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特許多腕人間方式(とっきょたわんにんげんほうしき)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-25 15:49:21 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


      5

 ×月×日 曇り、また雪ちらちら。
 本日も出勤。長蛇逸したる如き金一百円の成功報酬を、今日も机の前に坐って、残念がること、例の如し。
 しかるところ、午前十一時ごろ、余は、未知なる二人の紳士の来訪を受けたり。金巻七平氏及び後頭光一氏なり。
 余は、心を静めて、両氏を引見した。両氏の用件は、意外にも、先日公告の『多腕人間方式』の権利を買いたしということだった。両氏は、それについて食事でもしながら、懇談したきが故に、ぜひお伴をという。依って余は、両氏の請うがままに身を委せ、築地の某料亭へ連れていかれたり。
「実は、発明者の田方堂十郎氏を、ご住居にお訪ねしたのですが、ご不在でして、結局、代理人たる先生にお願いするのが、最善の得策と考えまして、お願いに上りましたような始末で……」
 と、金巻氏がいえば、後頭氏もこれにかぶせて、
「先生のお力を持ちまして、一時間でも早く、あの権利を譲渡していただきたいのです。先生へは充分御礼をいたします。成功報酬は、千円でも二千円でも出します」
 余は、内心愕いた。とんでもない商売が、世の中には転がっているものだ。弁理士商売は、これは悪くないぞ、もしこれが夢でなければ……。
「ちょっとお待ち下さい」
 と、金巻氏が、後頭氏を抑え、
「その前に、あの特許で作った実物の腕を見せて頂こうじゃありませんか。それを拝見した上でのことに……」
「いや、そんなことを、言っている場合じゃありませんよ。ぐずぐずしていると、他所へ取られてしまう。もし外国人などに買われてしまったら、どうしますか。国防上、由々しき問題だ。すぐ決めましょう」
「しかし。三本目の腕をつける場所が、ちょっと心配になるのでしてナ、背嚢を背負うのに邪魔になったり、駈け足に邪魔になったりするのでは困るですからなあ」
 両氏の話を聞いていると、あの『多腕人間方式』を兵器に利用する計画のようであった。そこで余は、両氏に説明を求めた。
「……ご他言は絶対なさらないように願いますが、実は、あれを作ったうえで新兵器に採用願う計画なのです。要するに、三本目の腕を、兵隊さんに取付けるのです。兵隊さんの腕が、三本にふえると、とても強くなりますよ。たとえば、射撃をする場合を例にとりますとね、一本の手は銃身を先の方で握り、他の一本の手は、遊底をうごかし、そしてもう一本の特許の腕は引金を引く。そうなると、小銃の射撃速度は、たいへん速くなります。また、白兵戦の場合でもそうです。敵と渡りあうとき、敵の二本腕に対して、こっちの二本の腕で五分五分の対抗ができます。そうして、敵の二本腕の活用を阻止しておき、こっちは特許の三本目の腕を、そろそろ繰り出して軍刀を引っこぬき、ぶすりと敵の背中を刺して倒します。そうなれば、三本腕の兵の方が、絶対優勢です。そうじゃありませんか」
「ああ、なるほどなるほど」
 それを聞くと、今度は余の方が、昂奮してきた。そうだ、始めから、そんな気がしていたが、 この『多腕人間方式』は、実にすばらしい発明なんだ。しかしさすがの余も、これを国防方面へ応用することには気がつかなかった。
「今の話は、どうかこの場かぎりに願いたいのです。しかし私どもは、あの特許の実物が、いま申しましたような働きをするに充分だと認めれば、特許の買い取り価格をそうですねえ、まず二百万円までは出します」
「二百万円、あの『多腕人間方式』の特許権が二百万円になるのですか」
 余は、もう愕きを、隠していることができなかった。
「よろしい。なんとしても発明者を探し出して、連れてまいりましょう。もちろん、実物も、彼氏のところにあるはずですから、持参してご覧にいれられるように計らいましょう」
 余は、すべてを請合ったのだった。

      6

 ×月×日 晴、風強し。
 ついに、発明者田方氏の所在が分った。
 例のアパートのおかみさんが、極力あの区一帯を捜索してくれた結果、ついに分ったのであった。氏はしゃあしゃあとして、付近にある他のアパートに住んでいたのであった。
 余が入っていくと、発明者田方氏は、ベッドのうえに寝て、本を読んでいた。
「やあ、これは……逃げかくれはしない」
 彼は、愕いたようすもなく、ベッドに寝たままであった。
「ご病気ですか」
 その田方氏は、頭に、妙な頭巾をかぶっていた。婦人がパーマネントのセットのときにかぶるような器械兜に似ていたが、形は、むしろピエロのかぶるように、円錐状をなしていた。そしてどこか、起重機にも似ているし、また感じが、歯科医の使うグラインダー装置に似ているところもあった。
「いや、拙者は病気ではない。寒いときには、こうして寝ながら勉強しているに限ります。なにしろ、石炭も炭もありませんからなあ。しかしあんたがたの来訪を受けたから、マレー語独修第四十一課の途中じゃが、ここでいったんお休みとするか」
 そういって、田方氏は首をちょいと曲げた。すると、とつぜん、頭巾が、がしゃがしゃと動きだし、すっーと長く伸びたかと思うと、その先端が、くるっと曲って本の方へのび、そして本のページを折ると、ばたりと本を閉じた。すると田方氏は、頤をひいた。すると今度は、その機械の腕は、本を持ったまま、すーっと横のテーブルのうえへ持っていって、静かに置いた。
(あれぇ、これが、氏の発明の三本目の腕なんだな)
 余は、息がとまったように思った。
 田方氏は、首を反対の方へ曲げた。すると長く伸びていた機械腕は、ばさっと音をたてて、氏の頭のうえに畳まれてしまい、元のような頭巾になってしまった。
「ほう、素晴らしいご発明ですね」
 と、余は心から讃辞を呈した。
「しかし、三本目の腕を、頭に取り付けるんだとは、考えつきませんでした」
「寒いときは、三木目の腕を使うに限るですぞ。なにしろ機械腕のことだから、出し放しにしておいても、寒くなしさ。首の運動次第で、こいつがどうでも自由に動くのです。なかなか具合がよろしい。あまり具合がいいものだから、だんだんものぐさくなって、どちらへも失礼していたというわけだが、借金ばかり殖えてね」
 借金? という言葉に、余は、大切なことを氏に報告するのを忘れていたことに気がついた。
 出願公告決定のこと。それから、この特許権が二百万円に売れそうなこと。いや、もう大丈夫売れる。あの金巻、後頭両氏に、田方氏がいま頭にかぶっている機械腕を見せたら、そのときは、もう否も応もなしに、「買ったッ!」と叫ぶことであろう。
「田方さん。あなたの発明が、公告になりましたよ」
 と、私は詳細を早口で喋った。
「そして、あなたの発明を、ぜひ売ってくれという人が来ているのです。二百万円で買おうといっていますが……」
「ええッ、二百万円? 本当ですか、売れるにちがいないとは思っていたが、二百万円とは……」
 二百万円に売れたと聞いた瞬間に、発明者田方氏は、それまでの悠々たる落着きぶりを一時に失ってしまった。氏は大昂奮の態で、ベッドの上に跳ね起きると、大歓喜のあまり、首を右左へ強く振った。
 がちゃり!
 妙な音がしたと思ったら、とたんに、例の機械腕が、ぬっと前へ伸び、それから今度は内側へ折れ曲り、そして田方氏の首を、ぎゅっと締めつけてしまった。
「あっ、失敗しまった。おい、手を貸してくれ」
 田方氏の首から、三本目の腕をはなすのに、余と、アパートのかみさんとは、大骨を折らなければならなかった。
「やあ、くるしかった。二百万円と聞いたものじゃから、うれしさのあまり、つい間違って、首を振ったのです。あははは、あははは、機械というやつは、正直すぎて困るですな」
 余は、あらためて、氏の素晴らしい発明に対して、讃辞を呈した。そして、
「頭に、第三の腕をとりつけるとは、まったく画期的なご発明ですなあ」
 といえば、氏は、「なあに、その点は大したことはありませんよ。ほら、この動物をごらんなさい」
 氏はいつだが持っていた動物図鑑を余の前に開いてみせた。氏の機械腕が指さした図を見るとそれは小さいときから余らになじみ深き象であった。
 大発明のタネは、きわめて身辺に転がっているのだ。ただ、その人が、気がつかないだけのことである。





底本:「十八時の音楽浴」早川文庫、早川書房
   1976(昭和51)年1月15日発行
   1990(平成2)年4月30日2刷
入力:大野晋
校正:福地博文
2000年3月8日公開
2006年7月20日修正
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