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絵姿(えすがた)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-26 8:35:37  点击:  切换到繁體中文



 7

 ヘンリイ卿とハルワアドは、ドリアン・グレイからシビル・ヴェンとの恋を打ち明けられて少からずおどろいた。
 それで二人は一夜、ドリアンに案内されてその裏町の見窶しい劇場へ見物に出かけた。その晩はどうしたものか満員で、暑さのために上衣も胴衣も脱いだ見物人たちが劇場を縦横に呼び交し合っていた。また酒場(バア)の方からはさかんにコルクを抜く音が聞こえて来た。
『女神もいいが、これはまあ、とんだ所ではないか!』とヘンリイ卿は云った。『併し彼女が舞台に現われさえすれば、あなたはすべてを忘れてしまいます。』とドリアンは云った。『どんな不作法な見物人達も悉く鳴りを静めておとなしく彼女に見とれるのです。そして彼女は、自分の思うままに、見物人を泣かせもし、笑わせもするのです。』十五分の後に遂にシビル・ヴェンはわれるばかりの喝采と共に舞台にその姿を現わした。
 如何にも彼女は今迄見たどんな女よりも美しい――とヘンリイ卿は思った。――が、それにしても、何と云う拙い芸なのであろう。こんな冷淡なジュリエットがまことあるであろうか。彼女はロメオを見ても少しも悦ばし気ではなかった。彼女の声は良いには違いなかったが、全く調子を外していた。ドリアンの顔色は真蒼になった。
 ああ、このおどろくべき失態は一体どうしたと云うのだろう。彼女は病気なのかも知れない。見物人は総立ちとなって、床を踏み、口笛を吹き鳴した。
 ヘンリイ卿とハルワアドとは堪えかねて、ドリアンを残したまま、先に帰って行った。

 8

 ドリアンの心臓は無残に引き裂かれた。彼は最後の幕が降りるや否や楽屋へ走り込んだ。
 娘は彼を待っていた。『ねえ、今晩は随分あたし拙かったでしょう。ドリアン。』『おそろしく! おそろしく拙い。まるでなってやしない。あなたは病気ではなかったのか。あなたはそんな平気な顔をして。僕がどんなに苦しい思いをしたか……』『ねえ、ドリアン、解って下さるでしょう。』と娘は微笑んで云うのであった。『あたし、これからも、決して上手な芝居はしないのよ。何故って、あたし、あなたにお会いする迄は芝居だけがあたしの本当の生活だったのよ。そして、ベアトリチェの喜びはあたし自身の喜びであり、コルデリアの悲しみはとりも直さずあたしの悲しみだったの。絵具を塗った画割があたしの住む世界でした。ところが、そこへあなたが美しいあなたが現われて、あたしにはじめて影ではない真実の物の姿を見せて下さいました。』
 ドリアンは顔をそむけて嘆息した。
『あなたは僕の恋を殺してしまった。僕があなたを愛したのは、あなたが僕の幻想を呼びさましてくれたからだ。大詩人の夢を再現し、その芸術の影に形と実質とを与えてくれたからだ。それをあなたは、見事に打ち壊してしまった。何と云う浅墓な愚かな娘であろう。僕はもう再びあなたも、あなたの名前さえも思い出すことはあるまい。』
 ドリアンは、そう云い捨てると泣き沈んでいるシビルを残して立ち去った。

 9

 ――真実であろうか。肖像画が変化を生ずるなんて、そんな事実がこの世に有り得るであろうか。それともそれは単なるたあいもない幻想がその朗かであるべき容貌をひょっとして忌しいものに見せたに過ぎないのだろうか。……だが、それはあまりにまざまざとしていた。最初は覚束ない薄明りの中で、次には輝しい曙の光の中で、ドリアンはれいのハルワアドの画いた肖像画の歪んだ唇の辺に漂う冷酷な蔭を見たのであった。彼は恐しかったが、併し、それをもう一度確めなければならないと考えた。そこで彼はひそかに部屋にこもって、その肖像画の前に立った。そして恐る/\絢爛たるスペイン革の覆いを除けて、彼自身の姿と向き合った。果して、それは幻ではなかった。肖像画は明らかに変っていた! 彼は慄然として長椅子に身を落としながら、その画像を云い知れぬ恐怖を以て瞶めた。彼はシビル・ヴェンに対して如何に無慈悲で残酷であったかを思い出して慚愧の念に心を噛まれた。彼はあらためてシビルと結婚したいと思った。それで程なく訪ねて来たヘンリイ卿の顔を見ると、直ぐにその決心を打ち明けた。するとヘンリイは額を曇らして云った。
『君の妻だって?!  ドリアン! では君は僕の手紙を未だ見なかったのだね?』
『手紙? そうそう、ごめんなさい。未だ見ずにいました。』
『シビルは死んだ。』とヘンリイ卿は云った。
『昨夜十二時半頃あやまって毒を、青酸か何かを飲んだらしいと今朝の新聞に出ていた。』

 10

 ベエシル・ハルワアドもまたシビルの死を知ったのでドリアンを訪れた。そして、ドリアンの口から彼女の死が自殺であることを聞かされて、彼のあまりにも冷酷な振舞いをいたく心外に思った。『だが、ドリアン。』と彼は悲しげな微笑を浮かべて云った。『もうこれっきり、この恐ろしい事件について語るのを止そう。僕はただ君の名が、それに拘り合いにならなければいいと思うのだが。『大丈夫。』とドリアンは答えた。『ただ洗礼名だけだが、それだってシビルは誰にも話さなかったに違いない。彼女は僕の事を何時もプリンス・チャーミングと呼んだ。却々可愛いではないの。……そこでベエシル、彼女の僅かばかりの接吻と口説との思い出に、一つ彼女の姿を画いてはくれまいか。』『お望みとあらば、画いてもいい。但し、それには矢張り君自身がモデルになってくれなければいけない。』『それは困る!』画家は吃驚(びっくり)した。『君は僕の画いた絵を好まないとでも云うのか? あの絵はどうした? どうして、君は、その様な覆いをかけて置くのだ? 見せ給え。』
 ドリアンは恐しい叫びを上げて画家の前に立ち塞がった。『いけない! 断じて! 強いて見ようと云うならば僕達の間はもうこれ迄だ!』
『ドリアン!』
『黙り給え!』ドリアンは頑強に拒んだ。
 そして彼はその日の中に、その肖像画を階上の廃れた勉強部屋にこっそりと移してしまった。

 11

 幾許かの歳月が流れた。併しドリアン・グレイの容色の煌(かがやか)しさはさらに衰えを見せなかった。そして倫敦中の社交界や倶楽部なぞに於て、彼の身の上に関する最も不名誉な怪しむべき噂を耳にした人々でも、一度彼を見てはその誹謗を信ずることをやめた。彼こそは常にこの世の如何なる汚れにも染まらずにいるように思われたからである。彼の姿は人々の心の中に曾ては自分たちも持っていたところの純情を思い出させた。ドリアンは屡々姿を晦(くら)ました。さまざまな憶測は概ねそんなことに生まれた。そして長い不在から帰って来ると、ドリアンは必ず秘密の部屋へ通ずる階段を上って行った。部屋の鍵は何時も肌身を離さなかった。ドリアンは其処で、ベエシル・ハルワアドの画いた己れの絵姿と向き合って、更に鏡の中に本当の自分の姿を映して見比べているのであった。まことに驚くべきその対照は彼の感覚を無上に楽しませた。彼は自分の美貌に見惚れれば、更に一層深く自分の魂の堕落に興味を覚えたわけである。彼は丹念にあらためながら、時にはひからびた額に刻まれた険悪な皺や、陰欝な口の辺に生々しく這う線に不気味な凄惨な悦びを味い、また時にはそれらに表われた罪悪の徴と歳月の痕と、果して何れがより恐しいかと訝しむこともあった。
 善美を尽した宴と、香わしい夜の部屋と、変装の冒険と、波止場の怪しげな旅籠の一室とにドリアン・グレイの不思議な生活は続いた。

 12

 それは九月九日、ドリアンの第三十八回目の誕生日の夜の事であった。
 ドリアンはヘンリイ卿の晩餐に招かれてその帰りがけに、霧深い町角でゆくりなくもベエシル・ハルワアドと出逢った。画家は今迄ドリアンの邸で彼の帰りを待っていたのだった。画家は、製作のために夜中の汽車で巴里(パリ)へ立ったのだが、その前に是非とも彼に話さなければならないことがあるのだと云った。そこでドリアンは止なく画家を伴って帰った。既に晩かったので召使等は寝ていたが、ドリアンは自分で※(かきがね)を外して入った。
『話と云うのは君自身に関することだ。』とベエシルは云った。『今やロンドン中に於ける君の評判は君自らも勿論知っているに違いないと信ずる……』ドリアンは溜息を吐いた。
『知り度いとは思わない。他人のことならいざ知らず、自分の醜聞を愛する奴はたんとは、あるまいよ。』
『すべて罪悪と云うものは必ずそれ自身を当事者の面に表現せずにはいない。断じて隠し了せるものではない。それだのに君は、実に浄(きよ)らかな燦かな玲瓏たる紅顔を何時迄も保っている。どうして君に対する忌しい取沙汰なぞを信用出来ようか。だが併し、それでは例えばバアイック公爵を初めとしてその他の多くの名流の紳士達が君と同席することを嫌うばかりでなく交わり迄を断とうとするのはどうしたことであろう?……それにまた僕は実際君と一時親交のあった多くの青年紳士や貴婦人達が何れも同じように世にも不幸な破滅を遂げたことを知っている……』

 13

『……僕には君の真実が解らない。僕が君の魂を見たい。』と画家は云った。『僕の魂を見る?!』とドリアンは呻いた。『そうだ。併し、それは神様でなければ出来ないことだ。』と画家は愁しげに云った。鋭い侮りの笑い声がドリアンの唇から洩れた。『君は今晩そいつを見ることが出来るよ。僕は君に自分の魂を見せてやろう。』『ドリアン、君は何と云う恐しいことを云い出すのだ!』と画家はひどく驚かされた。『いいから僕について二階へ来給え。僕の今迄の一切を記した日記がしまってあるのだ。』二人はそこで足音をひそめて真暗な二階へ上って行った。仄暗いランプの光は壁や階段に奇怪な影を浮かせた。窓は夜風に鳴っていた。『さあ、うしろの扉を閉め給え。』とドリアンは古い部屋の冷たい夜気に肩をふるわせながら云った。
 画家は訝しげに部屋の中を瞶めた。埃にまみれた椅子や机や空になった本函や色褪せたフランダース風の壁掛なぞの間に混って、かけられた一枚の絵が彼の目を惹いた。『神様だけが見ることの出来る僕の魂とはそれだ。ベエシル、カーテンを除け給え!』ドリアンにそう命ぜらるるままその帷を開いた画家は思わず恐怖の叫びを上げた。それは正に彼が描いたドリアンの姿に相違なかった。ああ、併し、何と云う激しい変り方であろう! 画家は醜いドリアンの顔に戦慄すべき無残な悪魔の面影を見とめた。だが、ドリアンの魂の秘密を知った画家は、次の瞬間背後から窺い寄ったドリアンの鋭い刃を首筋に受けて其場に昏倒した。

 14

 翌朝、陽はうらうらと晴れ、九月の青空は明るかった。ドリアンは朝の珈琲を飲んだ後に手紙を二通したためた。そして一通をポケットに収め一通は召使を呼んで渡した。『これをハートフォド街百五十二番地のキャンベル氏へ届けてくれ。』ドリアンはそれから時計を幾度となく眺めながら部屋中を歩き廻った。彼の胸は堪え難い不安と焦慮のためにかきむしられた。到頭青年科学者アラン・キャンベル氏がやって来た。『アラン! 親切なアラン! よく来てくれた。』と待ち兼ねたドリアンが云った。『僕は再び君の家の閾をまたぐまいと固く決心したのだったが……』とアランは答えた。
『僕の生死の問題だ。そんなことを云わずとこの願いを聞き届けてくれ……』そこでドリアンは、昨夜自分が殺人を行って、その死体は二階の秘密の部屋に隠してある旨を打ち明け、そしてそれをば化学の力で巧みに処理して欲しいと頼んだのである。『いやだ! 御免を蒙ろう。』アランは顔色を変えて叫んだ。『どうしても不承知と云うのか?』『絶対に!』『よし……』ドリアンは憫笑を浮かべながら黙って紙片に何事かを書いて、それをアランに渡した。アランは紙片を読んで狼狽した。『あく迄嫌と云うならばお気の毒だ、もう一通の手紙は此処に書いて持っている……承知してくれるね。二階には瓦斯の火もあれば石綿もある。また必要な薬品なぞは一切使いをやって買わせればいい。二人の間の永遠の秘密だ……』

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