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熊の出る開墾地(くまのでるかいこんち)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/6 9:22:11 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 佐左木俊郎選集
出版社: 英宝社
初版発行日: 1984(昭和59)年4月14日

 

無蓋(むがい)の二輪馬車は、初老の紳士と若い女とを乗せて、高原地帯の開墾場(かいこんじょう)から奥暗い原始林の中へ消えて行った。開墾地一帯の地主、狼のような痩躯(そうく)の藤沢が、開墾場一番の器量よしである千代枝を伴(つ)れて、札幌の方へ帰って行くのだった。
 落葉松林が尽きると、路はもはや落ち葉に埋められて地肌を見せなかった。両側には山毛欅(やまぶな)、いたやかえで、斎※(「土へん+敦」、第3水準1-15-63)樹(ちさのき)、おおなら、大葉柏などの落葉喬木類が密生していた。馬車はぼこぼこと落ち葉の上を駛(はし)った。その上から黄色の葉が、ぱらぱらと午後の陽に輝きながら散りかかった。渋色の樹肌(きはだ)には真っ赤な蔦紅葉(つたもみじ)が絡んでいた。そして傾斜地を埋めた青黒い椴松(とどまつ)林の、白骨のように雨ざらされた枯(か)れ梢(こずえ)が、雑木林の黄や紅(あか)の葉間(はあい)に見え隠れするのだった。
「ほいや! しっ!」
 馭者(ぎょしゃ)が馬を追うごとに、馬車はぎしぎしと鳴(な)り軋(きし)めきながら、落ち葉の波の上を、沈んでは転がり浮かんでは転がって行った。
 落葉松林の中の下叢(したくさ)の陰に、一時間も前から息を殺して馬車の近付くのを待っていた若い農夫が、馭者の馬を追う声で起ち上がった。そして猟銃を構えながら、山毛欅の大木に身体を隠して路の方を窺(うかが)った。初老の紳士は、洋服の腕を若い女の背後に廻して、優しく何かを語りかけていた。若い女は軽い微笑の顔で、静かに頷(うなず)くのだった。若い農夫は、一時に全身の血の湧き上がって来るのを感じた。
 若い農夫は樹の陰から、五匁玉(ごもんめだま)を罩(こ)めた銃口(つつさき)を馬車の上に向けた。彼の心臓は絶え間なく激しい動悸(どうき)を続けていた。そして、狙いを定めているうちに、馬車はごとりと揺れ、ぎしぎしと軋(きし)めきながら方向を更(か)えた。同時に密茂した樹木が車体を隠した。――一面の落ち葉で、どこが路なのか判然とはわからないのだった。馭者は樹と樹との間が遠く、熊笹のないところを選んでは馬首を更えた。その度ごとに偶然にも、馬車は急転して銃口から遁(のが)れるのだった。遁れては隠れ、遁れては樹の陰に隠れるのだった。
 幾度も同じような失敗を繰り返しながら、若い農夫は猟銃を構えて、馬車の上を狙いながらその後を追いかけた。馬車は、午後の陽に輝きながら散る紅や黄の落ち葉をあびながら、ごとごとと樹の間を縫って行った。青年は兎のように、ひらりひらりと、大木の陰に移りとまっては、そこから馬車の上に銃口(つつさき)を差し向けるのだった。
 突然、山時雨(やましぐれ)が襲って来た。深林の底は急に薄暗くなった。馬車の上の人達はあわてて傘を翳(かざ)した。時雨は忍びやかに原始林の上を渡り過ぎて行った。自然の幽寂な音楽が遠退(とおの)くにつれて、深林の底は再び明るくなった。紺碧の高い空から陽(ひ)が斜めに射し込んだ。明るい陽縞(ひじま)の中に、もやもやと水蒸気が縺(もつ)れた。落ち葉の海が、ぎらぎらと輝き出した。
 最早(もはや)、路は原始林の一里半の幅を尽くして、鉄道の通る村里へ近付いていた。機会はここから急転する。若い農夫は鉄砲を提(さ)げて、熊笹の中を馬車の先へと駈け出した。そして、樹陰(こかげ)から路の上に狙いを据えて馬車を待った。
「ほおら! しっ!」
 馭者が馬を追う声がして、ぎしぎしと車体の軋(きし)めく音が近付いて来た。間もなく樹の陰から馬の首が出て、胴が見当の上を右から左へと移動した。若い農夫は激しく動悸する胸で、猟銃にしがみつくようにして引き金に指をかけた。約三十秒! とそこへ、左から右へ人影が現れた。アイヌであった。
 若い農夫は驚異の眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)(みは)り、ほっと溜め息を吐くようにして、猟銃を自分の足許(もと)に立てた。アイヌはそこに立ち止まって、若い農夫の見当を遮ったまま、珍しい馬車での通行者を、いつまでも見送っていた。機会は、馬車と共に原始林から村里へと駛(はし)って行った。
       *
 雄吾は猟銃を右手に引っ掴んで、がさがさと熊笹薮の中を戻った。頭だけが興奮していて、脚にはほとんど感覚も力も無いような気がした。どうかすると、重心をさえ失いかけた。そして、ひどく咽喉(のど)が渇いていた。雄吾は無意識のうちに、開墾地帯に近い原始林の中を流れている谷川の方へ歩みをむけていた。彼は、きょときょとと四辺(あたり)を見廻しながら、緩(ゆっく)り歩いたり、急に駈け出したり、滅茶苦茶だった。
 機会を取り遁(に)がしてしまったことは、極度の嫉妬(しっと)に燃え、復讐心に駆られていた雄吾にとって、前歯で噛み潰(つぶ)したいような経験だった。残念で、口惜しくて堪(たま)らなかった。がしかし、あのアイヌが、自分の将来を、自分の無謀な計画の中から救い出してくれたようにも思われた。けれども、雄吾の復讐心の火は消されはしなかった。彼はさらに、最も賢いところの悪辣(あくらつ)な手段を考え出そうと努めるのだった。
 浦幌(うらほろ)川に流れ込むその清水の谷川の畔(ほとり)には、半分腐れかけた幾本もの大木が倒れていた。雄吾はそれらの大木を跨(また)ぐのが面倒なので、猟銃を杖にして木から木へと伝い歩いた。そして、河原へ飛びおり、がぶがぶと水を呑んだ。
「雄吾!」
 彼はびっくりして顔を上げた。彼は濡れた唇を掌(てのひら)で拭いながら、四辺(あたり)に驚きの眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)(みは)った。
「どこへ行って来た? 顔色をかえて、鉄砲など持って……」
 同じ開墾場の佐平爺が、向こう岸に微笑んでいた。
「熊が出てね。俺(おら)、皮がほしかったもんだから、追っかけて見たのだげっとも……」
「熊だと? 牝兎じゃねえのか?」
 佐平爺は微笑みながらそう言って、魚籃(びく)を提げて川を漕いで来た。
「まあ、なんにしろ、あまり無鉄砲なごとをして、自分の身を亡(ほろ)ぼすようなことをするなよ。貴様の気持ちも判るが……」
「本当に、熊だってばな!」
 雄吾は佐平爺の慰めるような言葉で、涙含(なみだぐ)ましい気持ちに支配されながら、それに反抗するように言った。
「俺に嘘(うそ)を言わなくてもいい。――嘘をついたって、決して悪いとは限らねえさ。併し、将来(さき)の見透せねえ嘘じゃいけねえんだよ。俺は、村中きっての嘘つきだって言われるが、将来の見透せねえ嘘をついたことはねえだ。将来の見透せねえ人間がまた碌(ろく)な嘘をつけるもんでもねえし。――だがさ、熊にしろ牝兎にしろ、馬車に乗って行くわけねえがらな。」
 雄吾は、佐平爺の顔を視詰(みつ)めていた眼を、静かに伏せた。同時に顔色が真っ蒼になった。
「何も心配するごとねえ。それだけの度胸と覚悟があるのなら、もっと考えてやるのさ。――貴様は、自分の親父が殺された時の、本当のことを知らねえで、村の作り事ばかり信じてるから、自分の恨みせえ晴らせばいいと思っていんだべが……」
「作り事って、何が裏にあったんだろうか?」
 雄吾は再び佐平爺の顔を視詰めた。――嘘つき佐平、で有名な佐平爺は、嘘をつくときには、いつも口尻を曲(ま)げるのが癖だった。併し、その口尻の曲がりは、より話に真実性を持たせるのだった。だが、今日は、口尻を曲げずに佐平爺は言うのだった。
「併し、それにあ、開墾場の最初から話さねば判らねえから……まあ、火でも焚いてあたりながら……馬鹿に寒くなって来たから……」
 雄吾は倒れている大木に猟銃を立て掛けて、時雨(しぐれ)に濡れた落ち葉の間に、枯れ枝を探し歩いた。
       *
 雄吾の父親、岡本吾亮(ごすけ)がしばらくぶりで自分の郷里に帰って来た。東京で一緒になったという若い綺麗な細君と幼い伜(せがれ)の雄吾を伴(つ)れて。――東京から札幌へ行き、そこで小さな新聞社の記者のようなことをしたり、時には詩なども作ったりしていた彼等の服装や生活は、ひどく派手(はで)なものとして村の百姓達の反感を買ったのだった。
「あんな身装(みなり)して、どこで何していたんだべや? 喧嘩好きで腕節(うでっぷし)の強い奴だったから、碌(ろく)なごとしてたんで無かんべで。」
 併しその悪口は、四苦八苦の生活に喘(あえ)いでいる百姓達の、羨望(せんぼう)の言葉だった。
 露国との戦争が済んでから間もない頃で、日本の農村は一般に疲弊(ひへい)していた。彼等の村はことにひどいようだった。――稼人(かせぎて)を戦争へ引っ張られた農家の人達は、それまで持っていた土地を完全に耕しきることが出来なかったので、彼等は自分の持ち地にかえって重荷を感じた。のみならず、彼等はどんどん現金の要る時なのに、その収入の道がなかったので、一時土地を抵当に入れて金を借りることを考えた。稼人のない間を金に換えて置いて、稼人が帰って来たら再び自分の手許(てもと)に買い戻す。こんなうまい事はない。彼等は僅かの金で土地を手放した。――併し、いよいよ戦争が済んで稼人が帰って来ても、彼等は再びその土地を自分の所有に戻すことは出来なかった。借りた金は、利息に利息を生み、土地は小作料を持って行った。俄然として疲弊は農村を襲って来た。
 そこへ岡本吾亮が素晴らしい話を持って帰って来たのだった。――彼の知人が北海道に無代で提供してもいい百五十万坪という莫大な土地を持っているという話だった。併しそれは道庁から十年間のうちに開拓するという条件でもらったもので、既に二十家族からの人々が開墾しているが、なかなか開墾しきれないので、残りの三年の間に開墾してしまわなければ道庁から取り上げられてしまうのだ。がそれは惜しい。誰か開墾する者は無いだろうか? 自分は道庁から取り上げられたものとして提供するし、開墾中の食糧ぐらいは貸してもいい。それは開墾場から利益があがるようになってから年々少しずつ返してくれればいいと、そこの藤沢という地主が言っているとのことだった。そして吾亮は、食うものを作る人間が食えなくなったからとて、他の職業に就いたのでは、かえって食うものが少なくなるばかりだ。だから農村の失業者は、なるべく開墾地へ行って、自分で自分の食うものを作るべきだ。そういう意味で、自分は一人でも行くつもりだが、誰か一緒に行く者は無いだろうかと言うのだった。
 岡本のこの話は、新しい土地について耕作しなければならぬ村の人人の間に、非常な人気を呼んだ。彼への悪口は急に、讃辞へと一変した。
「あの人は、やっぱり、どこか偉いところがあるんだよ。俺も伴(つ)れて行ってもらえてえもんだ。」
 こうして、ここにも二十家族に近い移住開墾者群の一団が成立したのだった。
       *
 彼等が北海道に渡ったのは晩春の頃だった。高原地帯の原始林は既に、黝(くろず)んだ薄紫色の新芽に装(よそ)われていたが、野宿をするには、未だ寒かった。併し既に営まれている二十に近い開墾小屋は、とても他人を容れる余地を持たない、いずれも小さなものばかりだった。彼等は開墾場に近い深林(しんりん)の中に枯れ木を焚いて一夜を明かした。そして翌日から思い思いの小屋をかけたのだった。
 開墾地として選定されていた場所は、原始林に囲まれた処女地だった。幅三十町、長さ五十町ほどの荒れ野原(のっぱら)の一部分だった。萩と茅(かや)と野茨(のいばら)ばかりの枯(か)れ叢(くさ)の中に、寿命(じゅみょう)を尽くして枯れ朽ちた大木を混ぜて、発育のいい大葉柏が斑(まば)らに散在していた。そして原始林地帯がところどころに、荒れ野原へ岬(みさき)のように突入しているのだった。
 彼等の原始的な生活が、そこに始められた。深林を背負って、彼等は南に向けて小屋の入り口を並べた。陽があがれば野原に出て男達は木の根を掘っくりかえし、女達は土塊(つちくれ)を打(ぶ)っ砕(くだ)き、陽(ひ)が沈めば小屋に帰って眠(ね)るのだった。そして、四五年の後から年賦で返済する条件で、少しばかりの米と味噌と塩とが地主から貸し付けられるだけで、その他の物はすべて自給自足だった。彼等は最初に蕎麦(そば)を蒔(ま)き黍(きび)などを作った。次に玉蜀黍(とうもろこし)、馬鈴薯、南瓜(かぼちゃ)を作り、小豆(あずき)、白黒二種の大豆、大麦、小麦と土地の成長に伴(つ)れて作物の種類を増して行った。併し、そうなるまでが大変だった。
「こうして腕の抜けるほど稼(かせ)いで、こんな馬の食うようなものを食って、着るものも着ずに乞食(こじき)のような身装(みなり)をして暮らすんなら、郷里(くに)の方にいたって、暮らせねえことも無かったべが……」
 若い女達は、そう言い合って泣いた。
「何を言いやがるんだ。郷里で乞食が出来るかい? 乞食は大抵他国へ行ってするもんだぜ。我々だって、乞食する積もりでここさ来たんじゃねえか。土地をもらうんだぞ。よっぽどの襤褸(ぼろ)を着ねえじゃ、もらわれめえじゃねえか?」
 佐平はこう言って、皆(みんな)を笑わせた。皆は、土地をもらうという言葉で元気になるのであったが、しかし、移住当時のまま一枚の着物すら作れないような自給自足の生活が三四年も続くと、彼女達の着物は雑巾(ぞうきん)よりもひどくなった。雪に閉じ籠(こ)められて働けない冬籠(ご)もりの期間は、馬鈴薯と南瓜ばかり食っているために、春になると最早(もはや)、顔が果物のように黄色を帯びて来て、人間の肌色を失っているのだった。
「こんなにまでして稼いだら、郷里(くに)の方にいたって、一段歩や二段歩の土地なら、もらわなくたって、自分で買えたべがなあ。」
 こう、男達さえ言うのだった。
「馬鹿なことばかり言って、貴様達は、買って自分のものにした土地と、こうして開墾して自分のものにする土地の、価値(ねうち)の区別を知らねえんだものな。買った土地ってものは、他人のものが自分のものになっただけじゃねえか? 開墾は、おめえ、開墾した分だけ世の中に土地が殖えるのだぞ。世の中の耕地を広くする仕事なんだぞ。開墾というもの……」
 佐平の、こういう話は、皆をよく感心させたり笑わせたりした。わけても吾亮の妻、即ち雄吾の母は、佐平の、そういう話を欣ぶのだった。が、また、一番ひどく郷愁の念に悩まされているのも、雄吾の母だったのだ。佐平の考えでは、皆の淋しさを忘れさせ、郷愁の念から解こうとして嘘をつき、出鱈目(でたらめ)を言うのであったが、それが、いつか佐平を、開墾場一の嘘つきの名人ということにしてしまった。併し佐平は、依然として嘘をつくことをやめなかった。
 全く、此方(こっち)からは、小さな駅のある村里へ、一カ月のうちに二度ほど、二三人の者が米と味噌と塩とを取りに行くだけで、先方(さき)からは郵便配達夫が二週間に一度の割でやって来るだけだった。巡査さえも廻っては来ないのだった。そして秋になると、原始林の中からのこのこと熊が出て来た。開墾地には大騒ぎが始まるのだった。彼等四十に近い家族のすべての者が熊に対(むか)って怒鳴り、叫び、闘うのだった。彼等の団結力が、この時ほど真剣に構成されて行動することはなかった。――そのほか、ほとんど外界との交渉のない原始林の中なのだ。嘘と出鱈目と恋とが無くては暮らせる世界ではなかったのだ。
       *
 三年の間というもの、彼等は滅茶苦茶に開墾地域を掘り捲くった。地主からの貸し付け食糧を補って、僅かに自分達の餓えを凌ぐのに足るだけの、蕎麦、馬鈴薯、南瓜などを作るだけで、それ以外の労働力はすべて開墾に注ぐのだった。完全にその土地を自分達の所有にしようとの努力だった。要するに処女地の皮を引(ひ)き剥(は)ごうとの三年間なのだった。
 とにかく、そして一通りの開墾が済むと、初めて地主の藤沢がそこへ顔を出した。そして彼等の小屋の近くに木造の事務所を建てた。今まで札幌の方で待合兼料理屋というような稼業をして来ている藤沢は、自分の健康のために、夏から秋だけをここで暮らし、開墾場の収穫を売り付けてやったり、開墾場で必要なものは自分が代わって取り寄せてやるなど、移住開墾者達と都会人との間に立って、彼等の売買、或いは物々交換に、いろいろ面倒を見てやりたいというのだった。同時に、今まで貸し付けて来た食糧を、その開墾地からあがる穀類で返納してもらったり、自分もここで養鶏をしたり園芸をして夏から秋を暮らしたいというのだった。
 その頃から、原始林の中を抜けて、村里の方から、折々は巡査も廻って来るようになった。ひどく毛虫を怖(こわ)がるという噂のある巡査だった。
 或る真夏のことだった。開墾場の人々は、事務所の前から原始林を過ぎて村里へ通ずる路の、路普請(みちぶしん)だった。そして彼等の一団が、原始林の入り口のところで休んでいると、ちょうどそこへ、毛虫を怖がるという若い巡査が廻って来た。肌を脱いで煙草を燻(くゆ)らしながら語り合っていた彼等は、周章(あわて)気味にそそくさと着物に手を通し、無言で深く腰を屈(かが)めた。そしてそこへまた腰をおろした。
 若い巡査は軽く頷(うなず)いて、微笑(ほほえ)みながら佐平の方へ歩み寄って行った。そして巡査は言った。
「あの、佐平って言うのは、おまえかい?」
「はい、私が佐平で御座りますが……」
 佐平は起きあがって驚きの眼を巡査にむけた。ひくりと口尻を動かして微笑んだ。
「おまえは、この開墾場一の嘘つきの名人だという噂だが、僕の前で一つ、その名人振りをやってみせないかい? おまえの噂は、浦幌の方でも知らない者が無いぞ。おい、僕の前で一つその嘘をついて見ろよ。」
「どうして、旦那様、旦那様の前でだけは……」
 佐平は口尻を歪(ゆが)めて眼で媚(こび)笑いをしながら言った。
「誰の前だっていいじゃないか? うむ、一つやってみろよ。その名人振りを……」
「私も、種々(いろいろ)の罪のねえ嘘はつきますが、併し、旦那様の前でだけは……他(ほか)の人なら、ともかくも……」
「構わんと言ったら、他の人につくのこそやめねばいかん。併し、僕の前で、どれだけうまくやるか、試みにやる分には構わん。」
 皆は顔を見合わせて、油を搾(しぼ)られている佐平を静かに眺めた。
「どうぞ、旦那様、御免なすって……」
 佐平は巡査の背後(うしろ)へと逃げた。巡査は微笑みながら煙草に火をつけた。
「ほおっ!」
 突然、佐平が叫んだ。佐平は巡査の背後(うしろ)から一間ばかりも、大狼狽(おおあわて)に狼狽(あわて)て後(あと)に退去(しさ)った。顔は驚きの表情で緊張していた。皆が一斉に佐平の方を見た。佐平は眼をむいて巡査の背中に視線をやった。若い巡査は訝(いぶか)った。
「どうした? 佐平!」
「毛虫でがす! 大っきな!」
 佐平は眼を釣りあげて口尻を曲(ま)げた。
「毛虫? どれ? どこだ?」
「旦那様の背中でがす。こんな、おっそろしい毛虫は、初めて見たな。なんて毛虫だべ?」
 佐平は巡査の背中を視詰めながら、おそるおそる近寄って行った。
「なに、僕の背中に? 取ってくれ取ってくれ!」
 若い巡査は、佐平の方へ背中を持って行った。
「こんな、怖(おっそ)ろしい毛虫、私は、おっかなくって、とても取られせん。服をお脱ぎなせえ。」
「そんなことを言わないで、早く取ってくれ、早く。」
「旦那様、服を脱がいん、服を……」
 近くにいた誰かがその背後(うしろ)に廻ろうとしたが、巡査は狼狽(あわて)て制服を脱いだ。
「どこにや? うむ、佐平、何もいないじゃないか?」
 若い巡査は、服の上の毛虫を見つけようとしながら言った。
「これが旦那様、私の、嘘の始まりぐらいのところで……」
 皆は口から飛び出そうとする笑いを圧(お)し殺して、遠慮勝ちな微笑を投げ合った。巡査は真っ赤になった。「とうとうやられたなあ!」と笑って済ませるには、彼はあまりに若かった。あまりに融通性に乏しかった。
       *
 開墾地の耕作は容易でなかった。若い荒々しい土は、すぐにも以前に還ろうとするのだった。ただただ土地を、完全に自分達の所有(もの)にしてしまえばいいとの考えから、荒皮を引ん剥(む)いたばかりの畑は、他の方を耕しているうちに他の一方が熊笹や野茨や茅に埋められるという有様だった。彼等が、その草の中から刈り取る秋の収穫は、最初の一二年間というもの、彼等の食糧にかつかつだった。
 併し地主の藤沢は、この開墾地の緩慢な成長が待ちきれなかった。彼は移住開墾者の代表格である岡本吾亮にまで自分の気持ちを伝えた。
「ね、岡本さん。開墾もこんで済んだのですし、そろそろ、あの食糧の方を戻してもらわれねえですかね。」
 臆病な藤沢は、相談するような調子で、穏やかに言うのだった。
「冗談言っちゃ困りますよ。みんな食うや食わずで働いているじゃないですか。まあ、二三年は我慢してもらうんですね。」
 岡本は強情で掛け引きというものを知らなかった。
「だがね、無利子同様の安利子で、いつまでも貸していたんじゃ、手前の方だって堪(たま)りませんからね。なんとか一つ早く……」
「今、そんなことを言ったら、藤沢さん、あなたは殺されるよ。あの人達は、今やっと息がつけるようになったばかりじゃないですか……最初の約束だって、開墾場から穀類があがるようになったらという話だったし……それは幾らかの収穫はあるがね、自分達が食うのにも足りないぐらいなのだから……」
「いや、それはね、何も今すぐ無理にいただくという話じゃねえですがね。」
 藤沢は、岡本吾亮の不機嫌な顔に媚(こび)笑いをむけながらこう言って、その場を逃げたのだった。

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