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夜泣き鉄骨(よなきてっこつ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/26 6:46:32 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



     6


「これは横瀬さん。珍らしいね。さァ、こっちへ入ったり、入ったり」
 わしは、珍客の来訪にあって、だだっ広い、合宿の舎監(しゃかん)居間の一室へ招(しょう)じ入れた。
「今日は、何の御用かな」わしは尋(たず)ねた。
「実は一つ聴いていただきたいことがあるのでして……」横瀬は、例のモジャモジャ頭髪(かみ)に五本の指を突込むと、ゴシゴシと掻(か)いた。
「どんな話かしらぬが、言ってごらんなせえな」わしはチラリと、置時計の方を見たが、もう午後十時に近かった。
「じゃ、聴いて貰いますか」そう云って横瀬は、莨(たばこ)を一本、口に銜(くわ)えた。「これは、俺(おれ)の知っている、或る男の、素晴らしい計画なんだ。ねえ、その男は、自分の情婦(おんな)を、若い男に失敬されちまったんだ。いや、おまけに、情婦というのが、若い男の胤(たね)を宿しちまった。いいですか。これが普通の場合だったら、旦那どの胤だと、胡魔化(ごまか)せるんだが、生憎(あいにく)と、その旦那どのというのは、女に子を産ませる力がないことが医学的に判っているのだ。それで、胎(はら)の子を、胡魔化しようもないので、若い二人は秘(ひそ)かに会って泣きながら相談した。いい智恵も見付からぬ裡(うち)に、女の身体はだんだんと隠せない程、変ってくる。とうとう仕方なしに、胎の子には罪なことだが、堕胎(だたい)をすることに決心をした。若い男は、堕胎道具と、薬品を、さるところで手に入れて、女を呼びだした。二人は非常に人目を忍ぶ事情にあるというのが、これが鳥渡(ちょっと)でも、旦那どのの耳に入れば、二人とも殺されてしまうに、きまってる。そこで誰にも知られぬ秘密の逢(あ)い場所というのが必要だったが、それは、たった一つあった。どこだと云うと、若い男の勤(つと)めている工場の、クレーンの上だった。若い男は、クレーンの運転手なんだ。工場が引けてしまうと、あの広い内部が、がらん胴(どう)だ。幸い女も、工場の案内を知っていた。というのが、その女も工場に働いていたのだ。女は恋しい男に逢いたいばっかりに、真暗(まっくら)な工場に忍び入り、非常に高い鉄梯子(ばしご)を女の力で昇ったり、降りたりしたのだ。さて堕胎手術も、勿論(もちろん)その高いクレーンの上で、やることになった。若い男は教わって来たとおり、道具を女の身体に、挿(さ)し入れて、或る薬液を注入した。それは或る時間の後になって、成功したことが始めて判った。しかし女は、暫くの間、工場を休み、病臥(びょうが)しなければならなかった。だが折角(せっかく)の二人の苦心も水の泡だった。というのが、旦那どのが、女の様子から、疑惑を生じたためだった。その男は非常に嫉妬(しっと)深い奴(やつ)だったが、人一倍、利口な男なので、それと色には出さず、さまざまの苦心をして、情婦(おんな)をめぐる疑雲(ぎうん)について、発見につとめた。鬼神(きじん)のような其(そ)の男は、なにもかも知ってしまった。二人の身辺(しんぺん)から、歴然たる証拠も掴(つか)んだのだった。それより、ずっと前、旦那どのは、大体の輪廓(りんかく)を知ったので、憎むべき二人に対して、どんな復讐(ふくしゅう)をしようかと、画策(かくさく)した。その結果、考え出したのは、世にも恐ろしい二人の自滅(じめつ)計画だった。彼は、二人が堕胎を計った第九工場というのに、(夜泣(よな)き鉄骨(てっこつ))という怪談を植(う)えつけた。その実、彼がコッソリ、夜中になると、工場へ忍びこみ、自分で、クレーンをキィキィ云わせたのだ。最後に、彼自身が、化物探険隊の先登(せんとう)に立って、真偽(しんぎ)を確(たしか)めたが、上と下とのスウィッチが、どっちも開(あ)いているのに、クレーンが、轟々(ごうごう)と動いたというので、これはいよいよ、怨霊(おんりょう)の仕業(しわざ)ということに極(き)まった。その実、その旦那先生が、先に立って、一々スウィッチを外(はず)して置いたのだ。怨霊の仕業ということになると、一番戦慄(せんりつ)を感じたのは、若い男と、例の女だ。二人とも大いに思い当るところがある。というのは、自分達が手を下して闇から闇へ送ってしまった胎児(たいじ)の怨霊のせいに違いないと思いこんでしまう。さァ、こうなると、旦那どのの計画は、いよいよ思う壺(つぼ)に嵌(はま)っていったというわけだ。探険の結果、これは怨霊の外(ほか)に、理由がつかないと決定した夜のこと、旦那どのは、夜業(やぎょう)をしている情婦(おんな)のところへ行って、遂に引導(いんどう)の言葉を渡してきた。それは、のっぴきならぬ証拠を手に入れたので、明日になったら、警察へ告発するぞと脅(おど)したのだ。情婦は、思い余(あま)って、自殺の意を決し、自分の働いている工場の熔融炉(キューポラ)に飛びこんで、ドロドロに熔(と)けた鉛(なまり)の湯の中に跡方(あとかた)もなく死んでしまった。こんどは、若い男の番だった。旦那どのは、探険隊の中に、その男を入れることを忘れなかった。若い男を、ジリジリと苦しめてゆくのが、たまらなく快感を唆(そそ)ったのだった。若い男は、クレーンが独(ひと)りで動き出す大恐怖(だいきょうふ)の前に、永い間、ひき据(す)えられていた。更(さら)に、戦慄(せんりつ)を禁(きん)じ得(え)ないクレーンの上へ、引張り上げられたり、又降ろされたりした。そこへ、突如として、女の自殺を聞いた。それには旦那どのも遽(あわ)てた位だ。若い男は、女の飛込んだ熔融炉目懸けて、駈け出して行った。彼も女の跡を追って、この炉の中で死のうと決心した。そう思うと、彼は脱兎(だっと)のように熔融炉の鉄梯子を、かけ上ったのだ。友人の一人が助けようとして、後から上ろうとすると、そこへ旦那どのが、飛び出して、彼をつきとばした。そして、旦那どのは、恨(うら)み重なる男のあとにつづいて梯子を上って行ったのだ。これを見ていた人々は喝采(かっさい)した。それもそうだろう。いやたった一人を除いてはネ。そいつは、工場の隅(すみ)から、コッソリこの場の光景を眺めていた俺によく似た男さ、はッはッはッ。だが、その男にも、旦那どのの復讐が、どのように行われるのか、見当がつかなかった。ひょっとすると、旦那どのは、わざと梯子昇りの速力(スピード)を落として、(残念ながら、追いつけなくて、若い男を殺してしまった!)と云いわけするのかと思っていたが、見ていると、どうやら、そうではない。いや、それは、鬼のように恐ろしい計画だった。旦那どのの考えは若い男が一旦飛び込んで、熱鉛(ねつえん)のため赤(あか)爛れに爛(ただ)れたところで若い男の死骸をひっぱり出すことにあった。俺は旦那どのが、梯子の上で嬉しそうに笑っているのに感付いた唯一(ゆいいつ)の人間だったかも知れない。若い男は、彼の手を離れて、コンクリートの床の上に叩きつけられたが、二た眼と見られた態(ざま)じゃなかった。旦那どのは、別に咎(とが)められもしなかった」
「面白い話だなァ、若(わ)けえの」わしは、静かに云った。「だが一つ腑(ふ)に落ちねえことがあるから尋ねるが、探険隊が工場の暗闇の中にいたとき、クレーンが轟々(ごうごう)と動いた。直ぐ灯(あかり)をつけたが、下のスウィッチは外(はず)れていた。いくら其の悪人が器用でも、電気なしで、あのクレーンは動かせないだろうぜ」
「そんなトリックに気がつかない俺ではないよ。その旦那どのは、クレーンを動かすスウィッチと、同じ型の、ソレ乙型(おつがた)スウィッチよ、あれを工場の栗原さんから借りて、暗闇で音をたてずスウィッチの開閉をすることを練習したんだ」
「出鱈目(でたらめ)を云うな」
「出鱈目ではない。では、証拠を出そうかね。その旦那どのは、工場の入口と、スウィッチまでの距離と、その取付けの高さとを正確に測って来て、この舎監居間の前の廊下に、それと同じ遠近(えんきん)に、借りて来たスウィッチをひっかけ、真夜中になると、暗闇の中で、練習をしたのだ。嘘と思うなら、舎監居間の戸口から六間先き、廊下から六尺の高さのところに、二本の釘跡(くぎあと)があるが、その寸法と、工場のスウィッチの位置とを較べて見ねえ。ぴったりと同じことだ。それから二本の釘の距離は、その旦那どのが借りていたスウィッチの二つの孔(あな)の間隔(かんかく)と同じことだが、実はそのスウィッチは製作の際に間違えて、孔の間隔を広くしすぎたので、この廊下の釘の距離も、普通のスウィッチには見られない特別の間隔(かんかく)になっている筈(はず)だ。ここらも、宿命的(しゅくめいてき)な証拠といえば言えるだろう。ウン、ぎゃーッ」
 わしの手には、お喋(しゃべ)り探偵の脳天(のうてん)を叩き破ったハンマーが、血にまみれて、握られていた。それは、彼氏がお喋りに夢中になっている間に、卓子(テーブル)の蔭から、コッソリ取出したものだった。だが、此(こ)の男を殺してしまったお蔭で、隠忍(いんにん)十年、殺人癖(さつじんへき)から遠去かっていた此(こ)のわしの身体には、久しく眠っていた悪血(あくけつ)が、一時に飢(う)えに目覚めて、湧(わ)きあがってきたようだ。わしの名か? 「片眼の岩(いわ)」と云やァ、ちっとは人に知られた吾儘者(わがままもの)だなア。





底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
   1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
   1932(昭和7)年8月号
※底本の「c.c.」は「※(全角CC、1-13-53)」で入力しました。
※「わし達の周(まわ)りには、」の「わし」にのみ、傍点がないのは底本通りです。
入力:tatsuki
校正:花田泰治郎
2005年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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