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風流仏(ふうりゅうぶつ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-4 10:06:46 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



    第三 如是性にょぜしょう

      上 母はあらしはしる梅

 山家やまが御馳走ごちそう何処いずくも豆腐湯波ゆば干鮭からざけばかりなるが今宵こよいはあなたが態々わざわざ茶の間に御出掛おでかけにて開化の若い方には珍らしくこの兀爺はげじいの話を冒頭あたまからつぶさずに御聞おききなさるが快ければ、夜長の折柄おりからたつの物語を御馳走に饒舌しゃべりりましょう、残念なは去年ならばもう少し面白くあわれに申しあげ軽薄けいはくな京の人イヤこれは失礼、やさしい京の御方おかたの涙を木曾きそに落さおとさせよう者を惜しい事には前歯一本欠けたとこから風がれて此春以来御文章おふみさまよむも下手になったと、菩提所ぼだいしょ和尚おしょう様にわれた程なれば、ウガチとかコガシとか申す者は空抜うろぬきにしてと断りながら、青内寺せいないじ煙草たばこ二三服馬士まごりの煙管きせるにてスパリ/\と長閑のどかに吸い無遠慮にほださしべて舞い立つ灰の雪袴ゆきんばかまに落ちきたるをぽんとはたきつ、どうも私幼少から読本よみほんを好きましたゆえか、こういう話を致しますると図に乗っておかしな調子になるそうで、人我にんが差別しゃべつも分り憎くなると孫共まごどもに毎度笑われまするが御聞おききづらくも癖ならば癖ぞと御免おゆるしなされ。さてもそののち室香むろかはお辰を可愛かわゆしと思うより、じょうには鋭き女の勇気をふり起して昔取ったる三味しゃみばち、再び握っても色里の往来して白痴こけの大尽、なま通人つうじんめらがあい周旋とりもちうかれ車座のまわりをよくする油さし商売はいやなりと、此度このたび象牙ぞうげひいらぎえて児供こどもを相手の音曲おんぎょく指南しなん、芸はもとより鍛錬をつみたり、品行みもちみだらならず、かつ我子わがこを育てんという気のはりあればおのずから弟子にも親切あつく良い御師匠おししょう様と世に用いられてここ生計くらしの糸道も明き細いながら炊煙けむりたえせず安らかに日は送れど、稽古けいこする小娘が調子外れの金切声かなきりごえ今も昔わーワッとお辰のなき立つ事のしばしばなるに胸苦しく、苦労ある身の乳も不足なれば思い切って近き所へ里子にやり必死となりてかせぐありさま余所よそさえこれを見て感心なと泣きぬ。それにつれなきは方様かたさま其後そののち何の便たよりもなく、手紙出そうにも当所あてどころ分らず、まさかに親子おいづるかけて順礼にも出られねばう事は夢にばかり、覚めて考うれば口をきかれなかったはもしや流丸それだまにでもあたられて亡くなられたか、茶絶ちゃだち塩絶しおだちきっとして祈るを御存知ないはずも無かろうに、神様も恋しらずならあり難くなしと愚痴と一所いっしょにこぼるゝ涙流れてとどまらぬ月日をいつも/\憂いにあかうらみに暮らしてわがとしの寄るは知ねども、早い者お辰はちょろ/\歩行あるき、折ふしは里親と共に来てまわらぬ舌に菓子ねだる口元、いとしや方様に生き写しと抱き寄せて放し難く、つい三歳みっつの秋より引き取って膝下ひざもとそだつれば、少しはまぎれて貧家にぬく太陽のあたるごとさびしき中にも貴きわらいの唇に動きしが、さりとては此子このこの愛らしきを見様みようとも仕玉したまわざるか帰家かえられざるつれなさ、子供心にも親は恋しければこそ、父様ととさま御帰りになった時はこうしてる者ぞと教えし御辞誼おじぎ仕様しようく覚えて、起居たちい動作ふるまいのしとやかさ、仕付しつけたとほめらるゝ日をまちて居るに、何処どこ竜宮りゅうぐうへ行かれて乙姫おとひめそばにでもらるゝ事ぞと、少しは邪推の悋気りんききざすも我を忘れられしより子を忘れられし所には起る事、正しき女にも切なきじょうなるに、天道怪しくもこれを恵まず。運はさいの眼の出所でどころ分らぬ者にてお辰の叔父おじぶんなげのしち諢名あだな取りし蕩楽者どうらくもの、男はけれど根性図太くたれにも彼にもうとまれて大の字に寝たとて一坪には足らぬ小さき身を、広き都に置きかね漂泊ただよいあるきの渡り大工、段々と美濃路みのじ信濃しなのきたり、折しも須原すはらの長者何がしの隠居所作る手伝い柱を削れ羽目板をつけろと棟梁とうりょう差図さしずには従えど、墨縄すみなわすぐなにはならわぬ横道おうどう、おきち様と呼ばせらるゝ秘蔵の嬢様にやさしげなぬれを仕掛け、鉋屑かんなくずに墨さしおもいわせでもしたるか、とう/\そゝのかしてとんでもなき穴掘り仕事、それも縁なら是非なしと愛にくらんで男の性質もわけぬ長者のえせすい三国一の狼婿おおかみむこ、取って安堵あんどしたと知らぬが仏様に其年そのとしなられし跡は、山林いえくらえんの下の糠味噌瓶ぬかみそがめまで譲り受けて村じゅう寄り合いの席にかたぎしつかせての正坐しょうざ、片腹痛き世や。あわれ室香むろかはむら雲迷い野分のわけ吹くころ、少しの風邪に冒されてよりまくらあがらず、秋の夜ひややかに虫の音遠ざかり行くも観念の友となって独り寝覚ねざめの床淋しく、自ら露霜のやがてきえぬべきを悟り、お辰素性すじょうのあらましふるう筆のにじむ墨に覚束おぼつかなくしたためて守り袋に父が書きすて短冊たんざくトひらと共におさめやりて、明日をもしれぬがなき後頼りなき此子このこ如何いかなる境界におつるとも加茂かもの明神も御憐愍ごれんみんあれ、其人そのひと命あらばめぐあわせ玉いて、芸子げいこも女なりやさしき心入れうれしかりきと、方様の一言ひとことを草葉のかげきかせ玉えと、遙拝ようはいして閉じたる眼をひらけば、燈火ともしびわずかほたるの如く、弱き光りのもとに何の夢見て居るか罪のなき寝顔、せめてもうとお計りも大きゅうして銀杏いちょうまげ結わしてから死にたしとそでみて忍び泣く時お辰おそわれてアッと声立て、母様かかさま痛いよ/\ぼう父様ととさまはまだえらないかえ、げんちゃんがつから痛いよ、ととの無いのは犬の子だってぶつから痛いよ。オヽ道理もっともじゃと抱き寄すればそのまますや/\とねむるいじらしさ、アヽ死なれぬ身の疾病やまいこれほどなさけなき者あろうか。

      下 子は岩蔭いわかげむせ清水しみず

 格子戸こうしどがら/\とあけてしめる音はしずかなり。七蔵しちぞう衣装いしょう立派に着飾りて顔付高慢くさく、無沙汰ぶさたわびるにはあらで誇りに今の身となりし本末を語り、女房にょうぼうに都見物いたさせかた/″\御近付おちかづきつれて参ったと鷹風おおふうなる言葉の尾につきて、下ぐるかしら低くしとやかに。わたくしめはきちと申す不束ふつつかな田舎者、仕合しあわせに御縁の端につながりました上は何卒なにとぞ末長く御眼おめかけられて御不勝ごふしょうながら真実しんみの妹ともおぼしめされて下さりませと、のぶる口上に樸厚すなおなる山家やまが育ちのたのもしき所見えて室香むろか嬉敷うれしく、重きかしらをあげてよき程に挨拶あいさつすれば、女心のやわらかなるなさけふかく。姉様あねさまこれほどの御病気、殊更ことさら御幼少おちいさいのもあるを他人任せにして置きまして祇園ぎおん清水きよみず金銀閣見たりとて何の面白かるべき、わたしこれより御傍おそばさらず[#「ず」は底本では「す」]御看病致しましょとえば七蔵つらふくらかし、腹のうちには余計なと思いながら、ならぬとも云い難く、それならば家も狭しおれケは旅宿に帰るべしといってその晩は夜食のぜんの上、一酌いっしゃくよいうかれてそゞろあるき、鼻歌に酒のを吐き、川風寒き千鳥足、乱れてぽんと町か川端かわばたあたりにとどまりし事あさまし。室香はお吉にいてより三日目、我子わがこゆだぬるところを得て気も休まり、ここぞ天の恵み、臨終正念しょうねんたがわず、やすらかなる大往生、南無阿弥陀仏なむあみだぶつ嬌喉きょうこうすいはてを送り三重さんじゅう鳥部野とりべの一片のけむりとなって御法みのりの風に舞い扇、極楽に歌舞の女菩薩にょぼさつ一員いちにん増したる事疑いなしと様子知りたる和尚様おしょうさま随喜の涙をおとされし。お吉其儘そのままあるべきにあらねば雇いばばにはかねやってひま取らせ、色々片付かたづくるとて持仏棚じぶつだなの奥に一つの包物つつみものあるを、不思議と開き見れば様々の貨幣かね合せて百円足らず、是はと驚きて能々よくよく見るに、我身わがみ万一の時おたつ引き取ってたまわる方へせめてもの心許こころばかりに細き暮らしのうちより一銭二銭積み置きて是をまいらするなりと包み紙に筆の跡、読みさして身の毛立つ程悲しく、是までに思い込まれし子を育てずにおかれべきかと、つい五歳いつつのお辰をつれて夫と共に須原すはらもどりけるが、因果は壺皿つぼざらふちのまわり、七蔵本性をあらわして不足なき身に長半をあらそえば段々悪徒の食物くいものとなりてせる身代の行末ゆくすえ気遣きづかい、女房うるさく異見いけんすれば、何の女の知らぬ事、ぴんからきりまで心得て穴熊あなぐま毛綱けづな手品てづまにかゝる我ならねば負くるばかりの者にはあらずと駈出かけだしして三日帰らず、四日帰らず、あるいは松本善光寺又は飯田いいだ高遠たかとおあたりの賭場とばあるき、まくればなお盗賊どろぼうに追い銭の愚を尽し、勝てば飯盛めしもりに祝い酒のあぶくぜにを費す、此癖このくせ止めて止まらぬ春駒はるごま足掻あがき早く、坂道を飛びおりるよりすみやかに、親譲りの山も林もなくなりかゝってお吉心配に病死せしより、としわずかとおの冬、お辰浮世のかなしみを知りそめ叔父おじ帰宅かえらぬを困り途方とほうに暮れ居たるに、近所の人々、彼奴きゃつ長久保ながくぼのあやしき女のもと居続いつづけして妻の最期さいご余所よそに見る事憎しとてお辰をあわれみ助け葬式ともらいすましたるが、七蔵此後こののちいよいよ身持みもち放埒ほうらつとなり、村内の心ある者にはつまはじきせらるゝをもかまわずついに須原の長者の家敷やしきも、むなしく庭うち石燈籠いしどうろうに美しきこけを添えて人手に渡し、長屋門のうしろに大木のもみこずえ吹く風の音ばかり、今の耳にもかわらずして、すぐ其傍そのそばなる荒屋あばらやすまいぬるが、さても下駄げたと人の気風は一度ゆがみて一代なおらぬもの、何一トつ満足なる者なき中にもさかずきのみ欠かけず、柴木しばきへし折ってはしにしながら象牙ぞうげ骰子さいに誇るこそおろかなれ。かゝる叔父を持つ身の当惑、御嶽おんたけの雪のはだ清らかに、石楠しゃくなげの花の顔気高けだかく生れついてもお辰を嫁にせんという者、七蔵と云う名をきいては山抜け雪流なだれより恐ろしくおぞ毛ふるって思いとまれば、二十はたちして痛ましや生娘きむすめ、昼は賃仕事に肩の張るを休むる間なく、夜は宿中しゅくじゅう旅籠屋はたごやまわりて、元は穢多えたかも知れぬ客達きゃくだちにまでなぶられながらの花漬売はなづけうり帰途かえりは一日の苦労のかたまり銅貨幾箇いくつを酒にえて、御淋おさびしゅう御座りましたろう、御不自由で御座りましたろうと機嫌きげん取りどり笑顔えがおしてまめやかに仕うるにさえ時々は無理難題、先度せんど上田うえだ娼妓じょうろになれと云いかかりしよし。さりとては胴慾どうよくな男め、生餌いきえ食うたかさえぬくめ鳥は許す者を。


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