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妖婆(ようば)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 0:17:13  点击:  切换到繁體中文


     二

 石川房之丞が高原の屋敷の門前に坐っていたというのは、門番の報告である。門前が何か物騒がしいように思ったので、彼は窓から表を覗くと、一人の侍が傘をなげ捨てて刀をぬいて、そこらを無暗に斬り払っているようであったが、やがて刀を持ったままで雪のなかに坐り込んでしまった。
 酔っているのかどうかしたのかと、門番はくぐり門をあけて出ると、それはかの石川房之丞であることが判った。石川はよほど疲れたように、肩で大きい息をしながらくうを睨んでいるので、ともかくも介抱して玄関へ連れ込んで、その次第を用人の鳥羽田に訴えると、鳥羽田もすぐ出て行って、女中たちに指図してまず石川のからだの雪を払わせ、水など飲ませて置いて奥へ知らせに来たのであった。
「さあ、しっかりしろ、しっかりしろ。」
 大勢に取巻かれながら、石川は座敷へはいって来た。石川はことし二十歳はたちで、去年から番入りをしている。彼の父は小笠原流の弓術を学んで、かつて太郎射手たろういてを勤めたこともあるというほどの達人であるから、その子の石川も弓をよく引いた。やや小兵こひょうではあるが、色のあさ黒い、引緊った顔の持主で、同じ年ごろの友達仲間にも元気のよい若者として知られていた。その石川の顔が今夜はひどく蒼ざめているのが人々の注意をひいて、主人の織衛は笑いながら訊いた。
「石川、どうした。気でも違ったか。」
「いや、気が違ったとも思いませんが……。」と、石川は俯向きながら答えた。「しかしまあ気が違ったようなものかも知れません。考えると、どうも不思議です。」
 不思議という言葉に、人々は耳を引立てた。一座のひとみは一度に彼の上にあつまると、石川もだんだんに気が落ちついて来たらしく、主人の方に正しくむかって、いつものようにはきはきと語りつづけた。
「出先によんどころない用が出来て、時刻がすこし遅くなったので、急いで家を出て、鬼ばば横町にさしかかると、横町の中ほどの大溝のきわに、ひとりの真っ白な婆が坐っているのです。」
「やっぱり坐っていたか。」と、堀口は思わずくちをいれた。
「むむ、坐っていた。」と、石川はうなずいた。「おかしいと思って近寄ると、その婆のすがたは見えなくなった。いや、見えなくなったのではない。いつの間にか二、三間さきへ引っ越しているのだ。いよいよおかしいと思って又近寄ると、婆のすがたは又二、三間さきに見える。なんだからされているようで、おれも癪に障ったから、穿いている足駄をぬいで叩きつけると、婆の姿は消えてしまって、足駄は大溝のなかへ飛び込んだ。」
「やれ、やれ。」堀口は舌打ちした。
「仕方がないから、おれも思い切って跣足はだしになって、横町を足早に通りぬけると、それぎりで婆の姿は見えなくなった。これは自分の眼のせいかしらと思いながら、ここの屋敷の門前まで来ると、婆はもう先廻りをして雪の降る往来なかに坐っているのだ。貴様はなんだと声をかけても返事をしない。おれももう我慢が出来なくなったから、傘をほうり出して刀をぬいて、真っ向から斬り付けたが手応てごたえがない。と思うと、婆はいつの間におれのうしろに坐っている。こん畜生と思って又斬ると、やっぱり何の手応えはなくって、今度はおれの右の方に坐っている。不思議なことには決して立たない、いつでも雪の上に坐っているのだ。
 こうなると、おれも少しのぼせて来て、すぐに右の方へ斬り付けると、婆め今度は左に廻っている。左を斬ると、前に廻っている。前を斬ると、うしろに廻っている。なにしろ雪の激しく降るなかで、白い影のような奴がふわりふわりと動いているのだから、始末に負えない。おれもしまいには夢中になって、滅多なぐりに斬り散らしているうちに、息が切れ、からだが疲れて、そこにどっかりと坐り込んでしまったのだ。」
「婆はどうした。」と、神南が訊いた。
「どうしたか判らない。」と、石川は溜息をついた。「門番の眼にはなんにも見えなかったそうだ。」
「なんだろう。それが雪女郎というものかな。」と、他の一人が言った。
「それとも、やっぱり例の鬼婆かな。」と、又ひとりが言った。
「むむ。」と、主人の織衛はかんがえていた。「越後には雪女郎というものがあると聞いているが、それも嘘だか本当だか判らない。北国でいう雪志巻ゆきしまきのたぐいで、激しい雪が強い風に吹き巻かれて女のような形を見せるのだという者もある。鬼ばば横町の鬼婆だっていつの昔のことか判らない。もし果してそんな婆が棲んでいるならば、今までにも誰か出逢った者がありそうなものだが、ついぞそんな噂を聴いたこともないからな。」
 石川ひとりの出来事ならば、心の迷いとか眼のせいとかいうことになるのであるが、神南といい、堀口といい、森積といい、ほかにも三人の証人があるのであるから、織衛も一方に否認説を唱えながらも、さすがにそれを力強く主張するほどの自信もなかった。さっきから待ちかねていた伜の余一郎は思い切って起ち上がった。
「お父さん、やっぱり私が行って見て来ましょう。」
「では、おれが案内する。」と、神南と堀口も起った。
 まだほかにも五、六人起ちかかったが、夜中に大勢がどやどやと押出すのは、世間騒がせであるという主人の意見から、余一郎と神南と堀口の三人だけが出てゆくことになった。
 むかしの俳句に「綱が立って綱が噂の雨夜哉」というのがある。渡辺綱が羅生門と行きむかったあとで、綱は今頃どうしているだろうという噂の出るのは当然である。この席でもやはり、三人の噂をしているうちに、雪の夜はおいおいに更けた。余一郎らは張合い抜けのしたような顔をして引揚げて来て、屋敷から横町までの間には何物もみえなかった、横町は念のために二度も往復したが、そこにも犬ころ一匹の影さえ見いだされなかったと報告した。
「そうだろうな。」と、織衛はうなずいた。
 そんなことに邪魔をされて、今夜の歌留多会はとうとうお流れになってしまった。夕方から用意してあった五目鮨がそこに持ち出され、人々は鮨を食って茶を飲んで、四つ頃(午後十時)まで雑談に耽っていたが、そのあいだにも石川はいつもほどの元気がなかった。それは武士たるものがかの妖婆に悩まされたということが、なにぶん面目ないのであろうと一座の者にも察せられた。
 果して彼はひと足さきへ帰ると言い出した。
「御主人、今晩はいろいろ御厄介になりました。」
 挨拶して起とうとする彼を、堀口はひき止めた。
「まあ、待てよ。どうせ同じ道じゃないか。一緒に帰るからもう少し話して行けよ。」
「いや、帰る。なんだか、風邪でも引いたようでぞくぞくするから。」
「ひとりで帰ると、又鬼婆にいじめられるぞ。」と、堀口は笑った。
 石川は無言で袂を払って起った。

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