洋上の一大惨劇
ケレンコは、スクリーンのうえにうつる二隻の艦影をじっとにらみつけていたが、なにごとか決心がついたものとみえ、副司令ガルスキーの方へ顔を向け、 「おい、ガルスキー。怪力線砲の射撃用意!」 「え、怪力線砲の射撃? あれを二隻ともやってしまうのですか」 副司令は、顔色をかえて、ききかえした。 「なにをいっている。君は、わしの命令どおりにやればよいのだ」 「ですが、委員長。アメリカの駆逐艦はともかく、後のは、わが同盟国のイギリスの商船ですよ。それを撃沈する法はないと思います」 副司令は、いつに似合わず、はっきりといった。 「だまれ!」ケレンコは怒った。 「軍艦であろうと同盟国の船であろうと、わが海底要塞をうかがおうとするものに対しては、容赦はないのだ。つまらぬ同情をして、せっかくこれまで莫大な費用と苦心をはらってつくったこの海底要塞のことがばれようものなら、日本攻略という我々の重大使命はどうなるのだ。なんでもかまわん、やってしまえ」 「ケレンコ委員長。さしでがましいですが、イギリスの商船のことは、もう一度考えなおしてくださらないですか」 副司令の顔には、なぜか必死の色が浮かんでいた。 「くどい。太平洋委員長兼海底要塞司令官たるわしの命令を、君は三度もこばんだね。よろしい、おい、ガルスキー。司令官の名において、今日、ただ今かぎり、副司令の職を免ずる。直ちに自室へ引取って、追って沙汰のあるまで待て」 「え、副司令を免ずる。そ、それはあまりです。もし、ケレンコ閣下、それだけは」 「くどい。おいそこの衛兵。ガルスキーを向こうへつれてゆけ。そしてリーロフを呼べ」 ガルスキーは、とうとう腕力のつよい衛兵のために、むりやりにつれ去られた。 潜水将校リーロフは、どうしたのか、なかなかやってこない。 「あいつは、なにをぐずぐずしているのだろう。 太刀川をあの部屋にとじこめ見張をつけて、すぐ来るようにいっておいたのに、ばかに手間どるではないか」 ケレンコは、じりじりしだした。その時、 「委員長、駆逐艦が針路をかえました」 副司令にかわって、哨戒兵が叫んだ。 「なに、針路をかえた。おい、テレビジョンをまわせ。駆逐艦のすすむ方向へだ」 そういっているうちに、例の駆逐艦は、大きな円をえがいてぐるぐるまわりだした。それはちょうど海底要塞のまわりなのだ。 「あ、駆逐艦のやつ、なにかこっちの様子に感づいたな。もう一刻も猶予ならん。怪力線砲、射撃用意。目標の第一は、アンテナだ。第二の目標は、吃水線だ」 ケレンコは、断乎としていいはなった。 「射撃用意よろしい」 怪力線砲分隊よりの報告。高声電話の声だ。 「よし、撃て!」 ついにおそるべき号令が発せられた。 怪力線砲発射のすさまじい模様は、潜望テレビジョンで目の前のスクリーンに、ありありとうつし出されて行くのである。 駆逐艦と商船との姿が何かをさがすように海面をくるくるまわっていたが、ケレンコの号令が下ったその刹那、海魔の形をした例の屈曲式の砲塔が海面をつきやぶってむくむくとおどりあがった。とたんに、その先のはしからぱっとあやしい光が出た。その光が、駆逐艦の檣にふりかかると、アンテナはぱちぱちと火花をはなって、甲板上に焼けおちる。 その後につづく商船のアンテナも、全く同じ運命におちいった。 甲板上に人影が、ありありと見えたが、彼等は、この怪物のだしぬけの出現に、どうしてよいのかわからず、ただうろうろするばかりだった。 アンテナをやききった怪力線は、こんどは目標をかえて、駆逐艦の吃水部をねらった。 ぴちぴちぱっぱっと、目もくらむような焔が、駆逐艦の腹からもえあがった。と見る間もなく、海水はにわかにあわだちはじめた。艦腹に穴があいて、そこから海水がはいりこんでゆくのだろう。艦体はがくりとかたむいた。 どどーん。がーん。 はげしい爆発が起った。艦内から、ものすごい焔と煙がとびだして、艦全体を包んでしまった。やがてその間から、舳を上にしてずぶずぶと沈んでゆく悲壮な光景が見られた。さっきから怪力線砲が、しきりに甲板の上をなめるようにしていたが、ついに弾薬庫を焼きぬいて大爆発を起したためだった。 「うむ、うまくいった。駆逐艦であろうが、なんであろうが、怪力線にかかっちゃ、まるでおもちゃの軍艦も同様じゃないか」 ケレンコは、腹をゆすぶって笑った。
リーロフの行方
つぎのイギリス商船が、ほとんど一瞬のうちに、波間に姿を消したことは、改めていうまでもないであろう。 しかも、怪力線砲は、しつこくも、波間にただよう人たちまでなめまわしたのである。全世界にのろいをなげる共産党員は、こうしたことを平気でやっているのだ。 「射撃中止!」 と号令をかけて、司令席上のケレンコ委員長は、なにがおかしいのか、からからと笑いつづける。 だが、ケレンコはその笑を、ふととめた。そしてむずかしい顔になった。 「あ、リーロフ。あいつは一体どうしたのだろう。さっきからずいぶんになるが、まだ姿を見せないじゃないか」 自分の片腕とたのむリーロフのことが心配になったのである。 「おい誰か、会議室へ行って、リーロフの様子を見てこい」 ケレンコはどなったが、すぐそのあとで、 「いや、やっぱりわしが行こう。そこにいる衛兵五名も、手のすいている者もみんなついてこい」 といって、ケレンコはすたすたと司令席を下り、出口から出ていった。その後から、十人ばかりの部下がしたがった。 会議室の前には、一人の水兵が銃をかかえてあっちへいったりこっちへきたり、番をしていた。 ケレンコは、番兵にいった。 「おい、リーロフはどうした」 「私は少しも知りません」 番兵は、あわてて捧銃の敬礼をしながら、こたえた。 「ふーむ、おかしいな」 と小首をかしげたが、考えなおして会議室の扉を指さし、 「どうだ、この中の先生は、その後おとなしくしているか」 「はい、はじめはたいへん静かでしたが、さっきからごとごとあばれまわっています」 その時、扉の内側になにか大きなものをぶっつけたらしいはげしい音がした。 「ほう、やっとるな」といったが、ケレンコの眉がぴくりとうごいた。 「おい、へんじゃないか。中には誰と誰とが入っているのか」 「さあ、誰と誰とが入っているのか、私は知りません。さっきこの部屋の前を私が通りかかると、中から一等水兵がでてきて、(急に胸がわるくなったから、向こうへいってくる。その間、お前ちょっと代りにここの番をしていてくれ)といって、いってしまったんです。それから私が立っているんですが、どうしたのか、まだ帰ってきません」 「それはおかしい。一等水兵は誰か」 「はき気があるとかいって、顔を手でおさえていたので、よくは見えませんでした。小柄の人でしたが……」 「いよいよ腑におちない話だ。よし、扉をあけてみろ。おい、みんな射撃のかまえ。中からとびだして反抗すれば、かまわず射て」 扉には、鍵がつきこんだままになっていた。それをまわすと、錠はがちゃりとはずれた。 扉は開かれた。 とたんに、どたんところがりでた男! それを見てケレンコは、あっとおどろいた。 「おお、リーロフじゃないか。おいリーロフ、これは一体どうしたんだ」 だがリーロフはくるしそうにうめきながら、床のうえをころげまるばかりだった。それも道理、リーロフは、誰にやられたのか、猿ぐつわをかまされ、そしてうしろ手にしばられ、両足もぐるぐるまきにされている。 「どうしたのか、これは……」 とケレンコがおどろいてもう一度そういった時、室内からもう一人の男がよろめき出た。この男もリーロフ同様、しばられているが、はだか同様の姿だ。見れば、それはイワンという一等水兵だった。 相つづく怪事にさすがのケレンコも目をみはるばかりであった。 「イワン、どうした。太刀川はどこにいるのか。――おい、みんな、早くこの二人の綱をといてやれ」 綱だと思ったのは、電灯の線だった。 大男のリーロフは、猿ぐつわを靴の下にふみにじって、くやしそうに歯がみをした。 「委員長。あの太刀川めに、またやられました。あっという間に、私たち二人は投げとばされ、腰骨をいやというほどぶっつけたと思ったら、あのとおりひっくくられてしまいました。そして彼は、イワンの服をはいで着かえると、この入口から外へでていってしまいました。さあ、早く手配をしてください」 太刀川青年は、水兵服をきて、たくみにこの部屋からのがれたというのだ。なんという豪胆さ、なんという早業! ケレンコたちも、「ええっ」といったきり、しばらくは茫然と顔を見合わせるばかりだった。
見なれない当番水兵
太刀川時夫逃げ出す! ケレンコは、ようやく我にかえると、卓上電話で要所要所に非常線をはらせるように命ずるとともに、ひきつれた十人の部下に、一等水兵イワンをつけて、太刀川の行方をさがさせることにした。 要所要所をかためてしまえば、いくら逃げまわったところで、要塞外に逃げ出すことは出来ないのだ。 ケレンコは、もうふだんのおちつきをとりもどしていた。 潜水将校リーロフは、一さいの手配をおえると、むしゃくしゃしながら自分の部屋へかえった。腰骨のところもいたいが、それよりも、あの小男の太刀川にとっちめられたことが、しゃくにさわってならないのだ。彼はつよい酒をとりよせて、大きなコップでがぶがぶやった。 「うーん、いまいましい日本の小僧だ。こんどつかまえたら、おのれ………!」 酒壜は見る見る底が見えてきた。 「なんだ。もうおしまいか。たったこれだけじゃ、第一酔いがまわってこないじゃないか、うーい」 そうはいうものの、顔は、もうトマトのように赤かった。 そこへ電話のベルがじりじりなりだした。 「ええい、うるさい」 リーロフは、空の酒壜を逆手にとって、電話器になげつけた。 壜はがちゃんとわれて、破片が、そこら一面とびちったが、電話のベルはなおもじりじりと、なりつづける。 「ふーん、またケレンコの呼び出しだろう。うるさい大将だて」 リーロフは、ふらふらと立ち上って、電話器のところへいって、受話器をとりあげた。 「はあ、リーロフです。え、なんですって。さっき沈めたイギリスの商船の中から、こっちで使えそうな貨物をひっぱりだせというのですか。なに、私にその指揮を? ふーん、私はそんなまねはいやでござんすよ」 リーロフは、もうぐでんぐでんによっていた。受話器をもったまま、かたわらの安楽椅子のうえに、だらしなく尻をおろした。やはり電話の相手は、ケレンコ委員長であった。 「いいえ、ちがいますよ、委員長。私は酒なんぞに酔っていませんよ。第一酔うほどに、酒がないじゃありませんか」 といっていたが、その時ケレンコからなにをいわれたか、急ににやりと笑顔になって受話器をにぎりなおした。 「え、ガルスキーを免職させて、私を副司令にもってゆく。そりゃほんとうですか。ははあ、そいつはわるくありませんよ。この仕事はじめに、潜水隊員をひきいて、沈没商船のところへゆけというのなら、ゆかないこともありませんね。――なになに、その沈没商船は私のすきなイギリス産のすてきなウイスキーも積んでいるのですか。ほう、そいつは気に入った。それにしても委員長は、人をおだてるのが相かわらずうまいですね。よろしい、新任副司令リーロフ大佐は、これよりすぐ、海底へ突撃いたします、うーい」 リーロフは、さっきにかわるにこにこのえびす顔で、受話器をがちゃりとかけた。 「はっはっは。まるで幸運が、大洪水のように、流れこんで来たようなものだ。副司令にはなるし、沈没商船のどてっ腹を破ると、ウイスキーの泡がぶくぶくとわいてくるし。いや、ウイスキーに泡はなかったな。どれ、しばらくぶりに、太平洋の海底散歩としゃれるか」 彼は、このうえない上機嫌で、伝声管を吹いて、潜水隊員に出動の命令をくだした。それからよろめく足をふみしめて、戸棚をひらいた。そこには、奇妙な形をした深海潜水服が三つばかりならんでぶらさがっていた。いずれもケレンコ一味がほこるすこぶる優秀なものであって、これを着ると、上からゴム管で空気を送ってもらう面倒もなく、自由に海底を歩きまわれるものだった。それは大小さまざまのタイヤで人体の形につくったようなものだった。そして頭にかぶる兜みたいなものは、ばかに大きくて、その中に酸素発生器が入っていた。 リーロフが、その潜水服の一つをひきずりおろして、足を入れている時に、入口から一人の水兵が入ってきた。 「副司令、お手伝をいたしましょう」 「いや、手伝はいらない。この潜水服は、自分ひとりで着られるのが特長だてえことを貴様は忘れたか」 といって、気がついて水兵の顔をまぶしそうに見つめ、 「はて、貴様の顔はばかにもやもやしているが、貴様は誰か」 「は、昨日着任しました一等水兵マーロンであります。本日ただ今副司令当番となってまいりました」 「なんだ、一等水兵マーロンか。貴様は日本人太刀川のことを知っているか」 「は、名前はきいて知っております」 「そうか、知っとるか。その太刀川は、もうつかまったかどうか、貴様は知らないか」 「私はまだ聞いておりません」 「知らない。知らなければちょっと捜査本部に行って、様子を聞いてこい」 「はい。しらべてきます」 水兵は、いそぎ足に部屋から出ていった。――と思うと、どうしたわけか、その水兵は、またそっとひきかえしてきて、入口の扉のかげから、リーロフの様子をうかがうのであった。 あやしいのは水兵マーロンの行動だ。それもそのはず、彼こそ太刀川青年の変装姿だったのだ。 彼は、会議室で、リーロフ等をとっちめると、大胆にも司令室にしのびこんで、内部の仕掛をつぶさにしらべ、そこを出ると、こんどはリーロフの部屋の近くでリーロフの帰りを待ちかまえていたのだった。
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