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両国の秋(りょうごくのあき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 0:21:03  点击:  切换到繁體中文


     十二

 薬が煎じつまったので、お君はお絹を起しに行った。そっと揺り起されて、お絹は眼をとじたままで訊いた。
「林さん。まだそこにいるの」
 林之助はぎょっとして見返った。
「あたし、何だかうつつのように林さんが枕もとにいると思ったけれども、夢だったかしら」と、お絹は言った。
 林さんはさっきから来ているとお君が言うと、お絹は初めて眼をあいた。林之助も起(た)って枕もとへ行った。
「やっぱり来ていたのね。どうもそうらしいと思った」と、お絹はさびしくほほえんだ。「もうお前さん、来てくれやしまいと思ったのに……」
「冗談いっちゃいけない。いつも言うようだが、屋敷の方にも御用が多いので、夜でも昼でも勝手に出るという訳には行かねえからね。このあいだ来た時からきょう初めて外へ出たんだ。誰にきいても判る。そりゃ嘘じゃあねえ。なにしろいつまでも悪くっちゃ困ったものだ。精出して養生しねえよ」
「お前さん、たいへんやさしくなったね」と、お絹はまた笑った。「どうでもう長いことはないんだから、少しはいたわってくれるのもいいのさ」
「病いは気からというぜ。しっかりしてくれ」
 林之助はお絹を抱き起すようにして薬を飲ませてやった。そうして、まだ若いからだだから、どんな病気でも養生次第で癒(なお)らないことはない。気を弱く持たないで、ゆっくりと療治をしてくれと、子供をすかすように言って聞かせると、お絹も素直に聞いていた。
 しかし今度の病気ばかりは容易に癒りそうにも思われない。お前さんにほんとうの親切があるならば、屋敷から幾日かの暇を貰うか、それとも一生の暇を取るか、どっちにしても当分はからだをあけて、あたしの枕許へ来ていてくれ。その上でお前さんの看病がとどいて癒れば重畳(ちょうじょう)、万一これぎりに死んでも思い残すことはない。あたしはどうかしてお前さんをもう一度自分の手許へ引き戻そうと念じているうちに、とうとうこんな病気になってしまった。せめて死にぎわにはお前さんの手から一杯の水でも飲ませて貰いたいと、お絹はしみじみ言った。
「林さん。いやかい」
 まぶたは押しつぶしたように落ち窪んでいても、餌(えさ)を狙うような蛇の眼が底の方に光っていた。今のやせ衰えたお絹の顔にはそれが一層ものすごく見えたので、林之助は今更のように身がすくんだ。彼はどうしても忌(いや)とは言われなくなった。あとはともあれ、この場では一応承知したと言わなければならないように思われた。
「よし、よし、判った。しかし武家奉公というものは面倒なもので、親のかたきを探しに出るからといって、きょうが今日すぐに暇(ひま)をくれるわけのものじゃあねえ。長(なが)の暇(いとま)を貰うにしても今すぐという訳にはいかねえから、屋敷にいる間はなんとか都合して毎日見舞いに来る。さっきもお君に頼んで置いたんだが、急な用ができたら直ぐに豊吉を迎いによこしてくれ。いつでも直ぐに飛んで来るから。ね、それでいいだろう」
欺(だま)すんじゃあるまいね」と、念を押してお絹は納得(なっとく)した。
 彼女はお君に、もう何どきだと訊いた。さっき八幡鐘の七つを聞いたとお君が言うと、それでは林さんの好きな蒲焼でもあつらえろとお絹は寝ながら指図した。なに、そうはしていられないと林之助は言ったが、さすがに振り切って起ちかねていると、お君はすぐ近所の鰻屋へ駈けて行った。
「林さん、新しい袷なんぞ着て粧(めか)しているんだね」と、お絹は仰向いて男の姿をながめた。
「むむ、これか」と、林之助は袷の膝をなでた。「そら、いつか話したことがあるだろう。この四月に新しく拵(こさ)えて、一度も手を通さねえで蔵入(くらい)りにした奴さ。秋風が立っちゃあ遣り切れねえから、御用人を口説いて二歩借りて、これと一緒に羽織や冬物を受けて来た」
「不二屋へ運ぶのが忙がしいから、身のまわりなんぞには手が届かねえのさ」と、お絹は笑った。「御用人さんに二歩借りて、それをどうして返すの」
「都合のいい時に返すのさ。まさか利も取るめえ」と、林之助も笑った。
「おまえさんにも都合のいい時があるのかしら。ちょいと、お前さん。この蒲団の左の下から紙入れを出して頂戴な」
 言われた通りに林之助は紙入れを取って渡すと、お絹はそのなかから二歩を出した。
「暇を貰おうという矢先きに、借りなんぞあっちゃ拙(まず)いから、よくお礼をいって、御用人に早く返しておしまいなさいよ」
「だが、こっちも病気で物入りの多いところだろう」と、林之助は手を出しかねて、もじもじ[#「もじもじ」に傍点]していた。
「なに、こっちは又どうにかなるから」
 二歩の銀(かね)を手に握って、林之助は気の毒でもあり、嬉しくもあった。きょうは幾らかの無心をいうつもりで来たのであったが、このありさまではとても言い出せないと彼は諦めていると、その銀が偶然手に入って、彼は拾い物をしたように嬉しかった。
 屋敷の用人から二歩借りて、袷や冬物の質請けをしたのは嘘ではなかったが、それは今すぐに返さないでもいい。この二歩があれば、お里の家へも顔出しができる。こう思うと、彼は今直ぐにもここを飛び出したくなった。今まではおちついて腰を据えていた彼も、銀をつかんで急に気が変った。お里のことも急に気にかかって、彼はなんだかそわそわして来た。しかしお君はまだ帰らない、あつらえ物もまだ来ない。殊に銀を貰ってすぐに逃げて帰るのも気が咎めるので、彼はおちつかない心持ちを無理に押し付けて、質(しち)に取られた人のようにおとなしく坐っていた。
 やがてお君は帰って来た。どうしてかきょうは注文が立て込んでいるので、鰻の出前はすこし手間が取れると言った。林之助はそれをいいしおに、自分は日が暮れるまでに屋敷へ帰らなければならないから、手間が取れるならばいっそ断わって来てくれと言った。
「飛ぶ鳥はあとを濁(にご)すなということもある。屋敷にいるあいだは几帳面に勤めて置かなければいけねえ」
「それもそうかも知れない」
 お絹も別に忌(いや)な顔をしなかったので、お君は引っ返して鰻屋へ断わりに行った。その帰るのを待ちかねて林之助も帰り支度をした。
「じゃあ、あしたまた来るぜ。君ちゃん、いいかい。頼むよ」
 路地を出ると、日はもう暮れかかっていた。お君は路地の口まで送って来て、姐さんの容体(ようだい)がどうもよくないから、あしたもきっと来てくれと縋(すが)るように言った。その涙ぐんでいる顔が林之助にはいじらしく見えた。彼はきっと来ると約束して別れた。
 橋の袂へ来ると、芝居小屋では打出しの太鼓がきこえた。早く閉まった観世物小屋では、表の幟を取り卸しているのもあった。焼いたとうもろこしを横ぐわえにして、なにか大きな声で唄いながら通る中間(ちゅうげん)もあった。まだすっかりは暮れ切らないのに、真っ白な白粉の顔を手拭にかくして石置場の方へ忍んでゆく若い女の群れもあった。そのあとを追っかけて、中間たちが又なにか呶鳴っていた。
 こうしたみだらな夕暮れの混雑に眼なれている林之助は、右も左も見向きもしないで、急ぎ足に橋を渡った。川面(かわも)には薄い靄が流れて、列び茶屋にはもうちらちら[#「ちらちら」に傍点]と提灯の火が揺らめいて見えた。その華やかな灯のなかに、今夜はお里を見いだすことが出来ないのだと思うと、彼の足は神田の方へむかってますます急がれた。
 酒屋の路地へはいって、格子の前に立つと、入口の障子は半ば開かれて、線香の匂いが狭い沓脱(くつぬぎ)にまで溢れていた。ここはもう薬の匂いではなかったので、林之助は急に暗い心持ちになった。
 案内を乞うと、女の児が出て来た。それはこの間の晩に使いを頼んだ隣りの娘らしかった。
 内へあがると、やはり近所の人らしいおかみさんや娘が四、五人ごたごた[#「ごたごた」に傍点]坐っていて、逆さに立てまわした古い屏風のかげからは線香の煙りがうず巻いて流れていた。その屏風のそばに蒼い顔のお里がしょんぼりと坐っていたが、彼女は島田(しまだ)をほどいて銀杏返(いちょうがえ)しに結い替えているので、林之助はちょっとその顔が判らないほどに寂しく見えた。
 ひる前には隣りのおかみさんが話しに来た。その時までは阿母(おふくろ)も別に変った様子もなかった。胸が少しせつないようだと言っていたが、やはりいつものように火鉢の前で襤褸(ぼろ)とじくりなどをしていた。ひる飯を食ってしまって、台所へ茶碗小鉢を洗いに出ると、彼女はだしぬけに倒れた。その物音に驚かされて駈けつけて来た時には、彼女はもう生きている人ではなかった。それからすぐに両国へ使いをやって、お里はころげるように駈けて帰ったが、とても間に合う筈はなかった。そんな話をして、お里は声を立てて泣いた。
 林之助はかの二歩を紙につつんで出した。もっとどうにかしたいのだが思うように行かないから、差しあたりはこれで堪忍してくれといった。お里は頂いて、それを隣りのおかみさんに渡した。おかみさんが葬式万端の世話を焼いているらしかった。おかみさんは受取ってすぐに仏前に供えたが、二歩の重みは彼女(かれ)の注意を惹いたらしく、今更のように林之助とお里の顔をじろじろと見くらべていた。こうした家へ大小をさした人が悔みに来るのは、すこし不似合いであると見えて、ほかの女たちもみな林之助に眼をあつめて、今までべちゃべちゃしゃべっていた者も一度に口を結んでしまった。
 ここに長くいてはみんなの邪魔になると、林之助もさとった。どうで周囲に大勢の人がいては、お里と打解(うちと)けて話をする機会もあるまい。かたがた今日は早く帰る方がいいと思って、彼は早々に暇乞(いとまご)いをしてここを出た。
 路地の出口で菓子売りのお此に逢った。お此もこの近所に住んでいるので、これからお里の家へ悔みに行くのだと言っていた。
「旦那さまもお里さんのところへいらしったんですか」と、お此は子細らしく訊いた。
 隠すこともできないので、林之助も正直に答えると、お此は危ぶむようにささやいた。
「あなた、お里さんのところへ行くのはお止しなさいましよ。飛んだことが出来ますよ」
 このあいだ両国の楽屋で蛇責めに逢ったことを、お此は身ぶるいしながら話した。
「あの時のことを考えると今でもぞっ[#「ぞっ」に傍点]とします。わたしはもうそれぎりあの楽屋へは商(あきな)いにまいりません。お絹さんは、もしこの後も相変らず不二屋にあなたの姿を見掛けるようなことがあると、この蛇を持ってお里のところへお礼に行くと、こう言うんです。それですもの、もしあなたがここの家(うち)へ来たなんていうことが知れたら、そりゃあどんな騒ぎが起るか知れませんよ。第一お里さんが可哀そうですからね。蛇なんぞ持って来られた日にゃあ、あの子は目をまわして死んでしまいましょう」
 林之助も息をつめて聞いていた。

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