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狂女(秋田滋訳)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/10 17:13:07 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 | |||
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実はねえ、とマテュー・ダントラン君が云った。――僕はその 君は、コルメイユの町はずれに僕がもっていた地所を知っているだろう。 その頃、僕のうちの隣りに、まあ 死と云うやつは、一たびどこかの家へ 年わかい女は、可哀そうに、その悲しみに打ちのめされて、どッと 年老いた 十五年という永い年月の間、彼女はこうして 戦争が始まった。十二月のこえを聞くと、この町にも普魯西の兵隊が攻めて来た。 僕はそれを昨日のことのように覚えている。石が凍って割れるような寒い日のことだった。痛風がおきて僕自身も身動きが出来なかったので、ぼんやり肱掛椅子に 普魯西兵の列は、 最初の幾日かのあいだは何ごともなく過ぎた。その将校には、前もってこの そこで将校は主婦に会いたい、是が非でも会わせろと云いだした。そして部屋に通されると食ってかかるような剣幕で、彼はこう訊いた。 「奥さん。面談したいことがあるから、起きて、 すると彼女はその焦点のない、うつろな眼を将校のほうに向けた。が、うんともつんとも答えなかった。 将校はなおも語をついで云った。 「無体もたいていにしてもらいたいね。もしもあんたが自分から進んで起きんようじゃったら、吾輩のほうにも考えがある。厭でも独りで歩かせる算段をするからな」 しかし彼女は身動きひとつしなかった。相手の姿などはてんで眼中にないかのように、例によって例のごとく、じいッとしたままだった。 この落つき払った沈黙を、将校は、彼女が自分にたいして投げてよこした最高の侮蔑だと考えて、憤然とした。そして、こうつけ加えた。 「いいかね、 そう云い残して、彼はその部屋をでて行った。 その翌日、老女は、途方に暮れながらも、どうかして彼女に着物を ![]() 「奥さんは起きるのがお厭なんです。旦那、起きるのは厭だと 少佐は腹が立って堪らないのだったが、そうかと云って、部下の兵士に命じてこの女を寝台から引き摺りおろすわけにも行きかねたので、いささか するとまもなく、幾たりかの兵士が、負傷した者でも運ぶように蒲団の両端をになって、その家から出てゆくのが見えた。すこしも形の崩れぬ寝床のなかには、例の狂女が、相かわらず黙々として、いかにも静かに、自分の身にいまどんな事件が起っているのか、そんなことにはまるで無関心であるらしく、ただ寝かされたままじいッとしていた。一人の兵士が、女の衣類をいれた包を抱えて、その後からついて行った。 例の将校はしきりに自分の両手を擦りながら、こう云っていた。 「ひとりで着物も著られない、歩くことも出けんと云うなら、わし等のほうにも やがて、一行はイモオヴィルの森のほうを指して次第に遠ざかって行った。 二時間ばかりたつと、兵士だけが戻って来た。 以来、二度と再びその狂女を見かけた者はなかった。兵士たちはあの女をどうしたのだろう。どこへ連れていってしまったのだろう。それは絶えて知るよしもなかった。 それから、夜となく昼となく雪が降りつづく季節が来て、野も、森も、氷のような粉雪の屍衣のしたに埋もれてしまった。狼が家の戸口のそばまで来て、しきりに吼えた。 行きがた知れずになった女のことが、僕のあたまに附きまとって離れなかった。何らかの消息を得ようとして、普魯西の官憲に対していろいろ運動もしてみた。そんなことをしたために、僕はあぶなく銃殺されそうになったこともある。 春がまた帰って来た。この町を占領していた軍隊は引上げて行った。隣の女の家は窓も戸もたて切ったままになっていた。そして路次には雑草があおあおと生い茂っていた。 年老いた下婢は冬のうちに死んでしまった。もう誰ひとり、あの事件を気にとめる者もなかった。だが、僕にはどうしても忘れられなかった。絶えずそのことばかり考えていた。 兵士たちは一体あの女をどうしたのだろう。森をこえて、あの女は逃げたのだろうか。誰かがどこかであの狂女をつかまえて、彼女の口からどこのどういう人間かと云うことを聴くことも出来ないので、病院に収容したままになっているのではあるまいか。しかし、僕のこうした疑惑をはらしてくれるような材料は何ひとつ無かった。とは云うものの、時がたつにつれて、僕が心のなかで彼女の身のうえを気遣う気持もだんだんと薄らいで行った。 ところが、その年の秋のことである。山※[#「鷸」のへんとつくりが逆、92-7]が群をなして飛んで来た。痛風のほうもどうやら と、僕には何もかもが一時に腑に落ちた。それまで解くことの出来なかった謎がすらすらと解けていった。兵士たちは、あの女を蒲団に寝かせたまま、寒い、寂しい森のなかに捨てたのだ。おのれの固定観念に固執して、彼女は、厚くて軽い雪の蒲団に覆われて、手も動かさず、足も動かさず、命をただ自然に そして群がる狼の餌食になってしまったのだ。 やがて、鳥が狂女の敷いていた破れた蒲団の 僕はその見るも痛ましい白骨をしまっておくことにした。そして、僕たちの息子の時代には、二度と再び戦争などのないようにと、ひたすら僕はそれを念じている次第なのだ。 底本:「モオパッサン短篇集 初雪 他九篇」改造文庫、改造社出版 1937(昭和12)年10月15日発行 ※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。 その際、以下の置き換えをおこないました。 「如何→いか (て)置→お 恐らく→おそらく 己れ→おのれ 兼ね→かね 呉れ→くれ (て)了→しま 慥かに→たしかに 何う→どう 何処→どこ 何れ→どれ 何故→なぜ 復た→また 間もなく→まもなく 以て→もって (て)貰→もら 已むなく→やむなく」 ※読みにくい漢字には適宜、底本にはないルビを付した。 入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(山本貴之) 校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう) 2005年2月20日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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