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見えざる敵(みえざるてき)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-26 6:35:26 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 海野十三全集 第7巻 地球要塞
出版社: 三一書房
初版発行日: 1990(平成2)年4月30日
入力に使用: 1990(平成2)年4月30日第1版第1刷

 

上海四馬路シャンハイすまろ夜霧よぎりい。
 黄いろい街灯の下をゴソゴソうように歩いている二人連ふたりづれの人影があった。
「――うむ、首領かしらこのいえですぜ。丁度ちょうど七つ目の地下窓ちかそうにあたりまさあ」
 と、ななめに深い頬傷ほおきずのあるガッチリした男が、首領のそでをひっぱった。
「よし。じゃ入れ、ぬかるなよワーニャ」
 と、首領と呼ばれた眼玉が魚のように大きい男は、懐中からマスクを出して、目にかけた。
 合図の数だけ入口を叩くと、重い木製のドアが静かに内にいた。
 前室ぜんしつを通って、次の部屋にとびこむと、ここはガランとした広間だ。
 ガランとしたこの室には、中央に大きな古い卓子テーブルが一台。そのほかには隅に背の高い衝立ついたてが一つあるばかり。
「おお、――」
 と声があって、その衝立のうしろから現われた異様いような人物。長い中国服を着、その上に白い実験衣をフワリと着ている猫背ねこぜの男だった。頭髪とうはつひげものびっぱなしで、顔の中から出ているのは色の悪いソーセージのような大きな鼻だけだった。両眼りょうがん所在ありかは、煙色けむりいろのレンズの入った眼鏡にさえぎられて、よくは見えない。服装や身体つきから見ると、中国人らしいところもあるが、大きな鼻や深い髭から見ると西洋人のようでもある。
「やあ、楊博士ヤンはかせ」とワーニャは、相手を楊博士とよび、「こっちが首領ウルスキー氏だ」
 楊博士は、よろめくようにして卓子のふちをつかんで、グッと顔を前につきだした。
「おお貴様だ。さあ盗んだものを早く返せ」
 楊博士は髭をブルブルふるわせて叫んだ。
「うむ、これだろう」
 と、ウルスキーは上着の下からピカピカ光る人の顔ほどある黄金おうごんかんを出して、博士の方に見せた。
「あッ、それだッ」
 と、博士がかえるのようにとびついてゆくのをワーニャが横合よこあいからとんできて、博士の身体をつきとばした。
 博士はドンと尻餅しりもちをついて、蟾蜍ひきがえるのようにふくれた。
「ど、どっこい、そうはゆかないよ。見かけに似合にわ[#ルビ「にわ」はママ]わず、太い先生だ。これが欲しければ、約束どおり、あれを実験して見せろ。よく話をしてあったはずじゃないか」
 博士は膝頭ひざがしらに手をおいて、ヨロヨロと立ちあがったが、
「じゃあ、実験をして見せりゃ、必ず返すというんだナ」
「そうだ。待たせないで早くやらないか」
 博士はシブシブと承知の色を示した。
 彼は腰を折りまげて、卓子テーブルの下をのぞきこむと、のろのろした立居振舞たちいふるまいとはまるでちがった敏捷びんしょうな手つきで、一抱ひとかかえもあろうという大きな硝子壜ガラスびんをとりだして、卓子の上に置いた。その壜は横に大きな口がついて、扁平へんぺいわせのふたがついていた。
「さあ、こっちへよって、よく見るがいい」
 博士は手招てまねきした。
 首領しゅりょうウルスキーは、それッとワーニャに目くばせをして、今のうちに、奥まった隅にある衝立の蔭を見ておけと合図あいずをした。
 ワーニャは楊博士が卓子の上の硝子壜に気をとられている間に、衝立のうしろを素早く覗いてみたが、そこには仕切られた土間と壁があるばかりで、外に何物も見えなかった。
 ウルスキーはワーニャの答に、安心の色を見せた。怪博士楊羽よううの魔術?には、これまでに幾度も苦い目にあっていたから。
「さあ、この中を見るがいい。お前たちには何が見えるかナ」
 二人の訪問客は、博士の指す硝子壜のなかを覗きこんだが、中はまさしくからっぽで、なにも見えなかった。
「なにもないじゃないか」
「そうだ。それでいい」と博士は髭におおわれた大きな口をひんまげて薄笑いをし「では待ってれ。こうすると何か見えるかナ」
 と、博士は壜の胴中どうなかについている蓋をひらいて、ふところから出した小さな紙袋から二匹のはえをポンポンと壜の中に追いやり、そして蓋を締めた。
 二匹の蠅はブンブンうなりながら、壜のなかをいきおいよく飛びまわっていた。
「なアんだ。蠅を入れたのじゃないか。それが見えなくてどうする」
 ウルスキーは莫迦ばかにされたとでも思ったものか、腹立たしそうに叫んだ。
「蠅が二匹、たしかに見えるというのだナ。それでよしよし」楊博士は軽くうなずき「では暫く、この壜の中の蠅をよく見ておれ。よく見ておれば、今になにか異変を発見するじゃろう。そのときは、わしにいってくれ」
「なにか異変を、だって。うむ、ごまされるものか」
 二人は顔を硝子壜のそばによせ、目玉をグルグルさせて、壜の中をとびまわる蠅の行方ゆくえを追いかけていた。
 そのうちに二人は、
「オヤ、――」
 と叫んだ。つづいて間もなく、
「オヤオヤ。これは変だ」
 とおどろきの声をあげた。
「なにか起ったかナ」
「うむ。蠅が二匹とも、どこかに行ってしまった」
「蠅の姿が見えなくなったというわけだナ。どこへも行けやせんじゃないか。密閉した壜の中だ。どこへ行けよう。第一壜に耳をあてて、よく聞いてみるがいい。蠅はたしかに壜の中を飛んでいるのだ。はねの音が聞えるにちがいない」
 二人は半信半疑で、大きな硝子壜に耳をつけてみた。
「なるほど、たしかに翅がブーンブーンうなっている。それにもかかわらず蠅の姿が見えない。これは変だ」
 ウルスキーとワーニャは、互いに顔を見合わせて、怪訝けげん面持おももちだった。
 しばらくして二人は、云いあわせたようにホッと吐息といきをついた。
「さあ、これで儂の『消身法しょうしんほう』の実験は終ったのだ。約束どおり、その金環きんかんを返してもらおう」
 と、楊博士はウルスキーの手から金環をふんだくった。ウルスキーは呆然ぼうぜんとしている。
「これだこれだ。この金環だ。ああよくもわが手に帰ってきたものだ。わが生命よりもとうといこの世界の宝物ほうもつ! どれ、よく中を改めてみよう」
 黄金の環が、その宝物かと思ったが、博士はその環の一部をしきりにねじった。すると環が縦に二つにパクリと割れた。博士はソッと片側の金環をとりのけた。中は空洞くうどうであった。つまりこの金環は、黄金のくだを丸く曲げて環にしてあるものだった。
「ややッ。無いぞ無いぞ、大切な宝物がない。オイどうしたのだ。世界一の宝物を早くかえせ」
 ウルスキーは気がついて、
「なにをやかましいことをいうんだ。黄金おうごんかんはちゃんとお前の手に返っているじゃないか」
金環きんかんが宝物だといってはいないじゃないか。この環の中に入れてあったものを返せ」
「なにも入っていなかったじゃないか」
「嘘をつけ。たしかに入っていた」
「なにをいうんだ。それじゃ一体何が入っていたというんだ」
「毛だ。毛が一本入っていた」
「毛だって? はッはッはッ。そうだ、ちぢれた毛が一本入ってたナ。その毛が何だ。毛なんてものはくほどあるじゃないか」
「その毛を返せ。あれは世界の宝物なのだ。十萬メートルの高空で採取さいしゅした珍らしい毛なんだ。それを材料にして調べると、他の遊星ゆうせいの生物のことがよく分るはずなんだ。世界に只一本の毛なんだ。これ、冗談はあとにして、その毛をかえせ」
「この『消身法』の実験装置ととりかえならネ」
「うむ、そんなことはいやだ」と楊博士は首をふった。
「ええい面倒くさい。話はこれだ」と、首領ウルスキーは懐中からピストルを出して、博士の胸もとにつきつけ「折角せっかくかえしてやろうというのに、らなきゃ黄金の環もこっちへ貰って置く。おいワーニャ。お前はその『消身法』の硝子壜ガラスびんを貰ってゆけ」
「へへえ、この気味のわるい硝子壜をですかい」
 そのとき卓子の下から濛々もうもうと煙がふきだした。
「ほら、博士の奥の手が始まった。早く引きあげないと、またこの前のようにひどい目にう、気をつけろ」
 首領の怒鳴っているうちにすきがあったものか、博士はヒラリと身をひるがえして、衝立のうしろに逃げこんだ。
「どこへ逃げる。こいつ、待てッ」
 とウルスキーは博士を衝立のうしろに追いこんだ。だが、彼は衝立のうしろに、何にもない空間を発見したに過ぎなかった。そこへ逃げこんだにちがいない博士の姿がまるで煙のように消えてしまったのである。
「ワーニャ、硝子壜をもってすぐ逃げろ。ぐずぐずしていると、生命が危い」
 ワーニャは決心して硝子壜をかかえあげた。壜はわりあいに重かった。
 二人は出口の方へ向って走りだした。
 とたんにガチャンと大きな音がした。
失敗しまった」
 とワーニャが叫んだが、もう遅かった。彼の抱えていた硝子壜は床の上にちて、粉々こなごなになった。
 二人はワッといって、外に飛びだした。
 どっちへ行ってよいかわからぬ四馬路すまろの濃い霧の中を、二人は前になり後になり、必死に駈けだした。
 それでも、とにかく博士の追跡をのがれて、首領かしらウルスキーとワーニャは、一時間あまり後に仏租界ふつそかいそびえたつ大東新報だいとうしんぽうビルの裏口の秘密ドアの前に辿たどりついた。
 悪漢あっかんウルスキーなる人物は、マスクを取ると、いま上海シャンハイ国際社交界の大立者おおだてものとして知らぬ人なき大東新報社長ジョン・ウルランドその人に外ならなかった。ウルランド氏は、謹厳きんげんいやしくもせぬ模範的紳士として、社交界の物言う花からねらいうちの標的まととなっていた人物だった。
 秘密ボタンを押すと、ドアがひらいた。二人はビルの中へころげこむように入っていった。
 奥まった密室の安楽椅子あんらくいすのうえに身体をなげだすと、二人は顔を見合みあわせた。
「おいワーニャ。なんだって、あれほど大切な壜を床の上に落したんだ。大きな苦心を積んで、やっと手に入れたと思ったのに、手前の腕もにぶったな」
「鈍ったといわれちゃ、あっしも腹が立ちまさあ。なアに、あの壜には長紐ながひもがついていて、その元を卓子テーブルにくくりつけてあったんです。その紐てやつが、やっぱり目に見えないやつだったんで、俺だって化物ばけものじゃないから、見えやしません。腕からスポンとぬけて、足の下でガチャンといったときに、ハハア目に見えない紐がついてたんだなと、気がついてたってえわけです。化物でもなけりゃ、はじめから気がつく筈がない。――」
「ワーニャ、愚痴ぐちをいうのはよせ。いまさらグズグズいったって、元にかえりゃしない」
 ウルスキーは腹立たしそうに、太い葉巻をガリガリと噛んだ。
「ねえ、首領かしら」とワーニャは機嫌をとるようにいった。「楊博士の奴は、ひどく悄気しょげてたじゃないですか。たかが、たった一本の毛のことでねえ。莫迦ばからしいっちゃないや」
「うん。学者なんてものは、おかしなものさ。だが――」と彼は起き直って「あれがほんとに十萬メートルの上空で採取さいしゅしたもので、火星の生物の毛ででもあったら、こいつは素晴らしい新聞の特種とくだねだ。よオし、こいつはもうけ仕事だ。オイ、ワーニャ、お前すぐ編集次長のカメネフを電話でよびだせ」
「でも首領」とワーニャは急に不安な顔をして「そいつは大きに考え物ですぜ。あの宝物の毛をなくしたことについて博士は千萬ドルの紙幣を焼かれたようにブルブルふるえて怒っていましたぜ。あいつはきっと復讐せずにいないでしょう。ああそれなのに、あの火星獣かせいじゅうの毛のことをうちの新聞に素っぱぬくなんて、彼奴の憤慨ふんがいの火に油をそそぐようなものですよ。そしてもしか、社長がギャングの大将だとぎつけられてごらんなさい。そのときは新聞の読者は半分以下にりますよ。これは考えなおしたがいい」
「なにを臆病おくびょうなことをいいだすんだ。こんな素晴らしいチャンスを逃がすなんてえことが出来ると思うかい。引込んでいろ」
「だって首領。あの楊博士と来た日にゃ……」

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