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妖術(ようじゅつ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-23 10:54:53 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



       七

「池があるんだわね。」
 と手をいて、壁に着いたなりでほっそりしたおとがいを横にするまで下からのぞいた、が、そこからは窮屈で水は見えず、忽然こつぜんとしてへさきばかりあらわれたのが、いっそ風情であった。
 カラカラと庭下駄が響く、とここよりは一段高い、上の石畳みの土間を、約束の出であろう、裾模様すそもようの後姿で、すらりとした芸者が通った。
 向うの座敷に、わやわやと人声あり。
 枝折戸しおりどの外を、柳の下を、がさがさとほうきを当てる、印半纏しるしばんてんの円いせなかが、うずくまって、はじめから見えていた。
 それには差構いなく覗いた女が、芸者の姿に、そっと、直ぐに障子を閉めた。
 向直った顔が、斜めに白い、その豌豆えんどうの花に面した時、眉を開いて、じった。が、瞳を返して、右手めてに高い肱掛窓ひじかけまどの、障子の閉ったままなのをきっ見遣みやった。
 咄嗟とっさの間の艶麗あでやかな顔の働きは、たとえば口紅を白粉おしろいに流して稲妻を描いたごとく、なまめかしく且つ鋭いもので、敵あり迫らば翡翠ひすいに化して、窓から飛んで抜けそうに見えたのである。
 一帆は思わず坐り直した。
 処へ、女中がぜんを運んだ。
「お一ツ。」
「天気は?」 
いい塩梅あんばいあがりました。……ちと、お熱過ぎはいたしませんか。」
「いいえ、結構。」
「もし、貴女あなた。」
 女が、ものれたさま猪口ちょくを受けたのは驚かなかったが、一ツ受けると、
「何うぞ、置いてらしってうござんす。」と女中をたせたのは意外である。
 一帆はしばらくして陶然とうぜんとした。
あらためて、一杯ひとつ、お知己ちかづきに差上げましょう。」
きまりが悪うござんすね。」
「何の。そうしたお前さんか。」
 と膝をぐったり、とこうべを振って、
「失礼ですが、お住所ところは?」
「は、提灯ちょうちんよ。」
 と目許めもと微笑ほほえみちょうと、手にした猪口を落すように置くと、手巾ハンケチではっと口を押えて、自分でも可笑おかしかったか、くすくす笑う。
「町名、町名、結構。」
 一帆は町名と聞違えた。
「いいえ、提灯なの。」
「へい、提灯町。」
 と、けろりと馬鹿気た目とろでいる。
 また笑って、
「そうじゃありません。私のうちは提灯なんです。」
「どこの? 提灯?」
「観音様の階段の上の、あの、おおきな提灯の中が私のうちです。」
「ええ。」と云ったが、大概察した。この上尋ねるのは無益である。
「お名は。」
「私? 名ですか。娘……」
娘子むすめこさん。――成程違いない、で、お年紀としは?」
「年は、婆さん。」
「年は婆さん、お名は娘、住所ところは提灯の中でおいでなさる。……はてな、いや、分りました……が、お商売は。」
 といた。
 後に舟崎が語って言うよう――
 いかに、大の男が手玉に取られたのが口惜くやしいといって、親、兄、姉をこそ問わずもあれ、妙齢としごろの娘に向って、お商売? はちと思切った。
 しかし、さもしいようではあるが、それには廻廊の紙幣さつがある。
 その時、ちとあらたまるようにして答えたのが、
「私は、手品をいたします。」
 近頃はただ活動写真で、小屋でも寄席よせでも一向りのない処から、座敷を勤めさして頂く。
「ちょいと嬰児あかさんにおなり遊ばせ。」
 思懸おもいがけない、その御礼までに、一つ手前芸を御覧に入れる。
「お笑い遊ばしちゃ、いやですよ。」と云う。
「これは拝見!」と大袈裟おおげさに開き直って、その実は嘘だ、と思った。
 すると、軽く膝をいて、蒲団ふとんをずらして、すらりと向うへ、……ひらきの前。――此方こなたに劣らずさかずきは重ねたのに、きぬかおりひやりとした。
 扇子を抜いて、畳にいて、つむりを下げたが、がっくり、と低頭うなだれたようにしおれて見えた。
「世渡りのためとは申しながら……さきへ御祝儀を頂いたり、」
 と口籠くちごもって、
「お恥かしゅう存じます。」と何と思ったか、ほろりとした。その美しさは身に染みて、いまだ夢にも忘れぬ。
 いや、そこどころか。
 あの、かごの白い花を忘れまい。
 すっと抜くと、てのひらに捧げて出て、そのまま、※(「木+靈」、第3水準1-86-29)子窓れんじまどの障子を開けた。開ける、と中庭一面の池で、また思懸けず、船が一そう、隅田に浮いた鯨のごとく、池の中を切劃しきって浮く。
 空は晴れて、かすみが渡って、黄金のような半輪の月が、うっすりと、淡い紫のうすもの樹立こだちの影を、星をちりばめた大松明おおたいまつのごとく、電燈とともに水に投げて、風の余波なごり敷妙しきたえの銀の波。
 トみつめながら、
「は、」と声がかかる、袖を絞って、たもとを肩へ、脇明わきあけ白き花一片ひとひら、手をすべったか、と思うと、あらず、緑のつるに葉を開いて、はらりと船へ投げたのである。
 ただ一攫ひとつまみなりけるが、船の中に落つるとひとしく、つぶて打った水の輪のように舞って、花は、鶴ののごとくへさきにまで咲きこぼれる。
 その時きりりと、銀の無地の扇子を開いて、かざした袖の手のしないに、ひらひらと池を招く、と澄透すみとおる水に映って、ちらちらとゆらめいたが、波を浮いたか、霞を落ちたか、そのおおきさ、やがて扇ばかりな真白まっしろな一羽の胡蝶こちょう、ふわふわと船の上にあらわれて、つかず、離れず、豌豆えんどうの花に舞う。
 やがて蝶がつがいになった。
 内は寂然ひっそりとした。
 芸者の姿は枝折戸しおりどを伸上った。池を取廻とりまわした廊下には、欄干越てすりごしに、燈籠とうろうの数ほど、ずらりと並ぶ、女中の半身。
 蝶は三ツになった。影を沈めて六ツの花、ともえに乱れ、まんじと飛交う。
 時にそよがした扇子を留めて、池を背後うしろ肱掛窓ひじかけまどに、疲れたように腰を懸ける、と同じ処に、ひじをついて、呆気あっけに取られた一帆と、フト顔を合せて、恥じたる色して、扇子をそのまま、横にそむいて、胸越しに半面をおおうて差俯向さしうつむく時、すらりと投げたもすそを引いて、足袋の爪先を柔かに、こぼれたつまを寄せたのである。

 フトうつつから覚めた時、女の姿は早やなかった。
 女中に聞くと、
「お車で、たった今……」

明治四十四(一九一一)年二月




 



底本:「泉鏡花集成4」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年10月24日第1刷発行
   2004(平成16)年3月20日第2刷発行
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2005年11月24日作成
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