林は夜の空気の底のすさまじい
その静かな微光の下から
けれども家の前を通るときは犬は裏手の方へ逃げて
(こんや、二時まで泊めて下さい。四人です。たいまつがありますか。わらぢがありますか。それから何かよるのたべものがありますか。ほう、火がよく燃えてるな。そいぢゃ、よござんすか。入りますよ。)
(さあ、二時までぐっすりやるんだぜ。ねむらないとあしたつかれるぞ。はてな、となりへ
青いきらびやかなねむりのもやが早くもぼんやりかゝるのに誰かどしどし
「やあ
「
「まあ一杯おあがりなさい。さうです。アルコールを入れたのです。」
「アルコールを入れたのか。あとで? 作ってから?」
「さうです。大丈夫ですよ。本当のアルコールです。
「どうして
「いゝえ、あとで絞るのです。まあ、おあがりなさい。大丈夫であります。」
「さうか。そんなら貰はうか。おっと、沢山だよ。ふん、随分入れたな、アルコールを。」
「ずゐぶん
「ふん。」
「砂糖を入れないでもやっぱり
「さうかい。砂糖を入れたら罰金だらう。おい、吉田、吉田。吉田を呼んで来て
「さうですか。おや。熱くしてあるのか。どれ、おい沢山だ。渋いな。」
ねむけのもやがまた光る。
「あしたは騎兵が実弾射撃に来るさうぢゃないか。どこへ
「
「しかし
「なあに、旦那さん。そんたに来ません。そぃつさ騎兵だん[#「ん」は小書き]すぢゃぃ。」
ふん、あいつはあの首に
「今日は君は楽だったらう。」
「えゝ、しかし昨日は
「いや、おれの方だってさうだ。さあ寝るかな。あしたは天気は大丈夫だな。四つまでできるかな。」
「えゝ。」
「やっ、お邪魔しぁんした。まだ入って
「おい、持って行け、持って行け、もう飲まんぞ。」
さうだ。帝室林野局の人たちだ。
たしかにこれは夢のはじめの方の青ぐろい空だ。山の中腹から
何時かな。もう二時半だ。少しおくれた。いや、丁度いゝ。寒い。
(おい。もう二時半だ。二時半だ。行かう行かう。)寒くてガタガタする。みんなうらうら仕度をしてゐる。ゆふべのつゞきの灰色ズックの
(いゝか。火がついたか。さあ出よう。たいまつはまん中だぞ。寒いな。)
空の鋼は奇麗に
いっぱいの星がべつべつに瞬いてゐる。オリオンがもう高くのぼってゐる。
(どうだ。たいまつは立派だらう。松の木に映るとすごいだらう。そして、そうら、裾野と山が開けたぞ。はてな、山のてっぺんが何だか白光するやうだ。何か非常にもの
空気はいまはすきとほり小さな鋭いかけらでできてゐる。その小さな小さなかけらが互にひどくぶっつかり合ひ、この
オリオンその他の星座が送るほのあかり、中にすっくと雪をいたゞく
我今見聞得受持 願解
(ここのところでよく間違ふぞ。左を行くと山みちなんだ。鳥居があるので悪くするとそっちへ行くぜ。)みちは
(いつもなら火を見て馬がかけて来るんだが今はもうみんな居ないんだ。すっかり曇ったな。)
みちが消えたり又ひょいと出て来て何本にも
なんだか
(向ふにどてがあるかどうか
(どてが無いよ。この路に沿ってゐる
(けれども一寸路をさがして来よう。何とか抜けられるかも知れない。曇ってさへ居なかったら見当だけつけてぐんぐん本当のみちの方へ草をこいで行けばいゝんだが。仕方ない。ますます変な所へ来てしまった。やっぱり駄目だ。さあ引っ返しだぞ、戻りだぞ。やあ、降って来た降って来た。マントのあるのは誰々だ。さあ
(ふん、あれがさっきの柳沢の杉だ。
何だ沼森の坊主め。ケロリとして
所々雲が切れて星が新らしく瞬く。
(ははあ。こゝだ。こゝで間違ったんだ。仕方ない。まあ行って火をたかう。)
山だけまだ雲をかぶってゐる。
(おい。上等のお菓子だぜ。一つづつ分けるぞ。もうぢきだ。もう十五分。)しかし宿でも迷惑だな。
(路を間違へて帰って来ました。火をたきますよ。みんなきものを乾かせ。辛いな。けむりが。)辛い。けむり。それにきものが乾かない。
(ああ、もう明るくなって来た。空が明るくなって来た。きれいだなあ。おい。)
深い鋼青から柔らかな
もうすっかり暁だ。
(お握りを焼かう。はあ、ゆふべはどうも。途中で迷って。雨は降るし。)
(さあ日が出たやうだ。行かう行かう。さあ飛び出すんだよ。おゝ、立派、この立派。ふう。)
日の光は
(おゝい。あんまり
うん。朝の怒りは新鮮だ。炭酸水だ。
底本:「新修宮沢賢治全集 第十四巻」筑摩書房
1980(昭和55)年5月15日初版第1刷発行
1983(昭和58)年1月20日初版第4刷発行
入力:林 幸雄
校正:mayu
2003年1月10日作成
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