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伯爵の釵(はくしゃくのかんざし)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-23 10:19:57 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



       四

 とざしてはないものの、奥に人が居て住むかさえ疑わしい。それとも日が暮れると、白い首でも出てちとは客が寄ろうも知れぬ。店一杯に雛壇ひなだんのような台を置いて、いとど薄暗いのに、三方を黒布で張廻した、壇の附元つけもとに、流星ながれぼし髑髏しやれこうべひからびたひとりむしに似たものを、点々並べたのはまとである。地方の盛場には時々見掛ける、吹矢の機関からくりとは一目て紫玉にも分った。
 まことは――吹矢も、化ものと名のついたので、幽霊の廂合ひあわいの幕からさかさまにぶら下がり、見越入道みこしにゅうどうあつらえた穴からヌッと出る。雪女はこしらえの黒塀にうっすり立ち、産女鳥うぶめどりは石地蔵と並んでしょんぼりたたずむ。一ツ目小僧の豆腐買は、流灌頂ながれかんちょうの野川のへりを、大笠おおがさ俯向うつむけて、跣足はだしでちょこちょこと巧みに歩行あるくなど、仕掛ものになっている。……いかがわしいが、生霊いきりょうと札の立った就中なかんずく小さな的に吹当てると、床板ががらりと転覆ひっくりかえって、大松蕈おおまつたけを抱いたふんどしのおかめが、とんぼ返りをして莞爾にっこりと飛出す、途端に、四方へ引張ひっぱった綱が揺れて、鐘と太鼓がしだらでんで一斉いちどきにがんがらん、どんどと鳴って、それでいちが栄えた、店なのであるが、一ツ目小僧のつたい歩行ある波張なみばり切々きれぎれに、藪畳やぶだたみ打倒ぶったおれ、かざりの石地蔵は仰向けに反って、視た処、ものあわれなまで寂れていた。
 ――その軒の土間に、背後うしろむきにしゃがんだ僧形そうぎょうのものがある。坊主であろう。墨染の麻の法衣ころもれ破れななりで、鬱金うこんももう鼠に汚れた布に――すぐ、分ったが、――三味線を一ちょう盲目めくら琵琶びわ背負じょい背負しょっている、漂泊さすら門附かどづけたぐいであろう。
 何をか働く。人目を避けて、うずくまって、しらみひねるか、かさくか、弁当を使うとも、掃溜はきだめを探した干魚ほしうおの骨をしゃぶるに過ぎまい。乞食のように薄汚い。
 紫玉は敗竄はいざんした芸人と、荒涼たる見世ものに対して、深い歎息ためいきを漏らした。且つあわれみ、且つ可忌いまわしがったのである。
 灰吹はいふきに薄いつばした。
 この世盛りの、思い上れる、美しき女優は、樹の緑蝉の声もしたたるがごとき影に、かまち自然おのずから浮いて高い処に、色も濡々ぬれぬれと水際立つ、紫陽花あじさいの花の姿をたわわに置きつつ、翡翠ひすい紅玉ルビイ、真珠など、指環ゆびわを三つ四つめた白い指をツト挙げて、びん後毛おくれげを掻いたついでに、白金プラチナ高彫たかぼりの、翼に金剛石ダイヤちりばめ、目には血膸玉スルウドストンくちばしと爪に緑宝玉エメラルド象嵌ぞうがんした、白く輝く鸚鵡おうむかんざし――何某なにがしの伯爵が心を籠めたおくりものとて、人は知って、(伯爵)ととなうるその釵を抜いて、脚を返して、喫掛のみかけた火皿のやにさらった。……伊達だて煙管きせるは、煙を吸うより、手すさみのしぐさが多い慣習ならいである。
 三味線背負った乞食坊主が、引掻ひっかくようにもぞもぞと肩をゆすると、一眼ひたといた、めっかちの青ぶくれのかおを向けて、こう、引傾ひっかたがって、じっと紫玉のそのさまを視ると、肩をいたつえさきが、一度胸へ引込ひっこんで、前屈まえかがみに、よたりと立った。
 杖をこみちに突立て突立て、辿々たどたどしく下闇したやみうごめいて下りて、城のかたへ去るかと思えば、のろく後退あとじさりをしながら、茶店に向って、ほっと、立直って一息く。
 紫玉の眉のひそむ時、五間ばかり軒を離れた、そこで早や、此方こなたへぐったりと叩頭おじぎをする。
 知らないふりして、目をそらして、紫玉が釵に俯向うつむいた。が、濃い睫毛まつげの重くなるまで、坊主の影はちかづいたのである。
「太夫様。」
 ハッと顔を上げると、坊主は既に敷居を越えて、目前めさきの土間に、両膝を折っていた。
「…………」
「お願でござります。……お慈悲じゃ、お慈悲、お慈悲。」
 仮初かりそめに置いた涼傘ひがさが、襤褸ぼろ法衣ごろもの袖に触れそうなので、そっと手元へ引いて、
「何ですか。」と、坊主は視ないで、茶屋の父娘おやこに目をった。
 立って声を掛けて追おうともせず、父も娘もしずかに視ている。

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