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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)58 菊人形の昔

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 19:01:48  点击:  切换到繁體中文


     三

 半七と幸次郎は荒物屋の店を出て、再びかの空地のまん中に立った。五六百坪のところに屋敷を構えていたのであるから、昔ここに住んでいたという臼井なにがしはよほどの小旗本であろう。武家屋敷のうちに祭られているのは、まず稲荷の祠が普通である。二人はその祠の正体を見とどけることにして、草の奥へ踏み込んで行った。
「ねえ、親分」と、幸次郎はあるきながら云った。「荒物屋のかみさんは気のねえように云っていましたが、おんなが馬を引っ張って行ったというのも、聞き流しにゃあ出来ねえようですね。もしやお角じゃあありますめえか」
「おれも何だかそんな気がしねえでもねえ。勿論、最初から企らんだことでもあるめえが、どさくさまぎれの出来ごころで馬を引っ張り出したかも知れねえ。しかし女ひとりで二匹の馬をき出すのは、ちっと手際てぎわがよ過ぎるようだ。相棒の巾着切りが手伝ったのだろう」
「そうでしょうね。なに、お角のありかが判れば、その相棒も自然に知れましょう」
 云ううちに、二人は古祠の前に行き着いた。祠は間口まぐち九尺に足りない小さい建物であるが、普請ふしんは相当に堅固に出来ていると見えて、二十年以上の雨風に晒されているにも拘らず、柱や扉などは案外にしっかりしているらしかった。扉をあけて覗くと、神体はすでに他へ移されたのであろう、古びた八束やつか台の上に一本の白い幣束へいそくが乗せてあるだけであった。その幣束の紙はまだ新らしかった。
「御幣は市子が納めたのだな」
 半七は更に隅々を見まわしたが、すすびた古祠のうちには何物も見いだされなかった。二人は祠のうしろへ廻って、草のあいだを暫くあさりあるいたが、そこにも別に掘り出し物はなかった。
「まあ、仕方がねえ。ここはこの位にして、一旦引き揚げよう。おめえはそのお角という女の居どころを突き留めてくれ、おれはこれから足ついでに谷中やなかへ廻って、三崎をうろ付いてみよう」
 幸次郎に別れて、半七は谷中の方角へ足を向けた。千駄木の坂下から藍染あいそめ川を渡って、笠森稲荷を横に見ながら、新幡随院のあたりへ来かかると、ここらも寺の多いところで、町屋まちやは門前町に過ぎなかった。その寺門前で市子のおころの家を訊くと、彼女は蕎麦屋と草履屋のあいだの狭い露路のなかに住んでいることが判った。
 おころは孀婦やもめぐらしの独り者で、七、八年前からここへ来て、市子を商売にしている。別に悪い噂もないが、一種の変り者で殆ど近所の附き合いをしない。彼女が狐を使うという噂は五、六年前にも一度伝えられたが、その噂もいつか止んだ。それがこの春頃から再び伝えられて、彼女は尾先おさき狐を使うとか、くだ狐を使うとかいう噂が立った。しかし彼女はいわゆる狐使いのように、自分の狐を放して他人にかせるなどということはしないらしく、唯その狐の教えに依って、他人ひとの吉凶禍福や失せ物、または尋ね人のありかを占うに過ぎないのである。したがって、別に他人に害をなすというのではないが、ともかくも狐使いの名が其の時代の人々を恐れさせて、彼女が附き合いを好まないのを幸いに、近所の者も彼女と親しむことを避けていた。
 そんなわけであるから、近所の者も彼女が出這入りの姿を見るだけのことで、そのふだんの行状などについては多くを知らないと云うのである。半七は露路へはいっておころの家を窺うと、江戸のまん中と違ってここらの露路の奥は案外に広かった。入口の狭いにも似ず、そこはかなりの空地があって、近所の人たちの物干場になっていた。おころの家には格子がなく、入口は明け放しの土間になっていたが、それでもふた間くらいの小じんまりした住居で、家内も綺麗に片付いているらしかった。おころはさっき一度帰って来て、すぐ又出て行ったと、隣りの女房が話した。
 半七はその女房をつかまえて、おころのことを何か聞き出そうとしたが、壁ひとえの隣りに住みながら彼女はなんにも知らないと云った。唯その女房の口からこんなことが洩らされた。
「よくは知りませんが、おころさんには息子があって、どこかの屋敷奉公をしているそうです」
「その息子は時々たずねて来ますかえ」
「めったに来たことはありませんが、一年に二、三度くらいはたずねて来るようです」
「屋敷奉公といっても侍じゃああるめえ。足軽か中間だろうね」
「まあ、そうでしょうね」
「ここのうちへ占いを頼みに来る人がありますかえ」と、半七はいた。
「ここへ頼みに来る人は少ないようです。大抵は自分の方から出て行くのです」
「それじゃあ狐を連れて行くのだね」
「そうかも知れません」
 余り多くを語るをはばかるように、女房は口をつぐんだ。半七もいい加減に打ち切ってそこを出た。おころという女がたとい狐を使うとしても、他人ひとに格別の害をあたえない限りは、そのままに見逃がして置くのが其の時代の習いであるから、これだけの材料ではどうする事も出来ないのである。きょうは取り留めた獲物も無しに、半七は神田の家へ帰った。
 取り留めた獲物は無いと云っても、どこかの女がの馬をき出したらしいという噂と、おころの息子が屋敷奉公をしているという噂と、この二つを結びつけて半七は何事かを考えさせられたのであった。
 その晩に亀吉が来た。その報告によると、けさから方々の博労ばくろうを問い合わせてみたが、どこへも馬を売りに来た者は無いらしいと云うのである。馬を盗む以上は、どこへか売りに行くのが普通であるが、あるいは詮議を恐れて当分は隠して置くのかも知れないと思われた。
 あくる日の午過ぎに幸次郎が来た。
「お角の居どころは知れました。浅草の茅町かやちょう一丁目、第六天の門前に小さい駄菓子屋があります。おそよという婆さんと、お花という十三四の孫娘の二人暮らしで、その二階の三畳にお角はくすぶっているのです」
「商売は巾着切りか」と、半七は訊いた。
「若い時から矢場女をしたり、旦那取りをしたり、いろいろのことをやって来たようですが、この頃は決まった亭主も無し、商売も無し、まあ巾着切りが本職でしょうね。女のくせに酒を飲む、博奕を打つ、殊に博奕が道楽と来ているのだから、他人ひとの巾着を稼いだくらいじゃあ、あんまり旨い酒も飲めねえようですよ。それでもこの七月頃にゃあ、近所の近江屋という呉服屋の通い番頭を引っかけて、蟹の彫り物の凄いところを見せて、三十両とか五十両とか捲き上げたそうです。駄菓子屋の婆さんも近所の手前、お角の評判の悪いのに困り切って、なんとかして追い出そうとしているが、お角がなかなか動かねえので持て余しているらしく、わっしにも頻りに愚痴を云っていましたよ」
「人の目につかねえ為でもあろうが、駄菓子屋の三畳にくすぶっているようじゃあ、お角という女もあんまり景気がよくねえと見えるな」と、半七は笑った。「だが、異人の紙入れに幾らあったかな。勿論こっちの金に両替えしてあったろうが、外国の金だったら使い道はあるめえ。うっかり両替屋へ持って行ったら藪蛇やぶへびだ。巾着切りの方は現場げんばを見たわけでもねえから仕様がねえが、例の馬の一件、それが確かにお角の仕業だかどうだか、今のところじゃあ一向に手がかりがねえ。そこで、お角の相棒はどんな奴だ」
「駄菓子屋の婆さんの話じゃあ、色男だか相摺りだか知らねえが、いろいろの男が四、五人たずねて来るそうで……。時によると、その狭い三畳でさいころを振ったりするので、婆さんもひどく弱っているようでしたよ。来る奴らの居どころも名前も、婆さんはよく知らねえのですが、そのなかで一番近しく出入りをするのは、長さんと平さん……。平さんというのがお角の男らしいと云うのですが……」
「そいつの居どころもわからねえのか」
「確かにはわからねえが、その平公は何でも本郷片町かたまち辺の屋敷にいる奴だそうで……」
「本郷の屋敷にいる……」
 半七は偶然の掘り出し物をしたように感じた。市子のおころの息子は屋敷奉公をしていると云う、それがもしやこの平さんなる者ではないかと思い浮かんだのである。たとい取り留めた証拠はなくとも、探索はこんな頼りないようなことを頼りにして、こんよくあさって行くのが成功の秘訣であることを、半七は多年の経験によってよく知っていた。
 しかし本郷片町というだけでは、どこの屋敷であるか判らない。平さんというだけでは、その人間を探し当てることも困難である。お角を調べたところで、それを素直に云う筈はない。さしあたりは駄菓子屋の近所に網を張って、平さんなる者の出入りを窺うのほかは無い、気の長い仕事のようであるが、まあ我慢して張り込んでくれと、半七は幸次郎に云い含めた。
如才じょさいもあるめえが、そいつの帰るときにけて行って、なんという屋敷の何者だか突き留めるのだぜ」
「承知しました」
 幸次郎は請け合って帰ったが、それから二日ばかりは音沙汰もなかった。亀吉と善八は手を分けて近在までを詮議していたが、どこへも馬を売りに来たという噂は聞かなかった。ほかの物と違って、生馬いきうまを戸棚や縁の下に隠して置けるはずもないのであるから、近在の大きい農家か武家屋敷のうちにつないであるに相違ないと半七は鑑定して、亀吉らにもその注意をあたえて置いた。
 十月朔日ついたちの朝である。けさは急に冬らしい風が吹き出したと云っているところへ、松吉が息を切って駈け込んで来た。
「親分。おころという市子が殺されました」

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