打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

地獄変(じごくへん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/16 8:59:45 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



       十三

 所が猿は私のやり方がまだるかつたのでございませう。良秀はさもさももどかしさうに、二三度私の足のまはりを駈けまはつたと思ひますと、まるで咽(のど)を絞められたやうな声で啼きながら、いきなり私の肩のあたりへ一足飛に飛び上りました。私は思はず頸(うなじ)を反らせて、その爪にかけられまいとする、猿は又水干(すゐかん)の袖にかじりついて、私の体から辷(すべ)り落ちまいとする、――その拍子に、私はわれ知らず二足三足よろめいて、その遣り戸へ後ざまに、したゝか私の体を打ちつけました。かうなつてはもう一刻も躊躇してゐる場合ではございません。私は矢庭に遣り戸を開け放して、月明りのとどかない奥の方へ跳りこまうと致しました。が、その時私の眼を遮(さへぎ)つたものは――いや、それよりももつと私は、同時にその部屋の中から、弾かれたやうに駈け出さうとした女の方に驚かされました。女は出合頭に危く私に衝き当らうとして、その儘外へ転び出ましたが、何故(なぜ)かそこへ膝をついて、息を切らしながら私の顔を、何か恐ろしいものでも見るやうに、戦(をのゝ)き/\見上げてゐるのでございます。
 それが良秀の娘だつたことは、何もわざ/\申し上げるまでもございますまい。が、その晩のあの女は、まるで人間が違つたやうに、生々(いき/\)と私の眼に映りました。眼は大きくかゞやいて居ります。頬も赤く燃えて居りましたらう。そこへしどけなく乱れた袴や袿(うちぎ)が、何時もの幼さとは打つて変つた艶(なまめか)しささへも添へてをります。これが実際あの弱々しい、何事にも控へ目勝な良秀の娘でございませうか。――私は遣り戸に身を支へて、この月明りの中にゐる美しい娘の姿を眺めながら、慌しく遠のいて行くもう一人の足音を、指させるものゝやうに指さして、誰ですと静に眼で尋ねました。
 すると娘は唇を噛みながら、黙つて首をふりました。その容子が如何にも亦、口惜(くや)しさうなのでございます。
 そこで私は身をかゞめながら、娘の耳へ口をつけるやうにして、今度は「誰です」と小声で尋ねました。が、娘はやはり首を振つたばかりで、何とも返事を致しません。いや、それと同時に長い睫毛(まつげ)の先へ、涙を一ぱいためながら、前よりも緊(かた)く唇を噛みしめてゐるのでございます。
 性得(しやうとく)愚(おろか)な私には、分りすぎてゐる程分つてゐる事の外は、生憎(あいにく)何一つ呑みこめません。でございますから、私は言(ことば)のかけやうも知らないで、暫くは唯、娘の胸の動悸に耳を澄ませるやうな心もちで、ぢつとそこに立ちすくんで居りました。尤もこれは一つには、何故かこの上問ひ訊(たゞ)すのが悪いやうな、気咎めが致したからでもございます。――
 それがどの位続いたか、わかりません。が、やがて明け放した遣り戸を閉しながら少しは上気の褪(さ)めたらしい娘の方を見返つて、「もう曹司へ御帰りなさい」と出来る丈やさしく申しました。さうして私も自分ながら、何か見てはならないものを見たやうな、不安な心もちに脅されて、誰にともなく恥しい思ひをしながら、そつと元来た方へ歩き出しました。所が十歩と歩かない中に、誰か又私の袴の裾を、後から恐る/\、引き止めるではございませんか。私は驚いて、振り向きました。あなた方はそれが何だつたと思召します?
 見るとそれは私の足もとにあの猿の良秀が、人間のやうに両手をついて、黄金の鈴を鳴しながら、何度となく丁寧に頭を下げてゐるのでございました。

 << 上一页  [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20]  下一页 尾页




打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口