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断層顔(だんそうがん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-25 6:32:25 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



   深夜の坂道


 帆村は甥と共に、そこを引揚げて彼の事務所へ戻った。
 若い甥は、帆村をそっちのけに昂奮こうふんしていた。帆村はそれをしきりになだめながら順々に仕事をつづけていった。
「こうなれば、谷間シズカ夫人の事件なんか後まわしにするんですね」
 蜂葉は、そうするように伯父へすすめたい一心から、そんな事をくりかえし口走った。
 帆村は何とも応えなかった。
 いつの間か、夜は更けた。
「おい、出掛けるよ。ついて来るかい」
「行きますとも。ですが、一体どこへ?」
 帆村の目あては、例のだらだら坂だった。厳冬であるが、ここは地下街のことだから、気温は二十度に保たれている。
 帆村は確信に燃えているらしく、その坂をさっさと昇っていった。
 坂を昇り切ろうとしたとき、帆村は甥に合図をした。
 二人は突然足を停めると、左へ向きをかえた。蜂葉が、あたり五メートル四方が満月の下ほどの明るさになる照明灯を点じた。帆村の姿も蜂葉の姿も、光の中にむきだしであった。蜂葉の手に光っているピストルまでが……。
「静かに、静かに。あなたが逃げなければ、ピストルは撃ちません」
 老探偵は、圧しつけるような調子で、自分に向い合っている醜怪なる顔の男に呼びかけた。彼は壁の奥に貼りつけられたようになっている。汚い帽子のつばの下から、節穴のような両眼を光らせ、歪んだ口を引裂けるほど開いて歯をむき出している……
「木田健一さん。あなたのことはよく知っていますよ。無電局23XSYの技師の草加そうか君から、みんな聞きましたよ。あなたの不運と不幸に心から同情します」
 老探偵のこの言葉に、その男の醜怪な顔は、奇妙な表情に変った。感情が動いたのである。
「私たちはこれからあなたと御一緒に、この上の家へ参りたいと思います。そして私たちは、徹頭徹尾、あなたの味方として、あなたにお手伝いしたいと思うのです。承知して下さるでしょう」
 歪んだ顔の男は、一時呆然ぼうぜんとなっていた。だがようやく老探偵のいうことを理解したらしい。
「あなたがた、どういう人です」
 かすれた声で、怪人はたずねた。
 帆村は正直に名乗った。
 怪人は、帆村たちが警察の命令を受けて彼を逮捕に来ているのでないことをいくども確めた後、始めて同行を承諾した。
「しかし相手に会っても、あなたの恨みを述べるだけになさい。暴力をふるうことはよくありません。それはあなたがその筋の同情を失うことにもなりましょうから」
 老探偵は、小さい子供にいってきかせるように言った。
 三人は歩き出した。
 だが蜂葉は気が気でなかった。
「おじさま、いいんですか。もし万一のことがあったなら……」
 彼は低声で伯父に注意した。この怪人を谷間シズカ夫人に会わせたとき、怪人はかっとなって夫人の頸を締めるようなことはないであろうか。もしそんなときには、帆村は事件依頼人に対してどういって申訳をするのだろう。
 だが、帆村は、心配しなくていいという意味の合図を甥に示しただけで、歩調を緩めようともしなかった。大した自信だ。
 三人が、アパートの入口へ続いた通路へ二足三足、足を踏み入れたとき、突如として奥から銃声が響いた。十数発の乱れ撃ちの銃声だった。
「しまったッ」
 老探偵はその場に強直して、舌打ちをした。かれの顔は、驚愕きょうがくにひきつっていた。
「行ってみましょう! 何事が――」
「待て、ムサシ君。もう遅いのだ」
 帆村の声は平常に戻っていた。
「なにが遅いというのです」
「射殺されたのだよ。あの男が……」
「あの男とは?」
「碇曳治が射殺されたんだ」帆村はそれから木田の肩へ手をおいた。「木田さん。あなたが恨みをいいたかった人は、一足違いで、死骸になってしまったらしいですよ。あなたは不満かも知れないが、約束ごとと思って諦めて下さい」
 木田は奇声をあげて、身体をがたがた慄わせている。老探偵は、木田をなだめながら彼を抱えるようにして、アパートへ入っていった。
 帆村の推察は当っていた。
 裏口のところに、碇は全身あけにそまって死んでいた。軽機けいきを抱えた特別警察隊員が集合していた。その隊長は、帆村と面識のある江川警部だった。
「ああ、帆村さん、殺してしまいましたよ。反抗したものですからね」
 警部の話によると、交川博士殺しの嫌疑で碇曳治を要急逮捕に向ったところ、彼はいきなりピストルを二挺とりだして反抗をしたので、それから双方の撃ち合いとなり、遂にここで彼を撃ち倒したのだという。
「夫人はどうしました」
 と、帆村は尋ねた。
「夫人は見えないのです。それから手廻り品なども見えないし、衣類戸棚も空っぽ同様なんです。夫人はどこかへ行っているらしいですね」
「おお、そうですか」
 帆村は、ほっと小さい吐息といきをもらした。それから、甥に護られて暗がりの中にしょんぼり立っている木田のところへ行き、
「木田さん。もうこれ位でいいでしょう。さ、もう引揚げようではありませんか。そしてあなたはおさしつかえなくば、私たちと一緒にぜひ私の家へ寄って下さいませんか。今夜はあなたをお客さまにしたいのです」

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