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金の十字架の呪い(きんのじゅうじかののろい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-16 11:10:17  点击:  切换到繁體中文

金の十字架の呪い

チェスタートン

直木三十五訳




 六人の人間が小さい卓子テーブルを囲んで座っていた。彼等は少しも釣合いがとれずちょうど同じ、小さい無人島に離れ離れに破船したかのように見えた。とにかく海は彼等をとりかこんでいた。なぜならある意味において彼等の島はラピュタのような大きいそしてひるがえる他の島にとりかこまれていたから。なぜならその小さい卓子テーブルは大西洋の無限な空虚を走ってる、巨船モラヴィアの食堂に散らばってる多くの小さい卓子テーブルの一つであった。その小さい仲間は皆アメリカから英国への旅行者に他ならなかった。彼等の二人はとにかく名士と呼ばれるかもしれない、が他の人々は名の知れないものであった。そして一二の点において信頼し難くさえあった。
 その最初は前ビザンテン帝国に関しての考古学上の研究の権威である、スマイル教授であった。アメリカの大学において講ぜられた、彼の講演は欧洲において最も権威ある学府においてさえ最上の権威として受け入れられた。彼の文学上の仕事は欧洲の過去について円熟した想像力に富む共鳴に非常にひたされていた。それでそれはアメリカ人の抑揚で彼が話すのを聞く未知の人にしばしば驚喜を与えたほどであった。しかし彼は彼の態度においては、むしろアメリカ人であった。彼は長い美しい髪を大きな四角な額からかきなでていた。そして長い真すぐな恰好と次の飛躍にうっとりと沈思してるライオンの様な、潜勢せんせいの迅速さの平均を持つ先入見の奇妙なる混合を持っていた。
 その仲間にはただ一人の婦人がいた。彼女は(新聞記者が彼女についてしばしば言ったように)彼女自身における主人であった。それにおいても、ある時はいかなる他の卓子テーブルにおいても、女王とは言わない。女将じょしょうの役を演ずるべくすっかり用意をしていた。彼女は熱帯や他の諸国における著名な婦人旅行家の、ダイアナ・ウェルズ夫人であった。彼女自身は暑苦るしく重々しい赤い髪を持ち、熱帯風に美しかった。彼女は新聞記者連が大胆な流行と呼ぶ様に装っていた。が彼女の顔は聡明そうで彼女の眼は議会において質問をする婦人達の眼によく見られる輝きとかなり目立った様子をしていた。
 他の四人の姿は最初この目に立つ存在の中では影のように見えた。しかし近よって見ると彼等は相違を示した。彼等の一人は船の名簿にはポール・テ・ターラントと載ってる青年であった。彼は真にアメリカ人の模範と呼ばれても差支えのないようなアメリカ人型であった。彼はおしゃれでまた気取り屋である。富める浪費者はよくアメリカの小説にあるように柔弱な悪人を造る。ポール・ターラントは着物を着かえる他には何にもなす事がないように見えた。薄明うすあかりのデリケートな銀色の月のように、美くしい明るい灰色の彼の衣裳を淡色うすいろやまたは豊かな影に替えて、彼は日に六度しかも着物を替えた。最もアメリカ人らしくなく彼は非常に細心に短かい巻いた髯を生やしていた。そしてまた最もおしゃれらしくなく、彼自身の型から言っても、彼は華美というよりはむしろ気むずかしいように見えた。彼の沈黙の蔭には幾分バイロン風なものがあった。
 次の二人の旅行者は自然一緒に分類された。何故なにゆえなら彼等は二人共アメリカ漫遊から帰るイギリスの講師であった。一人は、あまり著名ではない詩人ではあるが、少しは名の知れた新聞記者で、レオナルド・スミスと呼ばれていた。彼は長い顔をして、明るい髪を持って、キチンと装っていた。もう一人は黒い海象かいぞうのような髭を生やして、せいが低く幅が広いので、滑稽な対照であった。そして他の者がおしゃべりであるのに彼は無口であった。六番目の最もつまらない人物はブラウンという名で通っている小柄な英国の坊さんであった。彼は非常に注意深くその会話に聞き入っていた。そしてその瞬間にそれについて一つのかなり奇妙な事実があったという印象をかたち造っていた。
「君のそのビザンティン研究は」とレオナルド・スミスは話していた。「ブライトンの近くの、南海岸なんかいがんのどこかで発見した墓穴はかあなの話しに、ある光を投ずるにちがいないと私は考えますが、そうじゃありませんか? もちろん、ブライトンはビザンティンからはたいぶはなれております。がしかし僕はビザンティンであるように想像されている埋葬やミイラにする型等について読んだ事がありますよ」
「ビザンティン研究は確かになかなか難かしいに違いないですな」と教授は率気そっけなく答えた。「世間の人は専問家について話します。しかし私は一体この世で一番難かしい事は専問にする事であると考えますな。例えば、この場合においてですな、一体人間はそれ以前にローマについてまたはその後のマホメット教国についてあらゆる事を知るまでにどうしてビザンティンについての色々の事を知る事が出来ますか? 大概のアラビア芸術は昔のビザンティン芸術でした。まあ、代数学でもおやんなさい――」
「しかし私は代数学等はいやで御座いますわ」と夫人は叫んだ。「私は今まで決して致しませんでしたし、また決していたしません。でも私は死体をミイラにするという事には非常に興味を持っておりますの。私はガットンがバビロンの塋穴えいけつを発掘した時に、あの人と御一緒に居りました。それ以来私はミイラを発見してそれを保存しましたが全くゾッとしますわ」
「ガットンはおもしろい男でした」と教授は言った。「彼の家の者はおもしろい家族でしたよ。議院に這入はいった彼の兄弟は普通の政治家ではありませんでした。私は彼がイタリーについて演説をするまではファシストを少しも了解しませんでしたね」
「でも、私達はこの旅行ではイタリーにはまいりませんのですもの」とダイアナ夫人はしつこく言った。「そしてあなたはあの塋穴が発見された、あのつまらない場所へいらっしゃるおつもりで御座いましょう。そうじゃありませんの?」
「サセックスはかなり大きい所ですよ。小さいイギリスの地方の中では」と教授は答えた。「[#「「」は底本では「」」]そしてブラブラ歩くにはいい場所ですよ。あなたがそれにあがるとそれ等の低い丘がどんなに大きく見えるかという事は驚異ですなあ」
 嶮悪けんあくな意外な沈黙が起った。それから夫人は言った、「ああ、私は甲板にまいりますわ」そして他の人々も彼の女と共に立ち上った。しかし教授はぐずぐずしていた。小さい坊さんも、叮嚀ていねいにナフキンをたたんで、テーブルをはなれる最後の人であった。それからこうして彼等二人が居残った時に教授はだしぬけに彼の相手に話しかけた。
「あのさっきちょっとお話した事についてあなたはどう思われますか?」
「さあ」とブラウンは微笑しながら言った。「あんたがわしに訊ねられてから、わしを少しばかりおもしろがらせる事がありますようじゃ。わしは間違とるかもしれん。があの話し仲間はサセックスにおいて発見されたというミイラにされた死骸についてあんたに三度話しさせたようにわしには思われるんじゃ、そいであんたは、――非常に深切に話された。最初代数学について、それからファシストについて、それからドンの景色についてな」
「つまり」教授は答えた。「あなたは私がそれ以外のある事について話そうとしていたとお考えになったのですね、御察しの通りです」
 教授はテーブル掛けを眺めて、しばしの間無言であった。それから顔を上げライオンの飛躍を思わせる迅速な衝動を以って話し出した。
師父しふさん、まあおきき下さい」と彼は言った。「あなたは今まで私が出逢った最も聡明なそしてまた最も潔白な方であると考えます」
 師父ブラウンは生粋のイギリス人であった。彼は、アメリカ人風に、面と向って不意にあびせかけられた真面目な真実ほんとうの御世辞をいかにするかという事については普通な国民性の頼りなさのすべてを持っていた。彼の答えは意味のないつぶやきであった。そして、強い語勢の熱心さで、話しを進めたのは教授であった。
「要点は全く簡単であるという事はおわかりでしょう。明かにそれはある牧師のである。暗黒時代のキリスト教信者の塋穴はサセックス海岸のダルハムにある小さい教会の下に発見されました。牧師はたまたま彼自身考古学者となります。[#「。」は底本では欠落]そして私が知ってるより以上に多く見出す事が出来たのです。その死骸については、西方の国においては知られないギリシャ人とエジプト人に特有な方法でミイラにされていたという風説がありました。そこでウォルタース氏は(それは牧師)はビザンティンの影響について自然考慮してます。しかし彼はまた他にある事実を話してます。それは私にとって私的の興味以上でさえあります。」
 彼がテーブル掛けにうつ向いた時彼の長い幽欝ゆううつな顔はいよいよ長くより幽欝になった様に思われた。彼の長い指は死の都そして彼等の寺院や塋穴の国の様にそれの上に模様をつけてるように見えた。
「そこで私はあなたに御話ししようと思いますが、誰も居らないので。それは私は今の中であの事件を話す事については注意深くあらねばなりませんからです。そしてまた彼等がその事について話す事に熱心であればあるほど、私は用心深くあらねばなりませんからです。棺桶の中に、見た所では普通の十字架ではありますが、その裏に、ある秘密な標徴を持っている、十字架のついている鎖があるという事が記されています。それは最も初期な教会の神秘から来ています。そしてセント・ペーターがローマに来る前アンテオクにおいて彼の大僧正の職についた事を表徴するように考えられます。とにかく、私はこのようなのが他にもう一つあると信じます。そしてそれは私のものです。私はそれののろいについてのある話しを聞いています[#「います」は底本では「まゐす」]、が私はそれは気にかけていません。がしかし呪いがあってもなくても、真にある意味においてある陰謀があります。けれどもその陰謀はただ一人の男から成立ってるのです」
「一人の男から?」と師父ブラウンはほとんど機械的にくりかえした。
「私の知ってる限りでは、一人の狂人きちがいからです」スメエル教授は言った。「それは長い物語です。そしてある意味において馬鹿気ばかげた事なのです」
 彼は卓子テーブル掛の上に指でなおも建築学の図の様な模様をつけながら、再び吐息をして、それから話しを続けた。
「たぶん私はそれについての事の始めからあなたにお話しする方がいいと思います、事実においてあなたは私に取っては意味のないその物語においてある些細な点がおわかりになるでしょう。それはもう幾年も前に始まった事でして、私がクレートやギリシャの島々の古跡にある調査をしておった時なのです。私はそれを人手を借りずにやりました。ある時はそこの住民の粗野なそして仮の補助で、してまたある時は文字通りたった一人で。私が地下道の迷路を発見したのはかような事情のもとにでした。その道は最後に立派な廃物や、こわれた飾物かざりものそしてバラバラになった宝石の積み重ねに通じたのです。それはあるうずもれた祭壇の廃墟であろうと思いますが、そしてその中に私は奇妙な金の十字架を見つけたのです。私はそれをひっくり返してみました。そしてその裏にいにしえのキリスト信者の標徴であった所の、魚の形を見つけました。が形や模様が普通に見出されるものとはかなり異っていました。そしてそれは私には、もっと現実的に――あたかも図案家が単にありきたりのかこいあるいは後光でないように、しかしよく見ると真の魚であるように故意にしたものであるように見えました。それはむしろ粗野な野獣の一種のようにも見えました。
「なぜ私がこの発見を重大視するかを手短かに説明するために、私は陥没の要点をあなたにお話しせねばなりません。一方から言いますと、それは陥没から陥没の性質の何物かを持ってました。吾々われわれは古跡の跡の上にばかりではなく古代の古跡の上に居りました。吾々は信ずべき理由を持っていました。そしてまた吾々のある者は人身半牛の迷路と同一視される所の有名な物の如くに、これ等の地下道は、人身牛首時代と現代の探検者との間ずっと失われずに残されたものであるという事を信ずる理由を持っていました。私がこれ等の地下の町や村と言いたい、これ等の地下の場所は、ある動機のもとに、ある人々に依ってもう既に看破されていたという事を信じました。その動機については考えの異った学派がありました。あるものは皇帝が単なる科学的好奇心から探検を命じた物だという事を論じ、また他の者は物凄いアジア的な迷信のあらゆる種類に対する後期ローマ帝国におけるすばらしい流行がある名もないマニス宗の宗徒を出発させたと主張し、またある者は太陽の正面からかくさねばならなかった乱痴気騒ぎは洞穴ほらあなにおいて騒ぎ廻ったという事を主張しています。私はこれ等の洞穴は墓穴と同じ様な事に使用されていたと信じた所の仲間に属してます。全帝国に火の様にひろがっていたある迫害時代の間、キリスト信者は石のこれ等大昔の異教徒の迷路にかくれていたという事を吾々は信じました。そこでその埋もれていた金の十字架を拾い上げその上の意匠を見た時は全くゾッとしました。それにもう一度外側にひきかえして陽の光りの中に低い道に沿うて限りなくひろがってる露骨チサダンな岩壁を見上げ、そして荒々しい下画したえうちに描き書かれた、まぎれもない、魚の形を見た時は異状な衝動を受けました。
「それについては幾分あたかも化石した魚かまたは氷にとざされた海の中に永久に附着したある敗残の生物であるかもしれないようにも見られました。私は石の上に描き書いた単なる絵と結びつけずには、この類似を分解する事が出来ませんでした。そして遂に私は心の奥底ではこう考えていたという事を理解しました。すなわち最初のキリスト信者は人間の足のはるか下に落ちて、薄明りと沈黙の陥没した世界に口をきかずに住み、そして暗くそして薄明な音響のない世界に動いて、ちょうど魚の様に見えたに違いないという事ですな。
「石の道路を歩く誰れでもは幻影の歩みがついて来るような気がするのを知ってます。前にあるいは後ろにバタバタという反響がついて来ます、それで、人はその孤独においてほんとに一人ポッチであるという事を信ずる事は不可能です。私はこの反響の影響にはなれておりました。[#「。」は底本では欠落]それでちょっと前まではそれもあまり気にはしませんでしたが、私は岩壁の上をはっていた表徴的なある形を見つけました。私は立ち止まりました。と同時に私の心臓もハタと止まったように思われたのです。私自身の歩みは止みました。が反響は進んで行きました。
「私は前の方へかけ出しました。そしてまた幽霊のような足取もかけ出したように思われました。私は再び立ち止った、そして歩みもまた止みました。が私はそれはやや時が経って止んだという事を誓います。私は質問を発しました。そして私の叫びは答えこられました、けれどもむろん声は私のではありませんでした。
「私はちょうど私の前方の岩の角をまわって来ました。そしてその薄気味の悪い追跡の間中に私は休止したりまたは話したりするのはいつも屈曲した道のその様な角においてである事に気づきました。私の小さな電灯で現される事の出来る私の前方のわずかな空間は空虚なへやのようにいつも空虚でした。こんな状態で私は誰であるかわからぬ者と話しを交えました。そこで話しは太陽の最初の白い光りに行きあたるまでずっと続きました。そこでさえ私は彼がどんな風に太陽の光線の中へ消えおったかを見る事が出来ませんでした。しかし迷路の口は多くの出入口や割目や裂目で一っぱいでした。それで彼にとっては洞穴の地下の世界に再び立ちかえって消え去る事は困難ではなかったでしょう。私は岩の清浄というよりはもっと幾分熱帯的に見える緑の植物が生えてる、大理石の台地のような大きな山のさびしい踏段ふみだんに出て来た事だけがわかりました。私は汚れない青い海を眺めました。そして太陽は底知れぬさびしさと沈黙の上に輝いていました。そこには驚きのささやきを交わす草の葉もなくまた人の影もありませんでした。
「それはおそろしい対話でした、非常に親密なそしてまた非常に別個なまたある意味において大変に取りとめのないものでした。体のない、顔のない、名もないしかし私の名で私をよぶ、この物は、吾々がクラブにおいて二つの安楽椅子にかけていたよりももっと熱情も芝居気しばいげも持たず吾々が生き埋めされていたそれ等の割目の中で私に話をしました。しかし彼はまた魚の標のある十字架を所有したなら、高い地上の者でも必ず殺すであろうという事を話しました。彼は私が弾丸たまをこめた銃を持ってる事を知っているので、その迷路の中で私をあやめるほど愚者おろかものではなかったと彼はあっさりと私に話しました。しかし彼は確実な成功を持って私の殺害を計画するであろうという事をおだやかに話しました、その方法はいかなる危険も防ぎ得る、支那の老練な職工や印度の刺しゅう家が生涯の美術的な仕事にする所の技巧的な完全さを持つ方法でやるというのです。けれども彼は東洋人ではありませんでした。彼はたしかに白人でした。私は彼は私の国の人間ではなかったかという事を疑います。
「それ以来私は時折暗示や符合やそして奇妙な非人間的なたよりを受取りました。そのたよりはその男は狂人であるか彼は一事遍狂者であるかという事を少なくとも私にたしかめさせました。この幻想的なはなれた方法で、彼はいつも私に、私の死と埋葬に対する準備は満足に進行しているという事、そしてまた私が手柄な成功を持って彼等の迫害をさける事の出来る唯一の方法は、私が洞穴で見つけた十字架を――私が手ばなす事であるという事を話していました。彼は物好きの蒐集家の持つ熱情以外には何んの熱情も持たぬようでした。その事が彼は西方の人間であって東洋人ではないとたしかに私に感じさせた事の一つでした。しかしこの特別な好奇心は全く彼を狂気きちがいにさせるようでした。
「それからまだ不たしかではあったのですが、サセックスの塋穴におけるミイラにされた死骸の上に見つけられたふたつの霊宝について、報知が来ました。もし彼が前に狂人であったのなら、この知らせは彼を悪魔につかれた人間に代えました。彼等の一つが地の人間のものであるという事は非常にいやな事でありました。彼の狂気きちがいのたよりは厚くそして毒矢の雨のように迅速に来始めました。そしてそのたびに私のけがれた塋穴の十字架に向ってさしのべた瞬間に私の死が私を襲うであろうという事を、前よりも更に断然と叫んで来ました。


 

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