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岷山の隠士(みんざんのいんし)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-3 7:39:29 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 国枝史郎伝奇全集 巻六
出版社: 未知谷
初版発行日: 1993(平成5)年9月30日
入力に使用: 1993(平成5)年9月30日初版
校正に使用: 1993(平成5)年9月30日初版

 


「いや彼は隴西ろうせいの産だ」
「いや彼はしょくの産だ」
「とんでもないことで、巴西はせいの産だよ」
「冗談を云うな山東さんとうの産を」
李広りこう[#「李広りこう」は底本では「季広りこう」]の後裔だということだね」
涼武昭王※(「日/高」、第3水準1-85-36)りょうぶしょうおうこうの末だよ」
 ――青蓮居士謫仙人せいれんこじたくせんにん、李太白の素性なるものは、はっきりわかっていないらしい。
 金持が死ぬと相続問題が起こり、偉人が死ぬと素性争いが起こる。
 偉人や金持になることも、ちょっとどうも考えものらしい。

 李白十歳の初秋であった。県令のもとに小奴となった。
 ある日牛を追って堂前を通った。
 県令の夫人が欄干にり、四方あたりの景色を眺めていた。
 穢らしい子供が、穢らしい牛を、臆面もなく追って行くのが、彼女の審美性を傷付けたらしい。
「無作法ではないか、よそをお廻り」
 すると李白は声に応じてした。
「素面欄鉤らんこうニ倚リ、嬌声外頭がいとうニ出ヅ、若シ是織女ニ非ズンバ、何ゾ必シモ牽牛ヲ問ハン」
 これに驚いたのは夫人でなくて、その良人おっとの県令であった。
 早速引き上げて小姓とした。そうして硯席にはべらせた。
 ある夜素晴らしい山火事があった。
「野火山ヲ焼クノ後、人帰レドモ火帰ラズ」
 県令は苦心してここまで作った。後を附けることが出来なかった。
「おい、お前附けてみろ」
 県令は李白へこう云った。
 十歳の李白は声に応じて云った。
「焔ハ紅日こうじつニ隨ツテ遠ク、煙ハ暮雲ヲツテ飛ブ」
 県令は苦々しい顔をした。それは自分よりも旨いからであった。
 五歳にして六甲を誦し、八歳にして詩書に通じ、百家を観たという寧馨児ねいけいじであった。田舎役人の県知事などが、李白に敵うべき道理がなかった。
 ある日美人の溺死人があった。
 で、県令は苦吟した。
「二八誰ガ家ノ女、飄トシテ来リ岸蘆がんろニ倚ル、鳥ハ眉上びじょうすいヲ窺ヒ、魚ハ口傍こうぼうノ朱ヲろうス」
 すると李白が後を継いだ。
「緑髪ハ波ニしたがツテ散リ、紅顔ハ浪ヲツテ無シ、何ニツテ伍相ごしょうニ逢フ、まさニ是秋胡しゅうこヲ想フベシ」
 また県令は厭な顔をした。
 で李白は危険を感じ、事を設けてつかえを辞した。
 詩的小人というものは、俗物よりも嫉妬深いもので、それが嵩ずると偉いことをする。
 李白の逃げたのは利口であった。
 剣を好み諸侯をかんして奇書を読みを作る。――十五歳迄の彼の生活は、まずザッとこんなものであった。
 年二十性※(「にんべん+蜩のつくり」、第4水準2-1-59)てきとう、縦横の術を喜び任侠を事とす。――これがその時代の彼であった。
 財を軽んじを重んじ、産業を事とせず豪嘯す。――こんなようにも記されてある。
 ある日喧嘩をして数人を切った。
 土地にいることが出来なかった。
 このころ東巖子とうがんしという仙人が、岷山みんざんの南に隠棲していた。
 で、李白はそこへ走った。
 聖フランシスは野禽を相手に、説教をしたということであるが、東巖子も小鳥に説教した。彼は道教の道士であった。
 彼が山中を彷徨さまよっていると、数百の小鳥が集まって来た。頭に止まり肩に止まり、手に止まり指先へ止まった。そうして盛んに啼き立てた。
 それへ説教するのであった。
 李白はそこへかくまわれることになった。
 ある日李白が不思議そうに訊いた。
「小鳥に説教がわかりましょうか?」
「馬鹿なことを云うな、解るものか。あんなに無暗むやみと啼き立てられては、第一声が通りゃアしない」
「何故集まって来るのでしょうか?」
「俺が毎日餌をやるからさ。小鳥にもてるのもいいけれど、糞を掛けられるのは閉口だ」
 一度彼が外出すると、彼の道服は鳥の糞で、穢ならしい飛白かすりを織るのであった。
「一体道教の目的は、どこにあるのでございましょう?」
 ある時李白がこう訊いた。
「つまりなんだ、幸福さ」
「幸福を得る方法は?」
長命ながいきすることと金を溜めることさ」
 まことあっさりした答えであった。


「どうしたら金が溜まりましょう?」
「働いて溜めるより仕方がない」
「その癖先生はお見受けする所、ちっとも働かないじゃありませんか」
「うん、どうやらそんな格好だな」
「働かないで溜める方法は?」
「よくこの次までに考えて置こう」
 一向張り合いのない挨拶であった。
「どうしたら長命が出来ましょう」
「いろいろ方法があるらしい」
「それをお教え下さいませんか」
「俺には解っていないのだよ」
「物の本で読みました所、内丹説、外丹説、いろいろあるようでございますね。枹木子ほうぼくしなどを読みますと」
「ほほう、それではお前の方が学者だ。ひとつ俺へ話してくれ」
 李白これには閉口してしまった。
 ある日東巖子が李白へ云った。
「天とは一体どんなものだろう?」
「ははあこの俺をためす気だな」
 すぐに李白はこう思った。
「道教の方で申しますと、天は百神の君だそうで、上帝、旻天びんてん、皇天などとも、皇天上帝、旻天上帝、維皇上帝、天帝などとも、名付けるそうでございますが、意味は同じだと存じます。天は唯一絶対ですが、その功用は水火木金土、その気候は春夏秋冬、日月星辰じつげつせいしんを引き連れて、風師雨師ふうしうしを支配するものと、私はこんなようにうけたまわって居ります」
「ふうん、大変むずかしいんだな。俺にはそんなようには思われないよ。色が蒼くて真丸まんまるで、その端が地の上へ垂れ下っている。こんなようにしか思われないがな」
 これには李白もギャフンと参った。
「地についてはどう思うな?」
 これは浮雲あぶないと思いながらも、真面目に答えざるを得なかった。
「地は万物の母であって、人畜魚虫山川草木、これに産れこれに死し、王者の最も尊敬するもの、冬至の日をもって方沢ほうたくに祭ると、こう書物で読みましたが」
「お前の云うことはむずかしいなあ。俺にはそんなようには見えないよ。変な色の、変に凸凹した、穢ならしいものにしか見えないがね」
 これにも李白は一言もなかった。
「お前は人の性をどう思うね?」
「はい、孔子に由る時は、『人之性直ひとのせいちょく罔之生也これをくらますはせいなり幸而免さいわいにまぬかれよ』こうあったように思われます。しかし孟子は性善を唱え、荀子は性悪を唱えました。だが告子は性可能説を唱え、又楊雄ようゆう韓兪かんゆ等は、混合説を唱えましたそうで」
「だがそいつは他人の説で、お前の説ではないじゃアないか」
「あっ、さようでございましたね」
「で、お前はどう思うのだ?」
「さあ、私にはわかりません」
「解るように考えるがいい」
「あの、先生にはどう思われますので?」
「俺か、俺はな、そんなつまらない事は、考えない方がいいと思うのさ。形而上学的思弁といって、浮世を小うるさくするものだからな」
 これには李白は何となく、教えられたような気持がした。
不味まず[#ルビの「まず」は底本では「まづ」]い物ばかり食っていると、肉放れがして痩せてしまう。美味うまい物を食え美味物を」
 こう口では云いながら、ひえだのあわだのきびだのを、東巖子は平気で食うのであった。
「綺麗な衣裳きものを着るがいい。そうでないと他人ひとに馬鹿にされる」
 こう云いながら東巖子は、一年を通してたった一枚の、穢い道服を着通すのであった。
「出世をしろよ、出世をしろよ、いい主人を目つけてな」
 こう云いながら東巖子は、山から出ようとはしないのであった。
 彼は言行不一致であった。
 それがかえって偉かった。
 彼は盛んに逆理を用いた。
 李白は次第に感化された。※(「にんべん+蜩のつくり」、第4水準2-1-59)儻不羈てきとうふきの精神が、軽快洒脱[#「洒脱」は底本では「酒脱」]の精神に変った。
 ある日突然東巖子が云った。
「お前は山川をどう思うな?」
「山は土の盛り上ったもの、川は水の流れるもの、私にはこんなように思われます」
「さあさあお前は卒業した。山を出て世の中へ行くがいい」
 ――で、翌日岷山みんざんを出た。

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