がありませんね。ははははは。しかしおまんは竜濤寺に同居しないで、深川の方に妾宅風のしゃれた暮らしをして、うわべは囲い者かなんぞのように見せかけて、時々に寺へ通って来ていたんです。
 それだけなら未だよかったんですが、四人のなかでは全真が一番若い。ことし二十五で、おまんよりも一つ年下です。殊に双方が同国の長崎というんですから、おまんは誰よりも全真を余計に可愛がるような素振りが見える。それが他の三人には面白くない。その嫉妬やきもち喧嘩から仲間割れが出来て、おまんは全真を連れて何処へか立ち去るという。それを全達が仲裁して、一旦は無事に納まったんですが、全達とても内心は面白くない一人ですから、結局は石田や水野と心をあわせて、十五夜の晩に月見の小酒盛を催し、酔った振りをして喧嘩を吹っかけて、その場で全真を殺してしまう。おまんが飽くまでも全真を庇うようならば、これも一緒に殺すよりほかは無いということに相談を決めたんです。こういう奴らでも色恋の恨みは恐ろしい、三人は我が身の破滅になるとも知らずに十五夜の来るのを待っていると、どうしてかお鎌の婆さんがその秘密を覚ったんです。
 お鎌も人情で、自分の甥は可愛いのですから、そのことをそっと知らせてやろうと思って、十五夜の昼に竜濤寺へ来てみると、おまんもいない、男四人もいない、そこで、かの十五夜御用心を書いて木魚の口へ押し込んで置いたというわけです。今日こんにちで云えば、この木魚は郵便ポストのようなもので、誰もいない時は此のポストへ結び文を押し込んで置いて、なにかの打ち合わせをする約束になっていたんです。なかなか用心深く考えたもんですよ。
 しかしその木魚のポストを誰が明けるか判らない。全真かおまんが明ければいいが、他の三人が明けることになって、折角の結び文が他人の手に渡ってしまっては、御用心が御用心にならない。お鎌も内々それを心配していると、その日が暮れてから、おまんが深川から通って来て、なにかの用でお鎌の店へも寄ったので、お鎌はこれ幸いと思って、十五夜御用心の一件をおまんにささやくと、おまんも薄々それを察していたので、万事はあたしに任かせて置きなさいと云って帰った。その帰りみちで元八に出逢ったので、おまんはわざと白らばっくれて、神明様はどこですなどと訊いたんです」
「元八はおまんを知らなかったんですね」
「坊主たちは格別、おまんと虚無僧二人はよほど出這入りに気をつけていたと見えて……尤も今と違って人家はまばらで、あたりには田や畑が多いんですから……近所の者もよくは知らなかったそうです。元八も知らないで化かされた。まったく悪い狐です。その狐に執拗しつこく絡み付いて来るので、おまんも内心持て余しているところへ、丁度に石田と水野の虚無僧が来あわせて、元八は忽ちずでんどうという始末。それから、おまんと虚無僧の三人連れは、元八にあとをけられたとも知らず竜濤寺へ帰って、全達、全真と五人一座でいよいよ月見の酒宴をはじめると、どの人にも酔いが廻って、喧嘩を仕掛ける筈の石田が先ず倒れる、つづいて全達が倒れる、次に全真が倒れる、最後に水野が倒れる、小栗判官の芝居じゃあないが、将棋倒しにばたばたという事になってしまったんです。
 これにはおまんも驚いた。というのは、例の睡り薬の一件で……。おまんは喧嘩の先手を打って、全達と石田と水野の三人に睡り薬を飲ませる積りで、その計略は成就したんですが、どうした間違いか全真にも飲ませてしまって、これも将棋倒しのお仲間入りをしたので、おまんもはっと思ったが今更どうにもならない。そこへお鎌も様子をうかがいに来たので、二人は相談の上で四人の死骸を順々に抱え出して古井戸へ沈めることにした。しかし、いつまでも其の儘にしても置かれないので、それから四日目にお鎌が偶然見付け出したような振りをして、俄かに騒ぎ始めたというわけです」
「木魚のポストは誰も明けなかったんですね」
「誰も明けなかったと見えます、御用心がなんの役にも立たないで、こんな騒ぎになってしまったので、おまんもお鎌ももう忘れていたんでしょう。私が乗り込んだ五日目まで、結び文はちゃんと残っていました」
 これで事件の真相は明白になったが、まだ判らないのは二人の女が其の後も古寺へ出入りして、かの元八をも同じ井戸に葬ったことである。それに就いて、半七老人は更に説明を付け加えた。
「睡り薬の手違いで、こんなことになった以上、おまんもお鎌も思い切りよく別れてしまえばよかったんですが、二人にはまだ未練がある。四人がこれまでに盗んだ金や、右から左に処分することの出来ないような金目の品々が、寺の何処にか隠してあるに相違ないというので、二人は人目に付かないように忍び込んで、墓場や床下を掘ってみたり、須弥壇しゅみだんを掻き廻してみたり、心あたりの場所を一々探していたが、それがどうも見付からない。そこへ私たちが乗り込んで来たので、眼のはやいお鎌はすぐに自分の店をぬけ出して、事の成り行きをうかがっていると、元八がドジを組んで私たちに調べられることになった。一旦は無事に帰されたものの、油断していると元八のような奴は何をしゃべるか判らない。殊に十五夜の晩に、一歩の金をつかませたという秘密もあるので、お鎌はおまんと相談して、元八を何処へか呼び出して、例の睡り薬を一服盛ってしまったんです。大方おまんが色仕掛けか何かで、凄い腕を揮ったんでしょう。決して外へ出ちゃあならないと、私が元八に堅く云い聞かせて置いたのに、うっかり誘い出されたと見えます。その死骸を近所の川へでも投げ込んでしまえばいいのに、同じ寺の古井戸へ運んで来たのが二人の女の運の尽きで、忽ちわたし達の網に引っかかったんです。こいつらに限らず、犯罪者というものはとかく同じことを繰り返す癖があるので、それがいつでも露顕の端緒になる。まったく不思議なものです」
「元八の死骸は誰が運んで来たんです。女たちの手には負えないでしょう」
「元八は小柄の男で、お鎌は頑丈な女ですから、自分が負って行ったということになっているんですが、実際はどうでしょうかね。緑屋の甚右衛門は堅気になっていますが、昔の子分のうちには今でもぶらぶらしているやくざがいる。そんな奴が幾らかの鼻楽を貰って、お鎌に手を貸してたんじゃあないかとも思われますが、甚右衛門の顔に免じて、そこはまあ有耶無耶うやむやにしてしまいました」
「おまんはあなたに捉まって……。それから、お鎌はどうしました」
「一旦は逃げましたが、五、六日の後に深川の木賃宿きちんやどで挙げられました。お鎌は竜濤寺に隠してある金に未練が残っていて、ほとぼりの冷めた頃に又さがしに行く積りであったそうです。悪党のくせに、よくよく思い切りの悪い奴で、そこがやっぱり女ですね」
「問題の睡り薬は、どっちの女が持っていたんです」
 と、私は最後にいた。
「いや、それがおかしいので……」
 と、老人は笑った。
「おまんはお鎌から受け取ったと云い、お鎌はおまんから受け取ったと云い、両方で押し合いをしているんです。もうこうなった以上は、誰が持って居ようとも、罪科に重い軽いは無いわけですが、それでもお互いに強情を張って、しまいまで素直に白状しませんでした。しかし私の鑑定では、おまんが持っていたんでしょうね」





底本:「時代推理小説 半七捕物帳(四)」光文社文庫、光文社
   1986(昭和61)年8月20日初版1刷発行
入力:tatsuki
校正:湯地光弘
1999年12月30日公開
2004年3月1日修正
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