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国貞えがく(くにさだえがく)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-22 13:11:35 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


 見知越みしりごしじんならば、知らせてほしい、何処そこへ行って頼みたい、と祖母としよりが言うと、ちょいちょい見懸ける男だが、この土地のものではねえの。越後えちごく飛脚だによって、あしはやい。今頃はもう二股ふたまたを半分越したろう、と小窓に頬杖ほおづえいて嘲笑あざわらった。
 えんの早い、売口うれくち別嬪べっぴんであった。ぬしが帰ってもない、店の燈許あかりもとへ、あの縮緬着物ちりめんぎものを散らかして、扱帯しごきも、えりひっさらげて見ているところへ、三度笠さんどがさを横っちょで、てしま茣蓙ござ脚絆穿きゃはんばき草鞋わらじでさっさっとって来た、足の高い大男が通りすがりに、じろりと見て、いきなりをつけて、ずばりと買って、らしちゃならぬと腰づけに、きりりと、上帯うわおびを結び添えて、雨の中をすたすたと行方ゆくえ知れずよ。……
「分ったか、お婆々ばば。」と言った。

       十

 断念あきらめかねて、祖母としよりが何か二ツ三ツ口を利くと、挙句あげくはてが、
老耄婆もうろくばばあめ、帰れ。」
 と言って、ゴトンと閉めた。
 祖母としよりが、ト目をこすった帰途かえりみち。本を持った織次の手は、氷のように冷めたかった。そこで、小さな懐中ふところ小口こぐちを半分差込さしこんで、おさえるようにおとがいをつけて、悄然しょんぼりとすると、つじ浪花節なにわぶしが語った……
姫松ひめまつ殿がエ。」
 がやみから聞える。――織次は、飛脚に買去かいさられたと言う大勢の姉様あねさんが、ぶらぶらと甘干あまぼしの柿のように、樹の枝に吊下つりさげられて、げつろしつ、二股坂ふたまたざかさいなまれるのを、目のあたりに見るように思った。
 とやっぱりぷんとする懐中ふところの物理書が、その途端に、松葉のいぶ臭気においがし出した。
 もとより口実、狐が化けた飛脚でのうて、今時いまどき町を通るものか。足許あしもとを見て買倒かいたおした、十倍百倍のもうけおしさに、むじなが勝手なことをほざく。引受ひきうけたり平吉が。
 で、この平さんが、古本屋の店へ居直って、そして買戻かいもどしてくれた錦絵にしきえである。
 が、そののち、折を見て、父が在世ざいせの頃も、その話が出たし、織次ものちに東京から音信たよりをして、引取ひきとろう、引取ろうと懸合かけあうけれども、ちるの、びるのでまとまらず、追っかけて追詰せりつめれば、片音信かただよりになってらちが明かぬ。
 今日こそ何んでも、という意気込いきごみであった。
 さて、その事を話し出すと、それ、案の定、天井睨てんじょうにらみの上睡うわねむりで、ト先ず空惚そらとぼけて、やっと気が付いた顔色がんしょくで、
「はあ、あの江戸絵えどえかね、十六、七年、やがて二昔ふたむかし、久しいもんでさ、あったっけかな。」
 と聞きもえず……
「ないはずはないじゃないか、あんなに頼んで置いたんだから。……」と何故なぜかこの絵が、いわれある、活ける恋人の如く、容易たやすくは我が手にらない因縁いんねんのように、寝覚めにも懸念して、此家ここへ入るのに肩をそびやかしたほど、平吉がかかる態度に、織次は早や躁立いらだあせる。
 平吉は他処事よそごとのように仰向あおむいて、
「なあ、これえ。」
 と戸棚の前で、膳ごしらえする女房をあごで呼んで、
「知るまいな。忘れたろうよ、な、な、お前も、あの、江戸絵さ、蔵の中にあったっけか。」
はい、ござりえす、出しますかえ。」と女房は判然はっきり言った。
難有ありがとう、おことさん。」
 とはじめて親しげに名を言って、じっと振向くと、なみ浅葱あさぎ暖簾越のれんごしに、またさっと顔をあからめたところは、どうやら、あの錦絵の中の、その、どの一人かにおもかげかすか似通にかよう。……
「お一つ。」
 とそこへ膳をなおして銚子ちょうしを取った。変れば変るもので、まだ、七八ななやここのツばかり、母が存生ぞんしょうの頃の雛祭ひなまつりには、毛氈もうせんを掛けた桃桜ももさくらの壇の前に、小さな蒔絵まきえの膳に並んで、この猪口ちょこほどな塗椀ぬりわんで、一緒にしじみつゆを替えた時は、この娘が、練物ねりもののような顔のほかは、着くるんだ花の友染ゆうぜんで、その時分からまるい背を、背屈せこごみに座るくせで、今もその通りなのが、こうまで変った。
 平吉はう五十の上、女房はまだ二十はたちの上を、二ツか、多くて三ツであろう。この姉だった平吉のぜんの家内が死んだあとを、十四、五の、まだ鳥も宿らぬ花が、夜半よわの嵐に散らされた。はじめ孫とも見えたのが、やがて娘らしく、妹らしく、こうしたところではふさわしくなって、女房ぶりもあわれに見える。
 これも飛脚にさらわれて、平吉の手に捕われた、一枚の絵であろう。
 いや、何んにつけても、早く、とまたきっと居直ると、女房の返事に、苦い顔して、横睨よこにらみをした平吉が、
「だが、何だぜ、これえ、何それ、何、あの貸したきりになってるはずだぜ。催促はするがね……それ、な、これえ。まだ、あのまま返って来ないよ、そうだよ。ああ、そうだよ。」
 と幾度いくだびも一人で合点のみこみ、
「ええ、織さん、いや、どうも、あの江戸絵ですがな、近所合壁きんじょがっぺき、親類中の評判で、平吉がとこへ行ったら、大黒柱より江戸絵を見い、という騒ぎで、来るほどに、たかるほどに、とん片時かたときも落着いていたためしはがあせん。」
 と蔵の中に、何とやらと言った、その口の下……
手前てまえじゃ、まあ、持物もちものと言ったようなものの、言わばね、織さん、何んですわえ。それ、貴下あなたから預かっているも同然な品なんだから、出入れには、自然、指垢ゆびあか手擦てずれ、つい汚れがちにもなりやしょうで、見せぬと言えば喧嘩けんかになる……弱るの何んの。そこで先ず、貸したように、預けたように、余所よその蔵にしまってありますわ。ところが、それ。」
 と、これも気色けしきばんだ女房の顔を、兀上はげあがった額越ひたいごしに、トって、
「その蔵持くらもちうちには、手前が何でさ、……とその銭式レコしきの不義理があって、当分顔の出せない、といったようなわけで、いずれ、取って来ます。取って来るには取って来ますが、ついちょっと、ソレ銭式レコしきの事ですからな。
 それに、織さん、近頃じゃが出ましたっさ。錦絵にしきえは……たった一枚が、雑とあの当時の二百枚だってね、大事のものです。貴下あなたにも大事のもので、またこっちも大事のものでさ。おしまぬ、ね、は惜まぬから手放さないか、と何度なんたびも言われますがね、売るものですか。そりゃ売らない。はばかりながら平吉売らないね。預りものだ、手放していものですかい。
 けれども、おいそれとは今言ったような工合ですから、いずれ、その何んでさ。ま、ま、めしあがれ、熱いところを。ね、御緩ごゆっくり。さあ、これえ、お焼物やきものがない。ええ、間抜けな、ぬたばかり。これえ、御酒ごしゅ尾頭おかしら附物つきものだわ。ぬたばかり、いやぬたぬたとぬたったおんなだ。へへへへへ、いわしを焼きな、気は心よ、な、鰯をよ。」
 と何か言いたそうに、膝で、もじもじして、平吉のひたいをぬすみ見る女房のさまは、湯船ゆぶねへ横飛びにざぶんと入る、あの見世物のおんならしい。これも平吉に買われたために、姿まで変ったのであろう。
 坐り直って、
「あなたえ。」
 とうらめしそうな、なさけない顔をする。
 ぎょろりと目をき、けんつらで、
「これえ。」と言った。
 が、いわしの催促をしたようで。
「今、焼いとるんや。」
 と隣室となりの茶ので、女房の、その、上の姉がしなびた声。
「なんまいだ。」
 とばばとなえる。……これが――「姫松殿ひめまつどのがえ。」と耳を貫く。……称名しょうみょうの中から、じりじりと脂肪あぶらの煮えるひびきがして、なまぐさいのが、むらむらと来た。
 この臭気しゅうきが、と、あの黒表紙に肖然そっくりだと思った。
 とそれならぬ、姉様あねさんが、山賊の手に松葉燻まつばいぶしの、乱るる、ゆらめく、黒髪くろかみまでが目前めさきにちらつく。
 織次ははげしくいった。
「平吉、金子かねでつく話はつけよう。いわしは待て。」





底本:「鏡花短篇集」岩波文庫、岩波書店
   1987(昭和62)年9月16日第1刷発行
   1999(平成11)年3月15日第19刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第十二卷」岩波書店
   1942(昭和17)年4月初版発行
初出:「太陽」
   1910(明治10)年1月号
※底本の親本は総ルビ。底本作成時にルビが取捨選択されています。
入力:今中一時
校正:青木直子
1999年12月16日公開
2005年12月2日修正
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