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火薬船(かやくせん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/24 11:20:57 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


   鬼船長


 そこへ飛びこんできたのは、竹見水夫だった。
 彼は、船長ノルマンの姿をみるや、
「ハルクが、やられちまったそうですね。何処にいますか、ハルクは? 一たい、どの野郎と喧嘩をしたんですか」
 と、あたりをきょろきょろとうかがう。ノルマンは、無言で、竹見の間に、通(とお)せんぼうをして立つ。
 そのとき、ハルクが、一声うなった。
「あっ、ハルク。お前、どこにいるんだい」
 竹見は、ようやくハルクが、貨物のかげにたおれているのに気がついたようであった。彼が、ノルマンの間をすりぬけて、後へとびこもうとすると、奇怪にも、ノルマンは竹見の肩を力まかせに、どんとつきとばした。
「あっ、……」
 竹見は、不意(ふい)を食(くら)って、その場によろよろ、しりもちをついた。
「船長、な、なにをするッ」
 竹見は、あわててとび起きると、すさまじい形相で、みがまえた。
「さわぐな。お前には関係のないことだ。むこうへいけ――」
「いやだ、仲間のくるしんでいるのを知って、放っておけるものですか」
「なに、反抗するか。竹、船長の命令だ。おもてへいって、お前は仕事をつづけろ」
「いくら命令でも……」
「うるさい野郎だ。じゃあ、早いところ、はなしをつけるぞ。これでも、おれの命令にしたがわぬというか」
 船長ノルマンの手には、きらりとピストルが光った。
「やっ」竹見は、いきを、はっととめた。「それほど――いや、向うへいきますよ」
 手元へ飛びこんで組打(くみうち)とも考えたが、船長と格闘することよりも、自分に親切にしてくれたハルクの安否(あんぴ)をはやく見てやりたいとおもったので、歯をくいしばって我慢した。そして倉庫の出口へ出ていった。
 船長ノルマンは、ぴゅーと、唾をはくと、やはりハルクのことが気になると見え、彼の様子をのぞきにいった。
「あっ、船長。手をかしてくれ」
 ハルクは、こえをふりしぼってさけぶ。
「なんだ、ハルク」
「ここんところを……」といって、ハルクはひざがしらをさし、
「ここんところを、船長の力一ぱいにしばってくれ。毒が……毒が……」
 さっき彼のふくらはぎのところを自分で縛(しば)ったが、それがゆるんで、蛇毒(じゃどく)が上へまわるのをおそれてのたのみだったらしい。
 だが船長ノルマンは、ぬッと立ったまま、あわい電灯の光の下に、冷やかにハルクを見下(みお)ろすばかりだった。
「船長。は、はやく……」
「おい、ハルク」
「ええッ」
「くたばるものなら、はやくくたばってしまえ」
「な、なんと……」
「そうじゃないか。お前の不注意で、蛇にかまれたんだ。そのおかげで、おれにまで、つまらない心配と、無駄な時間とをついやさせやがった。お前がはやく死んで呉(く)れれば、おれはたすかるのだ。おればかりではない、全乗組員も、ポーニン委員も、皆たすかるんだ」
「ううーッ」
「お前も、そのくらいのことは、察しがつくだろうがな。お前を医者にかけてみろ。お前が雑草園で、なにをしたかということが、すぐ世間へばれてしまうじゃないか。ノーマ号と平靖号とが、特別の積荷をそろえて、無事このサイゴン港を出航できるまでは、お前のその身体は、だれにも見せたかないんだ」
「うう、この悪魔め!」
「こういうわけだと、そのわけを聞かせてやるのも、あの世(よ)へたび立つお前への手土産のつもりだ。もっとも、医者にみせたって、この有様じゃ、所詮(しょせん)たすかる見こみはないにきまっていらあ」
「ち、畜生! お、おれは死なないぞ!」
「これ、しずかにしろ」
「お、おれの死ぬときゃ、き、貴様たちも、地獄へ引(ひっ)ぱっていくんだ。は、うん、くるしい」
「まだ、喋(しゃべ)るか」
「だれが、き、貴様たちの計画どおりに――」
「だまれ!」
 鬼のような船長ノルマンは、足をあげて、ハルクの顔を、下からうんと力まかせに蹴上(けあ)げた。
 ハルクの顔からは、たらたらと赤い血がながれだした。
 二度目に蹴上げたとき、ハルクは、うんとうなって、その場に悶絶(もんぜつ)してしまった。
 彼等の秘密計画がばれるのを、ひどくおそれているからのこの暴行ではあったが、それにしても、面倒を見てやらなければならない部下にたいして、このひどい仕打は、船長ノルマン――いやノルスキーの脈管にながれている残虐性のあらわれであるとおもえた。


   友情


 船長ノルマンは、ハルクが、気をうしなってしずかになったのを見すますと、倉庫の出入口へ現れた。
「おい、この倉庫は、閉めるから、出る者は今のうちに皆出てこい」
 倉庫の中は、もうほとんど一杯だったので、皆は、他の倉庫へ、陸揚の貨物をはこんでいた。残っていたのは、後片附けと見張りのノーマ号の船員数名だけだった。
 船長ノルマンは、倉庫の入口を自(みずか)らぴたりととじると、大きな錠(じょう)をかけた。その鍵は、彼のポケットへ――。
「なにを、ぼんやりしとる。ぐずぐずしていると、もうすぐ夜明けになるじゃないか。はやくむこうへいって、手伝え」
 ノルマンに、口汚(くちぎたな)くしかられて、船員たちはあわてて、別の倉庫の方へかけ出していった。
 瀕死(ひんし)のハルクは、ただ一人、とうとうこの倉庫のおくに、とじこめられてしまった。まったく同情に値(あたい)することだった。このうえは、サイゴン警視庁の活動をまつよりほかないが、まだむこうでは、モロ警部の遭難さえ気がつかない様子だ。
 それから、小一時間ほどたってから後のことだった。巨人ハルクのとじこめられた倉庫の、通風窓(つうふうまど)にはめられてあった鉄格子(てつごうし)が、きいきいとおとをたてはじめた。
 きいきいという音は、しばらくすると、ぱたりと止み、それからまたしばらくすると、きいきいと高いおとを立てはじめる。窓からは、セメントが、ばらばらと下へおちる。誰か、通風窓の鉄格子を、ひき切っている者があるのだった。
 二十分ばかりたつと、その通風窓から、ぬっと、一つの顔が現れた。
「おい、ハルク」
 あたりを忍(しの)ぶようなこえで、倉庫の中へよびかけたが、返事はなかった。
「どうしたのかな。もう一本切れば、なんとか入れるだろう」
 ふたたび、きいきいと鉄格子をひき切る音がはじまった。どこから持ってきたか、高速度鋼(こうそくどこう)のはまった鋸(のこぎり)を、一生けんめいにつかっているのは、外ならぬ水夫の竹見だった。彼は、ハルクの身の上をあんじて、この無理な仕事をつづけているのだった。
 やがて竹見は、ついに目的を達して、通風窓から、倉庫の中に、ずるずるどすんと、入った。
「おい、ハルク。どこにいる」
 竹見は、マッチをすって、あたりを探しまわった。
「あ、こんなところに……」
 とうとうハルクの倒れている隅っこを見つけた。
 ハルクは、虫の息(いき)だった。体は、火のようにあつい。竹見は、おどろいて、空(あ)き瓶(びん)の中に入れて持ってきた水で、彼のくちびるをうるおしてやった。
 ハルクは、やっと気がついたようであった。
「お、おのれ!」
「おい、ハルク、おれだ、竹だ。お前の仲よしの竹だよ、ほら、よく見ろ」
 竹見は、マッチをすって、自分の顔を照(て)らした。だがハルクは、目を開かなかった。まぶたをあける力もないのであろう。でも竹見のこえはわかったと見え、かすかにうなずき、
「うん、た、竹か。よ、よく……」
 よく来てくれた――といいたいのであろう。
「一体どうしたのだ。ハルク。おや、脚をしばったり……。おお。脚が紫色に腫(は)れあがっているぞ」
「へ、蛇だ。ど、毒蛇だ……」
「なに、毒蛇にやられたのか、そいつは災難だなあ」
「いや、ノルマン……」
 といいかけて、ハルクは、苦しさのあまり、また昏倒(こんとう)してしまった。
 竹見は、おどろいた。何もかも、一ぺんにやりたくて、焦(じ)れったかった。
 彼は、ノーマ号へ乗り込んだときからの、この親切な巨人のため、おんがえしのいみで、できるだけのことをした。傷口を、持って来た洋酒で洗ったり、新たに膝のうえで縛り直したり、それからハルクの口を割って気つけ薬を入れてやったりした。
 その手篤(てあつ)い看護が効(こう)を奏(そう)したのか、それとも竹見の友情が天に通じたのか、ハルクはすこし元気を取り戻したようであった。
「た、竹。おれは、うれしいぞ。おれは、まだ死にはしない」
「うん、死ぬものか」
 と、竹見は口ではいったものの、この重症のハルクが再起できるとは、ひいき目にもおもわれなかった。
「おい、た、竹。おれのズボンのポケットから、水兵(ジャック)ナイフを出して……刃(は)を起せ!」
「水兵ナイフ! 危いじゃないか」
「いや、は、はやくしろ。そして、おれの手ににぎらせてくれ」

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