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氷河(ひょうが)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-4 6:23:35  点击:  切换到繁體中文


      五

 十三寝ると病院列車に乗って浦潮へ出て行ける。
 それが、今度はアルファベットになった。なお十三日延ばされたのだ。十三日に十三日を加えてABCの数だけねなければ浦潮へ出て行かれない。
 その理由は何か?――列車の都合というのに過ぎなかった。それ以上は兵士には分らなかった。
 負傷者は、Aの日が暮れるとBの日を待った。Bの日が暮れるとCの日を待った。それからD、E、F……。
 ゼットが来なければ、彼等は完全にいのちを拾ったとは云えないのだ。
 衛兵にまもられた橇が黒龍江を横切って静かに対岸の林へ辷って行く。それが丘の上の病院の眼に映った。黒龍江は氷の丘陵をきずいていた。
 橇は、向うの林の方へ、二三枚の木葉舟このはぶねのように小さく、遠くなって行った。列車の顛覆と同時に、弾丸たまの餌食になった兵士が運ばれて行ったのだ。
 観音経をやりながら、ちょい/\頓狂に笑う伍長をのけると、みんな憂鬱にベッドから頭を上げなかった。
「まだ、俺等は運がよかったか!」
 栗本は考えた。ベッドには、一人の患者がいなくなると、また別の傷病者がそのあとへやって来る。それがいなくなると、又次の者がやってくる。藁蒲団も毛布も幾人かの血やうみや汗で汚されていた。彼は、それをかむって、ひそかに自分を慰めた。
 負傷者は、死ぬまで不自由と苦痛を持ってまわらなければならない、不具者だ。
 彼等は、おかみから、もとの通りの生きている手や足や耳を弁償して貰いたかった。一度切り取られた脚は、それを生れたまゝのもとの通りにつけ直すことは出来ない。それは相談にかゝらない。でも、出来ても出来なくても無理やりに弁償を強要したかった。不服でむか/\してやりきれなかった。そういう激しい感情を林へ引いて行かれる橇を見て自ら慰めるよりほか、彼等には道がなかった。彼等と一緒に兵タイに取られ、入営の小豆飯を食い、二年兵になるのを待ち、それから帰休の日を待った者が、今は、幾人骨になっているか知れない。
 ある者は戦場から直ぐ、ある者は繃帯所から、ある者は担架で病院までやってきて、而も、病院の入口で見込がないことを云い渡されて林へ運ばれて行った。中には、まだぬくい血が傷口から流れ出ている者があった。自分たちが、負傷から意識を失った、若し、それをまだ取りかえさないうちに見込がないと云い渡されていたら……。彼等は、それを思うとぞッとした。そういう者がないとは断言出来ないのだ。
「煙が上りだしたぞ。ウェヘヘッヘ。」
 伍長が病的に笑って、湯呑みをチン/\叩きだした。
「やめろ!」
 彼等は、髪や爪が焼ける悪臭を思い浮べた。雪に包まれた江の向うの林に薄い紫色の煙が上りだした。
「誰れやこしだったんだ?」
 腰に弾丸がはまっている初田がきいた。
「六人じゃというこっちゃ。」
「六人?」
 六人の兵士は、みな名前を知っていた。顔を知っていた。一緒に、あの朝、プラットフォームのない停車場から重い背嚢を背負って、やっと列車に這い上がり、イイシへ出かけたのだ。イイシにはメリケン兵がいない。ロシアの娘がまだメリケン兵に穢されていない。それをたのしみにしていた仲間だ。ある時は、赤い貨車の中でストーブを焚き、一緒に顫えながら夜を明かしたこともあった。
 彼等は、誰も、ものを云わなかった。毛布をかむって寝台からペンキのげたきたない天井を見た。
 戦死者があると、いつも、もと坊主だった一人の兵卒が誦経ずきょうをした。その兵卒は林の中へもやって行った。
 林の中にしわがれた誦経の声がひゞき渡ると、薪は点火せられ、戦死者は、煙に化して行くのだった。薪が燃える周囲の雪が少しばかり解けかける。
 自分の意志を苅りこまれ、たゞ一つの殺人器のようにこき使われた彼等は、すべての希望を兵役の義務から解き放された後にかけている。彼等はまだ若いのだ。しかし、そのすべての希望も、あの煙と共に消えなければならない。兵士達には、林の中の火葬の記憶が一番堪えがたかった。
 急ごしらえの坊主の誦経が、いかに声高く樹々の間にひびき渡ろうとも、それによって自ら望まない死者が安らかに成仏しようとは信じられるか! そのあとに、もろい白骨以外何が残るか!
「まだ、俺等は、いゝくじを引きあてたんか!」彼等はまた考えた。
 いのちが有るだけでも感謝しなければならない。
 そして、又、
「アルファベット数えてしまえば、親爺や、お袋がいるところへ帰って行けるんかな。」そんなことを考えた。「俺等にも本当に恩給を呉れるんかな?」
 そこで、一本の脚を失った者に二百二十円かそこらの恩給が、シーメンス事件で泥棒をあばかれた××大将の六千五百円の恩給にもまして有難く感じられて来るのだった。

      六

 病室は、どの部屋も満員になった。
 胸膜炎で、たき出した番茶のような水を、胸へ針を突っこんで汲み取る患者も、トラホーム・パンヌスも、脚のない男も一つの病室にごた/\入りまじった。
「軍医殿、栗本も内地へ帰れますか?」
 彼は、自分から癪に障るくらい哀れみを乞うような声を出してきいた。
「あゝ。」
 栗本の腕は、傷が癒えても、肉がえぐり取られたあとの窪んだ醜い禿は消す訳に行かなそうだった。
「福島はどうでしょうか、軍医殿。」
「帰すさ。こんな骨膜炎をいつまでも置いといちゃ場所をとって仕様がない。」
 あと一週間になった。と、彼等は、月火水木……と繰り方を換えた。
 今は、不潔で臭い病室や、時々夜半にひゞいて来るどっかの銃声や、叫喚が面白く名残惜しいものに思われてきた。それらのものを、間もなくうしろに残して内地へ帰ってしまえるのだ。
「みんなが一人も残らず負傷して内地へ帰ったらどうだ。あとの将校と下士だけじゃ、いくさは出来んぞ。」
 声が室外へ漏れんように小さく囁き合った。
「やっぱし、怪我をして内地へ帰るんが一番気が利いてら。」
「こん中にゃ、だいぶわざと負傷してきた奴があるじゃろうがい?」大西は無遠慮に寝台を見まわした。「そういう奴は三等症だぞ。」
「三等症どころか、懲罰だ。」
 どう見ても、わざとの負傷と思われる心配がない、腰に弾丸たまはまっている初田が毛布からむく/\頭を持上げた。
「馬鹿云え、誰れが好んで痛い怪我をする奴があるか!」
 彼等は平和だった。希望に輝いてきた。
 また、繰り方を換えた。あした、あさって、しあさって、と。もうあと三日だ。と、新しい負傷者が、追いつこうとするかのように、又どか/\這入ってきた。その中にアメリカ兵と喧嘩をして、アメリカ兵を軍刀で斬りつけた勇士があった。
 それは彼等をひどく喜ばした。砲兵の将校だった。
 肩のさきをピストルでやられていたが、彼は、それよりさきに、大男のメリケン兵を三人ぶち斬っていた。
 中尉は下顎骨の張った、獰猛な、癇癪持ちらしい顔をしていた。傷口が痛そうな振りもせず、とっておきの壁の青い別室に坐りこんでいた。その眼は、頭蓋骨の真中へ向けられ、何か一つの事にすべての注意を奪われている恰好だった。
 やったのは、ロシア人の客間だ。そういう話だった。そこで、アメリカ兵は、将校より、もっと達者なロシア語を使って、娘と家族の会話を彼の方から横取りした。中尉は、癇癪玉をちく/\刺戟された。が、メリケン兵をやっつけるとあとからもんちゃくが起る。アメリカ兵は、やっつけられて泣き寝入りにこらえるロシア人や支那人のような奴ではない。それを知っていた。で、そのまゝ何気なく帰ろうとして、外套に手を通しながら、ちょっとテーブルの方を見た。と、そこに、新しい手の切れるような札束があった。競争に負けたジャップにはびた一文だって有りゃしないんだろう。――テーブルに向って腰かけたメリケン兵の眼には彼への軽蔑があった。
「それゃ、どこの札だね?」
 彼は、片方の腕を通しさしで、手を天井に突き上げたまま、テーブルに近づいた。
「お前のもんじゃないよ。」
 顔の細長いメリケン兵が横から英語で口を出した。も一人の方は、大きな手で束から二三枚を抜いてロシア人にやっていた。その手つきが、また見せつけんばかりに勿体振っていた。
「それゃ、偽札じゃないか!」
 彼は、剣吊りに軍刀をつろうとして、それを手に持っていた。
「でも、この通り、ちゃんと通用するんだよ。」メリケン兵は、また札を二三枚抜いてパチパチ指ではじいて見せた。
 彼は背に火がついたような焦燥を感じた。そして、心で日本刀の味を知れ! と呟いた。
 ――入院患者をつれてきた上等兵の話はそういうことだった。
 ついすると、ロシアの娘は、中尉がさきに手をつけていた、その女だったかも知れなかった。
「ほう、そいつは、俺も加勢するんだった。いつかは、そんなことになると思うとったんだ。」橇の上からピストルを放したメリケン兵のロシア語は、まだ栗本の耳にまざまざと残っていた。「眼のこ玉から火が出る程やっつけてやるといいんだ!」
 けれども青い別室の将校は、
「おれは中尉だ。兵卒とは違うんだ! 将校だ! それがどうして露助に分らんのだろう! どうして分らんのだろう!」
 と、こんなことを、まるで熱病患者のように発作的に声に出して呟いていた。
 彼はロシアの娘が自分をアメリカの兵卒と同じ階級としか考えず、同じようにしか持てなさないのが不満で仕様がなかった。同様にしか持てなさないのは、彼にとっては、階級を無視して、より下に扱っていることだ。娘をメリケン兵に横取りされる危惧もそこから起ってくる。
「何で、俺の肩章が分らんのだ! 何で俺のさげとる軍刀が分らんのだ!」
 それが不思議だった。胸は鬱憤としていっぱいだった。
「もっと思うさまやってやればよかったんだ! やってやらなきゃならんのだった!」
 彼は、頭蓋骨の真中へ注意をむけるような眼つきをして衝動的に繰りかえした。刀を振りまわしたのも、呶なりつけたのも、自分をメリケン兵よりもえらく見せるがためだった。彼には、そのやり方が、まだ足りなかったようで、遺憾に堪えないものがあった。
「俺は中尉だ、兵卒とは違うんだ! どうしてそれが露助に分らんのだろう! どうして分らんのだろう!」
 が、彼は、軍隊の要領は心得ていたので、本当の自分の心持は、誰れにも喋らず、偽札に憤慨したという噂は、流れ拡がるにまかせて、知らん顔をしていた。……

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