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葱(ねぎ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/16 14:49:03 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 芥川龍之介全集3
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1986(昭和61)年12月1日
入力に使用: 1996(平成8)年4月1日第8刷
校正に使用: 1997(平成9)年4月15日第9刷

底本の親本: 筑摩全集類聚版芥川龍之介全集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

 

おれは締切日を明日(みょうにち)に控えた今夜、一気呵成(かせい)にこの小説を書こうと思う。いや、書こうと思うのではない。書かなければならなくなってしまったのである。では何を書くかと云うと、――それは次の本文を読んで頂くよりほかに仕方はない。

       ―――――――――――――――――――――――――

 神田(かんだ)神保町辺(じんぼうちょうへん)のあるカッフェに、お君(きみ)さんと云う女給仕がいる。年は十五とか十六とか云うが、見た所はもっと大人(おとな)らしい。何しろ色が白くって、眼が涼しいから、鼻の先が少し上を向いていても、とにかく一通りの美人である。それが髪をまん中から割って、忘れな草の簪(かんざし)をさして、白いエプロンをかけて、自働ピアノの前に立っている所は、とんと竹久夢二(たけひさゆめじ)君の画中の人物が抜け出したようだ。――とか何とか云う理由から、このカッフェの定連(じょうれん)の間には、夙(つと)に通俗小説と云う渾名(あだな)が出来ているらしい。もっとも渾名(あだな)にはまだいろいろある。簪の花が花だから、わすれな草。活動写真に出る亜米利加(アメリカ)の女優に似ているから、ミス・メリイ・ピックフォオド。このカッフェに欠くべからざるものだから、角砂糖。ETC. ETC.
 この店にはお君さんのほかにも、もう一人年上の女給仕がある。これはお松(まつ)さんと云って、器量(きりょう)は到底お君さんの敵ではない。まず白麺麭(パン)と黒麺麭ほどの相違がある。だから一つカッフェに勤めていても、お君さんとお松さんとでは、祝儀の収入が非常に違う。お松さんは勿論、この収入の差に平(たいら)かなるを得ない。その不平が高(こう)じた所から、邪推もこの頃廻すようになっている。
 ある夏の午後、お松さんの持ち場の卓子(テエブル)にいた外国語学校の生徒らしいのが、巻煙草(まきたばこ)を一本啣(くわ)えながら、燐寸(マッチ)の火をその先へ移そうとした。所が生憎(あいにく)その隣の卓子(テエブル)では、煽風機(せんぷうき)が勢いよく廻っているものだから、燐寸の火はそこまで届かない内に、いつも風に消されてしまう。そこでその卓子(テエブル)の側を通りかかったお君さんは、しばらくの間(あいだ)風をふせぐために、客と煽風機との間へ足を止(と)めた。その暇に巻煙草へ火を移した学生が、日に焼けた頬(ほお)へ微笑を浮べながら、「難有(ありがと)う」と云った所を見ると、お君さんのこの親切が先方にも通じたのは勿論である。すると帳場の前へ立っていたお松さんが、ちょうどそこへ持って行く筈の、アイスクリイムの皿を取り上げると、お君さんの顔をじろりと見て、「あなた持っていらっしゃいよ。」と、嬌嗔(きょうしん)を発したらしい声を出した。――
 こんな葛藤(かっとう)が一週間に何度もある。従ってお君さんは、滅多にお松さんとは口をきかない。いつも自働ピアノの前に立っては、場所がらだけに多い学生の客に、無言の愛嬌(あいきょう)を売っている。あるいは業腹(ごうはら)らしいお松さんに無言ののろけを買わせている。
 が、お君さんとお松さんとの仲が悪いのは、何もお松さんが嫉妬(しっと)をするせいばかりではない。お君さんも内心、お松さんの趣味の低いのを軽蔑している。あれは全く尋常小学を出てから、浪花節(なにわぶし)を聴いたり、蜜豆(みつまめ)を食べたり、男を追っかけたりばかりしていた、そのせいに違いない。こうお君さんは確信している。ではそのお君さんの趣味というのが、どんな種類のものかと思ったら、しばらくこの賑(にぎや)かなカッフェを去って、近所の露路(ろじ)の奥にある、ある女髪結(おんなかみゆい)の二階を覗(のぞ)いて見るが好い。何故(なぜ)と云えばお君さんは、その女髪結の二階に間借をして、カッフェへ勤めている間のほかは、始終そこに起臥(おきふし)しているからである。
 二階は天井の低い六畳で、西日(にしび)のさす窓から外を見ても、瓦屋根のほかは何も見えない。その窓際の壁へよせて、更紗(さらさ)の布(ぬの)をかけた机がある。もっともこれは便宜上、仮に机と呼んで置くが、実は古色を帯びた茶ぶ台に過ぎない。その茶ぶ――机の上には、これも余り新しくない西洋綴(とじ)の書物が並んでいる。「不如帰(ほととぎす)」「藤村(とうそん)詩集」「松井須磨子(まついすまこ)の一生」「新朝顔日記」「カルメン」「高い山から谷底見れば」――あとは婦人雑誌が七八冊あるばかりで、残念ながらおれの小説集などは、唯一の一冊も見当らない。それからその机の側にある、とうにニスの剥げた茶箪笥(ちゃだんす)の上には、頸(くび)の細い硝子(ガラス)の花立てがあって、花びらの一つとれた造花の百合(ゆり)が、手際よくその中にさしてある。察する所この百合は、花びらさえまだ無事でいたら、今でもあのカッフェの卓子(テエブル)に飾られていたのに相違あるまい。最後にその茶箪笥の上の壁には、いずれも雑誌の口絵らしいのが、ピンで三四枚とめてある。一番まん中なのは、鏑木清方(かぶらぎきよかた)君の元禄女(げんろくおんな)で、その下に小さくなっているのは、ラファエルのマドンナか何からしい。と思うとその元禄女の上には、北村四海(きたむらしかい)君の彫刻の女が御隣に控えたベエトオフェンへ滴(したた)るごとき秋波(しゅうは)を送っている。但しこのベエトオフェンは、ただお君さんがベエトオフェンだと思っているだけで、実は亜米利加(アメリカ)の大統領ウッドロオ・ウイルソンなのだから、北村四海君に対しても、何とも御気の毒の至(いたり)に堪えない。――
 こう云えばお君さんの趣味生活が、いかに芸術的色彩に富んでいるか、問わずしてすでに明かであろうと思う。また実際お君さんは、毎晩遅くカッフェから帰って来ると、必ずこのベエトオフェン alias ウイルソンの肖像の下に、「不如帰(ほととぎす)」を読んだり、造花の百合(ゆり)を眺めたりしながら、新派悲劇の活動写真の月夜の場面よりもサンティマンタアルな、芸術的感激に耽(ふけ)るのである。
 桜頃(さくらごろ)のある夜、お君さんはひとり机に向って、ほとんど一番鶏(いちばんどり)が啼く頃まで、桃色をしたレタア・ペエパアにせっせとペンを走らせ続けた。が、その書き上げた手紙の一枚が、机の下に落ちていた事は、朝になってカッフェへ出て行った後(のち)も、ついにお君さんには気がつかなかったらしい。すると窓から流れこんだ春風(はるかぜ)が、その一枚のレタア・ペエパアを飜(ひるがえ)して、鬱金木綿(うこんもめん)の蔽(おお)いをかけた鏡が二つ並んでいる梯子段(はしごだん)の下まで吹き落してしまった。下にいる女髪結は、頻々(ひんぴん)としてお君さんの手に落ちる艶書(えんしょ)のある事を心得ている。だからこの桃色をした紙も、恐らくはその一枚だろうと思って、好奇心からわざわざ眼を通して見た。すると意外にもこれは、お君さんの手蹟(しゅせき)らしい。ではお君さんが誰かの艶書に返事を認(したた)めたのかと思うと、「武男(たけお)さんに御別れなすった時の事を考えると、私は涙で胸が張り裂けるようでございます」と書いてある。果然お君さんはほとんど徹夜をして、浪子夫人(なみこふじん)に与うべき慰問の手紙を作ったのであった。――
 おれはこの挿話(そうわ)を書きながら、お君さんのサンティマンタリスムに微笑を禁じ得ないのは事実である。が、おれの微笑の中には、寸毫(すんごう)も悪意は含まれていない。お君さんのいる二階には、造花の百合(ゆり)や、「藤村(とうそん)詩集」や、ラファエルのマドンナの写真のほかにも、自炊(じすい)生活に必要な、台所道具が並んでいる。その台所道具の象徴する、世智辛(せちがら)い東京の実生活は、何度今日(きょう)までにお君さんへ迫害を加えたか知れなかった。が、落莫(らくばく)たる人生も、涙の靄(もや)を透(とお)して見る時は、美しい世界を展開する。お君さんはその実生活の迫害を逃(のが)れるために、この芸術的感激の涙の中へ身を隠した。そこには一月六円の間代(まだい)もなければ、一升七十銭の米代もない。カルメンは電燈代の心配もなく、気楽にカスタネットを鳴らしている。浪子夫人も苦労はするが、薬代の工面(くめん)が出来ない次第ではない。一言にして云えばこの涙は、人間苦の黄昏(たそがれ)のおぼろめく中に、人間愛の燈火をつつましやかにともしてくれる。ああ、東京の町の音も全くどこかへ消えてしまう真夜中、涙に濡れた眼を挙げながら、うす暗い十燭の電燈の下に、たった一人逗子(ずし)の海風(かいふう)とコルドヴァの杏竹桃(きょうちくとう)とを夢みている、お君さんの姿を想像――畜生、悪意がない所か、うっかりしているとおれまでも、サンティマンタアルになり兼ねないぞ。元来世間の批評家には情味がないと言われている、すこぶる理智的なおれなのだが。
 そのお君さんがある冬の夜、遅くなってカッフェから帰って来ると、始(はじめ)は例のごとく机に向って、「松井須磨子(まついすまこ)の一生」か何か読んでいたが、まだ一頁(ページ)と行かない内に、どう云う訳かその書物にたちまち愛想をつかしたごとく、邪慳(じゃけん)に畳の上へ抛(ほう)り出してしまった。と思うと今度は横坐(よこずわ)りに坐ったまま、机の上に頬杖(ほおづえ)をついて、壁の上のウイル――べエトオフェンの肖像を冷淡にぼんやり眺め出した。これは勿論唯事ではない。お君さんはあのカッフェを解傭(かいよう)される事になったのであろうか。さもなければお松さんのいじめ方が一層悪辣(あくらつ)になったのであろうか。あるいはまたさもなければ齲歯(むしば)でも痛み出して来たのであろうか。いや、お君さんの心を支配しているのは、そう云う俗臭を帯びた事件ではない。お君さんは浪子夫人のごとく、あるいはまた松井須磨子のごとく、恋愛に苦しんでいるのである。ではお君さんは誰に心を寄せているかと云うと――幸(さいわい)お君さんは壁の上のベエトオフェンを眺めたまま、しばらくは身動きもしそうはないから、その間におれは大急ぎで、ちょいとこの光栄ある恋愛の相手を紹介しよう。
 お君さんの相手は田中(たなか)君と云って、無名の――まあ芸術家である。何故(なぜ)かと云うと田中君は、詩も作る、ヴァイオリンも弾(ひ)く、油絵の具も使う、役者も勤める、歌骨牌(うたがるた)も巧(うま)い、薩摩琵琶(さつまびわ)も出来ると云う才人だから、どれが本職でどれが道楽だか、鑑定の出来るものは一人もいない。従ってまた人物も、顔は役者のごとくのっぺりしていて、髪は油絵の具のごとくてらてらしていて、声はヴァイオリンのごとく優しくって、言葉は詩のごとく気が利(き)いていて、女を口説(くど)く事は歌骨牌をとるごとく敏捷で、金を借り倒す事は薩摩琵琶をうたうごとく勇壮活溌を極めている。それが黒い鍔広(つばびろ)の帽子をかぶって、安物(やすもの)らしい猟服(りょうふく)を着用して、葡萄色(ぶどういろ)のボヘミアン・ネクタイを結んで――と云えば大抵(たいてい)わかりそうなものだ。思うにこの田中君のごときはすでに一種のタイプなのだから、神田(かんだ)本郷(ほんごう)辺のバアやカッフェ、青年会館や音楽学校の音楽会(但し一番の安い切符の席に限るが)兜屋(かぶとや)や三会(さんかい)堂の展覧会などへ行くと、必ず二三人はこの連中が、傲然(ごうぜん)と俗衆を睥睨(へいげい)している。だからこの上明瞭な田中君の肖像が欲しければ、そう云う場所へ行って見るが好(い)い。おれが書くのはもう真平御免(まっぴらごめん)だ。第一おれが田中君の紹介の労を執(と)っている間に、お君さんはいつか立上って、障子を開けた窓の外の寒い月夜を眺めているのだから。

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