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五重塔(ごじゅうのとう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-4 9:52:40 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


       其二十三

 ※(「亶+鳥」、第3水準1-94-72)たかの飛ぶ時他所視よそみはなさず、鶴なら鶴の一点張りに雲をも穿うがち風にもむかつて目ざす獲物の、咽喉仏把攫ひつつかまでは合点せざるものなり。十兵衞いよ/\五重塔の工事しごとするに定まつてより寐ても起きても其事それ三昧ざんまい、朝の飯喫ふにも心の中では塔をみ、夜の夢結ぶにも魂魄たましひは九輪の頂を繞るほどなれば、況して仕事にかゝつては妻あることも忘れ果て児のあることも忘れ果て、昨日の我を念頭に浮べもせず明日の我を想ひもなさず、唯一てうなふりあげて木を伐るときは満身の力を其に籠め、一枚の図をひく時には一心の誠を其に注ぎ、五尺の身体こそ犬鳴き鶏歌ひ權兵衞が家に吉慶よろこびあれば木工右衞門もくゑもんが所に悲哀かなしみある俗世に在りもすれ、精神こゝろは紛たる因縁にられで必死とばかり勤め励めば、さきの夜源太に面白からず思はれしことの気にかゝらぬにはあらざれど、日頃ののつそり益※(二の字点、1-2-22)長じて、既何処にか風吹きたりし位に自然軽う取り做し、頓ては頓と打ち忘れ、唯※(二の字点、1-2-22)仕事にのみ掛りしは愚※おろか[#「(章+(攵/貢))/心」、81-上-11]なるだけ情に鈍くて、一条道より外へは駈けぬ老牛おいうしの痴に似たりけり。
 金箔銀箔瑠璃真珠水精すゐしやう以上合せて五宝、丁子ちやうじ沈香ぢんかう白膠はくきやう薫陸くんろく白檀びやくだん以上合せて五香、其他五薬五穀まで備へて大土祖神埴山彦神埴山媛神おほつちみおやのかみはにやまひこのかみはにやまひめのかみあらゆる鎮護の神※(二の字点、1-2-22)を祭る地鎮の式もすみ、地曳土取故障なく、さて龍伏いしずゑは其月の生気の方より右旋みぎめぐりに次第据ゑ行き五星を祭り、てうな初めの大礼には鍛冶の道をば創められしあま一箇ひとつみこと、番匠の道ひらかかれし手置帆負ておきほおひみこと彦狭知ひこさちの命より思兼おもひかねの命天児屋根あまつこやねの命太玉の命、木の神といふ※(二の字点、1-2-22)廼馳くゝのちの神まで七神祭りて、其次の清鉋の礼も首尾よく済み、東方提頭頼※(「咤-宀」、第3水準1-14-85)持國天王とうばうたいとらだぢごくてんわう西方尾※(「口+魯」、第4水準2-4-45)叉廣目天王さいはうびろしやくわうもくてんわう南方毘留勒叉増長天なんぱうびるろしやぞうちやうてん北方毘沙門多聞天王ほつぱうびしやもんたもんてんわう、四天にかたどる四方の柱千年萬年ゆるぐなと祈り定むる柱立式はしらだて天星色星多願てんせいしきせいたぐわんの玉女三神、貪狼巨門たんらうきよもん等北斗の七星を祭りて願ふ永久安護、順に柱の仮轄かりくさびを三ツづゝ打つて脇司わきつかさに打ち緊めさする十兵衞は、幾干いくその苦心も此所まで運べば垢穢顔きたなきかほにも光の出るほど喜悦よろこびに気の勇み立ち、動きなき下津盤根しもついはねの太柱と式にて唱ふる古歌さへも、何とはなしにつく/″\嬉しく、身を立つる世のためしぞと其しもの句を吟ずるにも莞爾にこ/\しつつ二度ふたたびし、壇に向ふて礼拝つゝしみ、拍手の音清く響かし一切成就の祓を終る此所の光景さまには引きかへて、源太が家の物淋しさ。
 主人は男の心強く思ひを外には現さねど、お吉は何程さばけたりとて流石女の胸小さく、出入るものに感応寺の塔の地曳の今日済みたり柱立式はしらだて昨日済みしと聞く度ごとに忌※(二の字点、1-2-22)敷、嫉妬の火炎ほむら衝き上がりて、汝十兵衞恩知らずめ、良人うちの心の広いのをよい事にして付上り、うま/\名を揚げ身を立るか、よし名の揚り身の立たば差詰礼にも来べき筈を、知らぬ顔して鼻高※(二の字点、1-2-22)と其日※(二の字点、1-2-22)※(二の字点、1-2-22)を送りくさる歟、余りに性質ひとの好過ぎたる良人うちも良人なら面憎きのつそりめもまたのつそりめと、折にふれては八重縦横に癇癪の虫跳ね廻らし、自己おのが小鬢の後毛上げても、ゑゝ焦つたいと罪の無き髪を掻きむしり、一文貰ひに乞食が来ても甲張り声に酷く謝絶りなどしけるが、或日源太が不在るすのところへ心易き医者道益といふ饒舌坊主遊びに来りて、四方八方よもやまの話の末、或人に連れられて過般このあひだ蓬莱屋へまゐりましたが、お傳といふ女からきゝました一分始終、いやどうも此方の棟梁は違つたもの、えらいもの、男児は左様あり度と感服いたしました、と御世辞半分何の気なしに云ひ出でし詞を、手繰つて其夜の仔細をきけば、知らずに居てさへ口惜しきに知つては重※(二の字点、1-2-22)憎き十兵衞、お吉いよ/\腹を立ちぬ。

       其二十四

 清吉そなたは腑甲斐無い、意地も察しも無い男、何故私には打明けて過般こなひだの夜の始末をば今まで話して呉れ無かつた、私に聞かして気の毒とおつに遠慮をしたものか、余りといへば狭隘けちな根性、よしや仔細を聴たとてまさか私が狼狽うろたへまはり動転するやうなことはせぬに、女と軽しめて何事も知らせずに置き隠し立して置く良人うちのひとの了簡は兎も角も、汝等そなたたちまで私を聾に盲目にして済して居るとは余りな仕打、また親方の腹の中がみす/\知れて居ながらに平気の平左で酒に浮かれ、女郎買の供するばかりが男の能でもあるまいに、長閑気のんきで斯して遊びに来るとは、清吉おまへもおめでたいの、平生いつも不在るすでも飲ませるところだが今日は私は関へない、海苔一枚焼いて遣るも厭なら下らぬ世間咄しの相手するも虫が嫌ふ、飲みたくば勝手に台所へ行つて呑口ひねりや、談話が仕たくば猫でも相手に為るがよい、と何も知らぬ清吉、道益が帰りし跡へ偶然ふと行き合はせて散※(二の字点、1-2-22)にお吉が不機嫌を浴せかけられ、訳も了らず驚きあきれて、へどもどなしつゝ段※(二の字点、1-2-22)※(二の字点、1-2-22)と様子を問へば、自己おのれも知らずに今の今まで居し事なれど、聞けば成程何あつても堪忍がまんの成らぬのつそりの憎さ、生命と頼む我が親方に重※(二の字点、1-2-22)恩を被た身をもつて無遠慮過ぎた十兵衞めが処置振り、飽まで親切真実の親方の顔踏みつけたる憎さも憎し何して呉れう。
 ムヽ親方と十兵衞とは相撲にならぬ身分のちがひ、のつそり相手に争つては夜光のたま小礫いしころ擲付ぶつけるやうなものなれば、腹は十分立たれても分別強く堪へて堪へて、誰にも彼にも鬱憤を洩さず知らさず居らるゝなるべし、ゑゝ親方は情無い、他の奴は兎も角清吉だけには知らしても可さそうなものを、親方と十兵衞では此方が損、我とのつそりなら損は無い、よし、十兵衞め、たゞ置かうやとはやりきつたる鼻先思案。姉御、知らぬ中は是非が無い、堪忍して下され、様子知つては憚りながら既叱られては居りますまい、此清吉が女郎買の供するばかりを能の野郎か野郎で無いか見て居て下され、左様ならば、と後声しりごゑ烈しく云ひ捨て格子戸がらり明つ放し、草履も穿かず後も見ず風より疾く駆け去れば、お吉今さら気遣はしくつゞいて追掛け呼びとむる二声三声、四声めにははや影さへも見えずなつたり。

       其二十五

 はつよきの音、板削る鉋の音、孔をるやら釘打つやら丁※(二の字点、1-2-22)かち/\響忙しく、木片こつぱは飛んで疾風に木の葉の翻へるが如く、鋸屑おがくづ舞つて晴天に雪の降る感応寺境内普請場の景況ありさま賑やかに、紺の腹掛頸筋に喰ひ込むやうなを懸けて小胯の切り上がつた股引いなせに、つつかけ草履の勇み姿、さも怜悧気に働くもあり、汚れ手拭肩にして日当りの好き場所に蹲踞み、悠※(二の字点、1-2-22)然と鑿を※(「石+刑」、第3水準1-89-2)衣服なり垢穢きたなき爺もあり、道具捜しにまごつく小童わつぱ、頻りに木を挽割ひく日傭取り、人さま/″\の骨折り気遣ひ、汗かき息張る其中に、総棟梁ののつそり十兵衞、皆の仕事を監督みまはりかた/″\、墨壺墨さし矩尺かねもつて胸三寸にある切組を実物にする指図命令いひつけ斯様かう彼様あゝ穿れ、此処を何様して何様やつて其処に是だけ勾配有たせよ、孕みが何寸凹みが何分と口でも知らせ墨縄なはでも云はせ、面倒なるは板片に矩尺の仕様を書いても示し、鵜の目鷹の目油断無く必死となりて自ら励み、今しも一人の若佼わかものに彫物の画を描き与らんと余念も無しに居しところへ、野緒ゐのしゝよりも尚疾く塵土ほこりを蹴立てゝ飛び来し清吉。
 忿怒の面火玉の如くし逆釣つたる目を一段視開き、畜生、のつそり、くたばれ、と大喝すれば十兵衞驚き、振り向く途端に驀向まつかうより岩も裂けよと打下すは、ぎら/\するまで※(「石+刑」、第3水準1-89-2)ぎ澄ませし釿を縦に其柄にすげたる大工に取つての刀なれば、何かは堪らむ避くる間足らず左の耳を殺ぎ落され肩先少し切り割かれしが、仕損じたりと又踏込ふんごんで打つを逃げつゝ、抛げ付くる釘箱才槌墨壺矩尺かねざし利器えものの無さに防ぐ術なく、身を翻へして退くはずみに足を突込む道具箱、ぐざと踏み貫く五寸釘、思はず転ぶを得たりやと笠にかゝつて清吉が振り冠つたる釿の刃先に夕日の光のきらりと宿つて空に知られぬ電光いなづまの、疾しや遅しや其時此時、背面うしろの方に乳虎にうこ一声、馬鹿め、と叫ぶ男あつて二間丸太に論も無く両臑もろずね脆くぎ倒せば、倒れて益※(二の字点、1-2-22)怒る清吉、忽ち勃然むつくと起きんとする襟元つて、やいおれだは、血迷ふな此馬鹿め、と何の苦も無く釿もぎ取り捨てながら上からぬつと出す顔は、八方睨みの大眼おほまなこ、一文字口怒り鼻、渦巻縮れの両鬢は不動を欺くばかりの相形。
 やあ火の玉の親分か、訳がある、打捨つて置いて呉れ、と力を限り払ひ除けむと※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)もが焦燥あせるを、栄螺さゞえの如き拳固で鎮圧しづめ、ゑゝ、じたばたすれば拳殺はりころすぞ、馬鹿め。親分、情無い、此所を此所を放して呉れ。馬鹿め。ゑゝ分らねへ、親分、彼奴を活しては置かれねへのだ。馬鹿野郎め、べそをかくのか、従順く仕なければまだ打つぞ。親分酷い。馬鹿め、やかましいは、拳殺すぞ。あんまり分らねへ、親分。馬鹿め、それ打つぞ。親分。馬鹿め。放して。馬鹿め。親分。馬鹿め。放して。馬鹿め。親。馬鹿め。はな。馬鹿め。お。馬鹿め馬鹿め/\/\、醜態ざまを見ろ、従順くなつたらう、野郎我の家へ来い、やい何様した、野郎、やあ此奴は死んだな、詰らなく弱い奴だな、やあい、誰奴どいつか来い、肝心の時は逃げ出して今頃十兵衞が周囲に蟻のやうにたかつて何の役に立つ、馬鹿ども、此方には亡者が出来かゝつて居るのだ、鈍遅どぢめ、水でも汲んで来て打法ぶつかけて遣れい、落ちた耳を拾つて居る奴があるものか、白痴め、汲んで来たか、関ふことは無い、一時に手桶の水不残みんな面へ打付ぶつけろ、此様野郎は脆く生るものだ、それ占めた、清吉ッ、確乎しつかりしろ、意地の無へ、どれ/\此奴は我が背負つて行つて遣らう、十兵衞が肩の疵は浅からうな、むゝ、よし/\、馬鹿ども左様なら。

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