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窃む女(ぬすむおんな)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-4 6:21:38  点击:  切换到繁體中文


      五

 清吉は胸がドキリとした。
「何でもない。下らないこった! 神経衰弱だ何でもありゃしない!」
 彼はすぐ自分の想像を取消そうとした。けれども、今の想像はなんだか彼の脳裏にこびりついてきた。
 やがて、門の方で、ぱきぱきした下駄の音がした。
「帰ったな。」と清吉は考えた。
 彼は一刻も早く妻の顔を見たかった。彼女の顔色によって、丸文字屋でどんなことが起ったか分るからだった。さきの想像が真実かも知れないと云う懸念に彼はおびやかされた。
 彼女は何か事があると、表情を失って、顔の皮膚が厚く凝り固まったように見えるのであった。眼は真直に前をみつめて、左右のことには気づかない調子になる。
「もう這入って来そうな時分だ。」
 妻が座敷へ上って来るのがおそいので彼はいぶかった。
 下駄の音は、門をはいってから、忍び足をしているのか、低くなっていた。彼がじいっと耳を澄ますと、納屋なやむしろ空俵あきたわらを置き換えている気配がした。まもなく、お里が喉頭のどもとに溜った痰を切るために「ウン」と云って、それから、小便をしているのが聞えて来た。
「隠したな。」と清吉は心で呟いた。
 妻は、やはり反物をかえさずに持って帰って、納屋の蓆か空俵の下に隠したんだな、と彼は思った。
 心臓の鼓動が激しくなった場合に妻の喉頭に痰が溜って、それを切ろうとして「ウン、ウン!」というのも彼はよく知っていた。
 彼は、もう妻の身振りも、顔色も、眼も見る必要がないと思った。すべてが分ったような気がした。が、それを彼女に知らせず、何気ない風をよそうていようとした。そして、彼女の仕出かしたことに対してはなるだけ無関心でいようとした。けれども彼の神経は、知らず/\、妻の一挙一動に引きつけられた。お里は小便をすますと、また納屋へ行って、こそ/\していた。そして、暫らくして台所へ這入って来た。
 清吉は眼をつむって、眠むった振りをしていた。妻は、風呂敷包を片隅に置いて外へ出た。
 昼飯に、子供をつれて彼女は帰って来た。
「お母あ、どんなん買って来たん?」
 子供は、母にざれつきながら、買ったものを見るのを急いだ。
「これ、これだ。」
「うちにゃどれ?」
「これ。品にゃこれ……。きみにゃこれ……」
 お里は風呂敷包みの一方だけ開けて、品ときみに反物を見せた。清吉はわざと見向かないようにしていた。
「お母ア、コール天の足袋は? 僕のコール天の足袋は?」友吉がわめいた。
「あ、忘れとった。」お里はビクッとして「忘れてしもうとった。また、今度買うて来てやるぞ。」
「えゝい。そんなんやこい。姉やんにゃ仰山買うて来てやって、僕にゃ一つも買うて呉れずに!……コール天の足袋、今日じゃなけりゃいやだ!」
「明日買うてあげるよ。」
「えゝい、今日でなけりゃいやだ!」友吉は小さい両手で、母親を殴りつけた。
「よし、よし、じゃ、もうそうするでない。晩に新店しんみせへでも行って来てあげるから。」
 お昼から、お里が野良仕事の為初しぞめに、お酒と松の枝を持って畠へ行ったひまに、清吉は、寝床から這い出して、そっと、風呂敷を開けて見た。
 最初、借りて来たまゝの反物が包んである。金目から勘定すると、十円でこれだけは、どうしても買える筈がなかった。だが、納屋の蓆の下にでもかくしてあると思っていたものを、誰れの目にもつき易い台所に置いてあるのが、どういう訳か、清吉には一寸不審だった。
 彼は返えす筈だった二反を風呂敷包から出して、自分の敷布団の下にかくした。出したあとの風呂敷包は、丁寧に元のままに結んだ。
 妻が彼の知らない金を持っていようとは考えられなかった。と云って、如何に単純でたくらみがないとは云え、ぬすんだ物を台所に置きっ放しにして平気でいられようとは思われなかった。
「窃んだのじゃあるまい。買ったんだ。」
 彼は、自分にそう云ってみた。そう云うことによって、たとえ窃んだものでも、それが奇蹟的に買ったものとなるかのように。
 家の中も、通りもお正月らしく森閑としていた。寒さはひどかったが、風はなかった。いつもは、のび/\と寝ていられるのだが、清吉は、どうも、今、寝ている気がしなかった。彼は寝衣ねまきの上に綿入れを引っかけて外に出た。門松は静かに立っていた。そこには蕎麦や、飯が供えてあった。手洗鉢の氷は解けていなかった。
 隣家を外から伺うと、人声一つせず、ひっそりと静まりかえっていた。たゞ、鶏がコツ/\餌を拾っているばかりだ。すべてがいつもと変っていなかった。でも彼は、反物が気にかゝって落ちつけなかった。
 彼は家のぐるりを一周して納屋へ這入って見た。四ツに畳んできっちり重ねてあった蓆がばらばらにされていた。空俵はもと置いてあった所から二三尺横に動いていた。
「こりゃ、この下に一度かくして、また取り出したんだな。」彼はこんなところへ気をまわした。「こんなところはなお人が注意するからだな。」
 寒気で、肌がぞく/\した。彼は屋内に這入って寝床に這入ろうとした。すると敷布団が不自然に持ち上っているのを見た。
「こんなところに置いちゃいかん! すぐばれてしまうじゃないか。これをかくしておくことが肝腎かんじんなんじゃ。」
 彼は部屋の中を見まわした。どこへかくしたものかな。――壁の外側に取りつけた戸袋に、二枚の戸を閉めると丁度いゝだけのすきがあった。そこへ敷布団から例のものを出して、二寸ほどの隙間に手をつまらせないように、ものさしで押しこんだ。戸袋の奥へ突きあたるまで深く押しこんだ。
「これで一と安心!」一瞬間、こんなことを感じた。
 彼は、たしかに神経衰弱にかゝっていた。寝床に横たわると、十年くらいの年月が、急に飛び去ってしまえばいゝ、というようなことを希った。何もかも忘れてしまいたかった。反物を盗んで来た妻のことが気にかゝって仕方がなかった。これまで完全だった妻に、きずがついたようで、それが心にわだかまって仕方がなかった。
 彼は、現在、自分が正直ばかりでは生きて行かれないことを知っていた。彼は食うものを作りながら、誰れかにうまい汁を吸われているのだった。呉服屋も、その甘い汁を吸っている者の一人である。だから、こちらからも復讐してやっていゝのだ。彼は常にからそういう考えは持っていた。でも、彼は、妻が呉服屋に対して悪いことをすると、それにこだわらずにはいられなかった。

      六

 お里は、畑から帰るとあの反物が気にかゝるらしく、風呂敷包を開けて見た。
「あらッ!」彼女には風呂敷包に包んだ反物が動いているように思われた。「あの二反が無い!」
 彼女は、そこらあたりに出ていないか見まわした。布団を入れる押入れや、棚や、箪笥の抽斗ひきだしを探してみた。けれども無い。納屋の蓆の下に置いて忘れているような気もした。納屋へ行って探して見た。だが探しても見あたらない。彼女は頭の組織が引っくりかえったようにぐら/\した。すべての物がばら/\に離れてとびまわっているように見えた。物置きへまで持って行ってしまったような気もした。
「どうしたんだろう?」
 一方では、物置きなどへは持って行った記憶がないのを十分知っていながら、単なる気持を頼って、暗い、黴臭い物置きへ這入って探しまわった。
「あんた、私の留守に誰れぞ来た!」
 おず/\彼女は清吉の枕元へ行って訊ねた。
「いや。誰れも来ない。」清吉は眼をつむっていた。
「きみか、品が戻った?」
「いや。どうしたんだい?」清吉はやはり窃んできたのだなと考えていた。
「なんでもないけど。」
「なんでもないって、どうしたんだい?」
 清吉は云いながら、唇の周囲に微笑が浮び上って来そうだった。
「いゝえ、なんでもないん。」
 清吉は、黙っているのは良くないと思ったが、どうも自分からかくしたとは云い出せなかった。
 お里は、お品か、きみがどっかへやったのかもしれない、と考えていた。清吉はうと/\まどろんで子供達が外から帰ったのも知らないことが珍らしくなかった。あるいは、彼が知らないうちに子供が嬉しがってどっかへ持って行ったのかもしれない、彼女は、子供達が寺の広場で遊んでいるのを呼びに行った。
「あの人、もう知ってるんだ。知ってるんだ?」歩きながら、思わずこんな言葉がつぶやかれた。そして彼女はぎょっとした。
 お品とおきみとは、七八人の子供達と縄飛びをしていた。楽しそうにきゃア/\叫んだりしていた。二人は、お里が呼んでも帰ろうとしなかった。
「これッ! 用があるんだよ!」
「なあに?」
「用があるんだってば!」彼女はきつい顔をして見せた。
 二人の娘は、広場を振りかえって見ながら渋々母のあとからついて来た。お里は歩きながら、反物のことを訊ねた。
「お母あ、どうしたん?」お品が云った。
「あれが無いんだよ。」
「どうして無いん?――あれうちが要るのに!」
「お前達どこへも持って行きゃせんのじゃな?」
「うむ。――昼から家へ戻りゃせんのに!」
 家へ帰ると、お里は台所に坐りこんだ。彼女は蒼くなってぶる/\慄えていた。お品ときみとは、黙って母親の顔を見ていた。と二人とも母が慄えるのに感染したかのようにぶる/\慄えだした。
「知っているんだ、あの人は知ってるんだ?」里は思っていた。「何もかも知ってるんだ! どうしよう。……」
 清吉は、これは自分がなんとか云ってやらなければいけない、と眼をつむって思った。が、どう云っていゝか、一寸困った。
「お母あ、コール天の足袋は?」不意に友吉が外から馳せこんで来た。「コール天の足袋は?――僕、コール天の足袋がいるんだ!」
 お里は返事をしなかった。彼女は押入れから布団を出して、頭からそれを引っかむって俯向うつむきになった。
「コール天の足袋!」
 布団の下からは、それには答えずに、泣きじゃくりが聞えて来た。
「お母あ、どうしたん? お母あ!」お品が声を潤おした。
「どうしたん?」
 泣きじゃくりは、やはりつづけられて来た。
「お母あ、どうしたん! よう、お母あどうしたん?」
「お母あさん! お父うさん! お父うさん!」きみが泣きだした。
 清吉は、なお黙っていた。彼の頬はきりりッと痙攣けいれんするように引きつッた。

(一九二三年三月)




 



底本:「黒島傳治全集 第一巻」筑摩書房
   1970(昭和45)年4月30日第1刷発行
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2006年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」は「/\」で表しました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

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