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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)69 白蝶怪

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 19:15:13  点击:  切换到繁體中文


     九

 岡っ引の吉五郎と、その子分の留吉は着々失敗して先ず第一に目的の白い蝶を見うしない、次にお冬を取り逃がし、次に火の番の藤助を取り逃がし、更に覆面の曲者を取り逃がし、最後に留吉は墓場でころんで負傷した。一夜のうちにこれほどの失敗が重なったのは、彼等に取ってよくよくの悪日あくびとも云うべきであった。
 しかも不幸は彼等の上ばかりでなく、この事件に重大の関係を有する御賄組の人々の上にも、種々の不幸が打ち続いたのであった。黒沼の婿の幸之助がゆくえ不明になったかと思うと、つづいて瓜生の家でも娘のお北が姿をかくした。幸之助の家出、お北の家出、両家ともにつとめて秘密にしていたのであるが、女中らの口からでも洩れたと見えて、早くも組じゅうに知れ渡ってしまった。
 取り分けて、人々をおどろかしたのは、黒沼の娘お勝の死であった。前にも云う通り、お勝は先月以来引きつづいて病床に横たわっていて、急養子の幸之助とは名ばかりの夫婦であったが、その幸之助が家出すると又その跡を追うように隣家のお北が家出したことを知った時に、お勝は枕をつかんで泣いた。
口惜くやしい」
 そのひと言に深い意味のこもっていることは、母のお富にもよく察せられたが、まだ確かな証拠を握ったわけでもないので、表立って瓜生へ掛け合いにも行かれず、さしあたりいい加減に娘をなだめて置くと、お勝は母や女中の隙をみて、床の上に起き直って剃刀かみそりのどを突き切った。お富がそれを発見した時には、娘はもう此の世の人ではなかった。別に書置らしい物も残していなかったが、その自害の原因が「口惜しい」の一句に尽くされているのは疑うまでもないので、お富も身をふるわせて口惜しがった。
 まだ正式の祝言は済ませないでも、幸之助がお勝の婿であることは、組じゅうでも認めている。世間でも認めている。その幸之助と駈け落ちをしたとあれば、お北は明らかに不義密通ふぎみっつうである。確かな証拠を握り次第、お富は瓜生の親たちにも掛け合い、組頭にも訴えて、娘のかたき討ちをしなければならないと決心した。
 お富が決心するまでもなく、瓜生の家でもそれに対して相当の覚悟をしなければならなかった。長八は妻のお由と伜の長三郎を自分の居間に呼びあつめてささやいた。
「どうも飛んだ事になってしまった。幸之助の家出、お北の家出、それだけならば又なんとか内済にする法もあるが、それがためにお勝までが自害したとあっては、事が面倒になる。黒沼の方ではどういう処置を取るか知らないが、どうも無事には済むまいと思われる。おれ達もその覚悟をしなければなるまいぞ」
「その覚悟と申しますと……」と、お由は不安らしく訊いた。
「おれも侍のはしくれだ。こうなったら仕方がない、一日も早くお北のありかを探し出して、手打ちにして……。その首を持って黒沼の家へ詫びに行かなければ……。さもないと家事不取締りのかどで、おれの身分にも拘わるからな」と、長八は溜め息まじりで云った。
 比較的に武士気質さむらいかたぎの薄い御賄組に籍を置いていても、瓜生長八、ともかくも大小をたばさむ以上、こういう場合にはやはり武士らしい覚悟を決めなければならなかった。
「それで、黒沼の家はどうなるでしょう」と、お由は又いた。
「今度こそは断絶だろうな」と、長八は再び溜め息をついた。「先月の時にも表向きにすればむずかしかったのだが、伝兵衛急病ということにして先ず繋ぎ留めたのだ。それは組頭も知っている。その矢さきへ又今度の一件だ。養子は家出する、家付きの娘は自害する。それではどうにも仕様があるまい」
「いっそ先月の時に、おとなりの家が潰れてしまったら、こんな事にもならなかったのでしょうに……」と、お由は愚痴らしく云った。
「今更そんなことを云っても仕方がない。なにしろ娘が悪いのだ。幸之助も悪いが、お北も悪い。つまりは両成敗りょうせいばいで型を付けるよりほかないのだ。おれはもう覚悟している。おまえ達もそのつもりでいろ」
 お由は無言で眼を拭いた。長三郎も黙って聴いていると、父はやがて伜の方へ向き直った。
「今も云い聞かせた通りの次第だが、おれは勤めのある身の上だ。御用をよそにして娘のゆくえを尋ね歩いてはいられない。おまえは部屋住みだ。これから江戸じゅうを毎日探し歩いて、姉の隠れ場所を見つけて来い。途中で出逢ったらば、無理に連れて帰って来い」
 いかにこの時代でも、十五歳の小伜に対してこんな役目を云いつけるのは、少しく無理なようにも思われたが、これは迂闊うかつに他人にも頼まれない用向きであるから、長八もわが子に頼むよりほかはなかったのである。その事情を察しているので、長三郎も断わることは出来なかった。
「承知しました」
「けれども、おまえ……」と、お由は我が子に注意するように云った。「うちの姉さんの家出したのはほかに仔細のあることで、おとなりの幸之助さんとは係り合いが無いのかも知れないからね。そのつもりで、むやみに手暴てあらな事をしちゃあいけませんよ」
「いや、それは未練だ」と、長八は叱るように云った。「お北が幸之助と裏口で立ち話をしているのを、妹も二、三度見たことがあると云うのだ。お秋も今まで隠していたが、これも二人の立ち話を時々に見たと云う。してみれば、証拠は十分だ。長三郎、決して容赦ようしゃするなよ。おまえは年の割合には剣術も上達している。万一、幸之助が邪魔をして、刀でも抜いておどかすようなことがあったらば、お前も抜いて斬ってしまえ」
 内心はどうだか知らないが、父としては斯う命令するよりほかは無かったのであろう。
 長八は更に我が子にむかって、探索たんさくの心あたり四、五カ所を云い聞かせると、長三郎は委細いさいこころえて、父の前を退いた。そうして、直ぐに表へ出る支度をしていると、母は幾らかの小遣い銭を呉れて、その出ぎわに又ささやいた。
「お父さまはああ云っているけれども、なにしろ総領むすめなんだからね。おまえに取っても姉さんなのだから……」
 長三郎は無言でうなずいて出たが、なにぶんにも困った役目を云い付かったと、彼は悲しく思った。
 姉をかばう母の心はよく判っているが、この場合、一刻も早く姉をさがし出して、なんとかその処分をしなければ、父の身分にもかかわる、家名にも関わる。たとい母には恨まれても、姉を見逃がすようなことは出来ない。もし幸之助が一緒にいて、なにかの邪魔をするときは、父の指図通りにしなければならない。白い蝶の探索については、彼も一種の興味を持っていたが、今度の探索はなんの興味どころか、単につらい、苦しい役目というに過ぎなかった。
 それでも彼は奮発して出た。勿論、どこという確かな目当てもないのであるが、さしあたりは父に教えられた心あたりの四、五カ所をたずねることにした。それは母方の縁者や、多年出入りをしている商人あきんどなどの家で、あるいは青山、あるいは高輪たかなわ、更に本所深川などであるから、いかに若い元気で無茶苦茶に駈けまわっても、それからそれへと尋ね歩くのは容易ではなかった。
 しかも行く先きざきで何の手がかりをも探り出し得ないので、彼はがっかりしてしまった。姉はどこへも立ち廻った形跡がないのである。
 疲れた上に、日も暮れかかったので、長三郎はきょうの探索を本所で打ち切ることにした。本所の家は母方の叔母にあたるので、そこで夜食の馳走になって、六ツ半(午後七時)を過ぎた頃に出て来たが、本所の奥から音羽まで登るには可なりの時間を費した。江戸市中の地理に明るくない彼は、正直に両国橋を渡って、神田川に沿って飯田橋に出て、更に江戸川のどてに沿うて大曲おおまがりから江戸川橋にさしかかったのは、もう五ツ(午後八時)を過ぎていた。
 雨催いの空は低く垂れて、なまあたたかい風が吹く。本所で借りて来た提灯をたよりに、暗い夜道を足早にたどって、今や橋の中ほどまで渡り越えたとき、長三郎は俄かに立ち停まった。自分のゆく先きに白い蝶が飛んでいるように見えたからである。はっと思って再び見定めようとすると、その白い影はもう消え失せていた。
「心の迷いか」と、長三郎は独りで笑った。
 蝶の影は彼の迷いであったかも知れないが、さらに一つの黒い影が彼の眼のさきにあらわれた。水明かりに透かして視ると、それは確かに人の影で、音羽の方角からふらふらと迷って来るのであった。
 長三郎は油断なく提灯をさし付けて窺うと、それは火の番の娘お冬で、さも疲れたように草履をひき摺りながら歩いて来た。
「お冬か」
 長三郎は思わず声をかけると、お冬はこちらをきっと見たが、忽ちに身をひるがえして元来た方へ逃げ去ろうとした。その挙動が怪しいので、長三郎は直ぐに追いかけた。追い捕えてどうするという考えもなかったが、自分を見て慌てて逃げようとする彼女の挙動が、いかにも胡乱うろんに思われたからであった。
 疲れているらしいお冬は遠く逃げ去るひまも無しに、追って来る長三郎に帯ぎわをつかんで引き戻された。そのはずみに、彼女はよろめいて倒れた。
「なぜ逃げる。わたしを見て、なぜ逃げるのだ」と、長三郎は声を鋭くして訊いた。
 お冬は黙っていた。
「お前はこれから何処へ行くのだ」
 長三郎はかさねて詰問しながら提灯の火に照らして見ると、お冬は右の足に草履を穿いて、左足は素足であった。片眼の女、片足の草履、それが何かの因縁でもあるように、長三郎の注意をひいた。
「おまえは片足が跣足はだしだな。草履をどうした」
 お冬は黙っていた。
 先日、水引屋の職人と一緒に藤助の家をたずねた時にも、お冬は始終無言であったが、今夜もやはり無言をつづけているので、長三郎はすこしくれた。
「え、なぜ返事をしないのだ。おまえは何か悪いことでもしたのか」
 長三郎はその腕をつかんで軽く揺り動かすと、お冬は地に坐ったままで男の手さきをしっかりと握った。
 前髪立ちとはいいながら、長三郎も十五歳である。殊に今の人間とは違って、その時代の人はすべて早熟である。若い女に、自分の手を強く握られて、長三郎の頬はおのずとほてるように感じられた。
 彼はその手を振り払いもせずに暫く躊躇していると、お冬はいよいよ摺り寄ってささやいた。
「若旦那……。あなたこそ何処へお出ででした」
 今度は長三郎の方が黙ってしまった。
「あなたは誰かを探して歩いているんじゃございませんか」
 星をさされて、長三郎はなんだか薄気味悪くもなった。
 この女はどうして自分の秘密の役目を知っているのであろう。もう一つには、今頃こんな取り乱したような姿をして、どうしてここらを徘徊しているのであろう。彼は謎のような女に手を握られたままで、やはり暫くは黙っていた。

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