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画家とセリセリス(がかとセリセリス)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-21 8:46:16  点击:  切换到繁體中文


 とこたへて、茶色ちやいろのスエエタアをた、まるまるふとつたからだをよちよちさせながら、敏樹としきべつちひさなまりげた。が、見當けんたうはづれて、それはをつとよこへそれてしまつた。
「やアい、パパだつて下手へただわ」
 途端とたんに、夏繪なつゑたたきながら、復讐的ふくしふてき野次やじてた。
 わざと大袈裟おほげさあたまをかきながら、をつとまりつた。そして、にはの一すみ呉竹くれたけ根元ねもとにころがつてゐるそれをひろげようとした刹那せつな、一ぴきはち翅音はおとにはつとをすくめた。見返みかへると、くろ黄色きいろしまのある大柄おほがらはちで、一たかあがつたのがまたたけ根元ねもとりてた。と、地面ぢべたから一しやくほどのたかさのたけかはあひだ蜘蛛くも死骸しがいはさんである。はちはそれにとまつてしばらをつと氣配けはいうかゞつてゐるらしかつたが、それが身動みうごきもしないのをると、死骸しがいはなれてすぐちかくの地面ぢべたりた。そして、しばらくあたりをあるきまはつてゐたが、ちよつとしたつちくぼみにぶつかると、くちばし前脚まへあしあなした。
(セリセリスだな。)
 いつかんだアンリ、フアブルの「昆蟲記こんちうき」をおもうかべながら、をつと好奇かうきひとみらした。そして、ばたばた近寄ちかよつて夏繪なつゑ敏樹としきしづかにさせながら、二人ふたり兩方りやうはうからいだきよせたままはち動作どうさながめつゞけてゐた。
 はちえず三にん存在そんざい警戒けいかいしながらも、一しんに、敏活びんくわつはたらいた。あたまつち突進とつしんする。あしさかんつちをはねのける。それはしづかしたあかるいあき日差ひざしなかなみだあつくなるやうな努力どりよくえた。そして、一りんりんと、あなちひさなはちからだかくすほどにだんだんふかられてつた。
「パパ。あのはちなにしてるの」
 と、いきらしてゐた夏繪なつゑひくたづねかけた。
「うん、いまあのあななか子供こどもみつけるんだよ。」
 と、をつとなにむねつものをかんじながら小聲こごゑこたへた。
 まつたくわきらないやうなはち動作どうさへん嚴肅げんしゆくにさへえた。そして、またたきもせずに見詰みつめてゐるうちに、をつとはその一しんさになに嫉妬しつとたやうなものをかんじた。すぐをつとそばから松葉まつばひろげてあななかをつついた。と、はちはあわててあなからたが、たちま松葉まつばむかつて威嚇的ゐかくてき素振そぶりせた。
「あら、はちおこつてよ」
 と、夏繪なつゑおそれるやうにささやいてをつとおさへた。
 が、惡戯いたづら氣分きぶんになつて、をつとかなかつた。そして、なほもはちからだにつつきかかると、すぐくちばし松葉まつばみついた。不思議ふしぎにあたりがしづかだつた。が、やがて不意ふい松葉まつばからはなれるとはちはぶんとあがつた。三にんははつとどよめいた。けれども、はち大事だいじ犧牲ぎせい蜘蛛くも死骸しがい警戒けいかいしにつたのだつた。で、その存在そんざいをたしかめると、安心あんしんしたやうにまたすぐあなところりてた。
「パパ、またあなるよ」
 と、しやがんでひざにぢつと兩手りやうてをついたまま、敏樹としきなにおそれるやうなこゑささやいた。
 あなはもうほとんはちからだのすべてをかくすやうなふかさになつてゐた。が、はちはまだそのはげしい勞働らうどうやすめなかつた。そして、そのあひだにもえず三にん樣子やうす警戒けいかいし、なほも二三蜘蛛くも死骸しがい存在そんざいをたしかめにつた。
本能ほんのう、これがただ本能ほんのうだけで出來できることから?)
 その眞劍しんけんさにたれて、をつとはそんなことかんがへつづけながら、ぢつとひとみらしてゐた。
 からだあななかにすつかりえなくなるほどのふかさになると、はちはやがてほつとしたやうにそとへた。そして、なほも警戒けいかいするやうにねんれるやうにあなのまはりをあるきまはつてゐたが、やがてひよいとあがると、蜘蛛くも死骸しがいをくはへてふたたあなところひもどつてた。
「まア、あの蜘蛛くもどうしたの? んぢやつてるのね?」
「うん、はちころされたんだよ。そして、あれがはち子供こども御飯ごはんになるんだよ」
御飯ごはんに?」
「うん、だからてて御覽ごらんいまにあのあななかへちやんとおしまひするから‥‥」
蜘蛛くもなんておいしくないね、パパ‥‥」
 敏樹としきうはずつたこゑはさんだ。
「でも、はち子供こどもには御馳走ごちさうなんだよ」
 あなの二三ずん手前てまへりたはちは、やがてあたま前脚まへあし蜘蛛くも死骸しがいあなふかみへしてつた。そして、それをれきつてしまふと、はち今度こんどぎやくにあとずさりしながら、自分じぶんしりはうあななかんだ。と同時どうじに、あなのそとにあたま前半身ぜんはんしん不思議ふしぎ顫動せんどうおこしはじめた。
「まア、をかしい、なにしてるの?」
 と、夏繪なつゑ頓狂とんきやうこゑてた。
「しつ、あななかたまごみつけてゐるんだよ。そしてね、來年らいねんはるになつてたまごがかへると蜘蛛くもはち子供こども御飯ごはんになるのさ」
 と、はなかせてゐるうちに、をつとあたまなかには二三にちまへつまとの對話たいわ不意ふいおもうかんでた。をつとわれらず苦笑くせうした。はち眞劍しんけんさが、その子供こどもたいする用意周到よういしうたうさがなに皮肉ひにくむねびかけてゐるやうな氣持きもちだつた。
 不思議ふしぎ顫動せんどうなに必死的ひつしてきかんじで二三分間ぷんかんつづくと、はちはやがてあなのそとへた。そして、ちよつといきれたやうな樣子やうすをすると、今度こんどはまたあたま前脚まへあしさかんうごかしながらかへしたつちあなした。しかも、幼蟲えうちう出易でやすくするためであらう、はちあきらかにこまかいつち選擇せんたくけてゐるらしかつた。さうしてあながすつかりめられてしまふと、はちしばらあなのまはりをあるきまはつてゐたが、やがてぷうんと翅音はおとてながら、黒黄斑くろきまだら弧線こせん清澄せいちようあき空間くうかんゑがきつつどこともなくつてつた。
「はつはつは、パパは馬鹿ばかだな、ほんとにパパは馬鹿ばかだな」
 と、あがりざま、をつとたか笑聲わらひごゑとともに不意ふい無意識むいしきにそんなことつぶやいた。そして、兩方りやうはう夏繪なつゑ敏樹としき自分じぶんからだはうめるやうにしながら、にはあひだをアトリエのはうあるした。





底本:「新進傑作小説全集14 南部修太郎集・石濱金作集」平凡社
   1930(昭和5)年2月10日発行
入力:小林徹
校正:伊藤時也
2000年8月7日公開
2006年1月10日修正
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