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竜潭譚(りゅうたんだん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-23 11:00:47 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 鏡花短篇集
出版社: 岩波文庫、岩波書店
初版発行日: 1987(昭和62)年9月16日
入力に使用: 1987(昭和62)年9月16日第1刷

底本の親本: 鏡花全集 第三卷
出版社: 岩波書店
初版発行日: 1941(昭和16)年12月

 

   躑躅つつじおか

 日はなり。あららのたらたら坂にの蔭もなし。寺のもん、植木屋の庭、花屋の店など、坂下をさしはさみて町の入口にはあたれど、のぼるに従ひて、ただはたばかりとなれり。番小屋めきたるもの小だかきところに見ゆ。谷にははな残りたり。みちの右左、躑躅つつじの花のくれないなるが、見渡すかた、見返るかた、いまをさかりなりき。ありくにつれてあせ少しいでぬ。
 空よく晴れて一点の雲もなく、風あたたかに野面のづらを吹けり。
 一人にてはくことなかれと、やさしき姉上のいひたりしを、かで、しのびて来つ。おもしろきながめかな。山の上のかたより一束ひとたばたきぎをかつぎたるおのこおりきたれり。まゆ太く、の細きが、むこうざまに顱巻はちまきしたる、ひたいのあたり汗になりて、のしのしと近づきつつ、細き道をかたよけてわれを通せしが、ふりかへり、
「危ないぞ危ないぞ。」
 といひずてにまなじりしわを寄せてさつさつと行過ゆきすぎぬ。
 見返ればハヤたらたらさがりに、そのかた躑躅つつじの花にかくれて、かみひたる天窓あたまのみ、やがて山蔭やまかげに見えずなりぬ。草がくれのこみち遠く、小川流るる谷間たにあい畦道あぜみちを、菅笠すげがさかむりたる婦人おんなの、跣足はだしにてすきをば肩にし、小さきむすめの手をひきて彼方あなたにゆく背姿うしろすがたありしが、それも杉の樹立こだちに入りたり。
 かたも躑躅なり。かたも躑躅なり。山土やまつちのいろもあかく見えたる。あまりうつくしさに恐しくなりて、家路に帰らむと思ふ時、わがゐたる一株ひとかぶの躑躅のなかより、羽音はおとたかく、虫のつと立ちて頬をかすめしが、かなたに飛びて、およそ五、六尺へだてたるところつぶてのありたるそのわきにとどまりぬ。羽をふるふさまも見えたり。手をあげて走りかかれば、ぱつとまた立ちあがりて、おなじ距離五、六尺ばかりのところにとまりたり。そのまま小石を拾ひあげてねらひうちし、石はそれぬ。虫はくるりと一ツまはりて、またもとのやうにぞをる。追ひかくればはやくもまたげぬ。遁ぐるが遠くには去らず、いつもおなじほどのあはひを置きてはキラキラとささやかなるばたきして、鷹揚おうようにそのふたすぢの細きひげ上下うえしたにわづくりておし動かすぞいとにくさげなりける。
 われは足踏あしぶみしてこころいらてり。そのゐたるあとを踏みにじりて、
「畜生、畜生。」
 とつぶやきざま、おどりかかりてハタと打ちし、こぶしはいたづらに土によごれぬ。
 かれ一足ひとあし先なるかた悠々ゆうゆうづくろひす。憎しと思ふ心をめてみまもりたれば、虫は動かずなりたり。つくづく見れば羽蟻はありの形して、それよりもややおおいなる、身はただ五彩ごさいの色を帯びて青みがちにかがやきたる、うつくしさいはむかたなし。
 色彩あり光沢こうたくある虫は毒なりと、姉上の教へたるをふと思ひでたれば、打置うちおきてすごすごと引返ひつかえせしが、足許あしもとにさきの石のふたツにくだけて落ちたるよりにわかに心動き、拾ひあげて取つて返し、きと毒虫をねらひたり。
 このたびはあやまたず、したたかうつて殺しぬ。うれしく走りつきて石をあはせ、ひたとうちひしぎて蹴飛けとばしたる、石は躑躅つつじのなかをくぐりて小砂利こじやりをさそひ、ばらばらと谷深くおちゆく音しき。
 たもとのちりうちはらひて空をあおげば、日脚ひあしややななめになりぬ。ほかほかとかほあつき日向ひなたに唇かわきて、眼のふちより頬のあたりむずがゆきこと限りなかりき。
 心着こころづけば旧来もときかたにはあらじと思ふ坂道のことなるかたにわれはいつかおりかけゐたり。丘ひとつ越えたりけむ、戻るみちはまたさきとおなじのぼりになりぬ。見渡せば、見まはせば、赤土の道幅せまく、うねりうねりはてしなきに、両側つづきの躑躅つつじの花、遠きかたは前後をふさぎて、日かげあかく咲込さきこめたる空のいろの真蒼まさおき下に、たたずむはわれのみなり。

     鎮守ちんじゆやしろ

 坂は急ならず長くもあらねど、一つつくればまたあらたにあらわる。起伏あたかも大波の如く打続うちつづきて、いつたんならむとも見えざりき。
 あまりみたれば、一ツおりてのぼる坂のくぼみつくばひし、手のあきたるままなにならむ指もて土にかきはじめぬ。さといふ字も出来たり。くといふ字も書きたり。曲りたるもの、すぐなるもの、心の趣くままに落書らくがきしたり。しかなせるあひだにも、頬のあたり先刻さきに毒虫の触れたらむと覚ゆるが、しきりにかゆければ、そでもてひまなくこすりぬ。擦りてはまたもの書きなどせる、なかにむつかしき字のひとつ形よく出来たるを、姉に見せばやと思ふに、にわかにその顔の見たうぞなりたる。
 たちあがりてゆくてを見れば、左右より小枝を組みてあはひもかで躑躅つつじ咲きたり。日影ひとしほあこうなりまさりたるに、手を見たればたなそこに照りそひぬ。
 一文字にかけのぼりて、見ればおなじ躑躅のだらだらおりなり。走りおりて走りのぼりつ。いつまでかかくてあらむ、こたびこそと思ふにたがひて、道はまたうねれる坂なり。踏心地ふみごこちやわらかく小石ひとつあらずなりぬ。
 いまだ家には遠しとみゆるに、忍びがたくも姉の顔なつかしく、しばらくもへずなりたり。
 再びかけのぼり、またかけりおりたる時、われしらず泣きてゐつ。泣きながらひたばしりに走りたれど、なほ家あるところに至らず、坂も躑躅も少しもさきに異らずして、日の傾くぞ心細き。肩、背のあたり寒うなりぬ。ゆふ日あざやかにぱつとあかねさして、眼もあやに躑躅の花、ただくれないの雪の降積ふりつめるかと疑はる。
 われは涙の声たかく、あるほど声をしぼりて姉をもとめぬ。ひとたびふたたびたびして、こたへやすると耳をすませば、はるかに滝の音聞えたり。どうどうと響くなかに、いと高くえたる声のかすかに、
「もういいよ、もういいよ。」
 と呼びたる聞えき。こはいとけなき我がなかまの隠れ遊びといふものするあひ図なることを認め得たる、一声ひとこえくりかへすと、ハヤきこえずなりしが、やうやう心たしかにその声したるかたにたどりて、また坂ひとつおりて一つのぼり、こだかき所に立ちておろせば、あまり雑作ぞうさなしや、堂の瓦屋根かわらやね、杉の樹立こだちのなかより見えぬ。かくてわれ踏迷ふみまよひたるくれないの雪のなかをばのがれつ。背後うしろには躑躅つつじの花飛び飛びに咲きて、青き草まばらに、やがて堂のうらに達せし時は一株ひとかぶも花のあかきはなくて、たそがれの色、境内けいだい手洗水みたらしのあたりをめたり。さくひたる井戸ひとつ、銀杏いちようりたる樹あり、そがうしろに人の家の土塀どべいあり。こなたは裏木戸のあき地にて、むかひに小さき稲荷いなりの堂あり。石の鳥居とりいあり。木の鳥居あり。この木の鳥居の左の柱には割れめありて太き鉄の輪をめたるさへ、心たしかに覚えある、ここよりはハヤ家に近しと思ふに、さきの恐しさは全く忘れ果てつ。ただひとへにゆふ日照りそひたるつつじの花の、わがたけよりも高きところ、前後左右を咲埋さきうずめたるあかき色のあかきがなかに、緑と、くれないと、紫と、青白せいはくの光を羽色はいろに帯びたる毒虫のキラキラと飛びたるさまの広き景色のみぞ、の如く小さき胸にゑがかれける。

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