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幽霊の衣裳(ゆうれいのいしょう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-26 15:45:19  点击:  切换到繁體中文

三代目尾上菊五郎(おのえきくごろう)は怪談劇の泰斗として知られていた。其の菊五郎は文化年代に、鶴谷南北(つるやなんぼく)の書きおろした『東海道四谷怪談』を木挽町(こびきちょう)の山村座(やまむらざ)で初めて上演した。其の時菊五郎はお岩(いわ)と田宮(たみや)の若党(わかとう)小平(こへい)、及び塩谷(えんや)浪人佐藤与茂七(さとうよもしち)の三役を勤めたが、お岩と小平の幽霊は陰惨を極めたもので、当時の人気に投じて七月の中旬から九月まで上演を続けた。
 其の後天保(てんぽう)になって菊五郎は、堺町(さかいまち)の中村座(なかむらざ)の夏演戯(なつしばい)で亦(また)『四谷怪談』をやる事になり、新機軸を出すつもりで、幽霊の衣裳に就いて考案したが、良い考えが浮ばなかった。
 ちょうど其の時、中村座に関係していた蔦芳(つたよし)と云う独身者(どくしんもの)がいた。それは、演戯茶房(しばいちゃや)蔦屋(つたや)の主翁(ていしゅ)の芳兵衛(よしべえ)と云う者であったが、放蕩(ほうとう)のために失敗して、吉原角町河岸(よしわらすみちょうがし)の潰(つぶ)れた女郎屋の空店(あきだな)を借りて住んでいた。
 蔦芳は中村座の開場が近くなったので、毎日吉原から通っていたが、某日(あるひ)浴衣(ゆかた)が汗になったので、更衣(きがえ)するつもりで二階の昇口(あがりぐち)へ往(い)ったところで、壮(わか)い男が梯子段(はしごだん)へ腰をかけていた。蔦芳は自分にことわらないで、あがりこんでるのは何人(たれ)だろうと思って見たが、夕方で微暗(うすぐら)いのではっきり判らなかった。
「おい、おめえは何人(たれ)だ、其処(そこ)にいちゃ邪魔にならあ」
 気の強い蔦芳は、いきなり足で其の男を蹴(け)っておいて二階へあがり、俳優(やくしゃ)のお仕着(しきせ)の浴衣を執(と)って来たが、おりる時にはもう其の男は見えなかった。
 それから五六日して蔦芳は、亦(また)彼(か)の壮(わか)い男が便所の口に立っているのを見たので、其の日中村座へ往って其の事を話した。
 小屋の者はそれを菊五郎に話した。幽霊の衣裳を考案していた菊五郎は、早速蔦芳を自宅へ呼んで、今度出たら着附を良く見ておいて知らしてくれ、骨折賃を二両出そうと云った。其の時の二両は可成な金であるから、蔦芳は喜んで幽霊の出現を待っていた。
 すると中村座の初日の二日前の夜、其の幽霊が蔦芳の臥(ね)ている部屋へぬうと現れた。蔦芳はしめたと思って能(よ)く見た。二十四五の壮い男で、衣服(きもの)は浅黄木綿(あさぎもめん)の三つ柏(かしわ)の単衣(ひとえ)であった。蔦芳は夜の明けるのを待ちかねて、菊五郎の許(もと)へ駆けつけた。菊五郎はそこで小平の衣裳を浅黄木綿石持(こくもち)の着附にして、其の演戯(しばい)に出たので好評を博(はく)した。
 蔦芳の見た幽霊は、蔦芳が後で調べてみると、其処の女郎屋の壮佼(わかいしゅ)であった。其の壮佼の徳蔵(とくぞう)と云うのは、病気の親に送る金に困って客の金を一歩(ぶ)盗んだ。因業者(いんごうもの)で通っていた主翁(ていしゅ)は、それを突き出したので徳蔵は牢屋に入れられ、其のうちに病死したが、其の徳蔵が曳(ひ)かれて往く時着ていた衣服は、店の妓(おんな)がやった浅黄木綿三つ柏の単衣であった。

(悟道軒円玉(ごどうけんえんぎょく)氏談)





底本:「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」春陽文庫、春陽堂書店
   1999(平成11)年12月20日第1刷発行
底本の親本:「新怪談集 物語篇」改造社
   1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年8月20日作成
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