打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

東京要塞(とうきょうようさい)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/25 12:52:53 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



   秘密工事


「わしんとこの吉が御厄介(ごやっかい)になっとりますそうで、――」
 と、シンプソン病院の受付に、真青(まっさお)になってとびこんで来た五十がらみの請負師(うけおいし)らしい男があった。
「誰方(どなた)でございますか」
 と、肉づきのいい看護婦が、憎いほど落ちつき払って聞いた。
「えっ」と五十男は気をのまれた形であったが、「わしは土木工事の請負をやっている熊谷五郎造(くまがいごろぞう)です。うちの若い者の吉――というと本名は原口吉治(はらぐちきちじ)てえんですが、どこかで怪我をして、誰方やらに助けてもらって、こっちに御厄介になっていると聞きましたが……」
 すると看護婦は、軽くうなずいて、
「どうぞお上り下さいまし」
 といった。
 原口吉治は、ベッドの上にうんうん唸(うな)っていた。
 親方の声を聞くと、さすがにちょっと唸り声をやめたが、しばらくすると、またたまらなくなって前よりひどく唸りだした。
「どうしたんだ、吉。だからあれくらい云っといたじゃねえか。酒を呑みあるいちゃいけない。もし呑むんだったら、わしの家で呑め、それなら間違いもなくて済(す)むからと、あれほど云って置いたのに、これじゃしようがないじゃないか」
 と見舞いに来たのか、叱(しか)りに来たのか分らない親方五郎造だった。
「親方、当人は相当ひどい怪我をしているんですよ。それに私が通りかからなきゃ、命を落とすところだったんです。あまりガミガミ云っちゃ可哀(かわい)そうですよ」
 と、隅に腰を下ろしていた髭蓬々(ひげぼうぼう)の男がいった。彼は病院で借りたのらしい白いネルの病衣(びょうい)を二枚重ねて着ていた。
「おお、お前さんでしたね、わしのところへ知らせて下すったのは。そして吉も助けてもらって、どうも今度は、たいへん御厄介になって済みませんです」
「いや、なんでもありゃしません」
「いずれ後から、御礼はいたします」
「その御心配には及びませんよ」
 そういったこの男の言葉は、偽(いつわ)りがなかった。自分で抛(な)げこんで置いて、自分で助けたんだから、礼をされる筋合(すじあい)はない筈だった。
 五郎造は、病人の枕許でひどく弱ったらしい顔をしていた。それは病人の容態(ようだい)に対する心配だけではないように思われた。
「……ちょっ、仕様(しよう)がねえやつだ。これじゃ云訳(いいわけ)が立たないや。明日の朝は――これはえれえことになったぞ」
 五郎造はぶつぶつ独白(ひとりごと)をいっては、腹を立てていた。吉治の怪我で、彼はなにか大変困ったことに直面しているらしい様子だった。
 生命救助者を装う髭蓬々の男は、濡れていた半纏が乾いたというので、これに着かえながら、そろそろ暇乞(いとまご)いをする気色(けはい)に見えた。
「おう、もうお帰りですかい。そうだ、お前さんの名刺を一枚下さいな。お礼にゆかなきゃなりませんからね」
 すると半纏男は笑いながら、
「お礼には及びませんよ。それに、私は名刺なんか持っていないんです。月島(つきしま)二丁目に住んでいる正木正太(まさきしょうた)という左官なんです」
「ええっ、左官。するとお前さんは、近頃のコンクリート工事なんかやったことがあるのかね」
「ええ、すこしは覚えがあるんですが、大した腕でもありませんよ。なにしろ仕事がなくて、毎日、あっちこっちをうろついているのですからね」
「ふふーン、そうかい。そういうことなら、正太さんとやら、わしは一つお前さんに相談があるんだがね。いや、もちろんうちの者を助けてくれたお礼心から、ちとばかりお前さんに儲(もう)けさせようというんだ。実はね、ま、こっちへ来なさい」
 と五郎造は正木正太を病院の廊下へ連れだした。深夜のこととて他に面会人も歩いていず、そのあたりは湖水の底のようにしーんと鎮(しず)まりかえっていた。
「こいつは他言(たごん)して貰(もら)っちゃ困る。お前さんだから、信用してうちあけるんだが――」
 と前提して、五郎造親方は、いまやりかかっている或る秘密の土木工事があって、そこへ働きにゆく気はないか、なにしろ人員は厳選してある上に、一人足りなくても先方から喧(やかま)しくいわれるのだ。今夜吉治が怪我をしてしまったため、明朝は左官が一人足りなくなる。そのために先方からどんな苦情をうけるかと思うと、彼は気が気でないのだと包み隠さずにいって、この寒中(かんちゅう)に額(ひたい)にびっしょりとかいた汗を手巾(ハンカチ)で拭(ぬぐ)った。
「幸いお前さんが、左官をやれるというから、これはもっけのことだ。これも因縁(いんねん)だと思うから、一つやって見ては」
「でも、なんだか気味がわるいですね。秘密の工事なんて」
「いや、そう思うだけのことで、やっていることは普通の工事なんだ。ただ行くときと、帰るときに、目隠しをされるというだけのことさ。手間賃(てまちん)は一日七円だ。普通の倍だぜ」
「だって、いくら吉治さんが怪我でゆけないとしても、全然新顔の私が行ったんじゃ、先方で入れないでしょう」
「うん、そのことだが――」と五郎造は幾分苦しそうに眼玉を白黒させていたが、
「なあに、生命(いのち)を助けてくれたお前さんのことだあね、先方が信用するように、わしの親類とかなんとかいっとくよ。何しろ職人の数が揃わないことには、前もってちゃんと決っている工事がそのように進まないことになるから、わしはうんと叱られた上、大変な罰金をとられることになっているんだ。だからお前さんがいってくれりゃ、吉治の分も、わしの分も、二重の生命の恩人となるわけだよ。ね、いいだろう。一つうんと承知をしてくれよ」
 正木正太と名乗る半纏着の男は、ようやくのことで五郎造の薦(すす)めを応諾(おうだく)した。そしてシンプソン病院を辞去(じきょ)したのであるが、彼は寒夜(かんや)の星を仰(あお)ぎながら、誰にいうともなく、次のようなことを呟(つぶや)いたのだった。
「どうも古くさい狂言(きょうげん)だ。だが、古いものは古いほど安心して使える、といわれるが、なるほど尤(もっと)もな話だなあ」

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]  下一页 尾页




打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口