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野路の菊(のじのきく)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-11 9:35:20  点击:  切换到繁體中文


   その三

 有為転変の世の習ひ、昨日までは玉楼金殿の裏に住居し貴人さへ、今日は往来の人に道を狭められ車夫にさへ叱り飛ばされ、見るもいぢらしき姿となるがある世に、算盤珠の外れ易き、商業界に身を置きし金三の、流行紳士ともてはやされしも一時。淵は瀬となる世の中に、名詮自称の金三のみ、いかでかはその数に漏るべき。かねてしも財源と頼みてし会社の一朝祝融の怒りに触れて、十年の経営たちどころに灰燼に帰し、百千の株券とみに市場の声価を失ひたるより、いかでこれを恢復せばやと、再興の計画にをさをさ肝胆を砕く折も折。我が名義にて営みし私立銀行の、忙しきままこれまで人任せにしたるが、何事もなかりしに、役員の不始末より破産の不幸に逢ひ、無限責任の悲しさには、債務ことごとく金三の一身に集りぬ。されど金三は年頃の派出やかなる暮しに少なからぬ借財もありて、巨万の富を重ねしと見えしも、その実融通一つにて支へたる身なれば、今かく重なる不幸に逢ひては、資産の全部を、手離さではかなはぬ仕儀となりぬ。その噂早くも伝はりて、債権者の名々、我も我もと先を争ふて責め寄するにぞ、さすが商界の一老将も、力つき謀窮まりて、我が住居さへ保ちかぬる様子を、見て取りし妾のお艶、足もとの明るき内に、辞し去るが上分別と思へるにや。ある日金三の機嫌よき折を見て、今日この頃のお心遣ひ、私の眼にはありありと、そのおやつれが見えまする。所詮女の身の力及びませねど、日頃の御恩報じは今日この時、もとの島へ戻り二度の花咲かせむも、それはかへつて旦那様のお顔汚し。それよりは私が下女代はりを致してなりとも、口を減らさせましたい心なれど、馴れぬ水仕事は、奥様もお遣ひあそばすにお骨も折れませう。まだしも慣れた事なれば、もとの土地へ帰りまして、お茶屋でも始めたならば、私の古い馴染もあり、旦那様の御贔負受けたお茶屋も少なからねば、引立ててもくれませう程に。さすれば旦那の、お助けとはならぬまでも、私とお静の二人口に、御心配かけぬだけの事は出来ませう。別に資本のいると申すでもなし座敷の飾り夜のもの皿小鉢のいくらかを、分けて戴けばそれで済みまする。いかがなものといひ出でたるを、せても枯れてもわしは淵瀬、そなたの力を借るまでもないと、初めは笑ひて取合はざりしが、お艶が切に請ふて止まざるにぞ、さらばそなたの気の済むやうと、島の内に相応ふさわしき貸家求めさせて望み通り引移らせぬ。お艶は得たりと我が衣類調度は更なり、その外何くれとなく借受けて持運び。始めは本宅へのおとづれ怠らず、金三をもしばしば呼び迎へて快く待遇もてなしそれこれの事指図を仰ぐにぞ、金三もかかる場合ながら、新たに別荘得たる心地して、掛物もこれ、敷物もこれと、追々に本宅のもの持来りて、多くはお艶の方に在るにぞ、お艶の新宅躰裁よく調ひたる頃は、淵瀬の倉庫はいつしか空しく、座敷までも明屋あきやめきぬ。お艶はここらが見切り時と思はぬにはあらねど、とみには冷やかなる気色も見せず。されど居心よきままに、いつまでも金三の入り浸らむには、様付の居候置きたるも同様にて、果てはかくまで謀りたる甲斐なからむと、追々には針を包みたるうるはしき詞にて、お客商売に殿御は禁物、殊には世上にお顔広き旦那様の、ここに居たまふ事人に知れては出入るお客の、気を置かるるもあるべきに、なるだけ人に、お姿の見えぬやうにしたまへかし、この間も御存知の何某様二階にて大浮かれの最中、旦那様のお声聞こえてより、拇指れこは内にかと俄の大しけこみ、それよりは花々しき騒ぎもなく、そうそうにお帰りなされしより、私も始めて気がつきました。商売大事と思ひ給はば、その御心したまひてよと。いふはまさしく我を遠ざくる算段と金三は未だ心付かねど、せつかく気保養にと思ふお艶の家に在りても、お艶は多く座敷へ出で、傍らには居らぬがちなるさへ、飽かぬ心地せらるるに、この上一室ひとまに閉籠もりて、影さへ人に見せられじとは、てもさても窮屈なる事と、少しは面白からず思ひしにや、その後は足も自づと遠ざかるを。お艶は結句、よき事にして、強ひては迎へず来ればよき程に待遇もてなせど、以前に変はる不愛想は、逐に金三の眼にもつきて、己れ不埓の婦人おんなめとさすがの金三も怒らぬにはあらねど、流れの身には有りがちの事と、それより後はおとづれもせず。この時にこそ金三も、無明の夢の醒めけらし。
 この間に立ちて殊勝にも、いぢらしきはお静にて、これはお艶の養ひ子とはいへ、稚きより淵瀬の本宅に人となり、石女うまずめのお艶の、可愛がるやうにて、怖らしきよりは、万事物和らかに、情け深き本妻お秋の何となく慕はしく、多くはそが傍らに在りしに、お秋もまた遣る方もなき心の憂さを、この無邪気なる少女に慰めむとてか。お静お静と呼寄せての、優しき慈愛身にしみて嬉しく。果ては読み書き、裁ち縫ひの道しるべさへ、お秋より教へられて、おぼろけながら女の道をもわきまへつ。我が母なるお艶の、お妾さまといはるる身なるが、情けなく恥づかしという事も分り。せめては金三を父様ととさまと呼ばるるが勿躰なけれど嬉しき事に思ひて、日を送りしに。ゆくゆくは金之介様のお嫁にとの、お艶の心搆へ聞き知りてよりは、身を重んずるといふやうなる心も出来て、お艶よりはお秋を見習ひ、蓮葉ならぬ育ちたのもしかりしに。お艶の方へ引取られてよりは、昨日までもお嬢様と呼ばれし身の。何事ぞ生酔の客に、手を引張らるる事もあり、なまめかしき芸娼妓より、姉さんと親しげに言葉掛けらるるが、身を切らるるより辛く。などて母様の、かかる営業なりはひしたまふらむと、それさへに悲しかりしに。日頃好まざりし三味線一時にさらへさせられて、明くる春よりは芸妓に出ねばならぬ身の、その撥の持ち方はと叱られてより。さてはさうかといつそう我が身の上悲しく、いかで父様の、かかる折にも来まさむには芸妓にならで済むやう、母様にもいふて戴かふものと。そぞろに金三の上忍ばれて、お艶に金三の事聞き合はす時あれど。お艶はいつも不興気にて、父様とは往年むかしの事、私をもお前をも、お捨てなされし淵瀬様の事、いつまでも父様といふものでなし。聞けばこの頃それからそれへと引越して、今はいづこに居らるるやら、分らぬといふ人の噂。いづれにこの後よき事はなかるべきに、父様と呼ぶは私はもとより、そなたの為にもならず。それよりはそなたも年頃、今に我が腕一ツにて、善き父様探しあて、可愛がつて貰ふがよいと。果ては笑ひに紛らすを、思ひかねて再び問へば、それ程淵瀬様の恋しくば、そなたの勝手に尋ね行くがよし、味噌漉さげて使ひに遣らるる姿、我は見るのが嫌なれば、その日限り、我とは縁切と思へかしと、それはそれはつれなき詞に。金三の上お秋の上さては東京に在る金之介の上まで、気遣ひは気遣ひながら、どこを尋ねてよきやら分らず。小さき胸にはおきあまる思ひに寐られぬ夜もあるを、情知らずのお艶は、夢にも知らで過ぎけむかし。

   その四

 ここは大坂の町外れ、上福島村の何番地といふに、近頃引越したる親子あり。あるじは去年脳充血にて世を去りしとの事にて、今は母子二人の淋しき住居。ゆたかならぬ、生活くらし向きは、障子の紙の破れにも見え透けど、母なる人の木綿着ながら品格よきと、年若き息子の、尋常ならず母に仕ふるさまは、いづれ由緒よしある人の果てと。淵瀬の以前むかし知らぬ人も気の毒がり、水臭からぬ隣の細君かみさま、お秋が提ぐる手桶の、重さうなるを、助けて運びくるる事もあり。差配の隠居の親切に、何なりとも御用あらばと、いひくるるも嬉しく、泣きて移りし今の住居も、捨て難きまで思ひなりしは、貧に慣れし一徳にやなど、たまには母子おやこの、笑ひ話する事もあり。金之介は学業半途に、呼び戻されて、学校を退きし身の、思はしき口とてはなけれど、世話する人あるを幸ひに、父の没後は土佐堀辺のある私立学校に通ひて、わづかなる俸給に、母子二人の口を糊するを、何よりの事と思ふ身の不運を、心ならぬ事に思へば、いかで今一度青雲の志を遂ぐる楷梯もがなと、精勤更に怠らず、暇あるをりをりは、独学に心を慰むる、若きには似ぬ心掛けの、校長にも知られてやその受けよし。今日は我が方に何か御馳走がある筈なれば、是非に同行して、ゆるゆる話したまへと、深切に勧めらるるを否みかね、母のさぞ待ち詫びたまはむにと思ひながらも、誘はれてそが方に行き、晩餐の饗応ふるまひにあづかりたる後、好める学術の談話に思はず時刻を移し、やうやくに辞し去りたる頃は、はや仲秋望後の月の、大空に輝く時なりけり。
 幾度か雪駄直しの手にかかりて繕はれたる靴の、急くほど足痛けれど、携へたる紫メリンスの、風呂敷の中には、校長の注意にて母への土産もあるに、心勇みて玉江橋の中程まで来かかりたる金之介の、足音に驚きてや、橋の欄干に身を寄せたる婦人の、しかも年わかく、月の光を受けてかほの色凄きまで蒼白くうるはしきが一歩二歩歩み出たり。いぶかしとは思ひながら行過ぎたれど、何となく気にかかりて振り向けば、また立止まりてさめざめと泣くさまなり。あまりの不思議にしばしば見帰れば。かなたも気味悪げにこなたを見たるが。しばし何事をか打案ずるさまにて金之介の傍へ駈け寄り、あなたはもしや兄上様、イイエあの淵瀬の若旦那様ではござりませぬかと、問ふに金之介は驚きて、よくよく見れば稚な顔のいたく大人びて、見違へたれど紛ひもなきお静なり。いかにしてかかる辺りに彷徨さまよへるにやと思へど、今は親しからぬ身の左右さうなくは問はず。ただ訝しげにその顔をうちまもるにぞ、お静は涙ぐみながら、言葉せはしくその身のあらましを告げて、年頃の御なつかしさ是非に一度御尋ね申したしとの心、夢の間も忘れませねど、御住居の知れ難さに、今日まで空しく過ぎしなれど、いよいよむ春よりは芸妓に出されむといふ身辛く。いかにもして一度父様に御目にかかり、その御指図をも戴きたしとの願ひ切なる折から、運よくも、昨日髪結のお吉の、福島村あたりに、詫び住居したまふ御様子との事、母様にささやきしを漏れ聞きて。詳しくは分りませねど、よも知れぬ事はあるまじと、大胆にも今日の昼過ぎ、母様にはそちまでと偽りて、福島村まで参り、そこよここよと問合はせましたれど、そんなお方は知りませぬと、いふ人のみにて手がかりなく。尋ねあぐみしその内に、日は暮れ果てて飛ぶ鳥も、ねぐらに急ぐ時となり心細さの堪へ難ければ、ひとまづ家に帰らうと、ここまでは参りましたのなれど、思へばかくまでおそなはりし身の、何といひ訳したものと、心付いては足も進まず。幾度かこの橋を行き戻りして時を移し。今は帰るに帰られず、いつそこの川へ身を投げむかと、死神に誘はれてゐましたのに。計らずお目にかかつたは、何よりも私の仕合せ。母様の縁に繋がる私の身、不憫とは思し召すまじけれど、これよりお家に伴ひたまひ、是非に父様に逢はしてと。後は涙にかきくれて、しかとは聞き取り難けれど、言の葉末におく露は両の眼に満ち充ちて、月に輝く玉とも見ゆるに、金之介は深く憐れを催して、金三の今はこの世になき人の数に入りしとの事とみに告げかね、いづれにしてもいひ訳なき身の、このままに帰られじとならば、我の送りてお艶に詫びして帰させむは易けれど、さてはいよいよそなたのお艶にや疑はれむ。母様の何と仰せらるるかは知らねど、ともかくもその望みに任すべしとて伴ひしが、やがて二人の影は橋の袂に消え失せぬ。その夜お秋は金之介より、お静の一部始終をききて、零落おちぶれたる今の身の、袖に涙のかかる時は親族知己さへ見離せしに、お静の慕ひ来りし心頼もしく、さまでに父様を慕へるものの、金之介の為悪しからむやうはなし。なまじひなる嫁貰ひて、気兼ねせむよりはと、先の先まで早くも思ひ定めしかど金之介の、これまでさへあるお艶の浮薄、いかでたやすくお静を手離すべき、よしなき事をいひ出でて、断られなば恥の恥、それよりはお静不憫なれど、返すにしかじといふ詞に。心ならずも従ひて、お秋はその翌朝お静に代はりての詫手紙わびじやう持たせお艶の方へ送り返しぬ。
 それよりお秋は、お静の事いひ出でては気遣ひしが。一月あまり経ちたる頃ゆくりなくもお静よりの手紙届きぬ。何事と開き見れば。

「急ぎ御願ひ申上候この程より母事俄に病気づき養生かなはず遂に昨夜死去いたし参らせ候今は申上候も涙の種なれどその二三日前より深くこれまでの事後悔いたしなき後は何事も御断り申上候て家財はのこらずあなた様へお返し申上私事は下女になりとも御めし遣ひ下され候やうくれぐれも御願ひ申上よと申しのこし参らせ候それにつけてはゐさい御目もじの上申上たく候まま何事も御ゆるしの上御二方様の内御越いただき候やうくれぐれも願上参らせ候とり急ぎあらあら申上候かしく」

 されど金之介は、思ふよしやありけむ。お秋の心もとながりて、我ゆきて見むかといふをも止めつ。ただ人していはせけるやうは、お艶の遺財は、たとひもと父の、彼に与へたまひしものなればとて、我の再びこれを受けむやうはなし。ただお静の、外によるべなければとて、身一つにて我方に来らむは差し支へなし。母上もいとほしきものに思ひたまへれば、いかやうにも世話なし遣はさむにとの事なりしが、その後の事はいかなりゆきけむ。今も上福島村なる淵瀬の住居には、老母ひとり淋しげに留守居して、もの堅き息子の、日毎学校に、通勤するを見るのみなりといへり。
 されと岡焼連はいふ。お静は目下同地なるある手芸学校の寄宿舎にあり。これいかで金之介方に嫁入るべき筈ならでやはと。いづれにお静は、色清き世を経るなるべし。(『女学雑誌』一八九六年一二月一〇日)





底本:「紫琴全集 全一巻」草土文化
   1983(昭和58)年5月10日第1刷発行
初出:「女学雑誌」
   1896(明治29)年10月25日、12月10日
※底本では、文末の日付に添えて『女学雑誌』を示す記号として「*」を用いていますが、『女学雑誌』に直しました。
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:松永正敏
2004年9月20日作成
2005年11月4日修正
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