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菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-12 9:27:57  点击:  切换到繁體中文


        四十五

 勘八は図太い奴でございますから、わざ落著振おちつきはらいまして、
勘「へえ、誠に恐入りましてございます。お庭内へ参りましたのは、此の頃は若殿様御病気でございまして、皆さんが御看病なすっていらっしゃるので、どうもお内庭はお手薄でございましょうから、夜々よる/\見廻った方がいと主人から言いつかりました、それにお手飼の犬とは存じませんで、檜木山の脇へわたくしが参りましたら、此の節の陽気で病付やみついたと見えまして、私に咬付かみつきそうにしましたから、咬付かれちゃア大変だと一生懸命で思わず知らず刀を抜いて斬りましたが、お手飼の犬だそうで、誠にどうも心得んで、とんだ事を致しました、へえ重々恐入りましてございます」
目「そりゃアお手飼の犬と知らず、ほかの飼犬にも致せ、其の方陪臣の身をもっ夜中やちゅう大小をたいし、御寝所近い処へ忍び入ったるは怪しい事であるぞ、さ何者にか其の方頼まれたので有ろう、白状いたせ、拙者屹度きっと調しらべるぞ」
勘「へえ、何も怪しくも何ともないんでございます、全く気を付けて時々お庭を廻れと云われましたんでございます、それゆえ致しました、此処こゝにおいでなさいます主人の御舎弟四郎治様もう仰しゃったのでございます」
目「うむ、四郎治其の方は此の者に申付けたとの申立もうしたてじゃが、全く左様か」
四「えゝ、お目付へ申上げます、実は兄五郎治は此の程お上屋敷のお夜詰よづめに参って居ります、と申すは、大殿様御病気について、兄も心配いたしまして、えゝ、番でない時も折々は御病気伺いにまかで又御舎弟様も御病気にきお夜詰の衆、又御看護のお方々もお疲れでありましょう、又疲れて何事も怠り勝の処へ付入つけいって、狼藉者ろうぜきものが忍入るような事もあれば一大事じゃから、其の方おれがお上屋敷へまいってうちは、折々お内庭を見廻れ、御寝所近い処も見廻るようにと兄よりわたくし言付いいつかって居ります、しかる処昨日御家老より致しまして、火急のお呼出しで寅の門のお上屋敷へ罷出まかりでましたが、私は予々かね/″\兄より言付かって居りますから、是なる勘八に、其の方代ってお庭内を廻るがいと申付けたに相違ござらん、然るに彼がお手飼の犬とも心得んで、えられたに驚き、梅鉢を手打にいたしました段は全く彼何もわきまえん者ゆえ、斯様な事に相成ったので、兄五郎治においても迷惑いたします事でござる、しかし何も心得ん下人げにんの事と思召おぼしめしまして、幾重にも私が成代ってお詫を申上げます、御高免ごこうめんの程を願いとうござる、全く知らん事で」
目「むう、そりゃ其の方兄五郎治から言付けられて、其の方が見廻るべき所を其の方がお上屋敷へまいってる間、此の勘八に申付けたと申すのか、それはと心得んことじゃアないか、うん、これ申付けても外庭を見廻らせるか、又はお馬場口を見廻るが当然、陪臣の身分で御寝所近い奥庭まで夜廻りに這入れと申付けたるは、些とおかしいようだ、左様な事ぐらいはわきまえのない其の方でもあるまい、ことに又帯刀をさせ面部を包ませたるは何う云う次第か」
四「それは夜陰やいんの儀でござるで、誠にお馬場口や何か淋しくてならんから、彼に見廻りを申付けるおりに、大小を拝借致したいと申すから、それではおれつもりで廻るがいと申付けましたので、大小を差しましたる儀で、しかし頭巾を被りましたことはとんと心得ません……これ勘八、手前は何故なぜ目深めぶかい頭巾で面部を包んだ、それは何ういう仔細か、顔を見せん積りか」
勘「えゝ誠にどうもになりますと寒うございますんで、それゆえ頭巾を被りましたんで」
目「なに寒い……当月は八月である、いまだ残暑もうせせず、夜陰といえどもいきれて熱い事があるのに、手前は頭巾を被りたるは余程寒がりと見ゆるな」
勘「へえ、どうもよるは寒うございますので」
目「寒くば寒いにもせよ、一体何ういう心得で其の方が御寝所近くへ這入った、仔細があろう、如何様いかように陳じてものがれん処であるぞ、兎や角陳ずると厳しい処の責めにわんければならんぞ、よく考えて、とてのがれん道と心得て有体ありていに申せ」
勘「有体たって、わたくしは何も別に他から頼まれた訳はございませんで、へえ」
目「中々此奴こやつしぶとい奴だ、此の者を打ちませえ」
四「いや暫く……四郎治申し上げます、暫くどうぞ、彼は陪臣でござって、お内庭へ這入りました段は重々相済まん事なれども、五郎治からわたくしが言付けられますれば、すなわち私が、兄五郎治のだいを勤むべき処、御用あって御家老からお呼出しに相成りましたから、むを得ず家来勘八に申付けましたので、とりも直さず勘八は兄五郎治のたいでござる、何もいてこれを陪臣と仰せられては誠に夜廻りをいたし、かみを守ります所の甲斐もない事でございます、勘八のみおとがめが有りましては偏頗かたおとしのお調べかと心得ます」
目「それは何ういう事か」
四「えゝれなる遠山權六は、当春中とうはるじゅう松蔭大藏の家来有助と申す者を取押えましたが、有助は何分にも怪しい事がないのを取押えられたまかね逃所にげどころを失い、あわてゝ權六に斬付けたるを怪しいという処から、お調べが段々長く相成って、再度松蔭大藏もお役所へ罷出まかりでました。其のおりは御用多端の事で、御用のを欠き、不取調べをいたし、左様な者を引いてまいり、上役人かみやくにんの迷惑に相成る事を仕出しでかし、御用の間を欠き、不届ふとゞきの至りと有って、權六は百日の遠慮を申付かりました、いまだ其の遠慮中の身をもかえりみず、夜な/\お屋敷内を廻りまして宜しい儀でござるか、權六に何のお咎めもなく、わたくしの兄へお咎めのあると云うのは、更に其の意を得んことゝ心得ます、何ういう次第で遠慮の者がみだりに外出をいたして宜しいか、其の儀のお咎めも無くって宜しい儀でござるなれば、陪臣の勘八がお庭内を廻りましたのもお咎めはあるまいかと存じます」
目「うむ…權六其の方は百日遠慮を仰付けられていると、只今四郎治の申す所である、何故なにゆえに其の方は遠慮中妄りにお庭内へ出た」
權「えゝ」
目「何故に出た」
權「遠慮というのは何ういう訳だね」
目「何う云う訳だとは何だ、其の方は遠慮を仰付けられたであろう」
權「それは知っている、知っているが、遠慮と云うのは何を遠慮するだ、わしが有助を押えてお役所へ引いて出ました時は、お役人様が貴方と違って前の菊田きくた様てえ方で、悪人の有助ばかり贔屓いして私をはア何でもんでも、無理こじつけにり込めるだ、さっぱり訳が分らねえ、其のうちに御用の間を欠いた、やれなんのとかどを附けてなげえ間お役所へ私は引出されただ、二月にぎゃつから四月しがつまでかゝりましたよ、牢の中へへいってる有助には大層な手当があって、何だか御重役からお声がゝりがあるってらくうしている、私は押込められて遠慮だ/\と何を遠慮するだ私のかんがえでは遠慮というものは芽出度い事があっても、うちで祝う所は祝わねえようにし、又見物遊山非番の時に行きたくても、其様そんな事をして栄耀えようをしちゃアならんから、遠慮さ、又うめえ物を喰おうと思っても旨え物を喰って楽しんじゃアどうも済まねえと思って遠慮をして居ります、何も皆遠慮をしているが私が毎晩めえばん/\御寝所ぢけえお庭を歩いているは何の為だ、若殿様が御病気ゆえ大切に思えばこそだ、それに御家来の衆も毎晩めえばんのことだから看病疲れで眠りもすりゃア、明方あけがたには疲れて眠る方も有るまい者でもねえ、其の時怪しい者がへいっちゃアならねえと思うからだ、此の程は大分貴方あんた顔なんど隠しちゃア長い物を差した奴がうろつか/\して、御寝所の縁の下などへへいる奴があるだ、過般こねえだも私がすうと出たら魂消たまげやアがって、つらか横っ腹か何所どっか打ったら、犬う見たようにようよう這上ったから、とっつかめえて打ってやろうと思ううちに逃げちまったが、うして気を付けたら私はこれを忠義かと心得ます、ほかの事は遠慮を致しますが、忠義の遠慮は出来ねえ、忠義というものは誠だ誠の遠慮は何うしても出来ません、よるまわることは別段誰にも言付かったことはない、役目のほかだ、私も眠いからうちで眠れば楽だ、楽だが、それでは済みませんや、大恩のある御主人様の身辺あたりへ気を付けて、警護をしていることを遠慮は出来ませんよ、無理な話だ、まわったにちがえねえ、それでもまだ遠慮して外庭ばかり巡って居りました、すると勘八の野郎が……勘八とは知んねえだ初まりは……犬う斬ったから野郎と押えべいと出たわけさ、それにちげえねえでございますよ、はいそれとも忠義を遠慮をしますかな」
 と弁舌さわやかに淀みなく述立てる処は理の当然なれば、目付も少し困って、其の返答に差支さしつかえた様子であります。
目「むゝう、權六の申す所一応は道理じゃが、殿様より遠慮を仰せいだされた身分で見れば、それをそむいてはならん、最も外出致すを遠慮せんければならん」
權「外出がいしつだって我儘にうめえ物を喰いにくとか、面白いものを見にくのなれば遠慮ういたしますが、殿様のお側を守るなア遠慮は出来ねえ、外出がいしつするなって其様そんな殿様もえもんだ」
四「えゝ四郎治申上げますあの通り訳の分らん奴で、しかるをお目付は權六のみを贔屓いたされ、勘八一人唯悪い者と仰せられては甚だ迷惑をいたします事で、ことにお目付もかねてお心得でござろう、神原五郎治のいえぜん殿様よりお声掛りのこれ有る家柄、殊に遠山權六が如き軽輩と違って重きお役をも勤める兄でござる、權六と同一には相成りません、權六はかみの仰せいだされを破り、外出を致したをお咎めもなく、格別の思召おぼしめしのこれ有る所の神原五郎治へお咎めのあるとは、実に依怙えこの御沙汰かと心得ます、左様な依怙の事をなされては御裁許役とは申されません」
目「黙れ四郎治、不束ふつゝかなれども信樂豊前は目付役であるぞ、今日こんにち其の方らを調ぶるは深き故有っての事じゃ、此のたび御出府に成られた、御国家老福原殿より別段のお頼みあって目付職を勤めるところの豊前に対して無礼の一言であるぞ」
四「ではございますが、余り片手落のお調べかと心得ます」
目「其の方は部屋住へやずみの身の上で、兄の代りとはいえども、其の方から致して内庭へ這入るべき奴では無い、しかるをんだ、其の方が家来に申付けて内庭を廻れと申付けたるは心得違いの儀ではないか、ぜん殿様より格別のお声がゝりのある家柄、誠にかたじけない事と主恩しゅおんわきまえてるか、四郎治」
四「はい、心得居ります」
目「黙れ、新参の松蔭大藏と其の方兄五郎治兄弟の者は心を合せて、菊之助様をお世嗣よつぎにせんがめに御舎弟様を毒殺いたそうという計策たくみの段々は此の方心得てるぞ」
四「むゝ」
目「けれども格別のお声がゝりもこれ有る家柄ゆえ、目付の情をもって柔和に調べつかわすに、以てのほかの事を申す奴だ、とくに証拠あって取調べが届いてるぞ、最早のがれんぞ、兄弟共に今日こんにち物頭ものがしらへ預け置く、勘八其の方は不埓至極の奴、吟味中入牢じゅろう申付ける、權六」
權「はいわしも牢へへいりますかえ」
目「いや其の方は四月の二十八日から遠慮になったな」
權「えゝ」
目「二十八日から丁度昨夜が遠慮明けであった」
權「あゝうでございますか」
目「いや丁度左様に相成る、遠慮が明けたから、其の方がお庭内を相変らず御主君のお身の上を案じ、御当家を大切と思い、役目の外に夜廻りをいたす忠義無二のことと、かみにも御存じある事で、してはまた格別の御褒美もあろうから、有難く心得ませい」
權「有難うございます、なにイ呉れます」
目「何を下さるかそれは知れん」
權「なにわし種々いろ/\な物をもろうのはいやでございます、どうかまア悪い奴と見たら打殺ぶっころしても構わないくらいの許しをねげえてえもので、此の頃は余程悪い奴がぐる/\廻って歩きます、全体此の四郎治なんという奴は打殺してりてえのだ」
目「これこれ控えろ、追って吟味に及ぶ、今日こんにちは立ちませえ」
 とすぐに神原兄弟は頭預かしらあずけになって、宅番たくばんの附くような事に相成り、勘八という下男は牢へ入りました。權六は至急お呼出しになって百日の遠慮はりて、其の上お役が一つ進んで御加増となる。遠山權六は君恩のかたじけないことを寝ても覚めても忘れやらず、それから毎夜ぐる/\廻るの廻らないのと申すのではありません。徹夜よどおし寝ずに廻るというは、実に忠義なことでございます。此の事を聞いて松蔭大藏が不審をいだき、どうも神原兄弟が頭預けになって、宅番が附いたは何ういう調べになった事かはて困ったものだ、彼奴あいつらに聞きたくも聞くことも出来ん自分の身の上、あゝ案じられる、国家老の出たは容易ならん事、どうか国家老を抱込みたいものだと、もとより悪才にけた松蔭大藏種々いろ/\考えまして、濱名左傳次はまなさでんじにも相談をいたし、国家老を引出しましたのは市ヶ谷原町はらまちのお出入町人秋田屋清左衞門あきたやせいざえもんという者の別荘が橋場はしばにあります。庭が結構で、座敷もく出来て居ります。これへ連出し馳走というので川口から立派な仕出しを入れて、其の頃の深川の芸者を二十人ばかり呼んで、格別の饗応になると云うのであります。

        四十六

 時は八月十四日のことで、橋場の秋田屋の寮へ国家老の福原數馬という人を招きまして何ぞすきがあったらば……という松蔭がたくみ、濱名左傳次という者としめし合せ、けて遅く帰るようで有ったらば隙をうかゞって打果してしまうか、あるいは旨く此方こちらへ引入れて、家老ぐるみ抱込んでしまうかと申す目論見もくろみでございます。大藏は悪才にはけ弁もし愛敬のある男で、秋田屋に頼んで十分の手当でございます。此の寮も大して広いうちではございませんが客席が十五畳、次が十畳になって、入側いりかわも附いて居り誠に立派な住居すまいでございます。普請は木口きぐちを選んで贅沢ぜいたくなことで建てゝから五年もったろうというい時代で、落着いて、なか/\席の工合ぐあいも宜しく、とこは九尺床でございまして、探幽たんゆうの山水が懸り、唐物からものかご芙蓉ふよう桔梗ききょう刈萱かるかやなど秋草を十分にけまして、床脇の棚とうにも結構な飛び青磁の香炉こうろがございまして、左右に古代蒔絵こだいまきえの料紙箱があります。飾り付けも立派でございまして、庭からずうと見渡すと、潮入しおいりの泉水せんすいになって、模様を取って土橋どばしかゝり、紅白の萩其のの秋草が盛りで、何とも云えんい景色でございます。饗応を致しますに、丁度宜しい月のあがりを見せるという趣向。深川へ申付けました芸者は、ごくあたまだった処の福吉ふくきち、おかね、小芳こよし雛吉ひなきち延吉のぶきち小玉こたま、小さん、などという皆其の頃の有名の女ばかり、鳥羽屋五蝶とばやごちょう壽樂じゅらくと申します幇間たいこもちが二人、れは一寸ちょっと荻江節おぎえぶしもやります。荻江喜三郎おぎえきさぶろうの弟子だというので、皆美々びゞしく着飾って深川の芸者は只今の芸者と違いまして、長箱ながばこで入りましたもので、大概橋場あたりで言付ければ残らず船でまいりまして、着換えなど沢山着換えまして、髪は油気なし、つぶしという島田に致しまして、丈長たけなが新藁しんわらをかけまして、こうがいは長さ一尺で、厚み八も有ったという、長い物を差して歩いたもので、狭い路地などは通れませんような恐ろしい長い笄で、夏を着ましても皆肌襦袢はだじゅばんを着ませんで、深川の芸者ばかりは素肌へ着たのでございます。裾模様すそもようが付いて居ります、べにかけ花色、深川鼠、路考茶ろこうちゃなどが流行はやりまして、金緞子きんどんすの帯を締め、若い芸者は縞繻子しまじゅすの間に緋鹿ひがをたゝみ、畳み帯、はさみ帯などと申して華やかなこしらえ、大勢並んで、次の間にお客様のおいでを待って居ります。秋田屋清左衞門の番頭も、其の頃大名の御家老などが来るといえほま名聞みょうもんだというので、庭の掃除などを厳しく言付けぐる/\見廻って居ります。そらおいでだと云ってお出迎いをいたし、
番「えゝ、いらっしゃいまし」
數「あゝ、これは成程どうもい庭で、松蔭い庭だの」
大「はい誠にその、当家の亭主が至って茶人で、それゆえ此の庭や何かは、更に作りませんで、自然の様を見せました、実に天然のような工合で」
數「うん余程い庭である、むう、これは感心……岩越いわこし何うだえ」
岩「へえ、わたくし斯様かような処へ参ったのは始めてゞごすな、国にいてはとても斯ういう処は見られませんな、うゝん、これはどうも」
數「お前は何だ」
大「えゝ、これなるは当家の番頭、伊平いへいと申します不調法者で」
番「えゝ、今日こんにちうこそ御尊来ごそんらい有難い事で、貴所方あなたがたのお入来いでのございますのは実に主人も悦び居りまして、此の上ない冥加みょうが至極の儀で、土地の外聞で、わたくしにおいても、誠に有難いことで」
數「いや其様そんなに、大層に云わんでもい、土地の外聞なんて、亭主は余程好事家こうずかのようだな」
番「えゝ鬼灯ほおずきなどは植えんように致してございます」
數「うふゝゝ鬼灯じゃアない、風流人と申すことじゃ」
番「でございますか、なにほうずは出来ます」
數「何を申す」
番「へい、船の上をずる/\何時いつまでもいているような長いものをほうずと申しますそうで」
數「いや中々の博識ものしりじゃ、うふゝゝ面白い男だの、此の泉水せんすい潮入しおいりかえ」
番「へえ何と…」
數「いやさ此の泉水は潮がはいるかえ」
番「へえ、何と御意遊ばします」
數「潮入りかというのじゃ」
番「へえ/\只今差上げますあの誰かお盆へ塩を持って来て上げな、どうも御癇癖ごかんぺきだから、お手をお洗い遊ばすのだろう、へえお塩を」
數「何を持って来るのだ、此の泉水は潮入かと申すのだ」
番「へえ、左様でございます」
大「何卒どうぞこれへ入らっしゃいまし」
數「うん岩越、ひょろ/\歩くと危いぞ池へおっこちるといかん、あゝ妙だ、家根やね惣体そうたい葺屋ふきやだな、とんと在体ざいてい光景ありさまだの」
大「外面そとから見ますと田舎家いなかやのようで、中は木口を選んで、なか/\好事こうずに出来て居ります」
數「其のもとは斯ういう事も中々くわしい、わしはとんと知らんが、石灯籠いしどうろうは余りなく、木の灯籠が多いの」
大「えゝ、これはその、野原のような景色を見せました心得でございましょうか」
數「あ成程、これは面白い/\……此処こゝからあがるのか、成程玄関の様子が面白く出来たの、入口いりくちかえ」
大「これからおあがり遊ばしませ、お履物はきものわたくしがしまい置きます」
數「これはい席だ」
大「さゝ、是へどうぞ/\」
 と松蔭が段々案内をいたし、座敷の床の前へしとねを出し、烟草盆や何か手当が十分届いて居ります。
大「どうぞ此処これへお坐りを願います」
數「余りい月だによって、縁先で見るのが至極宜しい、これは妙だ、此の辺は一体隅田川の流れで……あれに見ゆるのは橋場の渡しの向うかえ、如何いかにも閑地かんちだから、斯ういう処は好いの、えゝ一寸ちょいと秋田屋をこれへ」
大「えゝ御家老これが当家の主人秋田屋清左衞門と申します、年来お屋敷へお出入を致すもので、染々しみ/″\いまだお目通りは致しませんが、日外いつぞやあの五六年以前、大夫たいふが御出府のおりにお目通りを致した事がありますと申し、斯様な見苦しい処ではござるが、一度御尊来を願いたいと申して居ったので、当人もこと/″\今日こんにちは悦び居ります、どうかお言葉を」
數「はゝあ、秋田屋か」
清「へえ、えゝ今日こんにちうこそ、御尊来で、誠に身に取りまして有難い事でございます、えゝ年来お屋敷さまへお出入をいたします不調法者で、此ののちとも何分御贔屓お引廻しを願います」
數「あい、秋田屋か、成程、貴公は知らんが、貴公の親父の時分であったか、江戸詰の時種々いろ/\世話になった事もあった、中々立派ないえだ、至極面白い」
清「いえ、見苦しゅうございまして、此の通り粗木そぼくを以てこしらえましたので、中々大夫さまなどがお入来いでと申すことは容易ならんことで、此のいえはくが付きます事ゆえ、誠に有難いことで」
數「いや/\、格別の手当でかたじけない、あい/\、成程、これは中々立派な茶碗だな、余程道具好きだと見えるな」
大「はい、い道具を沢山所持してる様子でございます、今日こんにちは御家老のお入来いでだと、何か大切な品を取出した様子で、なにろくなものもございますまいがほんの有合ありあいで」
數「いや中々い茶碗だ」
大「えゝ道具は麁末そまつでござるが、主人が心入れで、自ら隅田川の水底みずそこの水を汲上げ、砂漉すなごしにかけ、水をやわらかにしてい茶を入れましたそうで」
數「成程それは有難い、其処そこが親切というもので、茶はたとえ番茶でも水を柔かにして飲ませる積りで、自身に川中まで船で水を汲みにく志というものは、千万きんにも替えがたく好い茶を飲ませるより福原かたじけなく飲む」
大「えゝ恐入りました事で」
數「大藏、立派な菓子を取ったの」
大「いえ、どうもはなはだ何もございませんで、此の辺は誠にどうも……市ヶ谷から此処これ出張でばりますことで、い道具や何かは皆此方こちらの蔵へ入れ置きますという事で」
數「成程、火事がないから道具のいのを運んで置くか、それは宜かろう」
大「今日こんにちは何も御馳走は有りませんが、御家老へ此の向うから月のあがります景色を………これは御馳走でございます、求めず天然のたのしみで、幸い今宵は満月の前夜で」
數「おゝ成程な、いやかけ違って染々しみ/″\挨拶もしなかったが、段々と上屋敷の事も下屋敷の事も、貴公が大分に骨を折って大きに殿様にも格別に思召おぼしめし、新参でありながら、存外の昇進で、えらいものだ」
大「えへゝゝ、不束ふつゝかの大藏格別かみのお思召ぼしめしをもちまして、重きお役を仰付けられ、冥加至極の儀で、此の上とも何卒どうぞ御家老のお引立をこうむりたく存じます」
數「其様そんなに出世をしてはく処があるまい、中々どうして男はし、弁に愛敬を持ち、武芸も達しておるから自然と昇進をするたちだ」
大「えゝ、恐入りました事で」
數「手前も壮年の折柄おりからは一体虚弱だが、大きに老年に及んで丈夫になったが、どうも歯が悪くなって、旨い物をべても余り旨いとは思わん、楽しみと云っても別になし、国にれば田舎侍だから美食美服は出来んばかりでは無い、一体若い時分からそういう事は嫌いじゃ、斯ういう清々せい/\とした処を見るが何よりの楽しみじゃの」
 大藏は座を進ませまして、
大「えゝどうも今日こんにちは何もおなぐさみもなく、お叱りを受けるかは存じませんが、亭主が深川の芸者を呼び置きましたと申すことで、一寸ちょっとお酌を取りましても、武骨な松蔭や秋田屋がお酌をいたしましては、池田伊丹の銘酒も地酒程にも飲めんようなことで、甚だ御無礼ではございますが、お目通りへ其の深川の芸者どもを呼寄せることに致します」
數「おゝ成程その噂は聞いている、深川には大分美人もり、芸のいものもるという事だが、それはいの、手前は芸者に逢った事はない、武骨者でことに岩越という男が是非一緒にきたい、何でも連れてってくれ、いまだ碌に御府内を見たことが無いというから同道して来たが、起倒流きとうりゅうの奥儀をきわめあるだけあって、膂力ちからが強いばかりで、頓と風流気ふうりゅうぎのない武骨者じゃ」
岩越「えゝ拙者は岩越賢藏けんぞうと申す至って武骨者で此のともお見知り置かれて御別懇に」
大「今日こんにちは図らず御面会を致しました、手前は松蔭大藏で……い折柄、此の後とも御別懇に……御家老れは濱名左傳次と申す者で、小役人でございましたが、図らず以上に仰付けられ、今日こんにちは何うかお目通りを致しまして、何かのお話を承われば身の修行だと申して居ります、武骨ではござるが洒落しゃれた口もきゝ、皺枯しゃがれっ声で歌を唄い、面白い男ゆえお目をお掛け遊ばして、何分お引立を」
數「はい/\、中々様子のい男、なれども近い処だといがの、上屋敷までは遠いから、どうかちっと早く帰りたいがの」
大「いえ、今晩は小梅のお中屋敷へ御一泊遊ばしては如何いかゞ寺家田じけだの座敷が手広でござる、あれへ御一泊遊ばしますように、是から虎の門までお帰りになっては余り遅うなりますから」
數「それは宜かろう」
大「じゃア早く/\」
 と是からお吸物に結構な膳椀で、古赤絵ふるあかえ向付むこうづけに掻鯛かきだいのいりざけのようなものが出ました。続いて口取くちとり焼肴やきざかなが出る。数々料理が並ぶ。引続いて出て来ましたのは深川の別嬪べっぴんでございます。
大「さ、これへ」
芸「今日こんにちは」
數「いや/\大勢呼んだの」
大「さ、これへ来てお酌を、大夫様たいふさまから」
芸「へえ、大夫様お酌をいたしましょう」
數「いや成程これは綺麗、あい/\、成程松蔭年をっても酌はたぼと云って幾歳いくつになっても婦人は見て悪くないもんだの、むゝう、中々どうも……なんてえ名だなに、小玉か成程、どんずりやっこの男がいる、あれは何だ」
幇間「えゝ手前は鳥羽屋五蝶と申します幇間たいこで」
數「ほゝう、なに太鼓を叩くか」
五「いえ、只口で叩きます」
數「口で太鼓を…唇でかえ」
五「いえ、なに、太鼓持で、えへゝゝ」
數「うん成程、口軽くちがるなことをいう、幇間ほうかんか、成程聞いていた、中々面白い頭だの」
五「へゝゝ、どうもだどんずりやっこでございます」
數「太皷持の頭は、みな此様こんなかえ」
五「みんなお揃いと云う訳ではございませんが、自然と毛が薄くなりましたので」
數「いや形が変って妙だ、幇間たいこもちは口軽だというが、何か面白いことを云いなさい」
五「これは恐入りましたな、御家老さま、改まってこれを云えと仰せあられますと困りますが……喜三郎こゝへ出なよ、金公きんこう此処これへ出なよ」
喜「口軽なんぞとてもお目通りは出来ないというのは何うだ」
五「何だえ、それは」
喜「足軽という洒落しゃれだ」
五「縁が遠いの、口軽と足軽では」
數「わしは酒が頓といかん、岩越一盃いっぱいやれ」
岩「わたくしは斯ういう形のものは始めて見ました、余程違って居ります、云うことも中々面白いようで」
五「これから追々おい/\繰出します」


 

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