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     意外な工場
 
  「早くおりてこないと、きみの相手にはなってやらないぞ。わたしにことわりもなく、こんな穴を掘って、けしからん奴だ」  異様な姿の針目博士は、ごきげんがはなはだよろしくない。  もうすこし蜂矢探偵が穴の上でぐずぐずしていたら、博士はほんとうに怒って、ずんずん中へはいってしまったかもしれない。  ちょうどきわどいところで、蜂矢は穴の中へとびこんで、博士のそばに、どすんとしりもちをついた。 「お待たせして、すみません。なにしろ、こんなところに地下道があるなんて、きみのわるいことです。つい、尻ごみしまして、先生に腹を立たせて、あいすみません」  蜂矢は、そういって、あやまった。 「はははは。きみは、見かけに似合わず臆病だね。そんなことでは、これからきみに見せたいと思っていたものも、見せられはしない。見ている最中に気絶なんかされると、やっかいだからね」  博士は、意地のわるいうす笑いをうかべで、そういった。  蜂矢は、博士のことばに、新しい興味をわかした。それは博士が蜂矢に何か見せたがっているということだ。いったいそれは何であろうか。 「さあ、こっちへはいりたまえ。このドアは、しっかりしめておこう」  博士は、地下道の途中にあるドアをばたんとしめ、それにかぎをさしこんでまわした。蜂矢は、そのときちょっと不安を感じた。しかしすぐ気をとりなおして、力いっぱい博士とたたかおうと思った。かれは、これから針目博士が彼をどんなにおどろかそうとしているか、それをすでにさとって、覚悟していた。 「ほら、こんな広い部屋があるんだ。きみは知らなかったろう」  とつぜん、すばらしく大きな部屋へはいった。二十坪以上もある広い部屋、天じょうはひじょうに高い。そしてこの部屋の中には、えたいの知れない機械がごたごたとならんでいて、工場のような感じがする。もちろん人は、ひとりもいない。 「ここは、なにをするところだか、きみにわかるかい」  針目博士は、からかい気味に蜂矢に話しかける。 「さあ、ぼくにはわかりませんね」  あの第二研究室の下に、こんなりっぱな部屋があるとは、想像もつかなかった。針目博士という学者は、じつにかわった人だ。 「わからなければ、教えてあげよう。この機械は、金属人間を製作する機械なんだ。つまりここは、金属人間の製作工場なんだ。どうだ、おどろいたか」 「金属人間の製作工場ですって」  蜂矢は、思わず大きな声を出して、問いかえした。博士がこんなにずばりと、金属人間のことを口にするとは予期していなかったのだ。 「そのとおりだ。金属人間をこしらえる工場なんだ。きみは知っているかね、金属人間というものはどんなものだか?」  博士の方から、かねて蜂矢が最大の謎と思っている金属人間のことに、ずばりとふれてきたものだから、蜂矢はおどろきもし、また内心ふかくよろこびもした。 「くわしいことは知りませんが、針目博士が金属Qの製作に成功せられたことは聞いています」 「ははは、金属Qか」  博士はうそぶいて笑った。 「君は金属Qを見たことがあるかね」  蜂矢は、すぐには返事ができなかった。見たと答えるのが正しいか、見ないといったほうがよいか。 「はっきり手にとってみたことはありませんねえ」 「手にとってみるなんて、そんなことはできないよ。だが、すこしはなれて見ることはできるのだ。どうだ、見たいかね」 「ぜひ見たいものですね」 「よろしい。見せてやろう。金属Qを、近くによってしみじみ見られるなんて、きみは世界一の幸運者だ」  そういうと博士は、いきなり上衣をぬぎすてた。チョッキをぬいだ。高いカラーをかなぐりすてた。  その下から、おそろしい大きな傷あとがあらわれた。くびからのどへかけて、はすかいに十センチ近い、大傷を、あらっぽく糸でぬいつけてある。そんなひどい傷をおって、死ななかったのが、ふしぎである。  博士は、ワイシャツもぬぎとばして、上半身はアンダーシャツ一枚になった。  それでもうおしまいかと思ったが、博士はまたつづけた。手を頭の繃帯にかけた。それをぐるぐるとほどいた。 「おおッ」  ようやくにしてとれた長い繃帯の下からあらわれたものは、頭のまわりをぐるっと一まわりした傷あとであった。  それを見ると、蜂矢は気絶しそうになった。  博士は、蜂矢探偵を前にして、いったい何をする気であろうか。
 
     奇蹟見物
 
  「さあ、よく見るがいい。今、金属Qを、この頭の中から取りだすからね」  博士は、とくいのようすだ。  それにひきかえ、蜂矢探偵はまっさおになり、失心の一歩手前でこらえていた。もしもかれが、金属人間事件の責任ある探偵でなかったら、もっと前に目を白くして、ひっくりかえっていただろう。  それから先、博士がしたことを、ここにくわしく書くのはひかえようと思う。くわしく書けば読者の中に、ひっくりかえる人が出るかもしれないからだ。それだから、かんたんに書く。――博士は、両手をじぶんの頭にかけると、帽子をぬぐような手軽さで、頭蓋骨をひらき、中から透明な針金細工のようなものを取りだし、それを手のひらにのせて、蜂矢探偵の目のまえへさしだした。 「うーむ」  と、探偵は歯をくいしばって、博士の手のひらにのっている奇妙な幾何模型みたいなものを見すえた。  あの爆発のおこる前「骸骨の四」だけが箱の中になかった。それで博士があわてだした。そのことを、いま蜂矢探偵は思いだした。  博士はだまっている。気味のわるいほどだまっている。蜂矢は「これは骸骨の四ですか」とたずねようとして博士の顔を見ておどろいた。なぜなら博士の顔色は、人形のように白かった。生きている人の顔色とは思われなかったのである。 「針目博士。どうしました」  と、蜂矢がさけんだ。  そのとき博士は、いそいで手をひっこめた。そして手のひらにのせていたものを、すばやくもとのとおり頭蓋骨の中におしこんで、両手で頭の形をなおした。それから深呼吸を三つ四つした。すると博士の顔に、赤い血の色がもどってきた。死人の色は消えた。  博士は、そのあとも、しばらく苦しそうに肩で息をしていたが、やがて以前のとおりの態度にかえって、蜂矢をからかうような調子で話しかけた。 「どうです。お気にめしましたかね。ところがこっちは、どえらい苦しみさ。ああ、きみをよろこばすことの、なんとむずかしいことよ」  蜂矢は、このときには、ふだんの落ちつきはらったかれにもどつていた。奇々怪々なる博士のふるまいである。いったい、なんでそんなことをするのか、その秘密をここでつきとめてしまいたい。 「いま、見せてくだすったのがれいの行方不明になった『骸骨の四』ですか」  ずばりと斬りこんだ。 「よく知っているね。そのとおりだ。くわしくいえば、金属Qという名前があたえられた第一号だ。つまり、たくさん作った生きている金属の試作品の中で『骸骨の四』がまっ先に、生きている金属となったのだ、そこでこれを金属Qと名づけた」 「なるほど」 「いま、きみが見たのは、金属Qだけではなくその金属のまわりを、人工細胞十四号が包んでいるものだ。それは金属Qを保護するものなんだ。もっともはじめのころのように、人工細胞十四号は完全に金属Qを包んでいない。欠けている個所があるのだ。そのために、金属Qはいつも不安な状態におかれてある。ああ、人工細胞十四号がほしい。この上の部屋にはあったんだが、この部屋にはないらしい」  博士は、不用意に歎きのことばをもらした。そしてその後で、はっと気がついて、蜂矢をにらみかえした。 「はははは、昼間からねごとをいったようだ。ところで蜂矢君。きみは感心に、気絶もしないでもちこたえているね」  蜂矢はうすく笑った。 「すばらしいものを見せていただきまして、お礼を申します。すると、あなたは、針目博士ですか。それとも金属Qなんですか」  金属Qが、人間の形をしたものを動かしている、その人間は、針目博士によく似ていたが、その人間のからだを支配しているのは金属Qである。ちょうど、金属Qが、二十世紀文福茶釜にこもっていたように。――これが蜂矢のつけた推理だった。 「どっちだと思うかね」 「金属Qでしょう」 「ちがう」 「じゃあ、なんですか」 「針目博士と金属Qが合体したものだ。二つがいっしょになったものだ。しかし、もちろん金属Qは、針目博士よりもかしこいのだから、支配をしているのは金属Qだ。おどろいたかね、探偵君」  博士はそういって、からからと笑うのであった。その笑い声が、蜂矢の耳から脳をつきとおし、かれは脳貧血をおこしそうになった。
 
  
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