決死の探険隊
「おい、なんでもいいから、護身用になる木片でもナイフでも用意しろ。貝谷は銃を大切にしろ。銃は一挺しかないんだからな」 古谷無電局長は、探険隊長を命ぜられて、たいへんなはりきり方だ。彼は可愛がっていた丸尾技士のためにも、すすんでこの探険隊に加わりたいところだったのだ。 「さあ、用意はできたね。では探険隊出発! 漕げ! お一チ、二イ、お一チ、二イ」 古谷局長の指揮のもとに、ボートは大雨の中を矢のように波頭をつらぬいてすすむ。そのとき幽霊船はと見れば、嵐の中にまるで降りとめられたようにじっとうごかない。巨象が行水しているようでもある。船体からは、例の青白い燐光がちらちらと燃えている。さすがにものすさまじい光景で、櫂をにぎるわが勇士たちの腕も、ちょっとにぶったように見えたが、それも無理のないことであった。 「おい、しっかり漕げ! 生命の惜しい奴は、今のうちに手をあげろ。すぐ一号艇へ戻してやる」 もちろん誰も手をあげる者はいない。えいやえいやと、また懸け声がいさましくなった。 「そこだ。しっかり漕げ。貝谷、銃を構えていろ。――そこでこのボートを幽霊船の船尾にぶらさがっている縄梯子の下へつける。おれがのぼったら、お前たちもあとからついてのぼれ」 やがてボートはぐんぐんと幽霊船の下に近づいていった。見上げるような巨船だ。すっかり錆が出ているうえに、浪に叩かれてか、船名さえはっきり読めない。しかしとにかく外国船であることはたしかである。 なにしろ驟雨はまだおさまらず、波浪が高いので、ボートはいくたびか幽霊船に近づきながら、いくたびとなく離れた。 「えい!」いくど目であったかしらぬが、とうとう古谷局長は、身をおどらせて船と船との間を飛んだ。綱梯子は大きく揺れているが、局長の身体はそのうえに乗っている。 「おい、はやく漕ぎよせろ。局長を見殺しにしちゃ、おれたちの顔にかかわる」 「ほら、いまだ。とびうつれ」 なぜか船尾から、綱梯子が三条も垂れていた。二号艇の勇士たちは、つぎつぎに蛙のように、この綱梯子にとびついた。貝谷も銃を背に斜めに負うたまま、ひらりと局長のとなりの梯子にとびつき、そのままたったっと舷側へのぼっていった。彼は一番乗りをするつもりらしい。 「おい貝谷、油断をするな」 早くもそれをみとめて、古谷局長が声をかけた。局長は白鞘の短刀を腰にさしている。あと舷側まで、ほんの一伸びだ。おそれているわけではないが、胸が躍る。局長は、ひょいと身体をかるく浮かして、舷側に手をかけた。そしてしずかに頭をあげていった。 「見えた、甲板だ」古谷局長は、舷側ごしに甲板をながめ、「ふーん、やっぱり誰もいない」 「局長、甲板に人骨が散らばっています。あそこです。おや、こっちにも。……ち、畜生、どうするか覚えていろ!」と貝谷が叫んだ。 「なるほど、こいつは凄い。幽霊というやつが、こんなに荒っぽいものだと知ったのは、こんどが始めてだ」
船内の怪光
嵐の勢いがおとろえ、雨はだいぶん小やみになった。怪船の舷側に、鈴なりになっている二号艇の面々は、もう突撃命令がくだるかと、めいめいにナイフや棒切を握って、身体をかたくしている。 「さあ、突撃用意!」古谷局長が、いよいよ号令をかけた。 「船内捜索のときは、必ず二人以上組んでゆけ。一人きりで入っていっちゃ駄目だぞ。まずおれたちは船橋を占領する。そこで十分間たっても異状がなかったら、手をあげるから、こんどはみんなで船内捜索だ」 そういい捨てるようにして、局長は舷側を身軽くとび越え、甲板のうえに躍りあがった。つづいて、銃を持った貝谷が、甲板上の人となる。残りの艇員たちは、場所をさらに上にうつして、舷側越しに、両人の行動をじっと注視する。そのとき、また空が暗くなって、白い雨がどっと降ってきた。甲板を這う局長と貝谷の姿が痛ましく雨にたたかれ、ぼーっと霞む。 「突進だ」古谷局長は、貝谷をうながすと、脱兎のように駈けだした。そして船橋につづく狭い昇降階段をするするとのぼった。 「やっぱり誰もいないですね」貝谷は雨に叩かれている船橋をじっとみまわした。 「局長、どうもさっきから気になっているんだが、妙なものがありますぜ。あれをごらんなさい」貝谷は、船橋のうえを気味わるそうに指した。 「雨に洗われて、うすくしか見えませんが、血の固まりを叩きつけたようなものが、点々としているのではないですか」 「そうです。もしここが陸上なら、いやジャングルなら、猛獣の足跡とでもいうところでしょうな」 「ふん、冗談じゃないよ。ここは海の上じゃないか」 といったが、古谷局長も貝谷の指した妙な血の斑点がなんであるか、解くことができなかった。そのうちに、予定の十分間はいつの間にか経ってしまった。 「局長、舷側のところで、みんなが局長の信号を待っていますぜ」 「ああ、そうか。じゃあ、いよいよ船内を探してみることにしよう」 そういって局長は、待っている一同の方へ手をあげて、懸れの合図をおくった。待っていましたとばかり、一同はどやどやと甲板上に躍りあがった。 「おい貝谷。船室の方へいってみよう」二人は船室の方へ下りていったが、どの室の扉も壊れたり、または開いていて、室内はたとえようもなく乱れている。 「一体ここの船客たちは、どうしたんだろうね」 「幽霊に喰い殺されちまったんですよ」 「そうかなあ、それにしてはあまりに惨状がひどすぎるよ。ふん、ひょっとすると、この汽船の中に、恐ろしい流行病がはやりだして、全員みんなそれに斃れてしまったのではないかな」 「えっ、流行病ですって」貝谷の顔色はさっと変った。 「そうだ、そうかもしれない。たとえば、ペストとか、或いはまた、まだ人間が知らないような細菌がこの船内にとびこんでさ、薬もなにも役に立たないから、皆死んでしまったというのはどうだ」 「しかし局長、人骨だけ残っていて、満足な人体が残っていないのはどういうわけですかな」 そういっているうちに、二人は船橋へ通ずる階段のところへ出た。そのとき下の船艙から、なにかことんと物音がしたのを、二人は同時に聞きとがめた。その妙な物音は、ずっと下の船艙からきこえる。二人はその物音を追ってついに二番船艙の底まではいりこんだ。あたりは電灯も消えて真暗であった。が、どこからともなく吹いてくる血なまぐさい風! 「あっ、あんなところに、なにかキラキラ光っているものがある!」 と、貝谷が局長の腕をぐっと引寄せた。
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