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断橋奇聞(だんきょうきぶん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-26 14:58:18  点击:  切换到繁體中文


「お婆さん、どうかこれを届けてください、そして、お嬢さんから返事をもらってください、後でうんとお礼をしますよ」
 老婆はその詩を袂へ入れ、花粉や花簪児の荷を持って劉家へ往った。そして、勝手口から入って夫人に言った。
「昨日、お嬢さんに、佳い花簪児を選んでいただきましたが、今日はそれよりも佳い品が見つかりましたから、持ってあがりました」
 老婆はそう言って夫人の前をつくろって、秀英のいる楼上にかいへ往った。楼上には秀英がねだいの上に横になっていた。老婆はずかずかとその傍へ往った。
「お嬢さん、昨日は失礼いたしました」
 老婆は袖の中からかの詩を出して秀英の手に置いた。秀英はそれに眼をやった。
「佳い詩だわ、ね、え」
「どうか、それに次韻じいんしてくださいまし、あの方がそれを待っておりますから」
 秀英は詩から眼を放してにっと笑った。
「私にはできないのだもの」
「そんなことをおっしゃらずに、願います」
「そう」
 秀英は傍の箱のなかから自分でぬいをした汗巾を出してきて、それに筆を染めた。

英雄自ら是れ風雲の客
児女の蛾眉がび敢て仙を認めんや
若し武陵何処いずれのところと問わば
桃花流水門前にいた
 老婆はその詩を見て世高を秀英の許へやってもいいと思った。老婆は秀英にその意を含めた。しかし、秀英にはどうして来る人を迎えていいか判らなかった。
「今晩、遅く皆さんが寝静まった時に、花園の中の、あの石のある処へいらして、そこの樹へなわゆわえて、その端をへいの外へ投げてくださるなら、あの方がすがってあがりますよ」
「では鞦韆ぶらんこの索を投げましょうか、あすこに大きな樹があるから、それを結えましょうか、牆からあの樹を伝うなら、わけなくこられるのですよ、でも、あの樹は枯れかかってるからあぶないのですよ」
「いいでしょう、そんなことは、男の方ですから」
 そこで話ができたので老婆は帰ろうとした。秀英はそこへ繍鞋児くつを出してきた。
「これをどうか、あの方に、ね」
 老婆は詩と繍鞋児を袂へ入れ荷物を持って帰ってきた。

 老婆の店に待っていた世高は、両手で拳をこしらえて耐えなければ、気でも違いそうに思われるような喜びに包まれた。彼は一度家へ帰って、夜になるのを待ち、新しい衣服きものに著更えて再び老婆の許へ往った。
 老婆は時刻をはかって世高を裏門口へれて往った。そこには青白い月の光があった。二人はその光に映しだされないようにと暗い処へ身を片寄せていた。
 微な物音がして索の端が劉家の牆の上から落ちてきた。それは鞦韆の索であった。老婆は無言で世高を促した。
 世高はその索に手をやってちょっと引きこころみてからのぼって往った。世高の体はやがて牆の上になったがすぐ見えなくなった。老婆はそれを見ると世高が首尾よく劉家へ入れたと思ったので、裏門を閉めて引込んでしまった。
 世高は牆の上からそこに枝を張っている老樹の枝に移って、そろそろと下の方へおりて往った。おりてゆくうちにその枝が折れてしまった。世高はそのまま下へ墜ちたのであった。
 鞦韆の索を投げて世高の来るのを待っていた秀英は、月の光に世高が牆の上にあがってきて、それから老樹の枝に移ったのを見て喜んだが、喜ぶまもなく世高が墜ちたので、気を顛倒さして走って往った。
 世高は棲雲石せいうんせきの上に倒れていた。秀英はそれに手をかけた。
「もし、もし、お怪我をなされたのではありませんか」
 世高は返事もしなければ動きもしなかった。耳を立てても呼吸もしなかった。秀英は慌てて世高の体を彼方此方と撫でたが、体は依然として動かなかった。
 暗い谷底につき落されたようになった秀英の頭に、世高の屍から起る両親の譴責が浮んできた。それに自分のために世高が死んでいるのに、自分独りが生きてはいられないと思った。彼女は鞦韆の索を枝に結えなおして泣いた。

 了鬟じょちゅうの春嬌はねぼうであったし、その晩は早くから秀英の許可を受けて寝ていたので、変事のあったことは知らなかった。それに毎朝秀英に起されて起きるようになっている春嬌は、その朝は起してがないのでいつまでも眠っていると、夫人が秀英の顔を洗う湯を取って楼上へあがってきた。
 春嬌はその夫人の声ではじめて眼を覚ました。夫人は春嬌にこごとを言ってから秀英の臥牀ねどこへ往った。臥牀には秀英の姿が見えなかった。夫人はそこで春嬌に秀英のことを訊いたが、春嬌には判らなかった。
 夫人は下へおりて往った。花園の中の棲雲石の上には若い男が横たわっており、老樹の枝には秀英がくびれていた。夫人は狂人のように走って往って、秀英の体を抱きあげた。
「早く、これを、これを」
 春嬌もそれとみて傍へ走って往ったが、どうしていいか判らなかった。夫人は春嬌を叱りとばしてその索を解かし、秀英を下へおろして体を撫でたり、口に気息いきを吹き込んだりしたが蘇生しなかった。
 夫人は泣きながら自分たちの寝室の中へ入って往った。そこには夫の劉万戸がまだ寝ていた。劉万戸は夫人から凶変を聞くと、顔色を変えてとび起き、そそくさと花園へ駈けつけた。
 花園には若い男と自分のむすめが醜い死屍しがいを横たえていた。劉万戸は自分の頭へ糞汁をかけられたようないかりをもって、その死屍を睨みつけていたが、ふと二人の関係が知りたくなった。傍には春嬌が蒼い顔をして立っていた。
「春嬌、きさまが知っているだろう、さあ言ってみろ」
 春嬌はおどおどしていたが、黙っている場合でないと思った。
「私は、私は、すこしも存じません、それは施十娘がしたことでございます」
 劉万戸は後になってつまらんことを聞いてもしかたがないから、早く死骸の始末をしようと思いだした。それにしても名も素性も判らない男の死骸の始末には困ったのであった。彼は夫人を見て言った。
「これの死骸はいいとして、その男の方はどうしたものだろう」
 劉万戸はそこで施十娘のことを思いだした。
「いずれにしても、あの婆を呼んでこい、施十娘を呼んでこい」
 劉万戸の命令は春嬌の口から家人へ伝えられた。二人の家人は走って施十娘の店へ往った。
 夜の内に帰るはずの文世高が帰らないので、朝早く起きて裏門口へ容子を見に往ったりしていた老婆は、劉家の使に接して心が顫えた。しかし、病気でもないのに往かないわけにゆかないので、おそるおそる使の者に随いて往った。
 使の者は老婆を花園の方へ導いた。そこには夫人が泣きながら立っていた。
「お婆さん、お前さんは、よくもうちのこどもを殺してくれたね」
 老婆は文世高の忍び込んだことが顕われたと思った。
「奥様、私は何も存じません、ただ文世高とお嬢さんが、想いあって、詩のやりとりをしておったことは知っております」
「お婆さん見てやってくださいよ、うちの児はこんな姿になりましたよ」
 棲雲石のそばには二つの死骸が見えて劉万戸が立っていた。老婆はふらふらその傍へ往った。血の気を失った文世高の顔、秀英の顔。老婆は心から悲しくなって泣きだした。その老婆の耳へ劉万戸の声が聞えてきた。
「佳いことをしでかしてくれて、泣いてもらうにはおよばないよ、だが、しかし、もう、なんと言ってもおっつかない、それよりは他へ知れないように、この二つの死骸の始末をしなくてはいけない、小厮やといにんにも知らさずに、そっと始末したいが、なんか婆さんに佳い考えはないかな」
 老婆はもう泣くのをやめていた。
「それは、わけはありません、私のおいが棺屋をしておりますから、李夫りふといいますが、あれに二人入る棺をこしらえさして、夜、そっと持ちだして葬ったら、何人にも知らさずにすみますよ」
 劉万戸は夫人と相談して施十娘に三十両の銀子をわたした。施十娘はその金を持って姪の許へ往って耳うちした。
 そこで棺屋の李夫は、急いで大きな棺をつくり、二三人の者にそれをかつがして、その日の黄昏時たそがれどき、劉家の裏門へ忍んで往くと、門口には春嬌が待っていて戸を開けて内へ入れた。
 そして、棺は家の内へ運ばれたが、ひとまず棺舁かんかつぎどもは外に出されて李夫が一人残り、そこにあった男女二人の死骸を棺の中へ収めた。収め終ると、夫人が泣く泣く秀英の首飾や花簪児の類を持ってきてその中へ入れた。李夫はそのさまを盗むように視ていた。
 やがて棺桶は持ちだされて、天笠山てんりゅうざんの麓へ運ばれ、同地の風習に従って軽く棺の周囲まわりに土を被せかけて葬られた。
 そこには月の光があって、荒涼とした四辺の風物を見せていた。埋葬が終ると李夫は皆にすこしずつの銭をやった。
「おれは、跡をきれいにしてけえるから、おめえだちはさきへけえっとれ」
 棺舁の姿が見えなくなると、李夫は脚下あしもとに置いてあったすきを把って、今かけたばかりの棺の上の土を除けはじめた。李夫は棺の中へ入れてある首飾などに眼をつけているところであった。李夫の頭にはそれが三百金の価のあるものとなっていた。
 土を除くと、鋤の頭で棺の一方をとんとんと叩いた。するとふたは苦もなく開いた。李夫は葢をする時に、既に釘をそこここはぶいてあったのであった。
 李夫は片膝をついてしゃがみながら中へ手を入れ、秀英の頭の方と思われるところを探った。首飾らしいものがそこにあった。李夫は喜んでそれを引きだして月の光に透して見た。確かにそれは金と銀とでこしらえた首飾であった。夫人の入れたものはその他にもまだたくさんあった。李夫はまた手を入れて探った。その手に死人の顔らしいものが触れた。李夫はぞっとして手を引いたが、そのひょうしに肱が棺の縁に当ったので、その手はまたしたたか死人の顔に当った。と、怪しいうなるような声がそこから起った。李夫は死人のゆうれいがでたと思った。彼は後へとびすさるなり人家のある方へ逃げて往った。
 唸り声をたてたのは世高であった。彼はこの時になって体の痛みを感ずるとともに、意識がかえってきたのであった。彼はそうして眼を開けた。月の光のほのかに射した狭い箱のようなものの中に、寝かされている自分に気が注いた。彼は体の痛みをこらえて自分とぴったり並んでいるものを見た。それは若い女であった。箱の上のほうには樹木の枝の動いているのが見えた。
 そこはどうしても野の中である。世高はそこで自分が樹から墜ちたことを思いだした。女の顔は秀英であった。彼は自分が仮死したため、女も自分の後を追ったので、二人いっしょに葬られたのではないかと思いだした。彼は苦しい体を起して立った。それは確かに墓畔はかばで自分たちは棺の中へ入れられているところであった。葢のれているのは不思議であったが。
 世高は不思議に蘇生したことはうれしかったが、秀英が死んでいることを思うと生きているのが苦しかった。彼は蹲んで秀英の体を抱きあげてその顔を覗きこんだ。彼はそうしてその死因をたしかめようとした。その秀英の鼻孔はなのあたりに微かな気息いきがあるように感じられた。世高は耳のふちに口をつけてその名を呼んだ。
 女はやっと眼を見ひらいた。秀英は蘇生したのであった。二人は手を取りあって泣いた。

 世高と秀英の二人は機の熟するまであとをくらますことにした。そこで棺には葢をして、もとのとおりに土を被せ、棺の中に入れてあった首飾などを持って、その夜、月の下を運河の岸に出て、そこから舟を雇うて世高の故郷の蘇州へ往った。
 世高の両親はとうに没くなって、他に兄弟姉妹きょうだいもないので、世高は何事も思いのままであった。彼は蘇州の我家へ帰るなり秀英と華燭の典をあげた。
 そうして二人がいるうちに紅巾こうきんの賊乱が起った。それは至正の末年で、天子は元順帝げんじゅんていであったが、杭州の劉万戸が人才であるということを聞いたので、それを用いることにして呼んだ。
 劉万戸はそれを好まなかったが、辞することもできないので、夫人を伴れて京師へ向ったところで、張士誠という乱賊が蘇州に拠って劫掠ごうりゃくをはじめていた。それがために途が塞がって進むことができなかった。しかたなしに呉門という処に宿をとって滞在していた。
 その時世高と秀英の二人も、やはり張士誠の軍士の城内に侵入するのを避けて、群集に交って呉門まで逃げて往ったが、一軒の宿を見つけて入ろうとしたところで、劉万戸に似た老人がその入口に立っていた。秀英がそれを見て世高に囁いた。
「あれは、お父様ですよ、どうしてここにいらっしゃるのでしょう」
 そこで世高は劉万戸の前へ往った。
「先生は杭州の方ではございませんか」
 それは確かに劉万戸であった。世高はひっかえしてそれを秀英に囁いた。そして、二人は別室へ入ったが、秀英は母に遇いたいので、世高の止めるのも聞かずに、その夜両親の室の前へ往って泣いていた。
 劉万戸夫婦は女の泣声を聞きつけて、秀英の声に似ていると言っていたが、とうとう起きてきて扉を開けた。そして、夫人は秀英の姿を見てもしやゆうれいではないかと思ったが、懐かしいので抱きかかえた。
 劉万戸は人をやって、天笠山麓てんりゅうざんろくの墓をあばかしたところで、中には何もなかったので、はじめて世高と秀英のことばを信用した。
 そして、皆でそこに滞在しているうちに、張士誠の軍が敗れて、路がやっと通ずるようになったので、劉万戸は急に出発することになった。
 世高は秀英といっしょに劉万戸に随いて上京しようとした。車に乗る時になって、劉万戸は秀英ばかりを乗せて、世高が乗ろうとすると遮った。
「お前のような者は、だめだ」
 秀英は車の上から手を出して世高に取りついて泣いた。世高も決して離れまいとした。
「俺の家は、代々無位無官の者を婿にしたためしがない、女がほしいなら、読書して、高科にのぼるがいい」
 劉万戸はこう言って世高を恥かしめてから車を出した。世高はそこに立って男泣きに泣いていたが、そのまま女と別れることができないので、その車の往った路と思われる路を通って、京師へのぼって往った。
 劉万戸は大いに用いられて声勢赫奕せいせいかくえきというありさまであった。世高は京師へ往ったことは往ったが、秀英の傍に寄りつけないので、旅館に入って秀英に遇うことばかり考えていた。
 そのうちに旅費もなくなってひどく困ってきた。それはもう歳の暮で、街には雪が降っていた。世高は何の目的めあてもなくその街をとぼとぼ歩いていると、前方むこうから一人の老婆が酒壷さけどくりを持ってきたが、擦れ違うひょうしに見るとそれは施十娘であった。世高が声をかけようとすると老婆もこっちを見た。そして、世高の顔を一眼見るや否や、恐ろしそうにして走りだした。そして、走りながら観世音菩薩を繰りかえし繰りかえし唱えた。
 世高はすぐ老婆が自分を死んだものとして恐れているということを知ったので、後から追っかけて往った。
「施十娘、施十娘、私は世高だよ、私は生きているのだよ、恐れることはないよ、私は理由があって、生きているのだよ」
 そのとたんに老婆は転んで酒壷を前へほうりだした。世高はその傍へ寄った。
「施十娘、私は生きかえっているのだよ、決して死んでいはしないよ、恐れることはないよ」
 そう言って老婆を抱き起し、それから酒壷も拾ってやりながら、自分と秀英の蘇生したことを話した。
「私は、後の祟りが恐ろしいので、その晩、李夫と二人で逃げだして、此方に女が縁づいておりますから、それをたよってきて、世話になっておりますよ」
 世高はそれから老婆に伴れられて、老婆のむすめの家へ往った。女の夫や女が出てきて、ほうりだして滴した酒壷の酒を温めてもてなしてくれた。
 旅費に窮している世高は、そこで世話になって科挙かきょに応ずることになり、読書に心をひそめていたが、やがてその日がきたので、試験に応じてみると及第して高科にぬきんでられた。
 一方劉万戸の方では、秀英を高位高官の者からもらいにくるので、そのつど婚姻をさせようとしたが、秀英が頑として応じない。しかたなしにそのままにしていたところで、文世高の名が聞えてきた。劉万戸は自分に明のなかったのをひそかに恥じていた。
 世高はそこで施十娘を頼んで劉家へ再縁を言い入れた。劉家では喜んで承諾したので、すぐ婚姻の式をあげた。
 世高は施十娘一家の者にも厚く報いて、親類として交際していたが、そのうちに世の中がますます乱れて、蘇州の家産も滅んでしまったので、夫婦で西湖へ帰って、劉家の旧宅に隠居して一生を終ったのであった。





底本:「中国の怪談(一)」河出文庫、河出書房新社
   1987(昭和62)年5月6日初版発行
底本の親本:「支那怪談全集」桃源社
   1970(昭和45)年発行
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年12月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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