二十二
「へええ、東京駅で?」
「そうか。僕はちっとも気がつかなかった。」と白状した。
「しかも美人が見送りに来ていたじゃないか。」
「美人か――ありゃ僕の――まあ好いや。」と、思わせぶりな返事に
「一体どこへ行ったんだ?」
「ありゃ僕の――」に
「
「それから?」
「それからすぐに引返した。」
「どうして?」
「どうしてったって、――いずれ然るべき事情があってさ。」
この時
「だからさ、その然るべき事情とは
と、大井は愉快そうに、大きな声で笑い出した。
「つまらん事を心配する男だな。然るべき事情と云ったら、要するに然るべき事情じゃないか。」
が、俊助も二度目には、容易に目つぶしを食わされなかった。
「いくら然るべき事情があったって、ちょいと
するとさすがに大井の顔にも、
「これまた別に然るべき事情があって振ったのさ。」
俊助は相手のたじろいだ虚につけ入って、さらに
「君はどこへ行く? 帰るか。じゃ失敬。僕は図書館へ寄って行くから。」と、巧に俊助を抛り出して、さっさと向うへ行ってしまった。
俊助はその後を見送りながら、思わず
「
二十三
ほとんど常に夕暮の様な店の奥の乏しい光も、まっ赤な
藤沢は大英百科全書の
「
「ええ、今も一しょに講義を聴いて来たところです。」
「僕はあの晩以来、一度も御目にかからないんですが――」
俊助は
「僕の方からは二三度下宿へ行ったんですけれど、
大学へはいって以来、初めて大井を知った俊助は、
「へええ、あれで道楽者ですか。」
「さあ、道楽者かどうですか――とにかく女はよく征服する人ですよ。そう云う点にかけちゃ高等学校時代から、ずっと我々の先輩でした。」
その瞬間俊助の頭の中には、
「何でも最近はどこかのレストランの給仕と大へん仲が好くなっているそうです。御同様
俊助は藤沢がこう云う話を、むしろ大井の名誉のために弁じているのだと云う事に気がついた。それと共に、頭の中の大井の姿は、いよいよその振っている
「そりゃ
「盛ですとも。ですから僕になんぞ会っている暇がないのも、重々無理はないんです。おまけに僕の行く用向きと云うのが、あの
藤沢はこう云いながら、手近の帳場机にある紙表紙の古本をとり上げたが、
「これも
俊助は自然微笑が
「
「ええ、マハアバラタか何からしいですよ。」
二十四
「
こう云う女中の声が聞えた時、もう制服に着換えていた
「あなた御一人?」と尋ねて見た。
「いいえ、
初子は身を
「ちょいと上って、御茶でも飲んで行きませんか。」
「
初子は
「そうですか。じゃすぐに
「始終御迷惑ばかりかけますのね。」
「何、どうせ今日は遊んでいる体なんです。」
俊助は手ばしこく
初子のと同じ紫のパラソルを持って、外に待っていた辰子は、俊助の姿を見ると、しなやかな手を膝に揃えて、叮嚀に黙礼の
「電車は?
「ええ、あちらの方が近いでしょう。」
三人は狭い往来を歩き出した。
「辰子さんはね、どうしても今日はいらっしゃらないって
俊助は「そうですか?」と云う眼をして、隣に歩いている辰子を見た。辰子の顔には、薄く
「だって、私、気の違っている人なんぞの所へ行くのは、気味が悪いんですもの。」
「私は平気。」
初子はくるりとパラソルを廻しながら、
「時々気違いになって見たいと思う事もあるわ。」
「まあ、いやな方ね。どうして?」
「そうしたら、こうやって生きているより、もっといろいろ変った事がありそうな気がするの。あなたそう思わなくって?」
「私? 私は変った事なんぞなくったって好いわ。もうこれで沢山。」
路上(ろじょう)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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