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富嶽の詩神を思ふ(ふがくのししんをおもう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/31 11:00:57 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1969(昭和44)年6月5日
入力に使用: 1985(昭和60)年11月10日初版第15刷
校正に使用: 1977(昭和52)年4月20日初版第7刷

 

 空(くう)を望んで駿駆する日陽、虚に循(したが)つて警立する候節、天地の運流、いつを以て極みとはするならん。
 朝(あした)に平氏あり、夕(ゆふべ)に源氏あり、飄忽(へうこつ)として去り、飄忽として来(きた)る、一潮(いつてう)山を噬(か)んで一世紀没し、一潮退き尽きて他世紀来る、歴史の載するところ一潮毎に葉数を減じ、古苔(こたい)蒸し尽して英雄の遺魂日に月に寒し。
 嗟吁(あゝ)人生の短期なる、昨日(きのふ)の紅顔今日(けふ)の白頭。忙々促々として眼前の事に営々たるもの、悠々(いう/\)綽々(しやく/\)として千載の事を慮(はか)るもの、同じく之れ大暮の同寝(どうしん)。霜は香菊を厭(いと)はず、風は幽蘭を容(ゆる)さず。忽(たちま)ち逝(ゆ)き忽ち消え、※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)冥(ばくめい)として踪(たづ)ぬべからざるを致す。
 墳墓何の権かある。宇内(うだい)を睥睨(へいげい)し、日月を叱※(「口+它」、第3水準1-14-88)(しつた)せし、古来の英雄何すれぞ墳墓の前に弱兎(じやくと)の如くなる。誰か不朽といふ字を字書の中に置きて、而(しか)して世の俗眼者流をして縦(ほしいまゝ)に流用せしめたる。嗚呼(あゝ)墳墓、汝の冷々たる舌、汝の常に餓ゑたる口、何者をか噬(か)まざらん、何物をか呑まざらん、而して墳墓よ、汝も亦た遂に空々漠々たり、水流滔々として洋海に趣(おもむ)けど、洋海は終に溢れて大地を包まず、冉々(ぜん/\)として行暮する人世、遂に新なるを知らず、又た故(こ)なるを知らず。
 花には花に弄(ろう)せられざるもの誰ぞ、月には月に翫(もてあそ)ばれざるもの誰ぞ、風狂も亦た一種の変調子、風狂も亦た一種の変調子なりとせば、人間いかにして変調子ならざる事を得む。暗冥(あんめい)なる「死」の淵に、相(あひ)及び相襲(あひつ)ぎて沈淪するもの、果して之れ人間の運命なるか。舌能く幾年の久しきに弁ぜん。手能く幾年の長きに支へん。弁ずるところ何物ぞ。支ふるところ何物ぞ。わが筆も亦た何物ぞ。言ふ勿(なか)れ、蓊欝(をううつ)たる森林、幾百年に亘りて巨鷲を宿らすと。言ふ勿れ、豊公の武威、幾百世を蓋ふと。嗟(あゝ)何物か終(つひ)に尽きざらむ。何物か終に滅せざらむ。寤(さ)めざるもの誰ぞ、悟らざるもの誰ぞ。損喪(そんさう)せざるもの竟(つひ)に何処(いづこ)にか求めむ。
 寤(ご)果して寤か、寐(び)果して寐か、我是を疑ふ。深山(しんざん)夜に入りて籟あり、人間昼に於て声なき事多し。寤(さ)むる時人真に寤めず、寐る時往々にして至楽の境にあり。身躰四肢必らずしも人間の運作を示すにあらず、別に人間大に施為(せゐ)するところあり。ひそかに思ふ、終に寤(さめ)ざるもの真の寤(ご)か。終に寐せざるもの真の寐か。此境に達するは人間の容易(たや)すく企つる能はざるところなり。
 愛すべきものは夫(そ)れ故郷なるか、故郷には名状すべからざるチヤームの存するあり。風流雅客を嘲(あざけ)るもの、邦家を知らざるの故を以て彼等を貶(へん)せんとする事多し。故郷は之れ邦家なり、多情多思の人の尤も邦家を愛するは何人か之を疑はむ。孤剣提(ひつさ)げ来りて以太利(イタリー)の義軍に投じ、一命を悪疫に委(ゐ)したるバイロン、我れ之を愛す。」請ふ見よ、羅馬(ローマ)死して羅馬の遺骨を幾千万載に伝へ、死して猶(な)ほ死せざる詩祖ホーマーを。」邦家の事曷(いづく)んぞ長舌弁士のみ能く知るところならんや、別に満腔の悲慨を涵(たゝ)へて、生死悟明の淵に一生を憂ふるものなからずとせんや。
 俗物の尤も喜ぶところは憂国家の称号なり。而して自称憂国家の作するところ多くは自儘(じまゝ)なり。彼等は僻見多し、彼等は頑曲(ぐわんきよく)多し。彼等は復讐心を以て事を成す。彼等は盲目の執着を以て業を急(いそ)ぐ。彼等は夢幻中の虚想を以て唯一の理想となす。彼等の慷慨、彼等の憂国、多くは彼等の自ら期せざる渦流に巻き去られて終ることあるものぞ。
 朽ちざるものいづくにある、死せざるものいづくにある。われ答を俟(ま)ちて躊躇(ちうちよ)せり、而して答遂に来らず。朽ちざるに近きものいづくにかある。死せざるに近きものいづくにかある。われこの答へを聞かんが為に過去の半生を逍遙黙思に費(つひ)やせり。而して遂にその一部分を聞けりと思ふは、非か、非ならざるか。

天地(あめつち)の分れし時ゆ、神さびて高く貴き駿河なる富士の高嶺(たかね)を、天の原振りさけ見れば渡る日の、影も隠(かく)ろひ、照る月の、光も見えず、白雲もい行憚(ゆきはゞか)り時じくぞ雪は降りける、語り継ぎ云ひ継ぎ行かん富士の高嶺は。(赤人)

 白雲、黒雲、積雪、潰雪(くわいせつ)、閃電(せんでん)、猛雷、是等のものを用役し、是等のものを使僕し、是等のものを制御して而して恒久不変に威霊を保つもの、富嶽(ふがく)よ、夫れ汝か。渡る日の影も隠ろひ、照る月の光も見えず、昼は昼の威を示し、夜は夜の威を示す、富嶽よ汝こそ不朽不死に邇(ちか)きものか。汝が山上の浮雲よりも早く消え、汝が山腹の電影よりも速に滅する浮世の英雄、何の戯れぞ。いさましや汝の山麓を西に馳する風、こゝろよや汝の山嶺を東に飛ぶ風。流転の力汝に迫らず、無常の権(ちから)汝を襲(おそ)はず。「自由」汝と共にあり、国家汝と与(とも)に樹(た)てり、何をか畏(おそ)れとせむ。
 遠く望めば美人の如し。近く眺れば威厳ある男子なり。アルプス山の大欧文学に於ける、わが富嶽の大和民族の文学に於ける、淵源(えんげん)するところ、関聯するところ、豈(あに)寡(すくな)しとせんや。遠く望んで美人の如く、近く眺めて男子の如きは、そも我文学史の証(あか)しするところの姿にあらずや。アルプスの崇厳、或は之を欠かん、然れども富嶽の優美、何ぞ大に譲(ゆづ)るところあらん。われはこの観念を以て我文学を愛す。富嶽を以て女性の山とせば、我文学も恐らく女性文学なるべし。雪の衣を被(かつ)ぎ、白雲の頭巾(づきん)を冠りたる恒久の佳人、われはその玉容をたのしむ。
 尽きず朽ちざる詩神、風に乗り雲に御して東西を飄遊し玉へり。富嶽駿河の国に崛起(くつき)せしといふ朝、彼は幾億万里の天崕(てんがい)よりその山巓(さんてん)に急げり、而して富嶽の威容を愛するが故に、その殿居に駐(とゞ)まり棲(す)みて、遂に復(ま)た去らず。是より風流の道大に開け、人麿赤人より降(くだ)つて、西行芭蕉の徒、この詩神と逍遙するが為に、富嶽の周辺を往返して、形(けい)なく像(ざう)なき紀念碑を空中に構設しはじめたり。詩神去らず、この国なほ愛すべし。詩神去らず、人間なほ味(あぢはひ)あり。

(明治二十六年一月)




 



底本:「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」筑摩書房
   1969(昭和44)年6月5日初版第1刷発行
   1985(昭和60)年11月10日初版第15刷発行
初出:「文學界 一號」女學雜誌社
   1893(明治26)年1月31日
入力:kamille
校正:鈴木厚司
2005年5月18日作成
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●表記について
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  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
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