您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 織田 作之助 >> 正文

放浪(ほうろう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 10:15:02  点击:  切换到繁體中文


 その夜は北田が身銭を切って、自分の宿へ泊めてくれることになった。食事の時小鈴が給仕してくれたが、かつて北田に小鈴に肩入れしているとて世話してやろかと冷やかされたことも忘れてしまい、オイチョさんと夫婦にならはったそうでお目出度うとお世辞をいった。
 あくる日、北田は流川通の都亭という小料理屋へ世話してくれた。都亭の主人から、大阪の会席料理屋で修行し、浅草の寿司屋にも暫くいたそうだが、うちは御覧の通り腰掛け店で会席など改った料理はやらず、今のところ季節柄河豚料理一点張りだが、河豚(てつ)は知ってるのかと訊かれると、順平は、知りまへんとはどうしても口に出なかった。北田の手前もあった。板場の腕だけがたった一つの誇りだったのだ。そうか、知ってるか、そりゃ有難いと主人はいったが、しかし結局は、当分の間だけだがと追い廻しに使われ、かえってほっとした。
 一月ほど経ったある日、朝っぱらから四人づれの客が来て、河豚刺身とちり鍋を注文した。二人いる板場のうち、一人は四、五日前暇をとり、一人は前の晩カンバンになってからどこかへ遊びに行ってまだ帰って来ず、追い廻しの順平がひとり料理場を掃除しているところだった。主人に相談すると、お前出来るだろうといわれ、へえ出来まっせとこんどは自信のある声でいった。一月の間に板場のやり口をちゃんと見覚えていたから、訳もなかった。腕をみとめて貰える機会だと、庖丁さばきも鮮かで、酢も吟味した。
 夜、警察の者が来て、都亭の主人を拘引して行き、間もなく順平にも呼び出しが来た。ぶるぶる震えて行くと、案の定朝の客が河豚料理に中毒して、四人の内三人までは命だけくい止めたが、一人は死んだという。主人は、ひと先ず帰され、順平は留置された。だらんと着物をひろげて、首を突き出し、じじむさい恰好で板の上に坐っている日が何日も続くともう泣く元気もなかった。寒かろうと、北田が毛布を差入れしてくれた。
 二日たった昼頃、紋附を着た立派な服装の人が打っ倒れるように留置場へはいって来た。口髭を生やし、黙々として考えに耽っている姿が如何にも威厳のある感じだったから、こんな偉い人でも留置されるのかと些か心が慰まった。ふと、この人は選挙違反だろうと思った。鄭重に挨拶をして毛布を差出し、使って下さいというと、じろりと横目でにらみ、黙って受けとった。あとで調べの為に呼び出された時、係の刑事に訊くと、あれは山菓子盗りだといった。葬式があれば故人の知人を装うて葬儀場や告別式場に行き、良い加減な名刺一枚で、会葬御礼のパンや商品切手を貰う常習犯で、被害は数千円に達しているということだった。なんや阿呆らしいと思ったが、しかし毛布を取り戻す勇気は出なかった。中毒で人一人殺したのだから、最悪の場合は死刑だとふと思いこむと、順平はもう一心不乱に南無阿弥陀仏、と呟いていた。そんな順平を山菓子盗りは哀れにも笑止千万にも思い、河豚料理で人を殺した位で死刑になってたまるものか、悪く行って過失致死罪……という前例も余り聴かぬから、結局はお前の主人が営業停止をくらう位が関の山だろうと慰めてくれ、今はこの人が何よりの頼りだった。
 都亭の主人はしかし営業停止にならなかった。そんな前例を作れば、ことは都亭一軒のみならず、温泉場の料理屋全体が汚名を蒙ることになり、ひいてはここで河豚を食うなと喧伝され、市の繁栄に影響するところが多いと都亭の主人は唱えて、料理店組合を動かした。そして、問題は都亭の主人の責任といえば無論いえるが、しかし真のそして直接の原因はルンペン崩れの追い廻しの順平にあることは余りにも明白だ。そんな怪しい渡り者に河豚を料理させたというのも、河豚料理が出来るという嘘を真に受けただけであって、真に受けたのは不注意というよりも寧ろ詐欺にかかったというべきだと彼は必死になって策動した。オイチョカブの北田は何をっと一時は腹の虫があばれたが、しかし彼も今は土地での気受けもよく、それに小鈴のお産も遠いことではなかった。泣きたんの手で順平の無罪を頼み歩いたが、尻はまくらなかった。
 間もなく順平は送局され、一年三ヵ月の判決を下された。過失致死罪であった。一年三ヵ月と聴いて、順平は涙を流して喜んだ。
 徳島刑務所へ送られた。ここでは河豚料理をさせる訳ではないからと、賄場で働かされた。板場の腕がこんな所で役に立ったかと妙な気がした。賄の仕事は楽であったが、煮ているものを絶対に口にいれてはいけぬといわれたことを守るのは辛かった。ある日、我慢が出来ずに、到頭禁を犯したところを見つけられ、懲罰のため、仙台の刑務所に転送されることになった。
 護送の途中、汽車で大阪駅を通った。編笠の中から車窓を覗くと、いつの間に建ったのか、駅前に大きな劇場が二つも並んでいた。護送の巡査が駅で餡パンを買ってくれた。何ヵ月振りの餡気のものかとちぎる手が震えた。
 懲罰のためというだけあって、仙台刑務所での作業は辛かった。土を運んだり木を組んだり、仕事の目的は分らなかったが、毎日同じような労働が続いた。顔色も変った。馴れぬことだから、始終泡をくっていた。朝仕事に出る時は浜子のことが頭に泛んだ。夕方仕事を終えて帰る時は美津子、食事の時は小鈴の笑い顔を想った。夜寝ると彼女達の夢をみた。セーラー服の美津子を背中に負うているかと思うと、いつの間にかそれは浜子に変って居り、看護服の浜子を感じたかと思うと、こんどは小鈴の肩の柔さだった。
 一年たち、紀元節の大赦で二日早く刑を終えると読み上げられた時、泣いて喜んだ。刑務所を出る時、大阪で働くというと大阪までの汽車賃と弁当代、ほかに労働の報酬だと二十一円戴いた。仙台の町で十四円出して、人絹の大島の古着、帯、シャツ、足袋、下駄など身のまわりのものを買った。知らぬ間に物価の上っているのに驚いた。物を買う時、紙袋の中から金を取り出して、みてはいれ、また取り出し、手渡す時、一枚一枚たしかめて、何か考えこみ、やがて納得して渡し、釣銭を貰う時も、袋にいれては取り出してみて調べ、考えこみ、漸く納得していれるという癖がついた。また道を歩きながら、ふと方角が分らなくなり、今来た道と行く道との区別がつかず、暫く町角に突っ立っているのだった。
 仙台の駅から汽車に乗った。汽車弁はうまかった。東京駅で乗換える時、途中下車して町の容子など見てみたいと思ったが、何かせきたてられる想いで直ぐ大阪行きの汽車に乗り、着くと夜だった。電力節約のためとは知らず、ネオンや外燈の消されている夜の大阪の暗さは勝手の違う感じがした。何はともあれ千日前へ行き、木村屋の五銭喫茶でコーヒとジャムトーストをたべると十一銭とられた。コーヒが一銭高くなったとは気付かず、勘定場で釣銭を貰う時、何度も思案して大変手間どった。大阪劇場の地下室で無料の乙女ジャズバンドをきき、それから生国魂神社前へ行った。夜が更けるまで佇んでいた辛抱のおかげで、やっと美津子の姿を見つけることが出来た。美津子は風呂へ行くらしく、風呂敷に包んだものは金盥だと夜目にも分ったが、遠ざかって行く美津子を追う目が急に涙をにじませると、もう何も見えなかった。泣いているこのわいを一ぺん見てくれと心に叫んだ甲斐あってか、美津子はふと振り向いたが、かねがね彼女は近眼だった。
 その夜、千日前金刀比羅裏の第一三笠館で一泊二十銭の割部屋に寝て、朝眼が覚めると、あっと飛び起きたが、刑務所でないと分り、まだあといくらでも眠れると思えばぞくぞくするほど嬉しく、別府通いの汽船の窓でちらり見かわす顔と顔……と別府音頭を口ずさんだ。二十銭宿の定りで、朝九時になると蒲団をあげて泊り客を追い出す。九時に宿を出て十一銭の朝飯をたべ、電車で田蓑橋まで行った。橋を渡るのももどかしく、阪大病院へかけつけると、浜子はいなかった。結婚したときかされ、外来患者用のベンチに腰を下ろしたまま暫くは動けなかった。今日は無心ではない、ただ顔を一目見たかっただけやと呟き呟きして玉江橋まで歩いて行った。橋の上から川の流れを見ていると、何の生き甲斐もない情けない気持がした、ふと懐ろの金を想い出し、そうや、まだ使える金があるんやったと、紙袋を取り出し、永いこと掛って勘定してみると、六円五十二銭あった。何に使おうかと思案した。良い思案も泛ばぬので、もう一度勘定してみることにし、紙袋を懐ろから取り出した途端、あっ! 川へ落して了った。眼先が真っ暗になったような気持の中で、ただ一筋、交番へ届けるという希望があった。歩き出して、紙袋をすべり落した右の手をながめた。醜い体の中でその手だけが血色もよく肉も盛り上って、板場の修業に冴えた美しさだった。そや、この手がある内は、わいは食べて行けるんやったと気がついて、蒼い顔がかすかに紅みを帯びた。交番に行く道に迷うて、立止まった途端、ふと方角を失い、頭の中がじーんと熱っぽく鳴った。
 順平はかつて父親の康太郎がしていたように、首をかしげて、いつまでもそこに突っ立っていた。



底本:「定本織田作之助全集 第一巻」文泉堂出版株式会社
   1976(昭和51)年4月25日発行
入力:小林繁雄
校正:伊藤時也
ファイル作成:野口英司
2000年3月17日公開
2001年8月3日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。


●表記について

本文中の※は、底本では次のような漢字(JIS外字)が使われている。

※(かねまた)でシチューと半しまを食わせてくれた

上一页  [1] [2] [3]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告