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銅銭会事変(どうせんかいじへん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-3 7:32:56 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



    舁ぎ込まれた一丁の駕籠

 と、その時一丁の駕籠が、森の中へ担ぎ込まれた。
「こんな深夜にこんな所へ、担ぎ込まれるとは不思議千万、何か様子があるらしい」弓之助は社の背後うしろへ隠れた。
「おお先棒もうよかろう」「おっと合点、さあ下ろせ」
 駕舁きはトンと駕籠を下ろした。それから額の汗を拭いた。それからヒソヒソとささやき合った。
「おいねえさん、用があるんだ、ちょっくら駕籠から出ておくんなせえ」後棒の方がこういった。
「あい」と可愛らしい声がした。「もう着いたのでございますか」中から垂れが上げられた。「おやここは森の中、駕舁きさん、厭ですねえ。気味が悪いじゃあありませんか。どうぞ冗談なさらずに着ける所へ着けておくんなさい」言葉の調子が町娘らしい。
「まあ姐さん、せきなさんな。着ける所は眼の先だ。がその前にご相談、厭でもいて貰わなけりゃあならねえ」こういったのは先棒であった。「おお後棒、もうよかろう。お前からじっくりいい聞かせてやんねえ」両膝を立ててうずくまり、腰のあたりを探ったのは、煙管きせるでも取り出そうとするのだろう。
 先棒は及び腰をして覗き込んだ。
「のう姐さん、もうおおかた、見当は着いているだろう。いかにもおいらは駕舁きだ。が、問屋場に腰掛けていて、いちいちお客様のお出でを待って、飛び出すような玉じゃあねえ。もうちっとばかり荒っぽい方だ。おいらは石地蔵の六といい、仲間は土鼠もぐらの源太といって、大した悪事もやらねえが、コソコソ泥棒、掻っ払い、誘拐かどわかしぐらいはやろうってものさ、さてそこでお前さんだが、品川から駕籠に乗んなすった時おりから深夜よふけ、女身一人、出歩こうとは大胆だが情夫おとこにあいたいの一心から、家を抜け出して来たんだな、こう目星を付けたってものさ。で、先棒がいう事には、何も男の所まで、担いで行くにゃああたるめえ、大の男が二人まで、ここに揃っているのだからな。なるほど縹緻きりょうは悪かろう、肌だって荒いにちげえねえ。いうまでもなく情夫おとこの方が、やんわりと当るに違えねえ。だがそいつあ勘弁して貰い、厭でもあろうがおいら二人を、亭主に持ってはくれまいか、ちょっくら相談ぶって見ようてな。もっとも厭だといったところでおいそれと、聞く俺らじゃあねえ。よくねえ奴らに魅入られたと、こう思って器用に往生しねえ」
「おおおお六やどうしたものだ。そう強面こわもておどすものじゃねえ。相手は娘だジワジワとやんな」先棒の源太はかがんだまま、駕籠の中を覗き込んだ。
「ナアーニ姐さん心配しなさんな。外見はちょっとこわらしいが、これも案外親切ものでね。お前さんさえうんといったらそれこそ二人で可愛がって、堪能させるのは受け合いだ。が二人とも飽きっぽいんで、さんざっぱら可愛がったそのあげくには、千住こつか、品川か、新宿で、稼いで貰わなけりゃあならねえかも知れねえ。だがマアそいつは後のことだ。差し詰めここで決めてえのは、素直に俺らの女房になるか、それとも強情に首を振るか、二つに一つだ。返辞をしねえ」
 駕籠の中からは返辞がなかった。どうやら顫えてでもいるらしい。と、ようやく声がした。
「まあそれじゃああなた方は、悪いお方でござんしたか」


    振り袖姿に島田髷

「さあね、大して善人じゃあねえ。だがこいつもご時世のためだ。こんな事でもしなかったら、酒も飲めず、ととも食えず、美婦たぼ自由ままにゃあ出来ねえってものよ。恨むなら田沼様を恨むがいい」
「厭だとわたしが首を振ったら?」「二人で手籠めにするばかりさ」「もしも妾が声を立てたら?」「猿轡さるぐつわをはめちまう。だがもし下手にジタバタすると、喉笛に手先がかかるかもしれねえ。そうなったらお陀仏だ」「それじゃあ妾は殺されるの?」「可哀そうだがその辺だ」「死んじゃあ随分つまらないわね」「あたりめえだあ、何をいやがる」
 女の声はここで途絶えた。
「それじゃあ妾はどんなことをしても、がれることは出来ないんだね。仕方がないから自由ままになろうよ」
「へえ、そうかい、こいつあ偉い。ひどく判りのいいねえさんだ」
「だがねえ」と女の声がした。「見ればあなた方はお二人さん、妾の体はただ一つ、二人の亭主を持つなんて、いくら何んでも恥ずかしいよ。どうぞ二人でくじでも引いて、勝った方へ、体をまかせようじゃないか」
「なるほどなあ、こいつあ理だ。六ヤイ手前どう思う」
「そうよなあ」と気のない声で「おいらがきっと勝つのなら、籤を引いてもよいけれどな」
「そいつあこっちでいうことだ。おいどうする引くか厭か?」「どうも仕方がねえ引くとしよう。せっかく姐さんのいうことだ。逆らっちゃあ悪かろう」「よしそれじゃあ松葉籤まつばくじだ。長い松葉を引いた方が姐さんの花婿とこう決めよう」
 源太は頭上へ手を延ばし、松の枝から葉を抜いた。
「さあ出来た。引いたり引いたり」「で、どちらが長いんだい?」「冗談いうな、あたぼうめ、そいつを教えてなるものか。ふふん、そうよなあ、こっちかも知れねえ」「へん、その手に乗るものか。こいつだ、こいつに違えねえ」
 六蔵は松葉をヒョイと抜いた。
「あっ、いけねえ、短けえや!」
「だからよ、いわねえ事じゃねえ、こっちを引けといったんだ」
 源太は駕籠へ飛びかかった。「おお姐さん、婿は決まった」駕籠へ腕を差し込んだ。「恥ずかしがるにゃあ及ばねえ、ニッコリ笑って出て来ねえ」
 グイと引いた手に連れて、若い娘がヨロヨロと出た。頭上を蔽うた森の木の梢をもれて、月が射した。板高く結った島田髷、それに懸けられた金奴きんやっこ、頸細く肩低く、腰の辺りは煙っていた。紅色べにいろ勝った振り袖が、ばったりと地へ垂れそうであった。
「可愛いねえ、お前さんかえ、源さんや。花婿や」キリキリと腕を首へ巻いた。「さあ行こうよ、お宿へね」源太をグイと引き付けた。
「痛え痛え恐ろしい力だ。まあ待ってくれ、呼吸いきが詰まる」源太は手足をバタバタさせた。
意気地いくじがないねえ、どうしたんだよ。やわい[#「どうしたんだよ。やわい」は底本では「どうしたんだよ。やわい]じゃあないかえ、お前さんの体は。ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、手頼たよりないねえ」源太の首へ巻いた手を、グーッと胸へ引き寄せた。
「む――」と源太は唸ったが、ビリビリと手足を痙攣けいれんさせた。と、グンニャリと首を垂れた。
 手を放し、足を上げ、ポンと娘は源太を蹴った。一団の火焔の燃え立ったのは、脛に纏った緋の蹴出けだしだ。
化物ばけものだあァ!」と叫ぶ声がした。石地蔵の六が叫んだのであった。
 息杖を握ると飛び込んで来た。と、娘は入り身になり、六蔵の右腕をひっ掴んだ。と、カラリと息杖が落ちた。「ワ――ッ」と六蔵は悲鳴を上げた。とたんにドンと地響きがした。六蔵の体が地の上へ潰されたがまのようにヘタバった。寂然しんと後は静かであった。常夜燈の灯がまばたいた。ギー、ギーと櫓を漕ぐ音が、河の方から聞こえて来た。


    怪しの家怪しの人々

 クルリと娘は拝殿へ向いた。ポンポンと二つ柏手かしわでを打った。それからしとやかつまを取った。と、境内を出て行った。
 社の蔭に身を隠し、様子を見ていた弓之助は、胆を潰さざるを、得なかった。
「素晴らしい女もあるものだ。どういう素性の女だろう? ……待てよ、島田に大振り袖! ……ううむ、何んだか思いあたるなあ。一番後を尾行つけて見よう」
 数間を隔てて後を追った。浅草河岸を花川戸の方へ、引っ返さざるを得なかった。女はズンズン歩いて行った。月の光を避けるように、家の軒下を伝って歩いた。遠くで犬が吠えていた。人の子一人通らなかった。隅田川から仄白ほのしろい物が、一団ムラムラと飛び上がった。が、すぐ水面へ消えてしまった。それはかもめの群れらしかった。女は急に立ち止まった。そこに一軒の屋敷があった。グルリと黒塀が取りまいていた。一本の八重桜の老木が、門の内側から塀越しに、往来の方へ差し出ていた。満開の花は綿のように白く団々とかたまっていた。女は前後を見廻した。つと弓之助は家蔭に隠れた。女は門の潜り戸へ、ピッタリ身体をくっ付けた。それから指先で戸を叩いた。と、中から声がした。
「おい誰だ。名をなのれ」
「俺だよ、俺だよ、勘助だよ」
「うむそうか、女勘助か」
 ギ――と潜り戸があけられた。女の姿は吸い込まれた。八重桜の花がポタポタと散った。
 弓之助は思わず首をかしげた。「何んとかいったっけな、女勘助? ……では有名な賊ではないか」
 その時往来の反対むこうの方から、一つの人影が近付いて来た。月光が肩にこぼれていた。浪士風の大男であった。大髻おおたぶさに黒紋付き、袴無しの着流しであった。しずしずこっちへ近寄って来た。例の家の前まで来た。と、潜り戸へ体を寄せた。それから指でトントンと叩いた。
「何人でござるな、おなのりくだされ」すぐに中から声がした。
紫紐むらさきひも丹左衛門」
 すると潜り戸がギーと開いた。浪士の姿は中へ消えた。同時に潜り戸が閉ざされた。
 とまた一つの人影が、ポッツリ月光に浮き出した。博徒風の小男であった。心持ち前へ首を傾げ、足先を見ながら歩いて来た。急に人影は立ち止まった。例の屋敷の門前であった。ツと人影は潜り戸へ寄った。同じことが繰り返された。指先で潜り戸をトントンと打った。
「誰だ誰だ、名をいいねえ」
「新助だよ、早く開けろ」
「稲葉の兄貴か、はいりねえ」
 潜り戸が開き人影が消え、ふたたび潜り戸がとざされた。
 その後はしばらく静かであった。
 またもその時足音がした。足駄と草鞋わらじとの音であった。忽ち二つの人影が、弓之助の前へ現われた。その一人は旅僧であった。手甲てっこう脚絆きゃはん阿弥陀笠あみだがさずんぐりと肥えた大坊主であった。もう一人の方は六部であった。負蔓おいずるを背中にしょっていた。白の行衣を纏っていた。一本歯の足駄を穿いていた。弓之助の前を通り過ぎ、例の屋敷の門前まで行った。ちょっと二人は囁き合った。ツと旅僧が潜り戸へ寄った。指でトントンと戸を打った。すぐに中から声がした。
「かかる深夜に何人でござるな?」
「鼠小僧外伝だよ」
 つづいて六部が忍ぶようにいった。
「俺は火柱夜叉丸ひばしらやしゃまるだ」
 例によって潜り戸が、ギ――と開いた。二人の姿は吸い込まれた。ゴトンと鈍い音がした。どうやらかんぬきを下ろしたらしい。サラサラサラサラと風が渡った。ポタポタと八重桜の花が落ちた。そのほかには音もなかった。

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