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文語詩稿 五十篇(ぶんごしこう ごじっぺん)



  〔血のいろにゆがめる月は〕

血のいろにゆがめる月は、  今宵また桜をのぼり、
患者たち廊のはづれに、   凶事の兆を云へり。

木がくれのあやなき闇を、  声細くいゆきかへりて、
熱植ゑし黒き綿羊、     その姿いともあやしき。

月しろは鉛糖のごと、    柱列の廊をわたれば、
コカインの白きかをりを、  いそがしくよぎる医師あり。

しかもあれ春のをとめら、  なべて且つ耐へほゝゑみて、
水銀の目盛を数へ、     玲瓏の氷を割きぬ。



  車中〔一〕

夕陽の青き棒のなかにて、  開化郷士と見ゆるもの、
葉巻のけむり蒼茫と、    森槐南を論じたり。

開化郷士と見ゆるもの、   いと清純とよみしける、
寒天光のうら青に、     おもてをかくしひとはねむれり。



  村道

朝日かゞやく水仙を、     になひてくるは詮之助、
あたまひかりて過ぎ行くは、  枝を杖つく村老ヤコブ。

影と並木のだんだらを、    犬レオナルド足織れば、
売り酒のみて熊之進、     赤眼に店をばあくるなり。



  〔さき立つ名誉村長は〕

さき立つ名誉村長は、   寒煙毒をふくめるを、
豪気によりて受けつけず。

次なる沙弥は顱を円き、  猫毛の帽に護りつゝ、
その身は信にゆだねたり。

三なる技師は徳薄く、   すでに過冷のシロッコに、
なかば気管をやぶりたれ。

最後に女訓導は、     ショールを面に被ふれば、
アラーの守りあるごとし。



  〔僧の妻面膨れたる〕

僧の妻面膨れたる、      飯盛りし仏器さゝげくる。

(雪やみて朝日は青く、    かうかうと僧は看経。)

寄進札そゞろに誦みて、    僧の妻庫裡にしりぞく。

(いまはとて異の銅鼓うち、  晨光はみどりとかはる。)



  〔玉蜀黍を播きやめ環にならべ〕

「玉蜀黍を播きやめ環にならべ、  開所の祭近ければ、
さんさ踊りをさらひせん。」    技手農婦らに令しけり。

野は野のかぎりめくるめく、    青きかすみのなかにして、
まひるをひとらうちをどる、    袖をかざしてうちをどる。

さあれひんがし一つらの、     うこんざくらをせなにして、
所長中佐は胸たかく、       野面はるかにのぞみゐる。

「いそぎひれふせ、ひざまづけ、  みじろがざれ。」と技手云へば、
種子やまくらんいこふらん、    ひとらかすみにうごくともなし。



  〔うからもて台地の雪に〕

うからもて台地の雪に、  部落シユクなせるその杜黝し。

曙人とほつおやりくる児らを、  穹窿ぞ光りて覆ふ。



  〔残丘モナドノツクの雪の上に〕

残丘モナドノツクの雪の上に、        二すぢうかぶ雲ありて、
誰かは知らねサラアなる、    ひとのおもひをうつしたる。

信をだになほ装へる、      よりよき生へのこのねがひを、
なにとてきみはさとり得ぬと、  しばしうらみて消えにけり。



  民間薬

たけしき耕の具を帯びて、  羆熊の皮は着たれども、
夜に日をつげる一月の、   干泥のわざに身をわびて、
しばしましろの露置ける、  すぎなの畔にまどろめば、
はじめは額の雲ぬるみ、   鳴きかひめぐるむらひばり、
やがては古き巨人の、    石の匙もて出できたり、
ネプウメリてふ草の葉を、  薬に食めとをしへけり。



  〔吹雪かゞやくなかにして〕

吹雪かゞやくなかにして、  まことに犬の吠え集りし。

燃ゆる吹雪のさなかとて、  あやしき※[#「蚌」の「虫」に代えて「目」、54-3]をなせるものかな。





底本:「新修宮沢賢治全集第六巻」筑摩書房
   1980(昭和55)年2月15日初版第1刷発行
※底本は、1作品が1ページにおさまるように行間を調整している。ただし、このファイルでは、作品の末尾にそのつど改ページの注記を書き込むことはせず、頁の変わり目ごとに3行をあけた。
※底本は、「作者専用の詩稿に書かれた詩篇を収録し」、多くの詩篇で、詩稿の形式に合わせて上下に二句を配置し、字間スペースなどを調整して下の句の頭が横にそろうように組んである。この形を取っている詩篇に関しては、本ファイルでも、句間を最低全角2字空けとし、下の句の頭を横にそろえた。
入力:junk
校正:林 幸雄
2002年5月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    「蚌」の「虫」に代えて「目」    54-3

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