ながれるたる
高一少年をさらってゆく外国の貨物船が、いましきりに日本の軍艦から砲撃されています。 高一は、伝書鳩アシガラとともに、船ぞこにころがるたるのなかに、とじこめられているのです。このまま、汽船がうちしずめられると、高一は、海へおちて死んでしまうでしょう。 そのとき、天下無敵に強い電気鳩を、あやまってにがしたスパイ団長などのわる者たちは、たるをおいてある船ぞこをしきりにさがしています。高一は、ふとひとつのうまい工夫を考えつきました。 高一は一生けんめいで、いましめのなわから手をぬきました。ようやく、手がぬけると、こんどは力いっぱい、たるのふたを両手でつきあげました。三度、四度とやっているうちに、さすがに、かたくはまっていたふたも、ぎしりと音がして、すこしすきまができました。わる者たちは、わあわあさわいでいるので、その音に気がつきません。 「しめた。では、ここらでだましてやろう」 と、高一がたるのすきまから伝書鳩アシガラをはなすと、アシガラはぱたぱたとびまわります。 「あっ、電気鳩がいたぞ」 「しめた。さあ、はやくつかまえろ」 わる者たちは、電気鳩だと思いこんで、アシガラを大さわぎでおいかけました。 計略がうまくいったので、高一はたるの中でおおよろこびです。こうしておけば、しばらく日本の軍艦へむけておそろしい電気鳩をはなすことはできません。 「おい気をつけろ」 とスパイ団長のどなるこえがします。 「電気鳩をつかまえるときは、ゴムの手ぶくろをはめていないと、電気にかんじて、大けがをするぞ」 つい団長は、だいじなひみつをもらしました。 ばさっとあみをふりまわす音だの、鳩の強い羽ばたきなどがいりみだれて、たるの中の高一の耳にきこえてきました。 「さあ、早く電気鳩をつかまえろ、そして日本の軍艦めがけてはなして、しずめてしまえ」 わる者たちはいよいよ大さわぎです。 そのうちに、どかあんと音がしたと思うと、どっと船ぞこに海水がはげしくながれこんできました。日本軍艦のうった砲弾が、船ぞこをみごとにうちぬいたのです。 とたんに、高一のはいっていたたるは、海水にのってすうっともちあがると、水のすごいいきおいで、かいだんのすきまから甲板にとびだしました。そのひょうしに、たるのふたは何かにぶつかって、高一が出るひまもなく、またもとのようにかたくしまってしまいました。そして、ごろごろころがっているうちに、ぼちゃあんと海中におちてしまいました。 高一は、目をまわしてしまいました。気がついたときには、たるはしずみもせず、波のまにまに、ただよっているようでしたが、体はぐったりつかれて、ねむくてしかたがありません。
無人島
それからいく時間たったのか、おぼえていませんが、高一は、ねむりからさめました。 「おや、海の中にゆられゆられていたと思ったのに、これは、いったいどうしたんだろうなあ」 まったくへんなことでした。高一は、やはりたるの中にとじこめられているのにたるはゆれもせず、じっとしているのです。 「これはたいへんだ」 高一はたるのそとに、なにか音でも聞えはしないかと耳をすましましたが、なんの音も聞えません。そこで、大決心をして、たるのふたを力まかせにおしました。 ふたは、ぽかりとあきました。高一はたるの中から首を出しました。 「あっ、海岸だ!」 嵐はすっかりおさまり、朝日はまばゆく海上にかがやいていました。あたりはまっくろな砂が、いちめんにある美しい海べですが、うしろには、けわしい岩山がそびえていて、おそろしげに見えます。 「ここはどこだろう」 高一は、たるのなかから出て、めずらしげにあたりをながめました。まったく見たこともないところです。 高一は元気をだして、うら山にのぼってみました。そこへあがると、きっと村かなんかが、みえるにちがいないと思ったからです。 ところが、うら山にのぼってみておどろきました。村が見えるどころか、ここはいっけんの家もない小さな無人島(人のいない島)だったのです。 「無人島へながれついたとはよわった」 と、高一はひとりごとをいいました。 そしてなおも、あたりの海面を、しきりにみまわしていましたが、 「あっ、ボートみたいなものが二そう、こっちへこいでくるぞ」 たしかにボートです。大ぜいの人が、ぎっしりのっているようです。 高一は、おういと手をふりかけましたが、いや、まてまて、もし、わるいやつらの船だったらこまると思ってみあわせました。 やがて、ボートは波うちぎわにつきました。どやどやと船からおりてくる人をうら山のかげから見ていた高一の目は、きゅうにかがやきました。 「やあ、ミドリがいる!」 ミドリばかりではありません。 そのそばには、あのにくいスパイ団長もいました。 どうやら、れいの貨物船は、日本軍艦の砲弾にあたってしずんだようすです。だからわる者たちは、ボートにのってにげてきたのでしょう。 「ああ、かわいそうな妹……」 ミドリは、兄の高一が山の上から見ているともしらず、しょんぼりとして、わる者たちに手をひかれていました。村の見世物小屋からさらわれたままのすがたです。団長は、このかわいそうなミドリを、どうしようというのでしょうか。高一はすぐにもとんでいきたいきもちでしたが、そんなことをすれば、またいっしょにつかまると思って、がまんしました。 高一はすき腹をかかえて、夜をむかえました。わる者たちの方は、海べりにテントをはり、さかんに火をもやして、なにかうまそうなたべ物をにているようです。 高一は、うら山からぬけだすと、そっと、テントの方へおりてゆきました。さいわい、たれにも見とがめられずに、テントに近づくことができました。 「団長、こんな足手まといの娘なんか、ひと思いにころしてしまった方がいいじゃないか」 たれかが、おそろしいことをいっています。 「ばかをいえ。お前にはまだわからないのか。この娘をつれていって父親をせめりゃ、こんどこそは、日本軍の一番だいじにしている『地底戦車』が、どんなもので、どこにかくしてあるかをいわせることができるじゃないか」 わる者どもの話によって高一は、お父さまが、日本軍にとって、たいへんだいじな「地底戦車」のしごとをしていることをしりました。スパイ団長は、これからお父さまをひどい目にあわせ、日本軍に大きなそんをさせようとしているのです。 ミドリもかわいそうだが、お国のひみつをしられることは、なおさらこまったことです。 「どうしてこれを、日本軍や、お父さまにしらせたらいいだろう」 高一は、なんとかしていいちえをひねりだしたいものと考えながら、ふと、波うちぎわを見ると、一つの大きなたるがながれついています。そばによってみれば、ふしぎや中でことこと音がしています。なにが入っているのでしょう。
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