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栗の花の咲くころ(くりのはなのさくころ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/6 9:23:02 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     四

 高清水へ着いたときにはもう薄暗くなっていた。嘉三郎は、以前、商用で何度も来たことがあったが、詳しくは知らなかった。それに、素面(しらふ)で会うのも、何となく厭(いや)な気がした。嘉三郎は町外(まちはず)れの居酒屋に這入(はい)った。
「冷(つめ)てえのを茶碗でくんねえかね。」
 嘉三郎はぽっそりと言った。同時に、二三人の客の眼が、嘉三郎の方へ一斉に集まって来た。嘉三郎は手で髭を隠すようにした。
「あの、高橋治平さんという人の家は、どの辺だね?」
 嘉三郎は、そう酒を運んで来た茶屋女に、髭を隠すようにしながら訊いた。
「すぐこの先でがす。三軒、四軒、五軒、六軒目の家でがす。饂飩屋(うどんや)ですぐ判ります。」
「その家には、離室(はなれ)でも、別にあるのかね?」
「離室って、前に、馬車宿をしてたもんだから、そん時の待合所を奥さ引っ込んで、どうにか人が寝泊まり出来るように拵(こしら)えたのがあるにはあんのでがすけど、今のどころ、他所者(よそもの)の若夫婦が借りてるようでがす。」
「お! 一栗の嘉三郎旦那(だんな)じゃねえかね?」
 突然、そう誰かが、薄暗い土間から立ちあがった。
「私かね? 私は古川の者ですよ。古川の繭商人(まゆあきんど)ですよ。」
 嘉三郎はぎょっとしながら、髭を隠して、声色(こわいろ)を使ってそう言った。
「併し、よく似た人だがなあ。」
 印半纏(しるしばんてん)の土工風の男は首を傾(かし)げながら言った。
 併し、嘉三郎は、そのまま何も言わずに、残っている冷酒(ひやざけ)を一息にあおると、忙(せわ)しく勘定をして、梅雨(ばいう)の暗い往来へ出て行った。

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