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死の接吻(しのせっぷん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-21 8:56:18  点击:  切换到繁體中文


 と、熱心に詞をつづけて、グスタフソンはそこでちよつと一息入れながら、
「それから金庫の扉が明けつ放しになつてゐたのは注意すべき事實です。そして、あらゆる状況は犯人が老人と知合ひの間柄だつたことを示してゐます。たとへば犯人が借金の返濟に來たとほのめかし、金庫にしまつてある借用證文を老人に戻してくれと言つたとしますね。すると、恐らく老人は金庫を開いて證文を取り出すでせう。その咄嗟に犯人はそれを奪ひ取り、慘虐な襲撃を加へる‥‥」
「なるほど、一つの考へ方です、而も、如何にも頷ける‥‥」
 と、ゼッテルクイストは強い同感の色を見せた。グスタフソンはソオルを顧みながら、
「君、今朝の内に何か獲物があつたかね?」
「さうでございますな。先づ第一に‥‥」
 と、ソオルは明快な句調で受け答へて、
「鐵の管にあつた指紋を調べました。正しく男子のものです。然し、指紋臺帳に全然載つてない所を見ると、前科者でないのは明瞭です。第二に各方面を搜査しましたが、島から姿を隱したといふ例の男の居所はまだ突き留めることが出來ません。それから第三は水曜の午後二人の男を島まで乘せたといふ自動車の運轉手ルンドベルグを發見したことです。二人は釣に行くと申しとつたさうですが、一人が角縁の眼鏡を掛けてゐたといふ點は島の者の證言と全く符合してをります。なほその眼鏡の男は貴族風に見え、詞に外國訛りがあつたさうです。」
 ここでソオルは急に語調を改めながら
「それから今一つは老人が先週の土曜に銀行へ出掛けたといふ例の聞込みです。行員に質してみますと、その時格別の大金などは引き出さなかつたさうですが、をかしいのは銀行へはいつて來た時非常に苛立つてゐたといふ[#「といふ」は底本では「とい」]事實です。そして一先づ立ち去つて二時間ばかりで戻つてくるとまた暫く銀行にゐて一人の行員と何か話し合つてゐたと言ひます。で、さきほどその行員を訪ねてみましたが、折惡しく不在で、暫くしたらもう一度行つてみるつもりでをります。」
「ふふウん、そりや素晴しい手掛りだ。」
 と、グスタフソンは我が意を得たりとばかりに力強い調子で言つた。
「何しろ時間を空費しない事だね。そして、何か重大な發見があつたら、時を移さず電話を掛けてくれ給へ。さつきも言ふ通り、この際緊急事は一刻も早い犯人の捕縛だよ。」

    意外な展開
 三十分ほどの後、ソオル主任警部は銀行の一室で尋ねる行員と膝を突き合せてゐた。行員はその日のゼッテルベルグ老人の樣子をあらまし語り終ると、何の用事でどこへ行つたかは分らぬが、その時老人がすぐ近所の町角に駐車してゐる辻自動車に乘つたといふことを傳へて、ひよいと傍の窓を開くと、
「あア、あすこにゐるあの自動車ですよ。」
 その詞に躍り上つてそこへ駈けつけると、ソオルは件の辻自動車タクシー運轉手ヘルベルグを發見した。早速老人の人相を語り聞かせると、運轉手は合點しながら、
「ヘエたしかに乘せましたよ。人相もよく覺えてまさア。おつしやる通り先週の木曜のお晝過ぎでしたが、北マラアストランド街の素晴しい屋敷まで行きました。何でもフオン・シイドウ男爵を訪ねるんだが、おいでになるかななんて言つてでした。」
 どきりとして、ソオルの顏は思はず固くなつたが、その驚きの色はうまく胡麻化してしまつた。ヤルマア・フオン・シイドウ男爵と言へばスウェーデン切つての金持で、大資本家の一人だつた。
「やア、どうも有り難う。」
 と、さりげなく言つて、ソオルはその町角を立ち去つた。
 一町場ほど行くと、ソオルは別の辻自動車を北マラアストランド街へ急がせた。車中、ソオルは胸の中に自問自答しつづけた。音に聞えた富豪の男爵と名も無い金貸の老人との間にいつたいどういふ繋りがあるのか? 例の金庫の中にも二人の關係を示すやうな何物も見當りはしなかつた。況してやモルトナス島のあの兇惡な慘劇とストックホルムの富の王者とを結びつけるなどは?
 北マラアストランド二十四番街、宏壯な五階建てのアパアトメント・ハウス、その三階の八室全部を領するシイドウ男爵家、程なくソオルが、そこの玄關に案内を乞ふと、暫くして戻つて來た若い小間使は、男爵が書齋で面會する旨を傳へた。
 ソオルは廊下を通り、豪奢に華麗に飾りつけた應接間を横切ると、やがてちよつとした部屋へはいつて行つた。すると、もう老年に近い、丸顏の人間が裝飾的な彫刻のある机を前にして、背中の高い椅子に大きな體をゆつたりと凭せてゐた。そして、表情のない眼でぢつとソオルの方を見守りながら、
「どういふ御用向きかな?」
 ソオルはモルトナス島の慘劇をざつと語り聞かせてゼッテルベルグ老人の殺される前の行動を取り調べてゐる事情を説明すると、
「それで、先週の土曜に老人が御當家へ參上したことが判明しました譯ですが、その點に就き搜査の御援助を戴きたい次第で‥‥」
「さやうさ、たしかにやつて來ましたよ。」
 と、男爵は重苦しい聲で言つて、
「だがな、あの老人とは久しい以前からの知合ひでして、心安立てにちよつと訪ねて來たに過ぎませんのぢや。で、今朝方の新聞であの老人夫婦が殺されたと知つて誠に驚いとる譯です。從つて、搜査のお役に立つやうなことは格別お聞かせも出來ませんですて‥‥」
 靜に打ち頷きながらも、ソオルは密に探るやうに男爵の顏を見詰めてゐた。次の刹那、もうこれ以上何も聞くまいと決心の臍を固めて、そのまま暇を告げた。そして、警察廳へ歸るや否や待ち兼ねてゐたゼッテルクイスト部長とグスタフソン警視と會見した。
「男爵はたしかに何かを隱してゐます。」
 と、ソオルはさすがに興奮の色を浮べて、「聲はしつかりと落ち着いてゐましたが、眼が神經過敏に瞬いてるんですな。とにかくありやア何かにひどくおびえてゐる證據で、どうも見るに忍びなかつたもんですから、強ひて問ひ重ねることはしませんでした。」
 部長と警視は頷き返したが、正に呆然自失の體だつた。男爵の沈默の蔭には果して何が潜んでゐるのか?
 土曜と日曜の終日ストックホルム警察廳は犯人の捕縛に必死となつたが、いろいろな手掛りも空に歸して、警察官や探偵達もただ疲れるばかり、すると、モルトナス島の慘劇發見からわづか五日目の三月七日の月曜の夕方午後五時といふに主任警部室の電話のベルがけたたましく鳴り響いた。
「えつ、な、何だつて?」
 受話器を耳に當てたソオルの顏は忽ち眞青になり、あたふたと自席を飛び出して警視室の扉を荒々しく引きあけると、今耳にしたばかりの驚くべき報告を傳へた。
 瞬間、グスタフソンの大きな顏もさつと青白み、肩先ががくりと戰いた。果然、ゼッテルベルグの別莊の物凄い殺戮は何等かの祕密な筋道で百萬長者フオン・シイドウ男爵へ繋がつてゐたのだ。グスタフソンはその丸々とした兩手を机の面に突つ張つてぐいと立ち上ると、呶鳴りつけるやうな聲で、
「さア、すぐ出掛けよう。」
 そとはひどい雪で、警察自動車は獨特の無氣味なサイレンを絶えず響かせながら進んで行く。ソオルは暗い行手をぢつと見守つてゐたが、やがてグスタフソンに囁きかけた。
「一昨日訪ねた時、男爵がもつと率直に打ち明けてくれましたらね! たしかに何か祕密を胸にたたんでゐたやうですが‥‥」
 グスタフソンは無言だつた。そして、警察自動車は街燈の光りも見え分かぬ、雪の深い通をのろくさい速度で走つてゐたが、やつとのことで、シイドウ男爵の住ふアパアトメント・ハウスの廣大な入口に辿り着いた。

    解き得ぬ謎
 グスタフソンとソオルは早速昇降機で三階へ急いだ。そして、二人の巡査の張番してゐる玄關を通ると、ソオルは先に立つて例の豪奢な應接間へはいつて行つた。と、數人の警察官に取りかこまれた一つの安樂椅子、その上に顏の上半を打ち碎かれて血みどろになつた男爵のでつぷりした體が横たはり、椅子にも高價な敷物にも血が流れてゐた。
「もう事切れてゐるのかね?」
 と、ソオルはその傍に膝まづいてゐた警察醫に向つて聲高く尋ねかけた。
「はい、たうとう意識を回復なさらないで、今し方息を引き取られました。」
 醫師がさう答へると同時に一人の巡査部長が進み出て、堅苦しく一禮しながら、
「血の痕を見ますと、男爵は食堂で打ち倒され、ここまで引き摺つて來られたもののやうです。犯行は男爵の姪御のモニカ・シユワルツ孃によつて三十分ほど前に發見されたんでありますが、裏側の部屋にも同樣な手口で殺害された死體がございます。それ等はわたし共が來た時には全く絶命してをりました。」
「それ等とは?」
 と、グスタフソンが尋ねかけた。
「雇女であります。一名は老家政婦のカロリナ・ヘルウ、一名は若い小間使のエツバ・ハム、どうぞあちらで御見分願ひます。」
 巡査部長の案内で食堂を横切ると、住居の裏側へ進んで行つた。先づ臺所には顏をぐざぐざに碎かれた小間使が仰向きに倒れて、床にも家具にも血が飛散してゐた。そして、無慘にも剥がれた兩手の爪、それは死に面して娘が如何に狂ひもがいたかを語り、頭蓋からへぎ取られた一束の髮の毛さへ死體の傍に投げ出されてゐた。
「一昨日取次に出たのはこの娘でした。」
 と、ソオルは死體の傍に膝まづきながら、
「この娘も男爵もゼッテルベルグの一家と全く同じ手口で殺害されてをりますな。」
 グスタフソンは頷いた。巡査部長は更に隣の小部屋へ導いて行つた。そこの床にはうしろの頭蓋骨を打ち碎かれた老婆がうつ伏せに倒れてゐた。巡査部長は上役を振り返つて、
「この婆さんは戸口に背中を向けて搖り椅子に凭つてゐた所をやられた模樣です。で、犯人の一撃を受けると、一溜りもなくうつ伏せに倒れてしまつて、小間使のやうに抵抗する隙は全然なかつたものと考へますが‥‥」
「君、兇器は見つからんかね?」
 と、グスタフソンは尋ねかけた。
「それから、犯人をどこかで見掛けたといふやうな者は?」
「はい、兇器はまだ見つかりません。」
 と、巡査部長はかぶりを振つて、
「それから、犯人の目撃者に就きましては部下に申しつけまして、この建物や近所の住居人を早速調査させてをりますが‥‥」
 グスタフソンとソオルは住居の表側の方へまた戻つて行つた。グスタフソンは相變らずすべての點に機敏で拔目がなかつた。そして、部下に適宜の指示を與へたりしたが、相つぐこの恐ろしい慘劇にはさすがに打ちのめされた樣子だつた。ヨオロツパでも警察力の完備した所と聞えたストツクホルム、當然喧々囂々たる非難の矢面に立つ責任者だつたから‥‥。
 檢視を濟ましたグスタフソンが間もなく引き揚げて行くと、ソオルは早速證人喚問に取りかかることにしたが、男爵の行動を調べさせてゐた刑事の報告がそこへ屆いた。それに依ると、男爵は四時少し前に事務所を引き揚げアパアトメント・ハウスの入口で自動車を降りたが、それがお抱へ運轉手の眼に殘る生きた主人の最後の姿で、溜間ロビーからすぐ昇降機で三階へ昇ると、自分で鍵をあけて住居の中へはいつて行くのを昇降機のボオイも見屆けてゐたといふのだつた。ソオル巡査部長、警察醫の三人はたつた二日前に老富豪がソオルを引見した書齋で暫く協議を重ねた。
「女達が先に殺されたのはたしかかね?」
「たしかですとも‥‥」
 と、醫師はソオルの問ひに答へて、
「二人の死體の模樣では、男爵が戸口をはひつた時には全く絶命してゐたことでせう。」
「ふむ‥‥」
 と、ソオルは男爵の机の端に腰掛けて鉛筆でその面をこつこつ叩きながら、
「すると、二つの場合があり得る譯だな。男爵が犯人を驚かしたか? 或は犯人が殺意を以て用意周到に待ち伏せしてゐたか? それにしても、まるで物取の形跡がないとは?」
「全くですな。」
 と、巡査部長は肩を搖す振つた。
「とにかく男爵の姪を先づ調べてみよう。それからこの住居へその娘さんをはいらせたといふ昇降機のボオイをね。」
 立ち上つた巡査部長は間もなく十三歳の可憐なモニカ・シユワルツとボオイの制服を着た若者を連れて引き返して來た。
「お孃ちやん、どういふことがあつたか、すつかり話して下さいな。」
 と、ソオルは優しく問ひ掛けた。
 すつかりおびえきつてゐるモニカは咽び泣きしながら、やつとのことで口を開いた。
「あたし四時に學校を引けて來たの。そしてお玄關の呼鈴を押したんだけど、誰も返事しないんだもの、變だと思つたわ。だつて、その時間にはエツバもカロリイナもきつとおうちにゐる筈なのよ。」
 と、ちよつと小首をかしげて、
「どうしていいか分んないから、あたし四階のヘイマンさんとこへ行つて譯を話したの。さうすると小母樣がこのボオイさんにそ言つて鍵をあけさせて下すつたわ。そいから應接間へはいつて行くと、叔父樣が顏を血だらけにして安樂椅子に横んなつてらつしやるんだもの。あたしきやアつてつて‥‥」
 瞬間、誰しも思はず息を呑んだ。やがてソオルは穩かな、いたはるやうな調子で、
「叔父樣が誰かに會つたなんておつしやりはしなかつた? つまりお客樣か何か‥‥」
「そんなこと、あたし分んないわ。」
 と、モニカはかぶりを振つた。ソオルはボオイの方へ向きなほると、
「今日の午後外には誰もここへ案内しなかつたといふが、間違ひないかな?」
「はい、モニカ樣と男爵樣の外にはたしかにどなたも‥‥」
 と、ボオイは躊躇なく答へて、
「それから門番さんも別にはいつた者は見ないと言つてますが、門番さんのゐなくなつたちよつとの隙に、犯人が通りから溜間ロビーへこつそりはいることは出來なかアありませんや、さうだと、あたしの眼にも着かずに階段の方から階上へ昇つて行けまさア。」
「やア結構結構」
 と短く言つて、ソオルは突然立ち上つた。部長はすぐに二人の證人を連れて去つた。
 ソオルは改めて現場を綿密に調べ歩いた。そして、人目に觸れずに玄關に達した犯人は無理な侵入の跡のない點から見ると小間使と知合ひか何かで簡單に中へはいつたものと推定したが、この邊ゼッテルベルグの慘劇と類似の點があるのに注目した。それから犯人は先づカロリイナを難なく慘殺し、つづいて小間使のエツバを襲つたが、その必死の叫びも抵抗も非常に厚い壁のためにどこへも聞えず、さうして間もなく主人の老男爵が死の罠へ歩み込んで來たのに相違なかつた。
 それにしても、いつたい何の目的で少しも防禦力のない二人の女を殺害したのか? 一方、男爵はいつも紙入に大金を入れて置くといふことだが、死體の懷中には一文の金もなく紙入も見つからなかつた。この點ちよつと強盜の仕業らしくもあるが、物取が目的ならただの追剥ぎホールド・アツプでも濟む譯。尤も、何かの理由で殺害の後、犯人が出來心で奪ひ取ることもあり得るが、どうにも不可解なのはその二人の女の慘虐な殺し方だ。
 今やソオルはゼッテルベルグ、シイドウの兩慘劇が同一犯人の仕業であることを固く信じた。そして、それが一種の殺人狂の兇行だとするグスタフソン警視の見込が正しいこと、犯人が少くともシイドウ男爵家に何かの縁故を持つ者だといふことをはつきりと感じるに至つた。

    淡紅色ピンク下袴スリツプ
 三つの死體を運搬自動車で送り出したあと、ソオルは更に辛抱強い探査をつづけてゐたが、やがて何の氣もなく應接間の長椅子の褥をひよいと持ち上げた途端に突如として眼に著いた生々しい血染めの布、何とそれは婦人の肌に著ける贅澤なレイスで縁取りした絹の下袴の斷片ではないか?
「大發見、大發見‥‥」
 と、もとは淡紅色なのだが今は血で眞紅に染まつたその下袴の兩端をつまんで眺めてゐると、巡査部長が飛び込んで來て、
「な、何でございますか、それは?」
「血を拭いた布だよ。」
 と、ソオルはその發見に大滿足の體で、
「然し、いつたい誰の物かね? 無論、あの孃ちやんや雇女達の用ゐる奴ぢやない。こりやア非常に金持の女の肌着の一部分だよ。」
 部長はひどく驚いた樣子で小聲になり、
「まさか犯人が女なんていふことは‥‥」
「いや、どんな女だつてあんな打撃を加へ得る力があるものか。だが、女が犯人と一緒といふことはあり得る。若しかすると、この兇行には何かの形で女が交つてるぞ。」
 間もなく、戸棚の中の重ねた食卓掛布テーブル・クロスの下から血染めの下袴の殘りの隱してあるのが見つかつた。それは肩の釣革を引きちぎつた下袴の上半だつたが、その無氣味な第二の發見物を調べてゐたソオルは突然呶鳴つた。
「圖星だ! 正に女が登場してゐる。つまり着物の下から下袴を引きちぎつて、そいつで血をぬぐつたんだよ。」
 その時玄關の扉を強く叩く音がした。そして、やがて一人の巡査が制服を着た郵便集配人を伴つて來ながら、
「實はこの男が犯人らしい者を目撃しましたさうで‥‥」

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