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偶人信仰の民俗化並びに伝説化せる道(ぐうじんしんこうのみんぞくかならびにでんせつかせるみち)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 15:49:32  点击:  切换到繁體中文

底本: 折口信夫全集 3
出版社: 中央公論社
初版発行日: 1995年4月10日
入力に使用: 1995年4月10日初版
校正に使用: 1995年4月10日初版

 

   一 祝言の演劇化

万葉巻十六の「乞食者詠ホカヒビトノウタ」とある二首の長歌は、ほかひゞと祝言シウゲンが、早く演劇化した証拠の、貴重な例と見られる。二首ながら、二つの生き物の、からだのクセを述べたり、愁訴する様を歌うたりして居るが、其内容から見ても、又表題の四字から察しても、此歌には当然、身ぶりが伴うて居たと考へてよい。「詠」はうたれて来たが、正確な用字例は、舞人の自ら諷誦フウシヨウする詞章である。
此歌は、鹿・蟹の述懐歌らしいものになつて居るが、元は農業の、害物駆除の呪言ジユゴンから出て居る。即、田畠を荒す精霊の代表として、鹿や蟹に、服従を誓はす形の呪言があり、鹿や蟹に扮した者の誓ふ、身ぶりや、覆奏詞カヘリマヲシがあつた。此副演出の部分が発達して、次第に、滑稽な詠、をこな身ぶりに、人を絶倒させるやうな演芸が、成立するまでに、変つたのだと思ふ。
其身ぶりを、人がしたか、人形がしたかは訣らない。併し、呪言の副演出の本体は、人体であるが、もどき役に廻る者は、地方によつて、違うて居た。人間であつた事も勿論あるが、ある国・ある家の神事に出る精霊役は、人形である事もあり、又鏡・ヒサゴなどを顔とした、仮りの偶人である事もあつた。此だけの事は、考へてよい根拠が十分にある。
ほかひゞとは、細かに糺して見ると、くゞつとおなじ者でない処も見える。併し、此ほかひゞとの中に、沢山のくゞつも交つて居た事は考へてよい。私は、くゞつ傀儡子クワイライシ同種説は、信ずる事が出来ないで居るが、くゞつの名に宛て字せられた、傀儡子の生活と、何処までも、不思議に合うて居るのは、事実である。
くゞつの民の女が、人形を舞はした事は、平安朝の中期に文献がある。其盛んに見えたのは、真に突如として、室町の頃からであるが、以前にも、所々方々に、下級の神人ジンニンや、くゞつの手によつて行はれて居た。此団体が、摂津広田の西宮から起つた様に見えるのは、恐らく、新式であつた為、都人士に歓ばれたからであらう。
西宮一社について見れば、祭り毎に、海のあなたから来り臨む神の形代カタシロとしての人形ニンギヤウに、神の身ぶりを演じさせて居たのが、うかれびとの祝言に使はれた為に、門芸カドゲイとしての第一歩を、演芸の方に踏み入れる事になつたのだと思はれる。

     二 八幡神の伴神

祭礼に人形ニンギヤウを持ち出す社は、今でも諸地方にある。殊に、八幡系統の神社に著しい。八幡神は、疑ひもなく、奈良朝に流行した新来イマキの神である。私は、日本の仏教家の陰陽道オンミヤウダウが、将来した神ではないかと考へて居る。譬へば、すさのをの命を、牛頭ゴヅ天王と言うたり、武塔ブタフ天神と言うたりする様に、八幡神も、多分に陰陽道式のものを持つて居る。仏教式に合理化せられ、習合せられた新来神と言へさうだ。
其はとにかく、此神が、兇暴な神である様に見られたのは、八幡神自身が、兇暴と言ふよりも、西から上つて来る途中、其土地々々の、兇悪な土地神を征服して、此を部下にして行つた、其為だと思はれる。此征服の結果は、最初は、部下にしたのだが、後には、若宮として、父子の関係で示される様になつた。
かうして八幡神の信仰が、宣伝せられて行く中に、地方々々の神々を含んで行つた。それ等の神々は、巨人の形をとつて、其土地の八幡神の信仰を受け持つことになつた。八幡神側から言へば、臣従を誓はせる事によつて――父子の形はとつても――土地の害悪を押へたのである。
此部下は、人形ニンギヤウの形をとつた。巨人オホヒトの像で示されたのである。譬へば、日向岩川八幡の大人オホビト弥五郎の様なものが出来た。さうして、此が八幡神の行列には必、伴神として加はつた。日本の巨人キヨジン伝説には、此行列の印象から生れた、と考へられるものがある。証拠は段々とある。らしよなりずむに囚はれた人類学・考古学の連衆は、無反省に、先住民族を持ち出すが、尠くとも、日本の巨人伝説を考へるには、此行列の印象のある事を忘れてはならない。九州で大人弥五郎と言ひ、中国で大太郎法師と言ひ、平家物語にはだいたら法師とある様に、此印象が、殆全国に亘つて、伝説化せられて居る。勿論其には、沼を作り、山を担いだなどゝある、一代前の巨人伝説が、結びついても居る。此二者が結合して、新しい巨人伝説が出来た、と見るのがよろしいであらう。大太郎法師を高良カウラ明神とし、高良明神を武内宿禰に仮托したのは、八幡神を、応神天皇に附会した為の誤解からである。それでも、脇座ワキザの神としての印象だけは、採り入れて居る。
八幡神の伴神でも、まだ御子ミコ神としての考への出ない前のものが、即、サイである。伴神が二つに分れて、既に服従したものと、尚、服従の途中にあるものとに分れた。才の男に、からかひかける態のあるのは、あまのじやくと称する伝説上の怪物・里神楽のひよつとこなどゝ同じやうに、尚服従の途中にある事を示して居るのである。巨人オホビトの方は、既に服従したものである。だから行列に於いて、前立となるのである。

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