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修禅寺物語(しゅぜんじものがたり)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-27 9:25:41 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     第二場

おなじく桂川のほとり、虎渓橋こけいきょうの袂。川辺には柳幾本いくもとたちて、すすきあしとみだれ生いたり。橋を隔てて修禅寺の山門みゆ。同じ日の宵。

(下田五郎は頼家の太刀を持ち、僧は仮面めんの箱をかかえて出づ。)


 

五郎 上様は桂どのと、川辺づたいにそぞろ歩き遊ばされ、お供のわれわれは一足先へまいれとの御意であったが、修禅寺の御座所ももはや眼のまえじゃ。この橋のたもとにたたずみて、お帰りを暫時相待とうか。
僧 いや、いや、それはよろしゅうござるまい。桂殿という嫋女たおやめをお見出しあって、浮れあるきに余念もおわさぬところへ、われわれのごとき邪魔外道げどうが附きまとうては、かえって御機嫌を損ずるでござろうぞ。
五郎 なにさまのう。
(とは言いながら、五郎はなお不安の体にてたたずむ。)
僧 ことに愚僧はお風呂ふろの役、早うもどって支度をせねばなるまい。
五郎 お風呂とておのずと沸いて出づる湯じゃ。支度を急ぐこともあるまいに……。まずお待ちゃれ。
僧 はて、お身にも似合わぬ不粋をいうぞ。若き男女おとこおうながむつまじゅう語ろうているところに、法師や武士は禁物じゃよ。ははははは。さあ、ござれ、ござれ。
(無理に袖をひく。五郎は心ならずも曳かるるままに、打ち連れて橋を渡りゆく。月出づ。桂は燈籠を持ち、頼家の手をひきて出づ。)
頼家 おお、月が出た。河原づたいに夜ゆけば、芒にまじる芦の根に、水の声、虫の声、山家やまがの秋はまたひとしおの風情ふぜいじゃのう。
かつら れてはさほどにもおぼえませぬが、鎌倉山の星月夜とは事変りて、伊豆の山家の秋の夜は、さぞお寂しゅうござりましょう。
(頼家はありあう石に腰打ちかけ、桂は燈籠を持ちたるまま、橋の欄にりて立つ。月明らかにして虫の声きこゆ。)
頼家 鎌倉は天下の覇府はふ、大小名の武家小路、いらかをならべて綺羅きらを競えど、それはうわべの栄えにて、うらはおそろしき罪のちまた、悪魔の巣ぞ。人間の住むべきところでない。鎌倉などへは夢も通わぬ。(月を仰ぎて言う)
かつら 鎌倉山に時めいておわしなば、日本一の将軍家、山家そだちのわれわれは下司げすにもお使いなされまいに、御果報つたないがわたくしの果報よ。忘れもせぬこの三月、窟詣いわやもうでの下向路げこうみち、桂谷の川上で、はじめて御目見得をいたしました。
頼家 おお、その時そちの名を問えば、川の名とおなじ桂と言うたな。
かつら まだそればかりではござりませぬ。この窟のみなかみには、二本ふたもとの桂の立木ありて、その根よりおのずから清水を噴き、末は修禅寺にながれて入れば、川の名を桂とよび、またその樹を女夫めおとの桂と昔よりよび伝えておりますると、お答え申し上げましたれば、おまえ様はなんと仰せられました。
頼家 非情の木にも女夫はある。人にも女夫はありそうな……と、ついたわむれに申したのう。
かつら お戯れかは存じませぬが、そのおことば冥加みょうがにあまりて、このがんかならずかなうようと、百日のあいだ人にも知らさず、窟へ日参いたせしに、女夫の桂のしるしありて、ゆくえも知れぬ川水も、うれしき逢瀬おうせにながれ合い、今月今宵おん側近う、召し出されたる身の冥加……。
頼家 武運つたなき頼家の身近うまいるがそれほどに嬉しいか。そちも大方は存じておろう。予には比企ひき判官はんがん能員よしかずの娘若狭わかさといえる側女そばめありしが、能員ほろびしそのみぎりに、不憫ふびんや若狭も世を去った。今より後はそちが二代の側女、名もそのままに若狭と言え。
かつら あの、わたくしが若狭のつぼねと……。ええ、ありがとうござりまする。
頼家 あたたかき湯のくところ、温かき人の情も湧く。恋をうしないし頼家は、ここに新しき恋を得て、心の痛みもようやく癒えた。今はもろもろの煩悩ぼんのうを断って、安らけくこの地に生涯を送りたいものじゃ。さりながら、月には雲のさわりあり。その望みもはかなく破れて、予に万一のことあらば、そちの父に打たせたるかのおもてを形見と思え。叔父の蒲殿かばどのは罪のうして、この修禅寺の土となられた。わが運命も遅かれ速かれ、おなじ路をたどろうも知れぬぞ。
(月かくれて暗し。籠手こて臑当すねあて、腹巻したる軍兵つわもの二人、上下よりうかがい出でて、芒むらに潜む。虫の声にわかにやむ。)
かつら あたりにすだく虫の声、吹き消すように止みましたは……。
頼家 人やまいりし。心をつけよ。
(金窪兵衛尉行親、三十余歳。烏帽子えぼし直垂ひたたれ、籠手、臑当にて出づ。)
行親 うえ、これに御座遊ばされましたか。
頼家 誰じゃ。
(桂は燈籠をかざす。頼家すかしみる。)
行親 金窪行親でござりまする。
頼家 おお、兵衛か。鎌倉おもてより何としてまいった。
行親 北条殿のおん使いに……。
頼家 なに、北条殿の使い……。さてはこの頼家を討とうがためな。
行親 これは存じも寄らぬこと。御機嫌伺いとして行親参上、ほかに仔細もござりませぬ。
頼家 言うな、兵衛。物の具に身をかためて夜中の参入は、察するところ、北条の密意をうけて予を不意撃ちにする巧みであろうが……。
行親 天下ようやく定まりしとは申せども、平家の残党ほろびつくさず。かつは函根はこねより西の山路に、盗賊ども徘徊はいかいする由きこえましたれば、路次の用心としてかようにいかめしゅう扮装いでたち申した。上に対したてまつりて、不意撃ちの狼藉ろうぜきなんど、いかで、いかで……。
頼家 たといいかように陳ずるとも、憎き北条の使いなんどに対面無用じゃ。使いの口上聞くにおよばぬ。帰れ、かえれ。
(行親は騒がず。しずかに桂をみかえる。)
行親 これにある女性にょしょうは……。
頼家 予が召仕いの女子おなごじゃよ。
行親 おんつつしみの身をもって、素性すじょうも得知れぬいやしの女子どもを、おん側近う召されしは……。
(桂は堪えず、すすみ出づ。)
かつら 兵衛どのとやら、お身は卜者うらやか人相見か。初見参ういげんざんのわらわに対して、素姓賤しき女子などと、迂濶うかつに物を申されな。わらわは都のうまれ、母は殿上人にも仕えし者ぞ。まして今は将軍家のおそばに召されて、若狭の局とも名乗る身に、一応の会釈もせで無礼の雑言ぞうごんは、鎌倉武士というにも似ぬ、さりとは作法をわきまえぬ者のう。
冷笑あざわらわれて、行親は眉をひそめる。)
行親 なに。若狭の局……。して、それは誰に許された。
頼家 おお、予が許した。
行親 北条どのにもはからせたまわず……。
頼家 北条がなんじゃ。おのれらは二口目には北条という。北条がそれほどに尊いか。時政も義時も予の家来じゃぞ。
行親 さりとて、尼御台あまみだいもおわしますに……。
頼家 ええ、くどい奴。おのれらの言うこと、聴くべき耳は持たぬぞ。退すされ、すされ。
行親 さほどにおむずかり遊ばされては、行親申し上ぐべきようもござりませぬ。仰せに任せて今宵はこのまま退散、委細は明朝あらためて見参の上……。
頼家 いや、重ねて来ること相成らぬぞ。若狭、まいれ。
(頼家は起ち上りて桂の手を取り、打ち連れて橋を渡り去る。行親はあとを見送る。芒のあいだに潜みし軍兵つわもの出づ。)
兵一 先刻より忍んで相待ち申したに、なんの合図もござりませねば……。
兵二 手を下すべきおりもなく、空しく時を移し申した。
行親 北条殿の密旨をこうむり、近寄って討ちたてまつらんと今宵ひそかに伺候したるが、さすがは上様、早くもそれとさとられて、われに油断を見せたまわねば、無念ながらも仕損じた。この上は修禅寺の御座所へ寄せかけ、多人数一度にこみ入って本意を遂ぎょうぞ。上様は早業の達人、近習きんじゅうの者どもにも手だれあり。小勢の敵と侮りて不覚を取るな。場所は狭し、夜いくさじゃ。うろたえて同士撃どしうちすな。
兵 はっ。
行親 一人はこれより川下へ走せ向うて、村の出口に控えたる者どもに、即刻かかれと下知げじを伝えい。
兵一 心得申した。
(一人は下手に走り去る。行親は一人を具して上手に入る。木かげより春彦、うかがい出づ。)
春彦 大仁おおひとの町からもど路々みちみちに、物の具したる兵者つわものが、ここに五人かしこに十人たむろして、出入りのものを一々詮議するは、合点がてんがゆかぬと思うたが、さては鎌倉の下知によって、上様を失いたてまつる結構な。さりとは大事じゃ。
遠近おちこちにて寝鳥ねとりのおどろき起つ声。下田五郎は橋を渡りて出づ。)
五郎 常はさびしき山里の、今宵は何とやらん物さわがしく、事ありげにも覚ゆるぞ。念のために川の上下かみしもを一わたり見廻みまわろうか。
春彦 五郎どのではおわさぬか。
五郎 おお、春彦か。
(春彦は近づきてささやく。)
五郎 や、なんと言う。金窪の参入は……。上様を……。しかと左様か。むむ。
(五郎はあわただしく引っ返しゆかんとする時、橋の上より軍兵一人長巻ながまきをたずさえて出で、無言にて撃ってかかる。五郎は抜きあわせて、たちまちって捨つ。軍兵数人、上下より走り出で、五郎を押っ取りまく。)
五郎 やあ、春彦。ここはそれがしが受け取った。そちは御座所へ走せ参じて、この趣を注進せい。
春彦 はっ。
(春彦は橋をわたりて走り去る。五郎は左右に敵を引き受けて奮闘す。)


     第三場

もとの夜叉王の住家。夜叉王はかどにたちて望む。修禅寺にて早鐘を撞く音きこゆ。

(向うより楓は走り出づ。)


 

かえで 父様。夜討ちじゃ。
夜叉王 おお、むすめ。見て戻ったか。
かえで 敵は誰やらわからぬが、人数はおよそ二三百人、修禅寺の御座所へ夜討ちをかけましたぞ。
夜叉王 にわかにきこゆる人馬の物音は、何事かと思うたに、修禅寺へ夜討ちとは……。平家の残党か、鎌倉の討手か。こりゃ容易ならぬ大変じゃのう。
かえで 生憎あやにくに春彦どのはありあわさず、なんとしたことでござりましょうな。
夜叉王 われわれがうろうろ立ち騒いだとてなんの役にも立つまい。ただそのなりゆきを観ているばかりじゃ。まさかの時には父子おやこが手をひいて立ち退くまでのこと。平家が勝とうが、源氏が勝とうが、北条が勝とうが、われわれにはかかり合いのないことじゃ。
かえで それじゃと言うて不意のいくさに、姉様あねさまはなんとなさりょうか。もし逃げ惑うて過失あやまちでも……。
夜叉王 いや、それも時の運じゃ、是非もない。姉にはまた姉の覚悟があろうよ。
(寺鐘と陣鐘とまじりてきこゆ。楓は起ちつ居つ、幾たびか門に出でて心痛のてい。向うより春彦走り出づ。)
かえで おお、春彦どの。待ちかねました。
春彦 寄せ手は鎌倉の北条方、しかも夜討ちの相談を、測らず木かげで立聴きして、その由を御注進申し上ぎょうと、修禅寺まではけつけたが、前後の門はみな囲まれ、つばさなければ入ることかなわず、残念ながらおめおめ戻った。
かえで では、姉様の安否も知れませぬか。
春彦 姉はさておいて、上様の御安否さえもまだわからぬ。小勢ながらも近習の衆が、火花をちらして追っつ返しつ、今が合戦最中じゃ。
夜叉王 なにを言うにも多勢に無勢、御所方ごしょがたとても鬼神ではあるまいに、勝負は大方知れてある。とても逃れぬ御運の末じゃ。蒲殿といい、上様と言い、いかなる因縁かこの修禅寺には、土の底まで源氏の血がみるのう。
(寺鐘烈しくきこゆ。春彦夫婦は再び表をうかがい見る。)
かえで おお、おびただしい人の足音……。しのぎを削る太刀の音……。
春彦 ここへも次第に近づいてくるわ。
(桂は頼家の仮面を持ちて顔には髪をふりかけ、直垂ひたたれを着て長巻を持ち、手負ておいの体にて走り出で、門口に来たりて倒る。)
春彦 や、誰やら表に……。
(夫婦は走り寄りてたすけ起し、庭さきに伴い入るれば、桂はまた倒れる。)
春彦 これ、傷は浅うござりまするぞ。心を確かに持たせられい。
かつら (息もたゆげに)おお妹……。春彦どの……。父様はどこにじゃ。
夜叉王 や、なんと……。
(夜叉王は怪しみて立ちよる。桂は顔をあげる。みなみな驚く。)
春彦 や、侍衆さむらいしゅうとおもいのほか……。
夜叉王 おお、娘か。
かえで 姉さまか。
春彦 して、このていは……。
かつら 上様お風呂を召さるる折から、鎌倉勢が不意の夜討ち……。味方は小人数、必死にたたかう。女でこそあれこの桂も、御奉公はじめの御奉公納めに、このおもてをつけてお身がわりと、早速さそくの分別……。月の暗きを幸いに打物とって庭におり立ち、左金吾頼家これにありと、呼ばわり呼ばわり走せ出づれば、むらがる敵は夜目遠目に、まことの上様ぞと心得て、うちらさじと追っかくる。
夜叉王 さては上様お身替りと相成って、この面にて敵をあざむき、ここまで斬り抜けてまいったか。(血に染みたる仮面めんを取りてじっと視る)
春彦 われわれすらも侍衆と見あやまったほどなれば、敵のあざむかれたも無理ではあるまい。
かえで とは言うものの、あさましいこのお姿……。姉様死んで下さりまするな。(取り縋りて泣く)
かつら いや、いや。死んでもうらみはない。しず伏屋ふせやでいたずらに、百年千年生きたとて何となろう。たとい※(「日+向」、第3水準1-85-25)はんとき※(「日+向」、第3水準1-85-25)でも、将軍家のおそばに召し出され、若狭の局という名をも給わるからは、これで出世の望みもかのうた。死んでもわたしは本望じゃ。
(云いかけて弱るを、春彦夫婦は介抱す。夜叉王は仮面をみつめて物言わず。以前の修禅寺の僧、頭より袈裟けさをかぶりて逃げ来たる。)
僧 大変じゃ、大変じゃ。かくもうて下され、隠もうてくだされ。(内に駈け入りて、桂を見てまたおどろく)やあ、ここにも手負いが…。おお、桂殿……。こなたもか。
かつら して、上様は……。
僧 おいたわしや、御最期じゃ。
かつら ええ。(這い起きてきっと視る)
僧 上様ばかりか、御家来衆も大方は斬り死……。わしらも傍杖そばづえの怪我せぬうちと、命からがら逃げて来たのじゃ。
春彦 では、お身がわりの甲斐かいもなく……。
かえで ついにやみやみ御最期か。
(桂は失望してまた倒る。楓は取りつきて叫ぶ。)
かえで これ、姉さま。心を確かに……。のう、父様。姉さまが死にまするぞ。
(今まで一心に仮面をみつめたる夜叉王、はじめて見かえる。)
夜叉王 おお、姉は死ぬるか。姉もさだめて本望であろう。父もまた本望じゃ。
かえで ええ。
夜叉王 幾たび打ち直してもこの面に、死相のありありと見えたるは、われ拙きにあらず。鈍きにあらず。源氏の将軍頼家卿がかく相成るべき御運とは、今という今、はじめて覚った。神ならでは知ろしめされぬ人の運命、まずわが作にあらわれしは、自然の感応、自然の妙、技芸しんに入るとはこのことよ。伊豆の夜叉王、われながらあっぱれ天下一じゃのう。(快げに笑う)
かつら (おなじく笑う)わたしもあっぱれお局様じゃ。死んでも思いおくことない。ちっとも早う上様のおあとを慕うて、冥土めいどのおん供……。
夜叉王 やれ、娘。わかき女子が断末魔の面、後の手本に写しておきたい。苦痛をこらえてしばらく待て。春彦、筆と紙を……。
春彦 はっ。
(春彦は細工場に走り入りて、筆と紙などを持ち来たる。夜叉王は筆を執る。)
夜叉王 娘、顔をみせい。
かつら あい。
(桂は春彦夫婦に扶けられて這いよる。夜叉王は筆を執りて、その顔を模写せんとす。僧は口のうちにて念仏す。)


 

――幕――




 



底本:「日本の文学 77 名作集(一)」中央公論社
   1970(昭和45)年7月5日初版発行
初出:「文芸倶楽部」
   1911(明治44)年1月
入力:土屋隆
校正:小林繁雄
2006年4月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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